第25話 王都への道

「はぁ〜、快適」

「流石、私達のクリスですわ」


 まだまだ残暑厳しい初秋の街道、王都魔導学校飛び級入学のため、クリスロード一行は王都に向かっての旅路を進んでいた。

 モーリア領領都パウエルから王都ボーナムまで、馬車を飛ばしておよそ一週間。その道程も半ばを過ぎると、旅の疲労が蓄積してくる頃合いとなる。いくら街道といっても、しっかりと整備されているのは、都市規模を持つ街の周辺だけであり、大部分は地球の未舗装道路と同程度である。どんなに優れた馬車でも、悪路が原因の揺れや突き上げが、腰や臀部に確実にダメージを与えて行く。これを防ぐには、旅のスケジュールに余裕を持ち、途中ゆっくりとした休憩を挟むしかなく、実際先だっての亡林祭に行幸した先王アクセル、王女キャンディス一行も、その様にして片道一ヶ月のスケジュールを立てて旅路を進んでいた。しかしクリスロード一行は、急遽飛び級入学が決まった為に、そうしたスケジュールを立てることが出来ず、貴族の旅路にしては、些か強行軍の移動を強いられていた。にも関わらず、アルドンサもダルシネアも、旅の疲れを感じさせる所か、余裕綽々元気いっぱいだった。


「アルドンサ様、ダルシネア様、冷たい飲み物など如何でしょうか?」


 クリスロードの二人の姉に、恭しく声をかけたのは旅路を共にするドワーフ族の少女、アヤメ・ゴーリキィーである。彼女はクリスロードの王都留学にあたり、身の回りの世話をするメイドとして同行している。アヤメの提案に二人は笑顔で頷いて、馭者台にいるクリスロードに声をかけた。


「クリス、そろそろ休憩にしましょう」

「カエデちゃんが、冷たい飲み物をどうぞですって」

「はーい、分かりました、アルディー姉さん、ダルシー姉さん」


 クリスロードの明るい返事と共に停止するが、座席空間には微塵も停止の衝撃は無く、カエデの配膳した冷たい飲み物は、溢れるどころか波打つ事もなかった。それもそのはず、彼女達が乗っているのは馬車ではなく、クリスロードの操る四足獣タイプのゴーレムなのだから。


「いや、素晴らしい! 聞いた時は耳を疑ったが、こうして見るとキャンディのあの入れ込みも頷ける」


 馭者台から座席空間にやって来たのは、興奮気味のフレディ王太子である。彼は王都に帰還する際、妹のキャンディスに聞かされたクリスロードの創造するゴーレムに、自分も是非乗ってみたいと便乗を求めてきたのだ。彼はここが特等席とばかり、道中は馭者台、クリスロード曰くナビシートに陣取り、目を輝かせながらゴーレム魔導について質問責めにしていた。


「はっ、恐れ入ります」


 恐縮するクリスロードに、フレディ王太子は眉をひそめて、この道中が始まって以来、何度も繰り返してきた苦言を呈する。


「おいおいクリス、お前は俺と兄弟になるんだ、誰も見てないんだし、君臣の礼は要らんと言ってるだろう」

「いえ、ですが……」

「ですがもかすがもない。お前の兄、ウィリバルトも俺の兄みたいなものなんだ、遠慮するな」


 そう言って、ワシワシとクリスロードの頭を撫でるフレディ王太子。


「フレディ兄様、クリスは誰が相手でも、初対面の方や目上の方にはこうなんですよ。ねぇ、ダルシー」

「ええ、だからお手柔らかにお願いします、フレディ兄様」


 アルドンサとダルシネアの言葉に、フレディ王太子はやれやれといった面持ちで頭を掻く。


「まぁ、おいおいでいいか。いいかクリス、キャンディの事も有るが、それは関係無く俺の事は王太子ではなく、実の兄と思う様に、良いな」


 フレディ王太子がクリスロードに対し、ここまで言うのには訳がある。フレディ王太子は幼少期、喘息を患うなどの虚弱体質であり、それに加え第一王妃の息子で長男とはいえ『平民の息子』ということで、一部の選民意識に凝り固まった上級貴族から白眼視を受けていた経験があった。そんな上級貴族達から受けるプレッシャーは、まだ幼かったフレディにとって過大なストレスとなっていた。それが原因で彼は喘息の発作を起こし、体調を崩して寝込む事日々を過ごすとなる。そんな彼に対し、件の上級貴族達は


「第一王子とはいえ、あんな虚弱な平民の子に、継承権一位を与えて良いものだろうか」


 と陰口を叩き、後ろ指を指す。


 あからさまなその態度が更なるストレスとなって幼いフレディに襲いかかり、喘息を発症して体調を崩し寝込む事となる。

 そんなフレディを襲う負のスパイラルを見かねた父親ヴィニー国王は、親友のカーレイに相談し、フレディの身分を隠してモーリア辺境領で静養をさせる事を決意した。

 おおらかで、自然溢れるモーリア辺境領で父王ヴィニーの思惑通り、フレディは健康を取り戻し、心身ともに健やかに成長していく事になる。

 フレディはこの時、モーリア辺境伯家とは家族同然の関係を深め、特に一才年長のウィリバルトは、入門した剣術の兄弟子という事もあり、実の兄の様に慕っていた。そしてウィリバルトも実の弟の様にフレディを可愛がり、その関係は現在に至るまで続いている。フレディ訪問時のウィリバルトの口調が、王太子に対する口調でなかったのは、そうした経緯があったからだ。


 フレディの滞在期間は、クリスロード誕生の直前まで続いた。そして充分に健康体に成長したと判断されたフレディは、正式に立太子の儀を執り行う事が決定し、王都に帰還する事となる。フレディはクリスロードの誕生に立ち会えなかった事を残念に思っており、そのためキャンディスの一件が無くとも親近感を持っていた彼は、君臣の立場で公式対面をする前に出会えた事をとても喜んでいるのだ。フレディは大人を軽く凌駕する魔力と、魔法能力を持つにも関わらず、それを鼻にかけずに自制できるクリスロードに更なる好感を持ち、道中ずっと可愛がっていた。


「凄く賑わっていますね、まるで街中みたいです」


 クリスロード一行が、王都に向かう道中の最後の休憩宿営地に選んだのは、一般的な宿場町とは趣が違う場所だった。王族や貴族が旅の途中で宿泊するのは、四方を厚い城壁に守られた都市と相場が決まっているのだが、フレディの提案で選ばれたそこには城壁など存在しなかった。それどころか都市ですらなかった。彼が選んだのは、大きなオアシスの畔である。オアシス沿いの街道の両脇には、簡易店舗が立ち並び、まるでバザールの様相を呈している。姉二人に続いてゴーレムから降りたクリスロードは、目を見張り感嘆の声をあげ、街道の真ん中に駆け出して賑わう簡易店舗群を見回した。


「だろう、ここは大陸中の街道の合流地点で東西貿易の要衝なんだ。大規模なオアシスも有り、キャラバンが休憩するには、もってこいの場所なんだが……休憩中にも一稼ぎしようと簡易店舗を開くとは、商人達の逞しさには頭が下がるよ」


 目を見開いて見回すクリスロードの肩に手を置き、フレディがそう説明すると、クリスロードは目を輝かせて彼を見上げる。


「そうなんですか……、これがアルステリア王国の力なんですね、凄いです……」


 フレディの説明に、呻く様にそうもらしたクリスロード。その言葉と表情に、フレディは瞠目した。


 キャラバンが城壁の外で休憩を取りながら、簡易ながらも店を開く。おそらくこの子はその意味をきちんと理解できている。


 街道は国の経済の大動脈であり、そのもたらす利益は莫大である。しかし経済力だけでなく、城壁外にまで治安が維持出来る民度の高さも国力を測るバロメーターであると気づく者は少ない。薄々感じていたが、この子は妹キャンディスに匹敵する資質を持っているのかも知れない。そうフレディが内心で舌を巻いていた時、クリスロードが何かに気付き、声をあげた。


「あっ、屋台も出ていますね、何が売っているんだろう? 見て来ますね!」


 楽しそうに駆け出したクリスロードの背中を、フレディは安堵の笑みを浮かべて見送った。


「私は皆の所に戻っている、迷子になるなよ!」

「分かってます! 美味しいものを、沢山買って帰りますね!」


 子供らしい所も、ちゃんと有るじゃないか。ウチのキャンディも、あの位素直に子供らしく振る舞えれば……


 軽く苦笑を浮かべつつ、フレディはカエデ達の設えた簡易テントへと歩いて行った。


 フレディと別れ、街道を挟む様に設置された、キャラバンの簡易店舗による急造バザールに、興味津々でクリスロードは足を踏み入れた。バザールの商品は、自分の良く知っている物から、初めて目にする品物まで有り、思わす目を奪われた。異世界転生物のラノベやアニメだと、主人公は転生特典で鑑定スキルを手に入れていたりする。


「まさか、そう都合良く……、嘘だぁ!!」


 ダメ元で『鑑定!』と心の中で唱えると、頭の中に膨大な量のデータが流入してきた。それは商品だけではなく、そこに存在する全ての人、物のデータであり、その情報量の多さからか、頭痛と眩暈に襲われて、クリスロードはよろけて後ずさる。


「どうされました、クリス様。気分が悪いのですか!?」


 クリスロードの二人の姉から、彼の護衛を命じられたカエデが合流して、よろけたクリスロードを支える。


「ああ、大丈夫、ちょっと……この雰囲気に圧倒されただけ」

「クリス様は道中ずっとゴーレム魔法を使い続けています、疲れが貯まっているのではないですか?」

「平気平気、大丈夫だから。ほら、カエデ、みんなに珍しい美味しい物を買って行こう」

「はい、クリス様」


 力こぶを見せる素振りで元気アピールして、自分の腕を取って駆け出すクリスロードに、カエデは少し眉をひそめるも、勢いに圧されて着いて行く。


 鑑定対象を絞る事で、情報量をコントロールして異国からの交易品や露天の食べ物を物色するクリスロードは、これはと目星をつけた物を買い漁る。そんな彼の鼻腔に、前世からの馴染みの有る匂いが漂ってきた。


「これは……もしかして……」


 匂いに誘われて駆け出したクリスロードがたどり着いたのは、日ノ本武士団領から来たキャラバンだった。


「やったー! 味噌だ! 醤油だ!!」

「いきなり駆け出して、どうされたのですか、クリス様」

「だって見てごらんよ、カエデ、味噌に醤油だよ!!」


 追い付いて息を切らしながら尋ねるカエデの手を取り、クリスロードはキャラバンが広げる簡易店舗を指し示し、ずんずんと中に入って行く。


「味噌と醤油ですか……?」


 初めて聞く言葉と、初めて嗅ぐ匂いに戸惑いながらも、カエデはキョロキョロと店舗を見回しながら、手を引かれるままにクリスロードの後に続く。そんなカエデをお構い無しに、クリスロードはチョンマゲ頭に羽織姿の壮年の男に目星をつけると、近づいて声をかける。


「おじさん、昆布と鰹節は有る?」


 年端のいかない外国人の子供に声をかけられ、キャラバンのリーダー、越後屋善兵衛は驚いて目を丸くした。


「おや、異国の坊っちゃん、昆布と鰹節をご存知とは驚いた。ええ、勿論御座いますよ」

「味噌も醤油も良い品物だったね」

「これはお目が高い。坊っちゃん、坊っちゃんはひょっとして、アルステリアの大商会の跡取りか何かですか?」


 もしもこの子供が、名だたる大商会の子息なら。仮にそうでなくとも、身なりから良家の子息である事は推察できる。なんとしても素性を確かめ、縁を掴み販路を得ようと善兵衛は商人笑顔で腰をかがめた。そんな善兵衛とクリスロードの間に、カエデが割って入る。


「名を名乗らずとはなんと無礼な! こちらのクリス様を誰と心得る!?」


 護衛としてしての使命感から、善兵衛を難詰するカエデの肩に手を置いて、一端脇に寄せるクリスロード。


「カエデ、今はそういうの良いから」


しかし善兵衛はカエデの言うことは尤もと、期待感溢れる瞳で見上げるクリスロードに向かい、膝を折って頭を垂れて自己紹介を始めた。


「これは失礼を致しました。それがしは日ノ本武士団領から交易と友好を結びに来た使節の一員で、越後屋善兵衛と申します、どうかご無礼をお許し下さい」

「越後屋さん、ここに有る品物、全部買うよ」

「な、なんですと!?」


 カエデの言葉に、異国での販路開拓に逸るあまり、子供相手とはいえ礼を失していた事に気付き、これは商人にあるまじき態度だったと謝罪する善兵衛は、そのままの姿勢で腰を抜かすのであった。

 

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転生ゴーレム魔導師クリスロード・モーリアの日常 場流丹星児 @bal7294

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