第23話王都からの早馬

 スタンピードを無事解決し、その後の墓林祭のスケジュールをつつがなく消化して、キャンディス・クロックモア・アルステリアは、秘めたる想いを胸に王都への帰路についていった。


「クリス君、タバサちゃん、二人のおかげでとっても素晴らしい誕生会になりました、本当にありがとう」

「はい、こちらこそ、ありがとうございました。王女殿下との思い出は、一生の宝物に致します」

「致しますにゃ」

「そんなの大袈裟ですわ。どうせまた直ぐ……」

「「?」」


 小声の呟きに首をかしげるクリスロードとタバサに、キャンディスはあわてて誤魔化し笑いを浮かべ、二人の手をとる。


「それじゃあまたね、クリス君、タバサちゃん」


 別れの挨拶を済ませ、キャンディスは専用馬車に乗り込み、見えなくなるまで外の二人に手を振って名残を惜しんでいた。


 初めてできた同世代の、それも身分と種族を越えたお友達、そう言って喜んでいた割には、随分とあっさりした別れの挨拶に、アクセルは拍子抜けして問いかける。


「随分とあっさりした別れじゃったの? 儂は残ってこっちで暮らすとでも言い出すんじゃないかと、ハラハラしていたんじゃが……」

「それは取り越し苦労という物ですわ、お祖父様。王都の魔導学校に、飛び級入学が決まっているのに、そんな子供じみた我が儘なんか、言う訳有りません」


 すました顔でそう答えると、キャンディスは窓の外に展開する、護衛のモーリア領ゴーレム部隊を眺めて微笑んでいる。その微笑みには、些か黒いものが含まれていたのだが、キャンディスの後頭部しか見えないアクセルには、それを知る由もなかった。


 こうして祭の余韻が覚め、人々が日常へと戻って行った頃合い、キャンディス一行が王都に到着した一ヶ月後、モーリア辺境伯領パウエル城に、血相変えた使者の操る早馬が飛び込んで来た。使者は肩で息をしながら馬を降りると、その顔を確かめて驚く城兵に馬を預け、大股でずんずんと城の奥へと入って行く。


 とんでもない使者の来訪を報告するため、城兵の一人が領主の執務室の扉を開けた時、使者は大声を出して領主親子に呼び掛けた。


「モーリア辺境伯! ウィリバルト! 俺だ! ちょっと話が有る! 出て来い!」


 その声にカーレイとウィリバルトは、ぎょっとして顔を見合せると、腰を上げて声のする方向へと足早に向かって行った。


「お前、一体何しに来た?」


 ウィリバルトが声をかけると、使者は大股で歩みより、両肩をがっしり掴んで揺さぶった。


「何しに来たもへったくれもあるか! 一体全体ここで何が有った!?」


 有無を言わさない使者の態度に、カーレイは宥める様に声をかける。


「こんな所で立ち話もなんです、お茶を用意しますので、中でゆっくり話ましょう、フレディ王太子殿下」

「うむ、そうだな、済まなかった、案内してくれ」


 早馬の使者は、何と王太子フレディ・アルステリアだった。彼は王都に帰還したキャンディスの報告を聞くなり、矢も盾もたまらず、馬を飛ばしてやって来たらしい。


 迎賓館の応接室に通され、豪華なソファーに腰掛けたフレディ王太子は、メイド長アヤメ・ゴーリキーの饗した紅茶で喉を潤すと、テーブルに両手を着いて身を乗り出し、カーレイとウィリバルトの顔を見回した。


 王族が自ら早馬を駆ってやって来る、その心当たりは一つしかない。キャンディス王女の誕生会に発生した、アマデウス帝国によるスタンピード誘発テロと、それに呼応した侵略未遂に対する対応協議である。それだけではない、キャンディスは非公式にしたが、誘拐未遂すらされたのだ。

 キャンディスはヴィニー国王の子息の中では紅一点で、王室の花である。それを害そうとしたのだから、只では済まされない。


 カーレイとウィリバルトは、すわ開戦準備かと緊張した面持ちで頷き合い、ゴクリと唾を呑み込んだ。


「話しというのは他でもないが、話すよりもこれを読んでもらった方が早いだろう」


 そう言ってフレディは、魔力封印された通信筒から二通の書簡を取り出し、そのうちの一通を指差した。


「では、失礼して……」

「ふむふむ……」


 フレディ王太子が提示した二通の書簡の内、一通は国王ヴィニーからのの親書だった。恭しく押し頂き、封を切って内容を読み進め、フレディがやって来たのはアマデウス帝国との開戦準備の指示ではない事を知って安堵する。しかしこれはこれで国家とモーリア領の一大事と思い直し、書簡の向こうで眉間に皺を寄せるフレディに、カーレイとウィリバルトは口をへの字にして、どう答えようかと困惑するのだった。



 事の発端は、キャンディスの行った、国王ヴィニーへの帰城の挨拶に有る。


「国王陛下、キャンディス・クロックモア・アルステリア、只今モーリア辺境領行幸より帰還しました」

「うむ、遠方への行幸、ご苦労であった。無事の帰還、何よりである」


 キャンディスの帰還の挨拶を鷹揚に受け、国王ヴィニーは頷いた。


「で、モーリア辺境領はどうであった? そなたの目に叶う、見るべき物は有ったかな?」

「はい、その事でお願いが有ります、陛下。私、成人したら、臣籍降下いたしとうございます」


 国王ヴィニーは、労いの言葉をかけるための、深い意味の無い質問を投げ掛けたのだが、キャンディスはそれに対して想いもよらぬ答えを投げ返した。


「なっ、今、何と申した!?」

「はい、臣籍降下して、クリス君のお嫁さんになります」


 屈託の無い笑顔で飛び出した、キャンディスの爆弾発言に、国王ヴィニーは思わず身を乗り出した。キャンディスは第三妃の娘なれど、数有る子供の中で、たった一人の娘である。また、第三妃はヴィニーにとっては幼なじみであり、互いに初恋の相手であった。そんな理由でヴィニーはキャンディスを、目の中に入れても痛くないほどに可愛がっていた。ヴィニーがキャンディスに王位継承権を与えたのは、それを理由に婚姻外交や婚姻政策の道具にされる事を防ぐ為であるのは、近隣諸国にも知れ渡る公然の秘密である。


「おっ、おっ、おっ……、お嫁さんだと……」

「はい陛下、お嫁さんです」


 花が咲いた様な明るい笑顔で頷くキャンディスに、ヴィニーは玉座の上に座ったまま腰を抜かしてしまった。彼の後ろに控えていた、王太子フレディも同様に驚いて、あんぐりと口を開けて妹の顔を見つめる事しかできなかった。


「いかんぞ……これは……」


 フレディはキャンディスが自分を含む他の王子達に比べても、聡明さとカリスマ性において頭一つ抜けている事を認めており、かつて真顔で父親ヴィニーにこう進言していた。


「俺はどちらかと言うと脳筋の武闘派だ、それで人を引っ張る事も出来るだろうから、就けと言われれば王位に就いてもそれなりにやって行けると思う。しかし、キャンディスのカリスマ性は本物だ、アイツならそれなりではなく、完璧に女王として君臨するだろう。今からでも遅くない、キャンディスに立太子し直すのがこの国のためだ。俺は系譜の途絶えた宮家のマーキュリー家を再興して、クイーンに忠誠を誓う」


 この時キャンディスは七歳である、彼女の資質はその頃より既に片鱗を見せていた。七歳の七五三を終え、同時に王位継承権を与えられたキャンディスの存在感は、その日から他の王子達を圧倒していく。その様を見てヴィニーはううむと唸ってしまった。もしかすると、立太子の儀を早まったのかも知れないと頭を抱えた時に、当のフレディから件の進言である。このままフレディを後継者にすべきか、彼の言葉に従いキャンディスを擁立し直すか、国王ヴィニーは真剣に悩んでしまった。


 悩む父親を見て、フレディは弟のブライアン、ロジャー、ジョンと相談し、彼等と共にキャンディスをお茶会と称して呼び出し、その席で次の様に提案する。


「なぁキャンディ、お前がその気なら、継承権の序列を譲るけど、どうだ? 女王になりたくないか? 資質もそうだが血統の上からも、それが一番だと俺は思うぞ」


 兄の言葉に、キャンディスは眉をひそめ、質問を返す。


「継承権一位を私に譲って、お兄様達はどうするつもりですか?」

「俺か? 俺は……、いえ、自分は……」


 キャンディスの問いに、フレディ達はそれまでの兄としての態度を改め、臣下の礼を取り跪く。


「宮家のマーキュリー家を再興し、クイーンキャンディスに忠誠を誓い、王室と王国を盛り立ていく所存です」

「私はメイ家を」

「僕はテイラー家を」

「僕はディーコン家を」


 四人のその申し出に一瞬面食らうも、キャンディスは大きなため息をついてから、舌蜂鋭く兄を説き伏せにかかる。


「いけません、お兄様達、既に立太の儀は済んでいます。お兄様達に明確な落ち度が有れば別ですが、それが無いのに廃立するなど王家の鼎の軽重を問われます。長子相続、それなくして王権の維持は叶いません」

「しかしだな……、資質も血統的にも」

「お兄様に、王としての資質が欠けている様には思えません。そして血統の事を仰るなら、尚更お兄様が王権を継ぎ、次代の国王になるべきです」


 ピシャリと言い切ったキャンディスにフレディは尚も翻意を促すが、彼女は頑として首を縦に振ろうとはしなかった。幼さを感じさせない凛とした妹の姿に、完全無欠の王女の資質を見て、フレディは圧倒されると同時に嘆息するのだった。


 フレディがキャンディスに引け目を感じている理由は、資質だけではなく、自分の母親の出自にも有った。


 フレディの母親は、平民出身なのである。


 種族間融和政策の一環として、王室は常に全ての国民に等しく寄り添う、という宣言の下に執り行われた婚礼だった。流石に血統を繋ぐ義務が有る事から、異種族人を正妃に選ぶ事は出来ず、その代わり平民から選ぶ事となり、その正妃からフレディは生まれたのだ。今後の国家運営のため、愛する者と一番に結ばれる事よりも、断腸の想いで優先させた政策だったのだ。その婚姻は多くの国民に受け入れられ、そして祝福されて、王室と国民の間に強固な関係を築き、今の所政策は大成功していると言えた。そしてキャンディスの母親は、政策を第一として正皇后の地位を放棄した、ヴィニーにとって幼なじみの相思相愛の恋人だった。


「お兄様が自ら廃立を望むのは、国王陛下と我が母親の想いを踏みにじる事になります。二人の娘として、絶対に認める訳にはいきません、それに……」


 フレディの廃嫡は、その政策を根底からぶち壊す危険を孕んでいる事を、キャンディスは懇切丁寧に説明した。


「わ……、わかった……、すまない、兄達が間違っていた……」

「では今後、このような提案は一切しないと、お約束いただけますね?」

「ああ、する、約束する」


 妹の迫力に押され、たじたじになったフレディ達は、こくこくと首を上下に振る。その姿に満足したキャンディスは、天使の様な微笑みでカーテシーをして深く頭を下げた。


「それでこそ、私が敬愛するお兄様、フレディ王太子殿下です。では、ごきげんよう」


 最後に笑顔の脅迫を優雅に決め、去って行く妹の背中を見送りながら、フレディ達は今後どの様な立場になったとしても、彼女への忠誠を心に強く誓っていた。


 そんな経緯もあり自分が将来王位に就いた時には、キャンディスを宰相という名の影の女王に据えようと画策していたフレディ王太子は、計画が頓挫してはたまらないと、国王ヴィニーの親書が書き上がると伝書吏を挟むのももどかしいと奪い取り、自分が行って真相を確かめると早馬を飛ばしてやって来たのである。


 怒っているとも違う、困惑しているともまた違う、なんとも名状しがたい複雑な表情で腕を組むフレディ王太子に、カーレイは探る様に尋ねる。


「うーん、いきなりの事でなんとも言えませんが……、キャンディス王女と当家のクリスロードは年齢も同じですし……、釣り合いも取れているのではありませんか?」

「ああ、父上の言うとおり、確かに面食らったが、王女殿下がクリスの元に輿入れして頂けるのならば、我がモーリア家と王室との関係もより強固になる。地政学的に係争地である我が領地だ、この婚姻は王国にとって願ったり叶ったりではないのか?」


 カーレイとウィリバルトは、何が懸念なのかを確かめると、フレディは更に眉間に皺を寄せると、心底困ったという表情で事の真相を口にした。


「俺もそう思うし、婚姻自体に反対している訳ではないんだ……」

「「と、言うと……」」

「キャンディの奴、第二夫人になると言って聞かないのだ……」


 王室から直接降嫁しないにしても、王族が臣下に嫁ぐのだ、格式的にも第一夫人となるのが道理である。フレディの言葉を聞いて、彼と王室の苦悩を察したカーレイとウィリバルトは、頭を抱えてしまった。



 そう、キャンディスは謁見の際のお嫁さんになります発言に続けて、こう加えていたのだった。


「私、第二夫人になって、大クリス様と聖タバサ様の生まれ変わりたるお二人の側で、前世から続く二人の恋物語の結末を見届けますの」


 キャンディス王女には、些か『腐』の要素が含まれていた様だ。


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