第21話出陣! モーリア辺境伯領ゴーレム魔導部隊!!

 件の二人の当直兵が詰所に駆け込むと、同じ様に何組もの当直兵が駆け込んでくる。


「おい、そっちも同じ反応か!?」

「ああ、スタンピードの前兆反応だ!」

「よし、魔導狼煙を上げるぞ!」


 お互いの魔道具を突き合わせ、間違いが無い事を確認すると、スタンピードの兆候を報せる魔導狼煙を上げた。


「よし、後は援軍が来るまで、遅滞誘導戦術で耐えるぞ! 抜かるなよ!」


 狼煙を上げた直後、当直兵達は駆け足で詰所から出ると、呪文を唱えてナイフ状の魔導具を地面に突き刺す。すると大地は振動し、魔力放電を起こしながら隆起して、巨人の形を形成する。巨人は頭上部分にタンデムシートを備えたゴーレムだった。当直兵達は二人一組になってゴーレムに乗り込む。


「クリス様が到着される迄の辛抱だ! 行くぞ!!」

「 応!!」


 当直兵達はゴーレムを操り、魔導具が指し示す反応をたどり、大森海の奥へと進んで行った。


 一方、こちらはパウエル城の観測塔に詰める、観測員達である。彼らも大森海をパトロールしていた当直兵同様に、ついてないと嘆く者、それをたしなめ、慰める者と雑談を交わしていたが、大森海方面から上がった魔導狼煙を見て、雰囲気を一変させた。


「おい、あれを見ろ!!」


 緊張感に包まれた彼らは、魔導狼煙のパターンを見極める為、目を凝らす。


「黄、黄、赤……、スタンピードか!?」

「伝令走れ! 領主様に緊急報告だ!」


 ポチョムキン大森海魔獣警戒部隊詰所から上がった魔導狼煙を、パウエル城観測塔の観測員が解析した彼らの内の一人が、脱兎の如くに駆け出した。


 クリスロードとタバサのステージの余韻冷めやらぬ頃、アマデウス帝国の使節から渡された魔笛を吹いた後、ゴーツクは急速に嫉妬心から覚めて行った。


「何だ、何も変わらぬではないか、忌々しい……」


 ゴーツクは手にした魔笛から関心を失い、ポケットにしまい込むと、目についた料理の皿を手に取り、何も起きなかった事への八つ当たりをする様に乱暴に咀嚼をした。その時、会場の入り口付近が俄にざわつき始め、和やかなパーティーの雰囲気が一変する。ゴーツクがその方向を見ると、軽装甲冑に身を包んだ兵士が、パーティー会場の受付係になにやら報告をしていた。顔色を変えた受付係は、足早で人波を縫う様にモーリア辺境伯カーレイの元にやって来て耳打ちをする。報告を受けたカーレイは、一瞬顔色を変えるが、周りの来賓に気取られぬ様に表情を改め、主賓であるアクセルとキャンディスの元へと、足早ではあるがゆったりとした足取りで向かって行った。その様子をゴーツクは憮然とした表情で眺め、腹の中で悪態をつく。


 なんと無粋な。全く笛といいあの兵士といい、モーリアのパーティーはロクな事がない。


 アクセルとキャンディスの前で平伏し、カーレイが小声で何かを告げると、二人は穏やかだった表情を厳しい物に変えて頷き合う。


「良い、伝令の者! 直答を許す、妾の前で直に報告せよ!」


 これには伝令兵は驚いた、自分は主であるモーリア辺境伯カーレイもしくは長男ウィリバルトに伝える為に来たのに、王女が直々に報告を求めてきたのだ。はたして素直に従って良いものだろうか、モーリア辺境伯家のルールでは、宴席だろうと寝込みだろうと、異変が有れば面前に行って報告する様にと厳命されている。しかし、王家絡みでそれをしても、本当に良いものか? 後々カーレイ様ウィリバルト様に迷惑がかからないのか? 一瞬そう逡巡した伝令兵に、キャンディスは語気を強めてもう一度指示を出す。


「王家の者は常在戦場じゃ! 変事が起これば宴席であろうと、王の居る場所が本営である。ならばここは前線指揮所も同然じゃ! 伝令が指揮官に情報を伝えるのに何の躊躇いが有ろう! そちが逡巡すれば、その一刻が命取りになるやも知れん。誕生日の宴席に現を抜かし、民の命どころかおのが命を失った愚か者に、妾はなりとうないぞ! モーリアに迷惑はかけぬ、案じる事は無い、早う報告いたせ」


 幼いとはいえ、王位継承権を持つ王女の覚悟と気遣いに感銘した伝令兵は、その場で一度跪き、深く一礼してから立ち上がると、王女キャンディスの面前に駆け向かう。


「ポチョムキン大森海に詰める警備兵から、魔導狼煙による報告。内容は黄、黄、赤! 繰り返します、黄、黄、赤! 大型魔獣を含むスタンピード発生、進行方向はパウエル方面! 規模は大! 以上」

「あいわかった! ご苦労である」


 伝令兵を労い、キャンディスはカーレイを見上げる。


「カーレイ、権限を委譲する。そちの手腕、存分に発揮せい!」


 いかに領主とはいえ、王家の者を差し置いて、指揮権を発揮する事は出来ない。だが、当たり前の事だが、モーリア辺境領軍の指揮はモーリア辺境伯が執るのが合理的である。健全な思考を持つキャンディスは、当然の如くカーレイに全てを託し、後々、要らぬ横槍が入るのを防ぐ為、権限委譲を宣言した。


「はっ、安んじてお任せあれ」


 一礼してカーレイは立ち上がると、兵士を召集して矢継ぎ早に指示を与えて行った。その傍らでウィリバルトは来賓達の避難誘導の指示を出す。その姿を見ながら、ゴーツクは憤然として一人ごちる。


「ふん、王女の誕生会にスタンピードとは、なんたる失態か。良い気味だ、せいぜい足掻いて不様を晒すが良いわ」

「全くですな」


 ほくそ笑むゴーツクが振り返ると、いつの間にか背後にアマデウス帝国の使節が、グラスを片手に立っていた。


「いやいや、これでこの地はあるべき結末を迎えられるというもの、バーバリー卿の尽力、我が皇帝陛下に代わって礼を致します」


 グラスを掲げながら、丁重に頭を下げる使節に、ゴーツクは不満を口にする。


「何があるべき結末だ、何も起こらないではないか!?」


 いささか語気を強め、睨みつけるゴーツクの怒気を柳に風と受け流し、涼しげな笑みを浮かべ、使節は答える。


「ええ、ですからこの地からモーリアを追い出し、我が帝国の領土となる事が、あるべき結末です。いやぁ、バーバリー卿の怨み辛み妬みの感情、相当に深かった様ですな、おかげで想定以上のスタンピードを起こす事が出来ました」


 軽蔑の瞳で見下ろす使節の唇が、下卑た笑みに歪みながらそう言うと、ゴーツクは一層怒気を強めて詰問する。


「このスタンピードは、この私が起こしたと言うのか!?」

「さよう、あの魔笛は吹いた者の悪感情を増幅し、ポチョムキン大森海の魔獣達を刺激して、スタンピードを誘発する魔導具なのです」


 掴みかからん勢いでまくし立てるゴーツクに、使節は慇懃にそう答えたのだった。


「おのれ、騙したな!?」

「騙す? 騙すとは心外な。卿の思い通り、モーリア辺境伯家に、一矢報いる事ができたではありませんか?」


 詐欺の話法は、嘘の中に一つだけ真実を入れておく事である。そうすれば詐欺被害者は、その真実を勝手に自分に都合良く拡大解釈して、自分から網にかかってくれるのだ。まんまと嵌められ、利用された事に気づいて、歯噛みするゴーツクに、使節は更なる嘲笑を浴びせて話を続ける。


「このスタンピードに乗じて、我が帝国の精鋭が私の保護を口実に、モーリア領に雪崩れ込む手筈になっています。ついでにスタンピードで統治不可能になったモーリア辺境伯に代わって、キャンディス王女とアクセル先王陛下並びに貴族の方々の保護もして差し上げますから、ご安心下さい」


 アマデウス帝国の策略は、大規模なスタンピードで混乱するモーリア領に対し、自国の使節の保護と自国領へのスタンピード拡大を防ぐ、という口実で軍事介入をし、その際にアルステリア王国の要人を保護する名目で体の良い人質とし、返還の条件としてモーリア領の割譲を迫るという物だった。そんな大それたマッチポンプの片棒を担がされた事を知り、ワナワナと震えるゴーツクに、使節は蔑みの瞳で、あからさまに口だけと分かる提案をする。


「いかがですか、この際アルステリアに見切りをつけて、我がアマデウス帝国に亡命なされては? なんと言ってもこの作戦において勲一等は紛れもなく卿ですからね、大歓迎致しますよ」


 いくら凡愚なゴーツクとて、この言葉には嫌悪感と反感を抱いた。恥知らずな一面も有るが、ゴーツクの心にもアルステリア王国の貴族としての誇りが存在していたのだ。卑劣なテロリストが使節を騙って侵入している、その事実を知らせに一歩踏み出そうとした、が。


「おや? 私を告発しにでも行きますか? 良いでしょう、でも、お忘れですか?」


 立ち止まり、肩越しに睨むゴーツクに、使節は言葉を続ける。


「このスタンピードを引き起こしたのは、卿なんですよ、バーバリー卿」


 その言葉に息をのみ、蒼白となり目を見開くゴーツクに、使節は更なる嘲弄の言葉を浴びせかけた。


「もし卿が告発したら、卿自身がこのスタンピードの原因である事が、白日の下に晒される事になるんですよ。そうするとどうなるか? 外患招致の重罪人として貴族籍を剥奪された上で、良くても鉱山奴隷か死刑でしょうなぁ。あっはははははは」

「きっ、貴様ァ……」

「まぁ、私はどのみち決死の覚悟で来ていますから、どちらでも良いのですよ。お好きな未来をお選びください、ゴーツク卿」


 ゴーツクは拳を握りしめ、射殺さんばかりに使節を睨み、ワナワナと震えながら立ち尽くしていた。


 ゴーツク氏が会場の片隅で、屈辱にまみれている一方で、我らがモーリア辺境伯軍は、着々とスタンピードへの対策が実行されていた。


「では父上、私はパウエル市民の城への非難誘導に行って参ります」

「ウィリバルト様、私も参ります」「私も」


 住民避難の陣頭指揮に出ようとするウィリバルトに、筆頭正妻のマリアと次席正妻のバーバラーが続く。三人の背中を見送ったカーレイの妻、エリザベスは残った九十八人の正妻達に指示を飛ばす。


「では残った皆さんは、私と一緒に避難民の受け入れ準備を致しましょう。行きますよ」

「はい、お義母様」


 スタンピード対応策が着々と進む中、先王アクセルと領主カーレイの元に高級貴族達がやって来て、とある対策を申し出ていた。


「モーリア辺境伯、アクセル陛下、このスタンピードが最悪の事態に陥った時は、クリスロード君とタバサちゃんは、我が領地で保護致します。差し支えなければ早速準備に……」


 その申し出に、カーレイもアクセルも首を横に振って答える。


「いや、クリス君もタバサちゃんも、この儂が面倒を見る。良いな、カーレイ」

「いえ、皆様方、申し出は有難いのですが、心配は御無用です」


 自信満々に答えるカーレイに、皆は驚き狼狽えた。最悪の事態とは、今さっき目と耳にした、稀有な才能の損失である。皆は口々に翻意を促すが、カーレイは不敵な笑みをたたえ、大丈夫です、とそう重ねて答えるのだった。


 いかに国境を任されている辺境伯とはいえ、国家や人間が相手ならいざ知らず、大型魔獣を含むスタンピードは自然災害の様な物である。手に負えないと考えるのは当然であった。しかし、カーレイにとって、アクセルを始めとする皆の危惧は全くの杞憂に過ぎなかった、むしろカーレイの自信の根源がこの二人である。そんな事とは露ほども知らない彼らの背後から、まだ変声期前の少年のよく通る声が響き渡った。


「では父上、僕達も行って参ります」

「行って来ますにゃ、領主様」


 振り返ったアクセルと高級貴族達が見たものは、大勢の兵士を従えたクリスロードとタバサの姿である。驚きざわめく彼らを余所に、カーレイは頼もしげに二人の子供に声をかけた。


「ああ、二人共頼んだぞ。くれぐれも油断しない様にな」

「はい、充分心得ております」

「おりますにゃ」


 クリスロードとタバサは、カーレイに一礼をして兵士達に向き直り宣言した。


「モーリア辺境領ゴーレム魔導部隊、出陣!」

「応!」


 呆気にとられる高級貴族達、しかし退いたとはいえかつて国王だったアクセルの胆力は流石である。いち早く我に返ると、傍らで笑って見送っているポールに声をかけた。


「おい、ポール、どういう事じゃ!?」

「何がじゃ? アクセル?」


 きょとんとして問い返すポールに、アクセルは目を剥いた。


「何がじゃってお前、クリスロードとタバサちゃんが、何で部隊を率いて出陣するのだ! 二人共まだ子供じゃろう!?」

「何じゃ、その事か? お主の所のキャンディスと同じじゃよ」


 余裕の笑みを浮かべ、ポールは言葉を続ける。


「あの二人は、言わばモーリア辺境領のリーサルウエポンじゃ。あの二人に敵う魔導師など、この大陸にはおらんじゃろうよ」

「それは誠か? 身内の贔屓目じゃ無かろうな?」


 信じられない表情で、なおも追及するアクセルに、ポールはダメ押しの宣言をする。


「当たり前じゃ! 今現在、このモーリア辺境領で一番安全な場所は、あの二人の側じゃよ」


 フフンと笑うポールの話を聞いて、キャンディスは駆け出した。クリスロードとタバサに追い付いたキャンディスが見た光景は、二人とその率いる兵士達の、ゴーレム召喚魔法だった。大地が鳴動し、魔力放電を起こしながら、巨大な人型を形成していく迫力に、キャンディスは目を奪われる。


「クリス君、タバサちゃん、私も連れて行って」


 先頭のカメレオンメタリックレッドのゴーレムに乗り込むクリスロードとタバサに、キャンディスが声を張り上げた。ゴーレム頭部のタンデムシートから見下ろし、キャンディスの姿を認めたタバサが目を丸くする。


「王女様、危ないにゃ!」


 タバサの警告に、キャンディスは頭を振って反駁する。


「二人の側が一番安全と、ポールお爺様から聞きました、だから私も連れて行って下さい!」


 キャンディスは言葉の通り恐惰した訳ではない。ポールの言葉に、二人に俄然興味を持ち、もっと二人と一緒に居たい、そして一番側で二人が何をするのか見届けたいと望んだのだ。クリスロードは一瞬迷ったが、確かに自分達と一緒に居た方が安全だし、スタンピードに対しても、もう一刻の猶予も無い。キャンディスの望み通りに、連れて行く事にした。


「分かりました、殿下! 一緒に行きましょう!」


 クリスロードがそう言って、ゴーレムを停めると、キャンディスは驚き目を見張る。人型のゴーレムが肉食四足獣の形に変化して、伏せの体勢を取ったのだ。


「前足が階段になっています、お気をつけて上がって下さい」


 キャンディスは言われた通りに、前足の階段を登り、頭部にたどり着くと、そこは前一席、後ろ二席のシートが備え付けられていた。前席にはクリスロード、後席にはタバサが座っており、キャンディスは空いているタバサの隣の席に乗り込んだ。


「王女様、これを締めるにゃ」


 タバサは三点式のシートベルトで、キャンディスを固定した処でクリスロードが声をかける。


「では行きますよ、しっかり掴まって下さい!」


 クリスロードがそう言うと、彼の操る四足獣ゴーレムが豹の様に走り出し、あっという間に部隊の先頭に立って、スタンピードに向かって進んで行った。


「これが……、クリス君のゴーレム……」


 疾走するゴーレムの上で、キャンディスはスタンピードに向かっているというのに、ワクワクする気持ちが抑えられなかった。








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