第22話決戦!! クリスロード対スタンピード

「凄い……、速いですね。モーリア領のゴーレムは、私が以前見たゴーレムとは全然違います」


 土煙を上げて疾走するゴーレム達を見回しながら、キャンディスは感嘆の声をあげた。


「私が以前見たゴーレムは、魔導師が足元で操る、動きの鈍いものばかりでした……」


 そう回想するキャンディスに、クリスロードも同意して答える。


「ええ、僕が最初に見たのも同じでした。これじゃ使い物にならないと、工夫したのがモーリア領のゴーレムです」

「どのような工夫をしたの? クリス君」

「はい、ゴーレムの動きが鈍いのは、ただ人型の塊を、無理矢理魔法で動かしているだけですから。だから、まず魔導師達に、人体の構造を学んでもらいました」

「人体ですか?」


 クリスロードの説明に、キャンディスが首をかしげる。


「はい、膝、肘、手首、足首、腰、首といった、可動部分の概念を理解してもらい、それぞれに球体関節人形を製作させました」

「お人形……」


 そんな事が、何の役に立つのだろう? 疑念が深まるキャンディスに、クリスロードは説明を続ける。


「そして、そしてその人形をイメージし、ゴーレムをクリエイトすると、スムーズに可動する関節を持ったゴーレムが出来上がります」


 なるほどなとキャンディスが感心して頷くと、彼女が正しく理解できたと確信し、クリスロードが説明を次の段階に移す。


「もう一つ、ゴーレムが鈍い原因は、足元で指示をしている事ですね。相手の動きを見ながらゴーレムを遠隔操作し、なおかつ自分の安全を確保する。足元でそれをやっていたら注意力が散漫になり、ゴーレムの操作どころじゃありません、鈍くなって当然です」


 クリスロードがそこまで説明すると、聡明なキャンディスは彼の真意を洞察し、先回りして回答した。


「鞍を着けてゴーレムに乗っているのは、それを解消するためなんですね?」


 キャンディスの回答に、我が意を得たりとクリスロードは大きく頷く。


「ええ、鞍、僕達は操縦席と呼んでいます。操縦席に座り、魔力操作の要領でゴーレム全身に魔力を流す事で、自分の体を動かすのと同じ感覚で操る事が可能になりました」

「流石ですね。二人乗っているのには、どういう意味があるんでしょう? 一人でやれば、数が二倍になって戦力が増えるのではないのですか?」


 興味津々の面持ちでキャンディスが尋ねると、クリスロードのお株を奪い、タバサが自慢気に説明する。


「一人で出来る事は限られてるにゃ、二人で協力したら、出来る事はいっぱい増えるにゃ」

「!?」


 タバサの言葉に目を見開いたキャンディスは、またしてもその真意を正確に洞察し、クリスロードをまじまじと見つめるのであった。


 クリスロードがゴーレム運用の参考にしたのは、一つは巨大ロボットアニメであり、もう一つは対戦車戦闘ヘリコプターだった。


 前世での小中学生時代、彼は平凡な高校生が祖父の遺したロボットに乗り、悪の軍団と戦うアニメと、人類が宇宙に住む時代の戦争アニメに夢中になっていた。彼は今世の兄、ヨッヘンリントから初めてゴーレムを見せられた時から、アニメの様に巨大ロボットもといゴーレムを、自由自在に操る事を夢想しており、ゴーレムクリエイトの魔導具を善女竜王から授けられてからこっち、思うがままにゴーレムに乗っていたのだ。


 クリスロードが精製し、操るゴーレムは、七歳の七五三で見た者の度肝を抜き、その後その有用性を認められて現在に至る。

 有用性を認めたモーリア領魔導学校及び士官学校で、合同訓練に参加するうちに、クリスロードはもう一つの問題点を見つけ出した。ほとんどのゴーレム魔導師が、ゴーレム操縦に魔力コントロールのキャパシティを取られ、肉弾戦闘しか出来なかったのだ。


 確かに器用な者もいる、クリスロードは当然であるが、次兄ヨッヘンリントもゴーレムを操りながら、大火力の攻撃魔法を放つ事ができ、他にもちらほらそのような者もいる。しかし大多数の者は、ゴーレムを操る事で手一杯だった。


 高い視点から戦場を見渡す能力を持ちながら、長距離攻撃の手段を持たないのはもったいない。そしてこの事は、防御面にも大きな問題がある、制御に手一杯だと、待ち構えての防御は大過無く対応できるのだが、突発的な攻撃には対応不可能だった。それに操者の視野は前だけに集中し、高い視点がもたらす広い視野という利点を生かす事ができないのだ。

 そこでクリスロードは、前世知識の戦闘ヘリのライダーとガンナーの分業をヒントに、二人一組のゴーレム運用を提起した。結果は上々で、演習でのキルレシオは、一人制御のゴーレムに対し、一対十以上という驚異の数値を叩き出していた。


 演習を重ね、錬度を高めていった彼等は、ポチョムキン大森海の魔獣相手にも充分渡り合える力を持つに至る。そしてこのゴーレム運用法は、モーリア辺境伯領門外不出の秘術として徹底管理されていた。



「ポイント25に誘導するぞ! 罠の準備は良いか!?」

「任しとけ! いつでも準備オーケーだ!」


 クリス達が現場に急行している時、ポチョムキン大森海ではスタンピードを少しでも遅らせようと、警備員達が奮闘していた。彼等もゴーレム魔導師として訓練を受けた精鋭ではあるが、大規模な魔獣に対しては、嵐の中の笹舟同様である。

 しかし、一寸の虫にも五分の魂、事前に準備されていた計画に従い、スタンピードの鼻面を引き摺り回す様に、遅滞作戦を遂行していた。挟隘な隘路に誘い込んだ彼等は、ポイント25の罠へと魔獣達を誘導する。


「よーし、頼む!」

「オッシャー!!」


 誘導チームが声をかけると、罠チームが土魔法で巨大な土壁を作り出した。誘導チームのゴーレムは、素早く方向転換をして、土壁沿いに左右に別れて駆け抜ける。罠の存在など予想もしない魔獣達は、勢いのまま土壁に激突した。しかし、スタンピードの勢いは凄まじく、魔法の土壁を一瞬で突き崩した。勢いを抑える事もままならず、このままスタンピードは領都パウエルに突き進むと思われた、しかし……


「かかった!!」


 罠チームの一人がほくそ笑む、土壁は囮で本命はその向こう側の落とし穴だった。先頭を走る魔獣は、勢い余って足を取られて転倒する。しかし、勢い着いた後続の魔獣は避ける事ができず、玉突き事故を起こし将棋倒しに倒れていく。


「よーし、今だ! 各個に得意な攻撃魔法をお見舞いしてやれ!!」

「うぉおおおおお!!」


 警備隊は各自得意の特大魔法を放つが、魔獣達も怯まず立ち上がり、小癪な人間達に襲いかかる。


「攻撃止め! 尻に帆をかけてズラかるぞ!!」


 こうして魔獣達のヘイトを集めた警備員達は、魔獣の群れを領都パウエルへの進路から外そうと、ゴーレムを走らせる。だが魔獣達は、しばらく警備員達を追いかけるも、しばらくするとゴーツクの持つ魔笛に向かい、進路をパウエルへと修正して走り出す。この厄介な魔獣の動きに、悪態をつきながらも警備員達はスタンピードのルートを反らそうと、懸命にヘイトを稼ぐ。そうして何回か、魔獣達を罠に仕掛けた時、ソイツ等は来た。


「おいおいおいおいウソだろう……」

「何でこんなヤツが何匹もウロウロしてるんだよ……」


 警備員達は、落とし穴につまづき、将棋倒しに倒れた魔獣達を踏み砕きながら、威容を現した巨大な魔獣に息を飲んだ。


「ティラノサウルス・レックスだとぉ……」


 暴君竜達は天に向かい咆哮する。それは大地と空気、そしてそこにいる者全ての怖気を震わせる咆哮だった。暴君竜達は足元に倒れた魔獣を啄み、一口で咀嚼し嚥下すると、血に飢えた目をギョロリと見開き、警備員達を睥睨する。


 切り立った絶壁を地形活用して、スタンピードの進路を反らそうと背後にしてのが仇となった。逃げ道を塞がれ、警備隊の誰もが死を覚悟したその時、やや離れた後方で、獲物を狙う獰猛な笑みを浮かべる者がいた。


「ティラノサウルス・レックスか……。タバサ、やるよ、コントロール頼んだ」

「了解、アイハブコントロールですにゃ」


 警備員達が暴君竜と対峙する後方の崖の上から、空高く眩しい火の玉が撃ち出された。暴君竜達は、捕食対象としていた警備員達から視線を外し、不思議そうな目つきでその火の玉を見上げる。火の玉は弧を描いて暴君竜達に落下を始めた所で、警備隊長が我に帰り、大声で指示を出す。


「全ゴーレム防御態勢、防壁魔法最大!!」


 火の玉は寸分違わず暴君竜達に誘導され、着弾する。そして先ほどの彼等の咆哮とは比べ物にならない程の炸裂音が大地を震わせた。防壁魔法を全開にしながら、歯をくいしばって衝撃に耐える警備員達のゴーレムだったが、不意にその衝撃が消えて、警備員達は恐る恐る辺りを見回す。警備員達が見た物は、自分達の張った防壁魔法の外側に張られた、更に強力な防壁魔法と、その向こう側で火炎に飲まれ、土に埋もれる魔獣達の群れだった。警備隊長が崖の上を見上げ、安堵のため息をつくと、警備員達も見上げて歓声を上げる。


「クリス様だぁ~!」

「助かった、もうダメかと思ったぜ」


 崖の上から四足獣タイプのゴーレムが、ひらりと飛び降りる。そのゴーレムを操るクリスロードは、今までスタンピードを相手に奮闘していた警備員達に労いの声をかけた。


「皆さん、ご苦労様でした。皆さんが時を稼いでくれたおかげで、領都パウエルは救われました」


 今回クリスロードが放った魔法は、前世の軍事知識の中に有った、バンカーバスターGBU-28を模した魔法である。ここまで来る途中、タバサの探知魔法で、最強魔獣ティラノサウルス・レックスの存在を知ったクリスロードは、短期殲滅を意図して、迷わずこれを選択していた。勿論、その魔法を精密誘導したのはタバサである。二人の息の合った合体魔法に、キャンディスはただただ舌を巻いて絶句するのであった。そしてこの時、キャンディスはこの二人の活躍を、特等席でずっと観ていたいと望んでいた。


 クリスロードの魔法でディープスロートを食らい、スタンピードは霧消して、モーリア辺境伯軍ゴーレム部隊は、掃討殲滅戦へと移行していた。そして丁度その時、モーリア辺境伯領とアマデウス帝国の国境地帯で、小規模ないざこざが発生していた。

 国境を跨ぐ街道の関所、そのアマデウス帝国側で、完全武装の大軍団が隊列を整え集結していた。


「報告によると、ポチョムキン大森海において、大規模な魔獣のスタンピードが発生した模様。モーリア辺境伯軍及びアルステリア王国軍は後手に回り、民衆に危険が迫っているとの事。本日はキャンディス王女の誕生祝いが開催されており、我が国は勿論の事、各国の要人、貴族が祝賀に訪れている。我々の目的は、後手に回り統制の取れなくなったアルステリア軍に助力し、我が国の使節団及び各国の要人、アルステリア王族を保護し奉り、この地の治安回復をする事である、以上。何か質問は有るか?」


 アマデウス帝国軍を率いる隊長、ベックボガード伯爵が、全軍の兵士に作戦の概要を伝え、最後に疑問や齟齬が無いか確認する。しかし、戦の前の高揚と、全軍に覚悟を徹底するために、挑みかかる様な口調で質問を促したため、緊張から誰もが口をつぐんでいた。


「伯爵、一つ宜しいでしょうか?」


 傍らに控える、副官のアピス男爵が挙手をする。すると、ベックボガード伯爵は大袈裟に振り返り


「なんだ、副官、質問か?」

「はっ、伯爵」


 謹厳に答えるアピス男爵に、わかっているじゃないかと、ベックボガード伯爵は目で笑いかける。兵士達が身分の違いや緊張で質問出来ない場合、わかりきった事でも質問して明らかにし、周知徹底を促すのも副官の仕事なのだ。


「うむ、質問を許す」

「はっ、ありがとうございます」


 兵士の前で演じる上官と部下の息の合った小芝居は、円滑な部隊経営に不可欠である。アピス男爵の行動に我意を得たりと、戦場の猛将らしく粗野と鷹揚を絶妙にブレンドした態度でベックボガード伯爵は質問を促す。


「伯爵、我々は迅速に展開するため、補給物資、特に食糧と嗜好品は最低限の量しか携行しておりません、ともすれば不足するやも知れません、如何対処しましょう? また、スタンピードにはどう対応すべきか、乱れた治安の回復手段はどのようにすべきでしょうか?」


 その質問に対し、ベックボガード伯爵は獰猛な笑みを浮かべ、兵士達を見回しながら答える。


「おお、その事についてだが、不足分は有る所からいただこう。なに、保護した要人をお返しする時は、謝礼としてこの地は我等が頂き、領有する事になるのだ。少し位ならば、税を前払いで徴収しても問題無かろう。スタンピードはモーリア辺境伯にお任せして、我々は要人保護を最優先する。治安は不穏分子を見つけ次第、男女問わず拘束すれば良い。この地には、ヒト族でないにも関わらず、増長した跳ね返り共が多いと聞く。分を弁えぬ不届き者に事前教育を施すのも、我等の務めであろう。保護も拘束も一人残らずにな」

「はっ、補給は有る所から、スタンピードには関わらず、要人保護と不穏分子の拘束、不届き者への事前教育、しかと承りました」


 ベックボガード伯爵の説明を聞いて、アピス男爵は一礼をすると、一歩前に踏み出して兵士達に向かって叫んだ。


「聞いたか!? 野郎共!! 気張って行くぞ!!」


 ベックボガード伯爵とアピス男爵の小芝居を意訳すると、モーリア領内で身代金目的の要人確保と軟禁、民間からの略奪とヒト族以外の者の略取、奴隷化を奨励し、逆らう者は不穏分子として治安回復の名の下に拘束する事を認めるという事だ。因みにこの場合、不穏分子とされるのは、モーリア辺境伯領に仕える司法警察機構であったり、不当な暴力から市民を守ろうと行動する貴族である。

 今回の奸計で目的が完遂出来なくとも、モーリア辺境伯家の力を可能な限り削いで、将来の併吞戦争に備えるという計画だった。勿論アマデウス帝国兵は充分それを理解しており、この事変で金持ちとなるチャンスを物にしようと、アピス男爵の檄に、地鳴りの様な歓声で応えた。兵士達の反応に満足したアピス男爵は、ベックボガード伯爵に向き直り、恭しく一礼をする。


「全軍意気軒昂で、伯爵閣下の下知を待っています。どうか、ご命令を」

「うむ、では全軍前へ……」

「ちょっと待った!!」


 ベックボガード伯爵が、進軍の号令をかけようとした時、国境の関所のモーリア辺境伯領側から、それを制止する声があげられた。ベックボガード伯爵とアピス男爵が、その声の主を確認しようと目を向ける。


「おお、お主は確か、ヨッヘンリント殿だったかな?」

「さては、我々の露払いに参ったのかな? 道案内ご苦労である」


 たった一人、関所の向こうに立つヨッヘンリントを見て、ベックボガード伯爵とアピス男爵はあからさまに見下した態度を取った。そんな二人をヨッヘンリントは鼻で笑う。


「ふん、馬鹿を言っちゃいけねぇぜ、こっちはあんたらの介入なんざ、お呼びでねぇんだよ。お引き取り願おうか」

「大規模なスタンピードで、領地は危機的状況なのであろう。我々が解決してやるからそこを退け。お主、優秀な兄と弟に挟まれ、鬱屈しているのだろう? ここで我等に恭順すれば、我皇帝陛下に推挙してやらんこともないぞ」


 くつくつと、下卑た笑いを浮かべながら、ベックボガード伯爵が誘いをかけると、ヨッヘンリントは『分かってねぇなあ』とため息をついてから、呆れた態度を隠さずにそれに対する答えを返す。


「兄貴と弟が優秀だからこそ、俺は好き勝手に羽を伸ばせるんじゃねぇか? 馬鹿じゃねえの?」


 ヨッヘンリントはそう吐き捨てると、オリハルコンのナイフを地面に突き刺した。すると、地面は魔力放電を起こしながら隆起して、巨大な人型を形成する。


「皇帝陛下だぁ? お呼びじゃねぇんだよ!」


 カメレオンメタリックブルーに輝くゴーレムの頭上で、ヨッヘンリントは見栄を切る。その姿をベックボガード伯爵は歯噛みをして見上げ、口角泡を飛ばしてヨッヘンリントを罵った。


「おのれ、下手に出ていればいい気になりおって! 皇帝陛下になんたる不敬! その傲岸不遜な態度、もはや許せぬ! 全軍、推し通れ!!」


 ベックボガード伯爵の号令に従い、アマデウス帝国軍が進軍を開始する。関所を押し潰さんと、ゆっくりと戦線を押し上げていく横一連に並んだ巨大なゴーレムの威容は、他の軍ならば度肝を抜かれただろう。しかし、然しものアマデウス帝国軍も、今回は相手が悪かった。


「どうだ、我アマデウス帝国軍が誇るゴーレム魔導部隊は! 一捻りに押し潰してやるわ!」

「その程度でイキがるんじゃねぇ!」


 ヨッヘンリントはほくそ笑む。


「ゴーレムってのは、こうやって使うんだよ!」


 そう言うと、ヨッヘンリントは騎乗するゴーレムを駆って躍り出す、そして青い閃光となってアマデウス帝国軍のゴーレム部隊の真ん中に突撃した。たった一人と侮ったアマデウス帝国軍は、瞬時にそれが間違いだった事に気がついた。ヨッヘンリントの操るゴーレムは、旧態依然の足元遠隔操作のゴーレムとは比べ物にならないスピードで、戦場を蹂躙していく。こうなると、アマデウス帝国軍のゴーレム魔導師は、ゴーレムを操作するどころではない。次々と倒されていく、自分達が操るゴーレムの下敷きにならぬ様に、右往左往して逃げ惑う。その有り様に、ベックボガード伯爵は、歯噛みをして悔しがる。


「おのれ! 小癪な! ゴーレム部隊は引けぃ!! 魔導師部隊前へ! 大規模魔法で飽和攻撃を仕掛けろ!」

「さ~て、そう上手く出来るかなぁ?」


 アマデウス帝国軍魔導師部隊が、ヨッヘンリントの駆るゴーレムに大威力の飽和魔法攻撃を仕掛けようとした時、ヨッヘンリント以外の者には思いもよらない異変が起きた。地鳴りと共に足元がぬかるみ、アマデウス帝国軍全体を泥濘の中に引き摺り込む。彼等はもう魔法攻撃どころではなくなった。全軍が首まで泥に浸かった時、ぬかるみは収まり、元の地面に戻ってアマデウス帝国軍全員が拘束された。


「ヨッヘン兄さん、スタンピードの掃討、終わりました」

「おう、流石クリス、ご苦労ご苦労」

「兄さんこそ、たった一人でアマデウス帝国軍を抑えるなんて、凄いじゃないですか」

「まーな」


 全軍がパニックに陥る中、ベックボガード伯爵はヨッヘンリントのゴーレムに、肉食四足獣型のゴーレムが近づくのを見た。そのゴーレムを操るのは、まだ年端もいかない子供である事を確認し、愕然とする。


「こっ、小僧、これをやったのはお前か!?」


 よもや、この流砂の様な魔法で我等を捕縛したのはこの子供かと、ベックボガード伯爵が問うが、クリスロードは惚けて本題に入る。


「さて、どうでしょう。そんな事より、このまま退いてもらえますか? もし、引いてくれるならば、そこから出してあげますよ」

「ぐぬぬ、皇帝陛下の命である、おめおめ引き下がれる訳が無かろう!」


 吼える様に答えるベックボガード伯爵に、クリスロードははぁっとため息をいて兄を見上げる。ヨッヘンリントは面白そうな顔で、弟がどう対応するか眺めていた。その兄の顔を見たクリスロードは、もう一度大きなため息をつくと、自らが駆るゴーレムに格納していた物体を、ベックボガード伯爵に向かって魔法で打ち出した。目の前に落下した物体に、剛胆なベックボガード伯爵も肝を潰し、驚愕と感嘆のうめき声をあげる。


「このまま退いてくれたら、お土産にそれを差し上げますよ。だったら皇帝陛下にも、面目が立つんじゃ有りませんか?」

「うぬぬぬぬ……」


 クリスロードが打ち出したのは、先ほど狩り倒した暴君竜、ティラノサウルス・レックスの生首だった。これを剥製にして飾るのは、覇王のステイタスとされているが、未だに持つ者はいない幻のアイテムである。それほどの逸品を目にしても、なおも渋るベックボガード伯爵だった。そんな彼を見て、クリスロードの背後から、キャンディス王女が進み出る。


「そちの忠誠心、天晴れ見事である。命を果たさずば果てる覚悟、それ程迄の忠義を受けるとは、アマデウス帝国皇帝ギラン三世、妾は羨ましく思うぞ」

「キ、キャンディス王女殿下?」

「いかにも、妾がキャンディス・クロックモア・アルステリアである」


 ヨッヘンリントとクリスロードは、左右に控えて恭しくキャンディスに跪いた。


「妾がここに居るという事は、そなた達の企みは既に頓挫していると思うのじゃが、如何であるか?」


 キャンディスの問いに、ベックボガード伯爵は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、顔を背ける。


「妾も忠義の臣を殺めたくはない、それに今ならば、何も無かった事に出来る。退いてはくれぬか?」


 重ねてのキャンディスの問いに、ベックボガード伯爵は沈黙を以て答えた。キャンディスは残念そうに首を左右に振ると、ヨッヘンリントに顔を向ける。


「残念ではあるが、彼等に本懐を遂げさせるが良い」

「はっ、王女殿下」


 キャンディスの下命に、ヨッヘンリントは深く頭を下げてから立ち上がる。


「お前達、王女殿下の命令だ、こいつ等に引導渡してやれ!」

「ははっ」


 ヨッヘンリントの命で、伏して身を隠していたモーリア辺境伯軍の兵士が姿を現した。彼等を目にしたベックボガード伯爵を始めとする、アマデウス帝国兵の顔色がみるみる変わっていく。

 武器を片手に、自分達の首をはねようと近づいて来るアルステリア兵は皆、ヒト族ではなく獣人族やドワーフ族といった他種族だったのだ。


「待て、止めろ、俺達は退く」


 アマデウス帝国は、ヒト族至上主義国家である。


 ヒト族が他種族に首を取られるのは、末代迄の恥とされ、平民ならば一族追放となり、貴族ならば一族もろとも貴族位と官位を剥奪され、生き恥を晒す惨めな末路が待っている。このままキャンディス率いるモーリア兄弟に討たれれば、皇帝陛下は弔い合戦の軍を興してくれるだろう、それならば命の捨て甲斐もある。しかし他種族に討たれたならば、話は別だ。そんな恥晒しの為に、皇帝陛下は軍を興さない。首まで地面に埋まり、拘束されている以上、自害もままならない。

 同じ屈辱を受けるならば、再起を計れる作戦失敗の屈辱を、ベックボガード伯爵は選ばざるを得なかった。


 兵をまとめ、肩を落として去って行くアマデウス帝国軍を見届け、ようやく緊張を解いたヨッヘンリントは、大きく息を吐き出してから弟を見る。


「しかし、クリスの言った通り、国境警戒していて正解だったな。もし、無警戒だったら、今頃どうなっていた事やら……」

「はい、先日王女殿下を襲った刺客が、アマデウス帝国の者でしたから、何かしてくると思いました。ヨッヘン兄さんが真っ先に賛同して、布陣、警戒してくれたおかげです、有り難うございました」

「よせやい、弟が兄貴を誉めるなんて、普通は逆だろう?」


 照れ隠しにヨッヘンリントは、弟クリスロードの頭をわしわしと、少し乱暴ではあるが、愛情を込めて撫で回す。


「よく献策した、クリス」

「いっ、痛い、誉めてくれるのなら、もっと優しく撫でて下さいよ、ヨッヘン兄さん」

「ダメだ、その生意気さが無くなったら考えてやる!」

「ひどいよー、兄さん」


 微笑ましい兄弟のやり取りを見て、王女キャンディスはある決意を固める。彼女の決意は、この後のクリスロードの人生を、大きく変えるものだった。

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