襲撃
男は安堵していた。
留置所生活も保釈中の監視された環境もどれも辛かった。
家族に会えず、全てを否定される日々。
耐えきれなかった。
そもそも、裁判の判決次第では資産の多くを失うかもしれない。
そうなる前に手を打たねばならかった。
日本の司法が及ばない所まで逃げるしかない。
こうなる可能性を考慮して、多額の金を投じて準備しておいてよかった。
そのお陰で今の私の安全は確保されている。
日本から遠く離れた本当の祖国で彼は潜んでいる。
周囲は民間軍事会社の警備員がしっかりと守っている。
それ以上にこの国の警察や軍隊がここを守っている。マスコミは五月蠅いが、誰も私を捕まえて日本に送還するなんてことは出来ない。
ここは私の国なのだから。
男はそう思いながら妻と共に緩やかな時間を過ごしている。
レバノン
中東と欧州の入り混じったような雰囲気。
高級住宅街の一角に目的地はあった。
その目的地付近には世界各国のマスコミが集まっている。
彼らを威圧しているのが警備員の恰好をしている民間軍事会社の人間だ。
表立っている連中は銃などは所持していない。だが、屋敷の中には銃を携帯した連中が居るはずだ。
そもそも、ここが襲撃を受ける可能性は低いと考えているはずだが、万が一に備えるのも彼らの仕事だからだ。
この屋敷の主はまだ、判決も受けていない被疑者である。現段階では不法出国などが判明しているので、確実に犯罪者だと言えるわけだが、それだって、正確ではない。
日本の司法からすれば、あくまでも被疑者であり、未だ、犯罪者では無い。
日本の司法からすれば、国外逃亡した被疑者や犯罪者を何とかする方法は無い。その国によって身柄確保と引き渡しを待つだけである。そして、レバノンは屋敷の主から多額の援助を受ける為に彼を匿っている。ここは彼にとって、最も安全な場所なのだ。
トム=ダグラス
元SAS
今は民間軍事会社のスタッフだ。
そして、今は会社から与えられた命令に従って、目標の周辺を調べている。
情報は重要だ。作戦の成否は全て、事前の情報収集に掛かっている。
俺を含め5人のスタッフが屋敷の周辺を探っている。
かなり慎重になっているのは彼を守る民間軍事会社のアドバイスだろう。
当社は表向き、警備を請け負ったり、警備員の教育を行ったりをする会社だ。だが、実際には政府機関からの依頼で暗殺や拉致などをしている。
表立って外国で活動が出来ない国などはこの手の民間軍事会社に依頼をする。無論、危険が増す事に対しての報酬は格段に上がる。それは実際に活動するスタッフの報酬にも結び付くので、この手の仕事をやりがたる奴は多い。
情報が集まれば、作戦となる。
今回は市街地にある屋敷だ。あまり派手にドンパチをすれば、すぐに警察が集まって来る。そうなると逃げ出すのが難しくなる。なるべく、音を出さないように作戦を遂行する必要があった。
投入される戦力は15人。
5人は周囲を警戒して、相手の増援、または警察の接近を注意する。
屋敷に突入するのは10人。
5人一組で2ルートで突入する。
目標は一人。妻も居るようだが、そちらの確保は要らない。要は殺せという事だ。こちらとしてもお荷物が増えるのは脱出のリスクが増えるだけだから、交渉で妻に関しては現地処分にさせて貰った。
H&K社 MP7 PDW
H&K社が開発したPDWである。PDWは個人防御兵器と訳されるが、概ね短機関銃の分類である。ただし、拳銃弾を用いた従来の短機関銃に対して、新開発された専用弾丸を用いる事で防弾ベスト等に対する貫通力の確保などが考慮されている。
MP7が用いる弾丸は以前より開発が行われているG11のケースレス弾から得られた情報を元に4.6×30ミリ弾を用いる。口径は45口径や9ミリ口径に比べてかなり小さいが、ライフル弾的な弾頭形状などから、初速が高く、威力は増している。
機構はショートストロークピストンであるが、反動がMP5よりも小さい為、命中精度は高い上に、消音器の効果も高い。
公式には不明だが、弾丸の性質上、貫通力は高いが、パンチ力は低くなるため、一発で人間に与える打撃力は低い為、相手を無力化する為には相応に銃弾を撃ち込む必要があると思われる。
小型で秘匿しやくすく。FN社のP90よりもこの手の任務には適していると思われるこれを全員が装備する。任務の性質上、軍用ライフルは無用だ。
万が一の事も考えて、レッグホルスターには同じくH&K社のUSP自動拳銃が収められている。
仕事のやり方は簡単。
強盗を偽装して、押し入り、主を拉致する。他の奴らは皆殺し。拉致した奴をヨーロッパまで密輸して、放つだけだ。
この作戦で俺らが捕まる可能性は無い。何故なら、そういう裏工作がすでに完了しているという事を確約済みの上での契約であるからだ。
この屋敷を民間軍事会社の連中が警備をしているが、どれだけ金を掛けようと、所詮は個人だ。費用的な限界はある。作戦開始の15分前に屋敷周辺に配置されている監視ポストを始末する。
屋敷の表と裏を監視する為に二カ所のアパートメントの部屋が借りられている。監視方法は監視カメラによる物だが、部屋には即応する事が出来るように数人の敵が配置されているだろう。
だが、彼ら自身が襲撃される事は左程、意識はしてないはずだ。
作戦開始は現地時間、深夜4時。夜明け前が一番、油断するというのは古典的な手法だ。それでも効果的には違いなかった。
黒尽くめの5人の隊員が同時に二つの監視ポストを襲う。
案の定ではあるが、アパートメントの入り口と部屋の前には監視カメラが設置してある。それらを無効化する方法はやはり古典的な方法だが、監視カメラのレンズが映しているだろう映像を事前に作成したボードと鏡を組み合わせたリフレクターを用意して、監視カメラにボードを映させる。その間に移動をするだけだ。
扉を開くのは特殊工具で一分も掛からずに解除が出来る。これを防ぐ手立てもあるが、その為には鍵事、交換する必要があるが、あくまでも一時の事の為にそこまで手が回っていないのは確認済みだ。
扉を開く。時間が時間だけに仮眠をしている者も多い。寝ずの番は一人ぐらいだ。限られたスタッフでローテーションする為に必然的にそうなる。
最初の一撃で寝ずの番を射殺する。MP7の高いサイクルの銃撃は初撃で5発程度の弾丸を男に撃ちつける。そのまま、仮眠中の男達を射殺する。彼らの傍らにはAK系やM4系のアサルトライフルが置かれているが、それは役立たずに終わったわけだ。
制圧は3分も掛からない。音も立てず、隣人さえも気付かせない素早さで彼等は屋敷に向かった。
暗闇を突き抜ける。
屋敷の入り口には監視カメラがある。こちらは監視ポストのような細工は不要だ。MP7には光学機器で有名なカールツァイス製のダットサイトが搭載されている。クリアな視界は暗視機能が無くても、僅かな灯りの中でも目標が見える。
数発で監視カメラは無力化され、その間に扉も破壊された。
バールによる破壊はさすがに相手も気付く。中に居た民間軍事会社の警備員が慌てて手にした自動小銃を構える。だが、屋敷内での発砲は躊躇いを伴う。故に彼らは撃てずに撃ち殺される事になる。
幾ら経験を重ねても咄嗟の判断と言うのは難しい。それが解っているからこその襲撃である。
それも含めた上で、襲撃にはスピードが必要だ。相手に冷静に対応が出来る隙を与えてはいけない。速やかに全てを終らせる。それに専念する事が全員に求められる。
次々に部屋を確認して殺していく。そして、主が居るだろう寝室に到達した。そこには異変に気付いたのか目を覚ましていた主とその妻が居た。俺は冷静に二人を観た。そして、手にした銃で妻の身体に数発の弾丸を撃ち込んだ。その多くは胸を貫いた。確実に死んだと思いつつ、その光景を見た主は泣き叫んだ。この状況の人間を運び出すのは難しい。即座に鎮静剤を打ち、黙らせる。そして、死体袋を用意する。主の手足を縛り、死体袋に詰めて、担架に乗せる。そして、時間に合わせ屋敷の前に到着したワゴン車の荷台に担架ごと、主を乗せる。
それからは夜明け前までに港へと移動して、用意してある貨物船に車ごと乗り込む。本来ならば、出国時に港湾職員によって、検閲があるが、それはこの国らしく、賄賂を渡して黙らせてある。そのままギリシャへと移動して、洋上で貨物船から小型船へと移す。密輸の為だ。沿岸警備隊には話がついているそういうものだ。
男の身柄は身元不明の浮浪者という事でギリシャの病院に預けられた。
彼はその病院で初めて、身元が確認され、当局に拘束される。そして、その後は・・・。
男の事がどうなったかは知らない。
我々は十分な報酬を得て、再び、日常へと戻った。
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