サイレントモンスター

 「お前ら、黙ってろ」

 男は自動小銃を片手に怒鳴る。

 すでに5人の人間が射殺された。

 床に転がる死体から血が流れ出している。

 その場に居る30人近い人々は恐怖で怯えるしかなかった。

 1時間前、銀行の窓口業務が終わりを告げようとしていた15時前。

 覆面をした3人組が突如として強襲した。

 自動小銃を手にした彼等を見た瞬間、当然ながら、非常ベルが押されたが、彼らはそれを気にする事無く、警備員を射殺した。

 彼等の目的は金では無かった。

 この銀行に預けられているはずの何かだった。

 支店長に対して、金庫を開けるように要求するが、彼がそれを渋る仕草をすると彼らは平然と銀行員の1人を射殺した。

 支店長は怯えながら、彼らの要求を飲み、金庫を開ける。

 現在、犯人の1人が支店長と共に金庫内に入り、目的の物を探している。

 2人の犯人は人質を黙らせ、銀行のシャッターを閉めさせた。最初から籠城するつもりだったようだ。

 途中でスマホなどを人質から取り上げる過程で何かしらの理由で彼らは3人の人質を射殺した。その理由は判別しないが、彼らが人を殺す事に躊躇の無い事だけははっきりした。それが人質達に絶望感を与える。

 非常ベルが押された段階で、警察には自動的に通報がなされる。近くの緊急車両が駆け付け、状況を外から確認する。この時点ですでに銀行のシャッターが降りていた。外から中の様子を伺く事は出来ず、ただし、中から銃声が聞こえた事で、状況はとても危険であると判断された。

 すでに事態は所轄の警察署から本庁へと移され、本庁刑事課捜査1課が事態に当たる事になり、SITを伴い出動した。

 所轄の警察署は現場となる銀行の半径300メートルを立ち入り禁止として、非常線を張る。

 到着した捜査一課は対策本部を現地に立ち上げ、様々な機材が用意される。

 現場責任者として派遣されたのは高見沢捜査一課長。最高責任者として本庁で指揮を執るのは刑事部長の今井警視正であった。

 高見沢はすでに内部を確認する為、銀行に設置された監視カメラの映像をネット経由で取得する事は出来ないかを検討するように命じていた。監視カメラは警備会社によって外部からでも確認が出来るようなシステムになっていた。

 「警備会社から映像は取得が出来たようです」

 部下が高見沢に報告をする。

 「それはリアルタイムの奴かね?」

 「いえ、犯行が始まった直後から10分程度までです」

 「現在の映像は?」

 「すでに犯人側が何かしらの細工をしたようで、銀行と警備会社のネットワークが遮断されたようです」

 「犯人側にそれらの仕組みに詳しい者が居たという事か?」

 「そうでしょう。簡単にはネットワークを切断するという事にはならないかと」

 「厄介だな。内部の状況を確認する方法を検討して、すぐに実行をしろ。それと交渉班はどうなっている?」

 籠城を決めた犯人と交渉する事は当然の事だった。長時間に及ぶであろう事を想定すると、開始は早い方が良かった。

 「現在、銀行の電話に何度か掛けていますが、未だに受話器を取る様子がありません」

 「掛け続けろ。まずは交渉チャンネルの確保だ」

 続々と対策が行われる。同時にSITは狙撃班を周囲に配置する。彼らの目的は手にした狙撃銃や観測用の望遠鏡で監視をする事だ。

 「銀行周囲に狙撃班を配置しましたが、中を確認が可能な場所は皆無です。あと、高垣は正面のシャッター前に配置しましたが・・・よろしかったでしょうか?」

 「高垣・・・アレを持っている奴か・・・この状況だと・・・使わざる得ないかもしれないな。だが・・・大丈夫か?下手に人質に当たれば・・・問題だぞ?」

 「使用には極力、冷静に指示を下すつもりです」

 報告をしたSITの隊長は真剣な表情でそう告げる。

 

 高垣は銀行正面の路上に置かれたワンボックスカーに居た。広い荷台には土嚢が積まれ、その壁に背を預けて、彼はひたすらに時間を潰していた。正直、彼の出番があるとは思っていない。

 彼が手にするのは


 KBP VKS ボルトアクション式対物ライフル銃

 600メートル以下の狙撃を前提にした消音狙撃銃である。

 12、7ミリ×55弾という大口径の亜音速の専用弾を用い、銃身長に近いサプレッサーによって、大口径ライフルにも関わらず、圧倒的な消音効果を発揮する。近距離では高い貫通力を持ち、尚且つ、大口径の質量によって、高いパンチ力を有する弾頭が特徴となっている。

 機構は自動小銃に近い形でありながら、ボルトアクション式である為、手動で装填を行う。その為、通常のボルトアクション式に比べて、操作はコッキングバーを前後させるだけで済む。

 銃の構造は機関部を後方に配置された、プルバック式。それによって、全長は大幅に縮められ、コンパクトとなり、携帯性、街中などの閉所での運用が楽になっているのも特徴である。

 この辺はバーネットのM95にも通じる部分である。


 「大口径で無音だから、威力と貫通力は半端ない癖に相手に射撃、または射撃位置を相手に気付かせないって言うのは良い事だけど・・・犯人を殺しちゃまずいSITで使える武器じゃないだろ」

 高垣は解っていた。この銃の担当になった瞬間、二度と自分に狙撃のチャンスが無い事を。そもそも、日本の警察において、狙撃など無用とも呼べるぐらいに機会はない。

 日本では過去の事件の後遺症とも呼べる理由で、狙撃は忌避される。特に犯人を射殺するという事についてはどのような状況においても忌避される。重要視されるのはあくまでも交渉による無血解放。次に突撃だ。

 世界の対テロの流れで、このような武器が導入されたが、正直、普通の狙撃銃ですら、持て余すのが今のSITやSATであるのに、これはオーバーパワー過ぎるわけだ。

 ましてや中をまったく見る事が出来ないシャッター前に配置されてしまえば、監視という任務も無くなり、ただ、時間を持て余すだけしか無かった。

 

 高垣のそんな気分を他所に指揮所は忙しかった。

 集まって来る情報を整理して、指揮が下される。

 「犯人は3人・・・武器はAK系の自動小銃が確認されています」

 「AK系・・・自動小銃か・・・日本でそんな武器が銀行強盗に使われるとは思わなかったね」

 高見沢は犯人グループが強力な銃器を用いる事に疑問を感じる。自動小銃をこの日本で手に入れようと思えば、相当なリスクがある。それで銀行強盗と言うのもリスクを考えると、あまり頭の良い行為では無い。正直に言えば、銀行強盗、ましてやこのように籠城するケースでは犯人が逃げ切れる可能性は限りなく低い。

 犯人に逃げられる可能性はほぼ無い。むしろ、これから犯人が人質をどう扱うかだ。言い方を変えれば、どれだけ殺されるかが鍵となる。

 「犯人との交渉チャンネルはまだ確保されないか?」

 「固定電話の回線が切断されたようです。現在、中に残っているだろう支店長などの携帯電話に掛けていますが、全て、電源が落とされています」

 「そうか・・・犯人側からの要求は・・・今のところ、無しってことか」

 手詰まりになった。現在はSIT隊員の手による内部調査だけが唯一の手掛かりとして期待されている。

 敵に気付かれぬように動くSIT隊員達。彼らが最も気にしているのは監視カメラと隠しカメラである。銀行周囲には監視カメラが多く備わっている。それらは銀行内の警備室でも確認は可能である。ただし、これらは現在、銀行の警備を担う警備会社の遠隔操作によって、機能を停止している。しかしながら、犯人が用意周到であれば、隠しカメラを事前に設置している可能性はあった。

 「カメラはありません」

 隊員の1人が特殊な機材で周囲のレンズを確認した。それはレンズの特有な反射を察知する機材であった。

 「よし・・・壁に取り付け・・・コンクリートマイクの設置。通気口からワイヤーカメラを入れろ」

 コンクリートマイクは壁の振動から音を取り出すマイクだ。銀行の壁に遮音性は無い。遮熱などの為に複合素材にはなっているが、厚さから見ても、中の声などは聞き取れる可能性があるとして、複数の場所に設置された。

 さらに複数の通気口からワイヤー状のCCDカメラが入れ込まれる。細いそれはダクトに幾つか設けられたネズミ除けの網を潜り抜けながら、中へと押し込まれる。

 「課長、カメラ映像が銀行内部を捉えました」

 「よし、でかした。映像をメインディスプレイに」

 指揮車の中に設置されている50インチのディスプレイに銀行内の映像が映し出された。

 「犯人が二人・・・死体が・・・見える限りで4人か。人質の顔から個人を特定しろ」

 「了解」

 「課長、コンクリートマイクで中の音声が取れました」

 「流せ」

 スピーカーのスイッチが入った。

 「きゃああああああ」

 女の悲鳴が上がった。

 「何が起きている?」

 高見沢はディスプレイを凝視する。

 犯人の1人が女性行員の襟首を掴み、フロアを引き摺って行く。どうしてそうなったか解らない。

 「犯人の個人特定は?」

 「奴らの被る覆面が素顔の特徴を完全に隠してます」

 「どうするつもりだ?」

 犯人の1人は女をフロアの中央に放り捨てる。

 「た、助けてぇええええ」

 悲鳴を上げる女性行員。まだ20代中ごろだろうか。行員らしい真面目そうな女性だ。

 「ははは。この女、ビビってお漏らししたぜ?」

 犯人の1人が大笑いをする。

 「声と言葉の特徴から男で東南アジア系外国人かと」

 声紋による解析が行われる。

 「きゃあああああ!」

 女性の悲鳴と他の人質の悲鳴や嗚咽をマイクが拾う。

 犯人は引き摺っていった。女性行員の上着を引き裂く。露わになる白い肌。

 上半身を下着姿にされて、女は泣き叫びながら床を這いずる。

 「逃げるなよ。楽しませろ」

 男はその脚を掴み、引き摺る。

 「げへへへ。こんな場所でストリップショーとは、なかなかの趣味だな」

 もう一人の犯人が笑っている。

 「こちらも同じく東南アジア系かと」

 「全て、外国人による犯行って可能性があるのか?」

 高見沢はその光景を冷静に眺める。

 「女性が暴行を受けています・・・どうしますか?」

 SITの隊長が高見沢に尋ねる。すでに突入の準備は整っている。

 「今、突入を開始しても・・・奴らに人質を殺される可能性しか無いだろう。出来れば、潜入して、即座に制圧が出来る状況にしないと・・・」

 高見沢の言う通りだった。まだ、エントリー可能な場所も作ってない状況では突入にモタつくだけで、犯人に突入を気取られるだけだった。

 そうこうしている内に女性行員はスカートも剥ぎ取られ、下着姿になっていた。ゲラゲラと二人の犯人は笑っている。

 「課長、人質に支店長の姿がありません」

 「支店長の姿・・・可能性としては金庫か・・・では金庫にも犯人グループが居る可能性が高いな。増々、突入は難しい。とにかく、調査が可能な位置は全て確認しろ。犯人の数の特定とトラップなどの有無が重要だ」

 犯人の1人が下着を剥ぎ取る。露わになる白い乳房。

 女の悲鳴は嗚咽に変わる。

 「てめぇら、死にたく無かったら俺らにしっかりと奉仕しろよぉ!」

 犯人はチャックを下ろして、性器を露わにする。そして、女性行員のセミロングの髪を鷲掴みにして、自分の股間の位置に押し付ける。それが意味する事は簡単だ。彼女に口淫をさせる。左手に持った自動小銃の銃口を彼女の肩に押し付ける。それで恐怖が最高潮に達した彼女は全てを諦めたように男の汚い性器を咥えた。

 「ははは。最高だぜ。商売女に比べて、下手だが、これはこれで味がある」

 「マジか。俺もやらせようかな?」

 犯人達は大笑いをしている。

 「醜悪だな」

 それらを見ていた警察官達は彼らを嫌悪した。

 「突入を準備しても構いませんか」

 「そうだな。交渉をするつもりが相手にないなら・・・」

 SITは動き出した。すでに入手済みのカードキーと暗証番号にて、唯一の出入り口である裏口を開錠する。

 「慎重に中に入れよ。お楽しみ中とは言え、気付かれたら、どれだけ被害が生まれるか解らない」

 隊員達のインカムに隊長の声が入る。全員が緊張していた。

 扉が開かれると女の悲鳴と嗚咽が響き渡っていた。

 男達は笑いながら女をカウンターに抑え込み、背後から腰を振っている。もう一人はそれを見ながら、笑いながら、銃口を人質に向けている。

 突然、爆発音と振動が響き渡る。

 「へへへ。バカが焦って、罠に掛かったぜ」

 女を犯している男はその音を聞いて大笑いしながら、女の尻を両手でリズム良く叩いた。それに呼応するように女は悲鳴を上げた。

 

 指揮所では全員が唖然としていた。

 「やられたな。扉が開いた瞬間に起爆するようにトラップが仕掛けられていたか。やはり、突入を焦ったのが失敗だったか」

 高見沢はそう呟くだけだった。

 「隊員3人が扉と共に吹き飛ばされましたが、命に別状は無いそうです」

 その報告に全員が安堵した。

 「扉は開いたが・・・敵に突入を気付かれた・・・どうでるか・・・」

 「再度・・・突入を・・・」

 SIT隊長は苦渋の表情で再度の突入を提案する。

 「奴らはこうなるように罠を仕掛けたとすれば、あの奥にも何かしら仕掛けがあると見た方が良いだろう。じっくり、調べてからじゃないと、負傷者・・・いや死者が出るかもしれない。それに相手を下手に追い込むと人質の命が危ない」

 高見沢の言葉に誰もが無言になった。

 

 女を犯し終えた男はまるで使い捨てるようにぐったりとする女を床に放り捨てる。

 「へっへへ。緊張が続く時は一発抜くに限るな」

 「そうだな。こういう素人女は簡単にやれないからな」

 男達は下卑た感じに倒れている女を見下ろす。

 「それよりボスは時間が掛かっているな?」

 「まぁ、アレは簡単には取り出せないんだろ。それまでは俺らのお楽しみの時間だしな。だけど・・・そろそろ、警察の奴らにも働いて貰おうか。扉も開けられた事だしな」

 「そうだな」

 犯人の1人が人質から奪ったスマホの一台の電源を入れた。

 

 爆発と悲鳴、怒号が耳のインカムに響き渡る。

 高垣はあまりの事に耳のインカムを外す。

 「ちっ・・・慌て過ぎなんだよ。トラップぐらい疑えよ」

 高垣は愚痴を零しながら、退屈そうにしている。

 そんな彼を他所に指揮所は慌ただしくなる。

 突然、警視庁を経由する形で犯人側からの連絡が入ったのだ。

 すぐに交渉係が電話口で対応する。

 「警視庁の間島だ。君達は本当に籠城をしている本人かね?」

 「今更だな。どうせ、このスマホについては調べてあるんだろ?発信場所や持ち主について・・・」

 犯人側が余裕のある感じだった。

 「あぁ・・・すまない。それで、君達の要求は何かな?」

 「おぉ、それだ。それ。俺らはここから出る為に防弾仕様の車を要求する。天皇や総理大臣とかが乗るような車だよ。自動小銃も貫通しないような奴が欲しいな」 

 「防弾仕様の車か・・・それは少し、時間が掛かると思うけど・・・それを君達に提供したら、人質を解放してくれないか?」

 間島は丁寧な言葉で相手に頼む。

 「人質か・・・解放しないと車は寄越さないつもりか?」

 「い、いや、そういうつもりじゃない。だが、出来れば・・・」

 パン

 銃声が一発、鳴った。その瞬間、指揮所は沈黙した。

 「今、人質を撃った。安心しろ。客で来ていた何だかチャラそうな男の太ももを撃ち抜いただけだ。ただ、かなり出血が酷い。俺らは止血する気は無いから、放置たら、多分、すぐに死ぬだろ」

 「お、おい・・・すぐにその人を解放してくれないか」

 「車が先だ。こいつが死ぬかどうかはお前ら次第だよ。じゃあ、車の用意が出来たら、この番号に電話をしてくれ。それ以外で電話をしてきたら、別の奴も撃つ。良いな?」

 それで通話が切られた。

 「何てことだ・・・本庁の指示を仰ぐ。まぁ、多分、要求を飲むだろうがな」

 高見沢は口惜しい感じに本庁と常時、繋がっている回線を開く。

 

 30分後に用意されたのは要人の為に警視庁が保有する防弾車である。一件するとただの高級車のように見えるが、ボディの中には防弾素材が敷き詰められ、防弾ガラスに替えられている。これで、ボディなら大口径のライフル弾も防ぎ、ガラスでも小口径のライフル弾までなら止める事が出来る。

 「間島だが・・・」

 交渉係は犯人側に電話を掛けた。

 「あぁ、車は用意が出来たか?」

 「あぁ、ライフル弾も貫通しない奴だ」

 「上等だ。じゃあ、それを銀行の正面に回せ。何人か、人質も連れて行くから、下手な小細工をするなよ?」

 「人質は解放してくれないのか?」

 「全部は要らないから、そいつらは解放してやる」

 「解った」

 犯人の要求は一方的だった。

 交渉係からの通話を切った犯人達は大笑いをしている。そこに金庫から出て来た支店長とボスが出て来た。

 「ボス。目当ての物は手に入ったのかい?」

 部下の問い掛けに彼はニヤリと笑った。

 「あぁ、少し苦労したがな。これで俺らは億万長者だ」

 「そんな凄いものかよ?」

 「あぁ・・・こいつをある国に持って行くだけで高値で買い取ってくれる」

 「へぇ・・・こんな銀行の金庫にそんな凄い物がねぇ」

 「まぁ、これをここに預けた奴からすれば、何て事の無い物だからな。だが、これはあの国にとってはとてつもない金になるってわけだ。まぁ、それが解っているからこんな所にわざわざ、隠していたのかもしれないけどな」

 「金に困ったら、売り捌くためですか?」

 「その通りだ。データってのはこうして、持ち歩く事が出来るから、便利なわけだよ。そのデータを欲しがる奴は腐る程に居るのにな」

 男はそう言いながら手にしたリュックサックを大事そうに担ぐ。

 

 「マジかよ」

 高垣は自分の前に一台の高級車がやって来た事に驚く。

 「高垣、指揮所だ。聞こえるか?」

 SIT隊長の声がインカム越しに聞こえる。

 「高垣、良好です」

 「今、防弾仕様の車が正面に回された。そいつは並のライフル弾は貫通しない代物だ」

 「並の・・・ライフル弾ですか・・・」

 高垣はゴクリと唾を飲み込む。

 「そうだ。つまり・・・お前の対物ライフルなら貫通するというわけだ」

 「本当ですか?」

 「貫通仕様の弾にしておけ・・・それと犯人にお前の姿が見えると厄介だ。出来る限り、姿を隠せ」

 高垣は指示に従い、自らの身体が隠れる植え込みの奥に入った

 「視界が凄く悪いですが、距離は100メートルぐらいなんで、防弾車でも軽く貫きますよ」

 銃の貫通力に関しては幾度も様々な条件を変えて試しているので、よく分かっていた。貫通力を高めた弾丸であれば、100メートル以下ならば、セダンの防弾仕様車程度の外装なら貫通する事が出来ると。


 車が置かれて、10分後にシャッターが開き始める。居並ぶ人質達。彼らは盾として、使われていた。彼らに隠れるようにして3人の犯人が外に出て来た。

 「少しでも怪し動きをしたら、人質を射殺するからな」

 彼らの視線は確実に狙撃手を探っていた。その動きからして、彼らが素人では無い事は一目瞭然だった。

 「元軍人か・・・」

 高垣は茂み奥からそう呟いた。視界は限りなく悪い。理由は彼らに発見されるのを恐れて茂みの奥過ぎたからだ。だが、それが功を奏して、男達は植え込みを見るも、高垣を発見するに至らなかった。

 「人質は2人で十分だ。窓側に配置しろ。お前らは運転席と助手席だ」

 「マジかよ。俺らは狙撃されても良いってか?」

 「バカ野郎。その為の防弾車だろ?安心して、目的地まで走らせろよ」

 男達は2人の人質を連れて、車に乗り込む。彼らが選んだのはさっき犯した女性行員と別の女性客であった。

 

 「高垣・・・後はお前に任せる。ここで仕留めろ」

 高見沢はそう指示を下した。

 「えっ?・・・あの万が一の責任は?」

 高垣は一瞬、冷や汗をかく。

 「警視庁からの指示だ。どうも、奴らが手に入れた物はかなり困った物みたいだ。それも含めて、始末したいらしい」

 高見沢の言葉に高垣は嫌な感じがした。

 「解りましたよ。どうなっても知りませんよ」

 高垣は右手でボルトを引く。ローラーロッキング式の機関であり、ロッキングシステムもストレートプルなので、まっすぐに弾くだけで弾が弾倉から薬室へと装填される。

 見えるのは顔だけだぞ・・・。

 高垣は見える限りの情報で狙いを定める。やれるのは前二人。後ろの1人は完全に人質の影に隠れている。そして、窓には狙撃防止のカーテンが敷かれる。

 「カーテンを外して、渡せよ」

高垣は苛ついた。

 だが、最初の一発目が放たれる。100メートル先の車内で銃声は聞こえなかっただろう。だが、一瞬にして、運転手の男が助手席側に吹き飛ばされた。弾丸はドアのサイドビームを突き破り、男の脇腹を貫いた。貫かれた弾丸は助手席の男の左腕を貫き、次の扉で留まった。

 悲鳴が一斉に上がる。だが、その時には次の弾丸が放たれていた。今度は窓ガラスが突き破られる。強力な防弾ガラスに穴が開いた。そして、銃弾は助手席の男の顔面を潰した。

 目の前の二人の男が数秒で肉塊と化した。だが、その銃声さえ聞こえない。

 「長距離狙撃?」

 男は慌てた。左右に置いた人質の女を抱きかかえ、狙撃されないようにする。

 「糞・・・まさか。対物ライフルか?」

 男は予想外だった。日本の警察がこんな手を打つなんて思わなかったからだ。

 「だが、人質ごとは・・・」

 彼は必死に怯える人質を抱える。だが、前を見た時、怯えた。

 「な・・・」

 それが彼の最期の言葉だった。車の前に立った高垣は対物ライフル銃を構えていた。そして、フロントガラス越しに撃った。

 銃弾の形に穴の開く、防弾ガラス。そして、それを貫いた銃弾は男の顔面を撃ち抜き、座席さえも貫いた。


 事件は犯人の全員殺害で終わった。世間はその事で騒ぎとなったが、概ね、極悪な犯人の射殺は受け入れられた。

 事件の背後関係は公安によって調べが始まり、高垣にはカウンセリングの日々が始まった。

 「ちっ・・・人を病人みたいに・・・」

 毎日、精神科医によるカウンセリングを受ける日々に退屈する高垣。

 そうして、平穏な日々が訪れていった。

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