第24話王都留学にまつわる謀

「さて、荷物はこんな物で良いかな?」

「だな、足りなけりゃ、向こうで調達すればいいさ」


 自室の一角にまとめられた荷物を見回し、ウィリバルトとヨッヘンリントが満足気に頷いている。


「お手伝いありがとうございます、ウィリ兄さん、ヨッヘン兄さん、でも……」


 兄二人の隣で大量の荷物を見回すクリスロードは、満足気な兄達とは対照的に、少しばかり浮かない表情を浮かべていた。


「どうした、クリス? 何か足りない物でもあるのか?」


 心なしか怪訝な末弟の表情を目敏く読み取ったヨッヘンリントが、目を丸くして尋ねると、クリスロードは遠慮がちに答える。


「いえ、せっかく手伝ってくれたのに、こんな事言うのもなんですが……、こんなに大量に……、要ります? 僕としては、着替えと日用品だけで事足りると思うんですけど」


 眉を八の字にするクリスロードがそう口にすると、二人の兄は困った様な表情で顔を見合せる。


「あのなぁ、クリス、依頼をこなしに遠出するハンターじゃないんだぞ。これでも足りないくらいさ。ほれ、あれを見ろ」


 ヨッヘンリントが顎をしゃくり、指し示した先。開け放たれた部屋のドアの向こう側、廊下を挟んだ向かいの部屋の、これまたドアが開け放たれた部屋から覗く風景は、嬉々として荷物をまとめる二人の姉、アルドンサとダルシネアの姿だった。二人の荷物量は、クリスロードの優に三倍を超えているが、まだまだ準備は終わっていない様子である。その姿に思わずクリスロードは「うへぇ」と唸ってしまった。


「でも、たかが王都に留学するだけですよ? 住まいは王都屋敷を使うのに、こんな大量の調度品なんか要りませんよ……」


 実はクリスロードは、急遽王都の魔導学校に飛び級入学が決まり、引っ越しの準備をしていたのだ。

 フレディ王太子が親書と共に携えてきたもう一通の書簡が、その通知書であった。因みに二人の姉は、王都におけるモーリア家利益代表を名目に、彼の保護者も兼ねて同行する事になっている。

 クリスロードの飛び級は、前々からモーリア領筆頭魔導官で初等学校と魔導学校の学長を兼任するメリッサが中央に打診していたものだったが、それにキャンディス王女が後押しして急遽決定したものである。概ね願ったり叶ったりではあるが、知らない所で何もかも決まっていく事に抵抗を感じたクリスロードは、せめて持ち物くらい自分の思う様にさせてくれという気分で口を挟んだのだ。


 そんな心を知らず、お気楽にたしなめるヨッヘンリントの言葉に、表情をくもらせるクリスロード。からかう様なヨッヘンリントの言葉に眉をひそめながら、ウィリバルトが理由を教える。


「クリスの言わんとする事は分かるつもりだ、だがな、家は貴族なんだ、体面というのもある。タバサの所を見ただろう?」

「はい、あれには僕も驚きました」


 タバサも同じくして、王都魔導学校への飛び級入学が、王女キャンディスの手引きで決まっていた。これでまた二人一緒の学校に行ける、そう無邪気に喜んでいた二人が、思いもよらない運命の嵐に翻弄されたのは、フレディ王太子来訪から三日経っての事だった。



「突然の訪問に失礼致します、ダーリン・スチーブンス様のお住まいは、こちらで間違いないでしょうか?」

「はい、間違いありませんが、ゲッ……」


 出勤までにはまだまだ時間のある早朝、突然の来訪者に寝ぼけ眼の寝間着姿で対応に出たダーリンは、来訪者の姿を確認すると、未だやや残る睡魔が吹き飛ばされ、そのままフリーズしてしまった。


「あら、あなた、こんなに早くにお客さん? 一体どちら様ですか、こんなに早い時間に、ゲッ……」


 早朝の訪問者を訝しく思ったサマンサも、一言文句を言おうと寝間着姿で出てくるも、夫同様にフリーズしてしまう。二人が目にした訪問者は、数名のメイドを従えた、立派な身なりの初老の上級貴族だった。彼の背後には、護衛の大部隊に守られた、豪奢な六頭立ての馬車と荷物を満載した荷馬車が五台止まっていた。


「あなたが、ダーリン・スチーブンス様でいらっしゃいますね? そしてあなたが……」

「妻のサマンサです」

「これはこれは、早朝にいきなり不躾な訪問、改めてお詫び申し上げます」


 目を丸くしてコクコクと頷く二人に、初老の上級貴族はにっこりと微笑んで頭を下げると、従者達も跪いて頭を下げる。サマンサの職場と合同出産の縁があり、領主モーリア辺境伯家とは、身分種族を越えて家族ぐるみの付き合いをしている二人ではあったが、それを笠に着てはモーリア辺境伯家に迷惑がかかる。人一倍わきまえているスチーブンス夫妻は、この上級貴族にどう対応してよいかわからず、アワアワとしている時だった。


「おはよう、お父さん、お母さん。誰か来たの?」

「ああ、タバサ、ちょっとお父さんにお客様なんだ」

「良い子だから、お部屋でおとなしくしててね」


 寝室から出てきたタバサが背後から声をかけてきた、その声に驚き振り向き夫妻は、粗相が有ってはいけないと、彼女を部屋に戻そうとする。しかし……


「おや、君がタバサちゃんだね? 話に聞いた通り、愛らしい子だね」


 初老の上級貴族は、膝をついてタバサと視線を合わせると、相好を崩して手招きをする。彼に招かれ、タバサは両親の間をすり抜け二三歩前に出ると、可愛らしいネグリジェの裾を摘まんでカーテシーの挨拶をした。


「初めまして、タバサ・スチーブンスです」

「おお、作法の基礎はきちんとできているんだね? いや、見事。誰に教わったんだね?」


 寝間着であるにもかかわらず、それを感じさせない見事な立ち居振舞いに、さらに相好を崩して上級貴族がタバサに聞くと、彼女はにっこり笑ってそれに答える。


「アルドンサお姉ちゃんと、ダルシネアお姉ちゃん」

「アルドンサお姉ちゃんにダルシネアお姉ちゃん、モーリア辺境伯のご息女だね?」

「それから、エリスお姉ちゃん」

「うん、メイヨー子爵のご息女だね?」

「若様のお嫁さん」

「そうじゃった、そうじゃった」


 意気投合する二人に、ダーリンとサマンサは恐る恐る声をかける。


「あのう……」

「ウチの子に何か……」


 その声に上級貴族は我に帰り、立ち上がった。


「これは失礼を、重ね重ねお詫び申す、すまんすまん」


 二人をそっちのけにして、タバサとの話に夢中になっていた非礼を詫びる上級貴族。罰の悪そうな、人懐っこい笑顔で頭を掻く上級貴族は、自己紹介をして訪問目的を三人に告げる。


「挨拶が遅れて申し訳ない。私は王都近くに小さな領地を持つ、リッチー・クロックモアという者じゃ。どうか、以後お見知りおき下され」

「リッチー・クロックモア……」

「公爵宰相閣下……」


 その名前を聞いて、再びフリーズしたスチーブンス夫妻は、クロックモア公爵の続ける言葉に凍りつき、思考停止してしまった。


「実はご夫妻に相談が有っての、タバサちゃんを、我が家の養女に貰い受けたいのじゃ」


 スチーブンス夫妻が思考停止した頭で聞いた話は、以下の様になる。


 リッチー・クロックモア


 その姓が示す通り、彼はキャンディス王女の母親の実家の長であり、キャンディスの祖父に当たる人物である。モーリア領からの行幸を終え、王都に戻ったキャンディスは、自身の計画を万全の物とする為、謁見の後に彼の元へと訪れた。


「これはこれはキャンディス王女、わざわざ拙宅にお越しいただき、恐縮にございます」

「お祖父様、私、お祖父様に相談があります、どうか聞いて下さい」


 王女ではなく、孫として接してきたキャンディスに、リッチーは頭を切り替え、祖父としての態度で対応する。


「どうしたんだい、キャンディ? 何でも話してごらん、儂にできる事なら、何でも叶えてあげるよ」


 このリッチー・クロックモアも、アクセル先王に負けず劣らず『ジジ馬鹿』であった。そして君臣の倣いで、普段祖父として振る舞えない反動からか、それが出来る機会を得ると、余人の想像を絶する暴走をする事で有名な人物でもある。愛孫の望みを叶える喜びに相好を崩し、彼は話を促す。


「はい、お祖父様、実は私……」


 キャンディスはモーリア辺境領への行幸での出来事、クリスロードとタバサの事を事細かく話した。それは誇張も含むが、二人の息の合った演奏と舞踊、スタンピード制圧に見せた合体魔法を身振り手振りで説明し、二人の絆がいかに尊く素晴らしい関係であるかを一気にまくし立てる。


 めったに見せない年相応の孫の行いに、リッチーはその迫力に押され、目を丸くして聞いていた。そして心の中で、面識の無いクリスロードとタバサに土下座して礼を言いながら、この場にいないもう一人の祖父であるアクセルに「やーいやーい、良いだろう、へーんだ」と自慢する。


 そんな内心ジジ馬鹿を全開にしているリッチーに、キャンディスは謁見の時に父王にした、爆弾発言をした。


「私、成人したら臣籍降下して、クリス君のお嫁さんになりたい! 第二夫人になって、二人の愛の行く末を見守っていきたいの!」


 この発言にリッチーは度肝を抜かれた。臣籍降下はいい、将来的にそういう話も起こるだろう。お嫁さん発言もいい、王族貴族の婚約など、生まれる前から決まっている場合もある、自分が関与できなかったのは悔しいが、愛孫の幸せならば百歩譲る事にしよう。


 しかしだ……


 第二夫人、これだけはいかん!!


 たとえ臣籍降下後としても、王族がたかが辺境伯家の、それも三男坊風情に嫁ぐにあたり、他の夫人と同格以下はあり得ないのだ。確かに王国の異種族間融和政策に則しているとしても、貴族社会から看過できない反発、突き上げが出る事は、容易に想像できる。最悪それによって、王権の低下が起こり、政情不安に発展する事も予想できた。いくらジジ馬鹿でも、リッチーは王国宰相である、結婚は構わないが、第一夫人としての立場でしか認められないと諭すのだが、キャンディスは聞く耳を持たない。どうしたものかと頭を抱えるリッチーに、キャンディスは一つの献策をした。


「タバサちゃんと私を、お祖父様の養女にして下さい、タバサちゃんは私よりも、三ヶ月早く生まれています。だからタバサちゃんが私の姉という事になります、その上で私達がクリス君の元に嫁げば、必然的にタバサちゃんが第一夫人になります。お祖父様、どうかお願いいたします」


 愛孫の涙目の懇願に、そうじゃその手が有ったとリッチーは膝を叩く。


 功績の有った異種族人を上級貴族に陞爵する時に、他の貴族達からの反発をかわす為、しばしば使われる手でもある、貴族の反発も最小限に抑えられるだろう。それでも文句が出る場合は、クリスロードとやらを婿養子に取り、分家として伯爵あたりに陞爵して独立させる手もある。万事上手く事が運べば、王家と隣国との係争地であるモーリア辺境伯家、それから当家クロックモア家の関係は磐石になり、政情国防にもたらす利益は計り知れない。


 これが全て孫娘キャンディスの手のひらの上である事を知らず、頭にジジ馬鹿バイアスのかかったリッチーはその日のうちに国王ヴィニーに献策し、取るものもとりあえずフレディ王太子の後を追うように、モーリア辺境領へと馬車を飛ばしてやって来たのだ。取るものもとりあえずと言いながら、スチーブンス家に贈呈する引き出物を荷馬車五台分用意してきたのは、流石公爵家といった所である。


 リッチーはフリーズするスチーブンス夫妻に事の経緯を全て話し、今後も今まで通り実の親として接する事も認め、同格の親として交流をしましょうと申し出た。


 破格の申し出ではあるが、スチーブンス夫妻は辛うじて「主家であるモーリア辺境伯とも相談したい」と、震える声でそう言うと、リッチーは「もっともな事じゃ」と破顔する。そうしてメイド達に身支度を整えられたスチーブンス一家は、押し込められる様に馬車に乗せられ、リッチーと共にパウエル城へと急行させられた。

 城には先発していたフレディ王太子も居て、彼も交えてモーリア辺境伯カーレイと、その長男ウィリバルトに挨拶もそこそこに、リッチーは事の顛末を話すのだった。すると、真っ先に食いついたのは、フレディ王太子である。


「それは目出度い、流石リッチー宰相、素晴らしい落とし処を見つけたな。王家、モーリア家、クロックモア家、この三家の絆が磐石になれば、我がアルステリア王国は安泰だ!」


 フレディ王太子のこの言葉が決め手になり、タバサは訳のわからないまま公爵令嬢となって、クリスロードよりも先に王都へと旅立って行ったのだ。その際にクロックモア公爵はスチーブンス家への引き出物を下ろし、空になった荷馬車に寄り子貴族や縁者に贈る為の養子縁組みの内祝いの品を、山程買い付けて行ったのだ。ウィリバルトがクリスロードに言って聞かせたのは、この事である。


「じゃあ、この荷物は全部、馬車で運ぶ事になるんですね?」

「当たり前じゃないか、馬車じゃなきゃ、何で運ぶんだ?」


 クリスロードの呟きに、ヨッヘンリントが呆れて反応すると、彼は懐から拳大の巾着袋を取り出した。


「これに」


 クリスロードは巾着袋の口を開け、荷物に向かって手のひらをかざす。


「こう」


 すると、山の様な荷物が、霞の様に消えて行った。


「出す時は、こう」


 今度は巾着袋の口にかざした手を床に向ける、すると消えた筈の荷物の山が実体化した。


「な、な、な、なんだそりゃ!?」

「ま、魔法の袋じゃないか! どこで手に入れたんだ! クリス!?」

「ああ、王都に留学するって聞いたから、作ったんですよ」

「なにぃ~」

「作っただと~」

「ええ、兄さん達にも作りましょうか?」


 この魔法の袋は、前世記憶のクラインの壺を魔法で作り出し、パソコンのインデックス機能を付与したもので、この世界でも非常識な品物だった。それを事も無げに言ってのけ、二人の兄を驚愕させたクリスロードは、そんな事はお構い無いに先ほど話題になった、王都に先発した幼なじみに思いを馳せていた。


「タバサ、元気でやってるかなぁ……」


 そして当のタバサは、入学までに貴族令嬢としての気品を身につける為、キャンディスの指導の下で猛特訓中だった。


「どうしてこうなったんにゃ~!!」


 タバサの心の叫びは、喜色満面のキャンディスの笑顔に掻き消され、クリスロードの元には届かなかった。

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