ロックダウン
新型コロナウィルスが世界に蔓延した。
医療技術・数の乏しい国家での感染率は爆発的に増加し、医療崩壊が相次ぐ。致死率は一気に跳ね上がり、その異常な感染率と中途半端な療法により、ウィルスは薬物に対する耐性まで兼ね備えるように進化を遂げた。
強力なウィルスへと変化した事により、更に致死率は高まり、パンデミックは新たな幕開けを迎えた。
ウィルスの突然変異。
恐れていた事であった。異常なまでに増加したウィルスは突然変異を起こし、更に強力なウィルスへと変容したのであった。それは致死率60%という死病と呼んでもおかしくないものであり、尚且つ、すでに新型コロナウィルスに感染した者にも改めて、感染する事が判明した。
世界は戦慄した。
国家間の渡航禁止は徹底され、世界中の政府は国境警備に軍を派遣した。
都市間の移動も禁止され、そして、都市ではロックダウンが発令された。
都市においての個人の行動は著しく行動を制限され、人々は固定された一カ所に留まるしか無かった。
首都東京においても都市機能の多くが沈黙した。
無人と化した街。
動き回るのは出歩く人々を捜索する為に放たれた無人偵察ロボットである。元々は自衛隊が偵察用に開発、保有していた兵器であったが、それらは街中を縦横無尽に動き回る。
武装は外されているが、代わりに逃亡を阻害する為のテイザーガンが装着された無人タンク。大きさはベビーカーや車椅子程度の大きさの箱型。周囲360度上方を視野にするカメラが搭載され、人工知能とネットワークにより行動している。
空には4つのプロペラを回して飛び回るドローンもあり、更に警察や自治体、一部の民間企業が路上や建物に設置した監視カメラなどもネットワークで一元管理され、都市において、動く物全てが監視下に置かれた。
誰も外に出る事は出来ない。各世帯には都からの配給物資が定期的に配布される。それらもドローンが行う。
だが、それらは全て、都が把握しているだけである。無論、ロックダウンが発令された時、都に住民票などが無い人は申請する事で配給は受けられた。
ホームレスなどは全て都が公共施設などを改築して、急造した収容施設内に収容されている。監視は完全であった。これで最低限、1カ月はロックダウンを維持する。それが国、都の考えであった。
だが、それに抗う者が一人居た。
倉沢敦
指名手配犯。
ロックダウン前に都外に逃げる予定だったが、予想よりも早く、道路と公共交通機関の封鎖が行われ、都外に出るには検問を通る必要性があったために都内に留まるしかなかった。
容疑は殺人。暴力団同士の抗争で相手の組長を殺したのである。
捕まるわけにはいかなかった。捕まれば、確実に死刑が言い渡される。故に全てが終われば、そのまま、海外へと渡航して、日本の司法の手が伸びない辺境で生涯を終えるつもりだった。その為の金も報酬として手に入れいている。
逃げなければ。
それだけが彼の使命であった。
手には一丁の拳銃。
それは5人を殺害した狂銃。
タウルス PT92 自動拳銃
一見するとベレッタ社の傑作自動拳銃である92Fと酷似しているが、それはベレッタ社とライセンス契約をしている為であり、酷似と言うよりほぼ、92Fである。ただし、セーフティの位置、機能は異なっており、この辺もベレッタ社との契約によるものだ。92Fの初期型のセーフティが継承されている。この機能自体は84Fと同様である。
PT92はこれ以後もこのセーフティを継承し続ける事になるが、フレーム側にあるセーフティはコック&ロックのみという旧式感のある物だが、コンバットシューティング等においては、有利に働く場合もある。
金も弾丸も腐る程ある。
だが、これで腹は満たされない。
何とかして、国外に出ないと近い将来、死んでしまう。
ロックダウンのせいで警察官の姿も少ないはずだが、代わりにアホみたいにドローンが飛び回ってる。見つかれば、殺されはしないだろうが、スタンガンを装備した軍用無人兵器が追い掛けて来る。
正直、警察官より厄介な相手だ。
人間よりも優れた目。
人間よりも遥かに速い情報伝達。
そして、躊躇の無い攻撃。
かつて、自衛隊に所属していた。
レンジャー徽章も貰ったが、最後は怪我で退役を止む無くされた。
自衛隊を辞めた後は何をやるにもうまくいかず、結果、喧嘩で前科が出来て、落ちるところまで落ちて、最後は暴力団である。
「病気が蔓延している隙に逃げ出す予定だったのに・・・ついてねぇ」
電車もバスも止まった。タクシーすら走っていない。
無人都市と化した東京で一人、取り残された。
コンビニだって開いていない。
どうしたらいいもんか。カラスや猫でも殺して食べるかと過ったが、さすがに。
どこかの家に押し入るのも手かも知れない。
だが、どうであれ、動くのも難しい。
まずはロックダウンされた都から出る事だ。
路地裏を通り抜けても発見される可能性は高い。
勝ち目のない戦いだ。
だが、それでも最後まで諦めない。
何故か。こんな状況だからこそ、そんな風にも思えた。
手にした拳銃を構えながら走る。出来る限り、影になる部分を選んで。
ドローンの接近は独特の羽根音で解る。問題は地上を走る無人兵器だ。ゴム製のキャタピラは音を立てない。モーター音などはしっかりと静音対策がされている。
ほとんど音を出さないようになっているのだ。
さすが特殊部隊より真っ先に投入される機材だけある。
速度こそは人が歩く程度しかないが、それでも偶然に出くわすなんて事はある。その時、相手に察知されるより早く潰すかだ。
目の前に一台の無人兵器が現れた。360°カメラはすでにこちらを捉えているだろう。その時点で、データは通信され、それを動かすコントロール室は動く者を察知したはずだ。顔認識などもされれば、指名手配犯だとすぐ判断されるだろう。
もう終わりだ。
俺は拳銃を構えた。親指でセーフティレバーを下ろす。そして引金を絞る。
初弾が放たれ、銃弾は無人兵器の一番、弱いカメラ部分を破壊する。
だが、これで敵は集まってくるだろう。無人兵器は故障すると警報信号を発するはずだ。カバーをするために付近の無人兵器やドローンが寄って来る。
地獄だな。
俺は無人兵器を無視して、駆ける。
どこまで逃げ切れるか。解らない。幸いなのは相手の持つのが非殺傷武器しか無いことだ。
空から近付いてきたドローンを撃ち落とす。
タウルスはブラジル製の銃だが、性能自体はそれなりに信頼が出来る。ジャムも少ない。ある意味では安心して使える。
サイレンの音が遠くから聞こえる。多分、警察署に待機していた警察官が指名手配犯の発見を受けて、出動したのだろう。
まずい。
もう終わりだと思った。
とにかく俺は県境に向かって走る。
散々、無人兵器やらドローンを叩き落し、俺はひたすらに走った。
酒と煙草で鈍った身体は正直だ。
パトカーが到着してしまった。
警察官が下りて来る。すでに銃を所持している事は解っているらしい。防弾ヘルメットにチョッキを身に着け、最初から拳銃を抜いてやがる。
「動くな!」
警察官がそう告げる。
俺は躊躇なく撃った。
空薬莢が飛び散る。9ミリパラベラム弾は奴らの防弾チョッキを貫通しない。
だが、顔面は別だ。防弾ヘルメットのシールド程度では拳銃弾は止められない。
眉間に撃ち込まれて、警察官は倒れた。もう一人の警察官は慌てて、構えた拳銃で狙おうとしている。だったら、最初からちゃんと狙っておくべきだ。
遅すぎる。
もう一人を二発で殺した。
防弾チョッキを着ている相手を無力化するのは難しい。手足を撃ち抜くか・・・殺すしかないからだ。
車が手に入った。
思いっきり目立つ奴が。
パトカーに乗り込み、アクセルを踏み込む。
幾らドローンや無人兵器が迫ってきてもこれなら問題は無い。
サイレンの音が幾重にも聞こえる。
どこまで逃げ切れるか。
俺はガソリンが尽きるまで走った。
港区の倉庫街まで辿り着いた時、追跡するパトカーの数は数十台になっていた。こちらが拳銃を持っている事から不用意に仕掛けてこないだけだ。
車から降りて、倉庫に隠れる。
調子が悪い。
熱があるみたいだ。
さっきから咳が止まらない。
笑えない話だが、どうやら感染していたみたいだ。
奴らはこっちを逮捕するつもりでいるみたいだが、胸が苦しく。痰がゲロのように吐き出している。
息が苦しく、意識が途絶えそうだった。
奴ら・・・こんな状況を想定しているだろうか。
きっと確保すると思って突っ込んできた時、この惨事を目の当たりにして、誰もが感染に怯えるんだ。
ざまぁねぇ。
こんな最期なんてよぉ。
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