職業・・・人殺し
私は人殺しになる。
そう進路希望に書いたのはもう10年前になる。
担任の先生に進路指導室でこっぴどく叱られたのは覚えている。
だけど、今じゃ、立派な人殺しになっている。
人殺しなんて書くとただの犯罪者にしか思われないかもしれない。
事実、かつての私はただの犯罪者であり、殺人鬼であった。
アメリカに渡り、依頼を請けて、人を殺す。
その為に様々な技術とコネを作った。
暗殺者としてはその手の業界でもそれなりの結果を残しただろう。
だが、残念ながら、この手の商売の問題は様々に恨みを買い、そして、自分が殺される側に回ると言う事だ。
人を殺しておいて、殺されるのは仕方が無いとも言えるが、正直、他人に殺されるなんて、反吐が出る。
逃げ回る日々を過ごしている時、ある組織が私に手を差し伸べた。
まさか、再び、生きて、祖国の地を踏めるなんて思ってもみなかった。
東京某所
マンションの一室
どこかのOLのようにリクルートスーツに身を包んだ一人の女。
彼女の前にはフローリングに倒れる一人の男。
彼から流れ出た血液がフローリングに広がっている。
彼の瞳孔は開き、呼吸、心拍は見た限りにおいては無い。
死んでいる。
別に医師では無いので、死を確定する権利は無いが、そこに転がっているのがただの肉塊である事は経験上で理解している。
人殺しになると決めて、この国を飛び出してから数百の死を見てきたから解る。
殺しに使った道具は拳銃。
この国で拳銃での殺人は特殊であると言える。
そもそも、一般人が拳銃を手に入れるには壁が高いからだ。
故に捜査線上では犯人像などを絞り込まれ易いわけだが、私という存在はそもそも警察の捜査対象にはならない。この殺人だって、警察の手は入らない。気にするとすればマスコミぐらいだ。この事実を公にされるわけにはいかない。
「江夏さん、清掃班が到着しました」
背広姿の若者が姿を現す。彼は私のバディ・・・相方だ。
この仕事は基本的に二人で一組のユニットで行動する。私が仕事をしている時、彼は周囲を警戒していたわけで、尚且つ、他のユニットとの連絡係も務めていた。
「解ったわ。私たちは周囲の警戒に着くわよ」
彼にそう告げて、部屋から出る。私たちと入れ違いに作業着姿の男達が入って行った。彼らが清掃班と呼ばれるユニットだ。様々な薬物などを用いて、死体を跡形もなく消して、部屋を清掃して、そこで殺人が行われた形跡を消し去る。それが彼等の仕事だ。彼らの手によって、これまでも多くの死体や殺人現場が消滅してきた。
死体が溶けていく光景は人殺しをやってきた私でも気持ちの良い見世物では無い。流石にそれはかなり特殊な仕事だと思う。
彼らの仕事は数時間に及ぶ。人間一人を消滅させることはそんなに簡単では無い。時間などが無い場合は現場から運び出して、別の場所にて処理を行うが、死体を運び出すのはかなりのリスクとなる為に大抵はこうして、現場で処理をする。
バディに江夏を呼ばれたが、それは偽名だ。この組織に属している者は全て偽名を使っている。本名を知る者は組織内でも極一部であり、その情報はトップシークレットになっている。だから、こんな非合法な組織でも安心して、仕事が続けられるわけだ。
バディと言えども、互いに信頼しているわけじゃない。別にプライベートを共にする事も無いし、不用意な慣れ合いは禁止されている。あくまでも仕事上の付き合いだけしかない。それでも互いにその技能を認め合っているから信用はしている。
バディは村越と言う若者だ。彼の過去は知らないが、動きからして、自衛隊の隊員であった事は間違いが無さそうだ。射撃は凡庸だが、格闘技などは長けている。
殺しの役目は私である事が多い。理由は彼が人殺しに慣れていないからだ。
自衛官は戦闘訓練をしているのだから、人殺しぐらい簡単じゃないかと思う輩も居るだろうが、それは違う。戦闘と人殺しは違う。究極的には相手を殺害する事になる戦闘でも、それが目的では無い。相手の戦力を撃退する。それが目的だ。その為には殺人もあるぐらいの認識でしかない。だが、殺人は明らかに相手を殺す事しか目的が無い。
だから、元自衛官だろうと人を意識的に殺す事には相当の精神力を有する。故に私は彼に殺人をあまりやらせない。
殺人は人殺しの私の役目だ。
そもそも、何故、私が人殺しをしようと思ったか。
私には親が居ない。兄弟も居ない。親戚だって居ない。
児童養護施設で育ち、何一つ自由にならない毎日だった。
勉強さえちゃんとすれば高校までは通わせて貰えた。
だが、高校2年生の時、不意に思った。
私はこの先、何になるのだろう?
高校を卒業すると同時に施設からは出なければならない。
高卒で就職するとなれば、今の時代、相応の職場しか無い。
それで良いのか?
自らの人生がただ、漠然とした社会の波に流されているだけのような感じがして、気分が悪かった。
そんな毎日の中で、ふつふつと心の奥底に湧き上がるのが、反社会的な自分だった。どんな悪い事をしてやろうか。そう思うだけで、心が晴れた。
だが、進路希望の用紙を手にした時、その時分が心を捉えてしまった。
愚かな行為だったと思う。ちょっと魔が差したとも思える。
こんな紙きれ一枚に何かを書いたところで、何も変わらないと思った。
だが、事実として、担任の教師からこっぴどく叱られ、施設の職員からも厳しい叱責を受けた。
当然だろう。人殺しになりたいなんて書けば、ただの異常者だ。
だけど、心底、私はこの漠然とした毎日から脱却したいと願った言葉だった。
高校3年生の時、私は自衛隊への入隊を決めた。
施設から自衛隊へ。
生活は勉強が訓練に変わったぐらいでそれほど、変わった事は無かった。ただ、ここでの生活はこれまでの人生に比べてかなり良くなったと思う。
毎日、訓練に明け暮れた。
3年が過ぎた頃、私は退官した。
ただ、ひたすら、訓練の毎日に嫌気が刺した。それだけの理由だ。
貯めた金でアメリカに渡った。
そこで拳銃を手に入れ、賞金稼ぎを始めた。
やがて、それは暗殺へと進み、ただの人殺しへと墜ちた。
警察からもマークされる存在。
それが私だ。
殺しの技術だけは日増しに高まった。
だが、殺せば、殺す程、多くの恨みを買い、警察からの目も厳しくなった。
そろそろ潮時か。
いつ、逮捕されるか。いつ殺されるか。そんな事を考えるようになった時、一人の男が近寄ってきた。
「国の下で働かないか?」
あまりに唐突であった。だが、断る理由など無かった。
私は彼に誘われるまま、二度と踏む事は無いだろうと思った祖国に戻った。
「任務ご苦労様」
仕事が終わり、都内某所にあるオフィスビルのフロアに戻ると上司である中年男性が迎えてくれる。
「あぁ、楽な仕事でしたよ」
そう答えると上司は苦笑いをする。
「楽な仕事か。あれでもあの業界じゃ、かなりの腕前らしかったがね」
「女を前にして、得物を手放した時点で終わりですよ」
「相変わらず、手厳しいね。だが、相手が得物を持っていたとしても簡単に殺したんだろ?」
「まさか・・・でも、確かに殺すのは簡単だったかもね」
相手はどこぞのヤクザの幹部。
そいつの何が悪くて殺さなくてはならかったのかは解らない。
ただ、命じられた相手を殺す。それだけが仕事だった。
そのまま、武器庫へと向かう。拳銃などの殺傷兵器は任務以外はここで保管される事になる。
使う武器はあまり換えない事にしている。特に護身用ともなる拳銃は。
腰のホルスターから抜いたのは樹脂製の地肌。
スタームルガー P91
アメリカの新興銃器メーカーのスタームルガー社が発売した自動拳銃、P85の40S&W弾使用モデルである。
元々、低価格、高品質を目指して、開発されたP85であり、ロストワックス製法を用いるなど、コストカットを強く意識した製造がなされている。その結果、競合する他社モデルに比べて、3割から4割程度安く販売する事が出来るモデルとなった。
低価格でありながらも性能自体は高級モデルに及ばないながらも実用上では問題は無い。構造的にタフであるため、メンテナンスなどに疎いユーザーでも扱い易い。
アメリカに渡って、最初に手に入れた拳銃だ。
安くて、使い勝手が良い。
高級な自動拳銃や軍隊や警察が採用しているような拳銃は性能が良いに決まっている。だが、銃なんて所詮、弾がちゃんと撃てれば問題が無い。価格や実績よりも頼りになるかどうかだ。
その点において、こいつは思った以上に私の要望に応えてくれる。
必ず撃てる安心感。それなりの命中率。
不満が無いわけじゃない。だが、その不満は全て、許容範囲内だ。
拳銃での仕事は多い。基本的にコンシールドで相手に近付き、殺すってのが基本的なやり方だからだ。
無論、遠距離狙撃や爆破、毒、車等による衝突。殺せるなら如何なる方法も取る。結果の為に方法に拘るのはプロじゃない。だが、どの方法を取るにしても護身用に拳銃は必要だった。敵だって狙われている事は解っている連中が多い。故に反撃にだって遭う可能性は高いからだ。
「江夏主査、329号案件の方はどうなっている?」
上司に呼ばれて、とある案件の進捗状況を尋ねられる。
「はい。情報部からの情報待ちですが」
「そうか。ちょっと問題があってな。締め切りを前倒しに出来ないか?」
上司は少し申し訳なさそうに尋ねている。
「前倒しですか・・・どれぐらい?」
「3月35日まで」
「あと1週間ですか・・・情報部からの情報が間に合うかどうか」
「確かに不安要素ではあるが、仮に間に合わなくてもやって欲しい」
「成功率は・・・低くなりますよ?」
上司は少し目を伏せた。
「がんばってくれ。成功すれば、報酬の方は色を付ける」
「わかりました。ただ、覚悟しておいてください。相手はアレですから」
「解っている。申し訳ない」
江夏は踵を返し、上司の個室から出て行く。
ここでの仕事の流れは基本的に情報部と呼ばれる情報収集に長けた連中が請けた案件についての情報を集める。その情報を元に実行部で作戦が立案され、実行される。即ち、情報部から情報が無ければ、盲目的に作戦を立案せねばならない事になる。この手の仕事はかなりのリスクを負う事になり、実行者は責任者に対して、相当の不満をぶち撒けるのだった。
江夏は情報部へと向かった。
ここに居る連中は多くは技術者上がりである。要は通信関係などのハッキングなどを主にやっている連中だ。無論、それ以外に張り込みや聞き込みなどの地道な情報収集も行っているが、最近は主に通信関係からの情報が多くなっている。
「それで329号案件の方はどうなっている?」
江夏が情報部の主任に尋ねる。
「あれはまだ、締め切りが先だろ?」
主任は嫌そうに答える。
「締め切りが前倒しになった。聞いてないか?」
「前倒し?勝手な・・・とにかく、まだ資料は作成が出来ていない」
「じゃあ、今ある奴だけで良いから寄こしな」
江夏がそう告げると主任は露骨に嫌そうな顔をする。
「無理だ。まだ、情報が整理されていない。せめて、情報を整理する時間だけでもくれ」
「どれぐらい掛かる?」
「そうだな。ざっと6時間ぐらいか?分析官も暇じゃなくてね」
「6時間か・・・解った。また、来る」
江夏は早々に諦めて、部屋から出る。
「江夏さん、情報部はどうでした?」
バディの村越だ。
「ダメね。6時間後に来いとか言っていたけど、あれは多分、まだ、情報収集をやってなかったって顔ね」
「本来の締め切りはかなり前でしたからねぇ」
「期待の出来る情報は無いわ。うちらでやるしか無いわね」
「了解」
武器庫に行って、武器を受け取る。愛銃はちゃんとした技術者によって、メンテナンスを受けている。
「相変わらず安物を使っているけど、何か意味があるのかい?」
武器庫の管理人と呼べるおっさんが江夏に向かって尋ねる。
「安物ってバカにするなよ。下手な拳銃より、よっぽどマシさ」
「そうかねぇ。まぁ、手入れはしっかりしているから良いけど」
「うちのバディみたいに流行り物好きよりはマシだろ?」
江夏はシグザウエルP320コンパクトを受け取る村越を見ながら言う。
「なるほど・・・確かに」
おっさんも微かに笑った。
銃を受け取った二人はそのまま、駐車場へと向かう。
「車はどうします?」
村越が尋ねる。駐車場には個人の車と組織の車が用意されている。
「私の車で行くわ。その方が相手も警戒しないでしょ」
「江夏さんの車ですか・・・」
村越は露骨に嫌そうにする。
「何か問題でも?」
江夏はそんな態度の村越を睨む。
「いえ・・・ただ、江夏さんは銃と同じで車も安いから」
「殺すわよ」
江夏の怒気の籠った口調に村越は慌てて、口を塞ぐ。
江夏が自らの鍵を取り出し、その扉を開いた車は延珠色のスバル ヴィヴィオRXーRだった。かなりの旧式車ではあるが、後部座席を外して、乗車定員の変更などを行っている。見た目以上に内部はかなり弄られており、並の車じゃなかった。
「スポーツモード付ECVT付のこれのどこが安っぽいって?」
運転席に座る江夏は助手席に座らせた村越にそう告げる。
「だって・・・ラジオも無いし・・・内装は無いし」
ガランとした車内を見渡して村越は残念そうに呟く。
「ラジオなんて仕事中に要らないわ。それに内装の代わりに防弾用の積層装甲を張り付けてあるんだから・・・ボディだけならライフル弾を止めるわよ」
「ガラスも防弾って事ですか?」
「残念ながら、フィルムを張っている程度だから、9ミリをギリギリ、車内に飛び込ませない程度しか無いわ」
「あまり聞きたくない話でした」
「まぁ、カーチェイスしながら撃ち合うなんて、非現実的な話をするより、情報を集めるわよ。やらなくてはならない事だらけなんだから」
江夏はそう言うと、アクセルを踏み込んだ。
情報収集。その多くは対象に張り付き、行動パターンや警備状況などを確認する事が基本だ。あまりに地味な作業だが、やらなくてはいけない作業だ。
車を路地に停めて、対象者を観察する。相手に気取られないようにそれとなく。
「観察は出来て、明日までですかね?」
助手席で缶コーヒーを飲む村越がスマホでスケジュールを確認しながら江夏に尋ねる。
「そう、それで三日後には・・・対象者を殺す」
「作戦はもう、決まっているんですか?」
「情報が集まっていないのに立案が出来るわけないでしょ?」
「ですよねぇ・・・。今回はかなり無茶な感じですね」
「そうね」
江夏は呆れたように手にしたアンパンを口にする。
対象者は栗山忠信。防衛省装備局のお偉いさんだ。
防衛省幹部を暗殺するのは難しくは無い。
幹部と言えども、別にSPが付いている事は無い。一人で居るところをどうにでも出来る。そのはずだが。
「何故かいつも二人・・・ピッタリと張り付いているわね」
まだ、情報収集を初めて数時間しか経っていないが、すぐに解った事だ。
「制服を着ていませんが・・・雰囲気から自衛官ですね。体の鍛え方からして特戦群か空挺って感じですかね?」
「多分ね。何をやった奴から知らないけど・・・自衛官を私兵代わりに出来るなんて普通じゃないわね」
江夏は毒づくように言い捨てる。
「普通じゃないから・・・殺されるんでしょ?」
「なるほど・・・村越の口からそんな気の利いた事を聞けるとは思わなかった」
「いつもそれなりに気の利いた事を言っているつもりですがね?」
「いつもは寝言を言っているだけよ」
そんな冗談を言っている時にも栗山に付いていた二人の内の一人がこちらを見ている事に気付く江夏。
「まずいわね。意外と勘が鋭いって言うより・・・成り行きを解っている感じね」
江夏は車を出発させた。
「江夏さん・・・ビンゴみたいッスよ」
村越がサイドミラーを見ながら江夏に言う。
「ビンゴって・・・あんた幾つよ?まぁ・・・どこまでやる気かしら?」
「カーチェイスで撃ち合いですか?」
村越は笑いながら、懐から拳銃を取り出す。
「あんまりチャラチャラ、拳銃を出すんじゃないわよ。それに街中で銃撃戦ってバカじゃない限り、やらないでしょ」
江夏は軽く笑った。その瞬間だった。
ガン
何かが車に当たった音が響き渡る。
「江夏さん、奴ら、バカだわぁ」
村越が拳銃のスライドを引っ張る。
「本当に撃ってきたの?くそっ」
江夏はアクセルを更に踏み込む。エンジンの回転数が一気に上がり、加速を始めた。
「ぬはっ。なんちゅー加速ですか?こいつのエンジンどうなっているんですか?」
「はん、100馬力まで上げてあるだけよ」
車は幹線道路へと飛び出す。タイヤを鳴かせながら、幹線道路を突っ走る。
「まずいッス。奴ら、追ってきますよ」
「ちっ、ベンツのEクラスか。普通にやっても馬力負けしてるわね。振り切れないわ」
「どうするんですか?」
「バカね。軽四が高級車に唯一、勝てる方法があるじゃない?」
江夏はそう言った瞬間、ブレーキと共にハンドルを回した。
まるで独楽のようにクルリと向きを変えたヴィヴィオは狭い路地へと飛び込む。
「ぬはぁああああ。ぶ、ぶつかる!」
サイドミラーに電信柱が掠める。
「サイドミラーぐらいくれてやるわよ!」
速度を落とさず、江夏は狭い路地をクラクションを鳴らしながら駆け抜けた。
一区画を通り抜けた所で速度を緩めた江夏。隣の村越は魂が抜けたようにシートに背を預けていた。
「ふん・・・だから、小さい車の方が便利なのよ。日本の街は狭い路地が多いから」
江夏はドライブレコーダーの映像を確認していた。
「ナンバーを照会して貰うわ」
「所有者の割り出しですか?」
「当然」
江夏はすぐにスマホで連絡を取る。
「しかし、街中での発砲を厭わないなんて・・・何者でしょうね?自衛隊とは考え難いですが」
村越が不思議そうに江夏に尋ねる。
「反社会組織か・・・もっと、面倒な連中か」
「面倒な連中?」
「警察にも顔が効くような輩よ」
江夏は少し険しい表情をした。
「うちらにもそんな連中が居るんですね?」
「非合法な組織なんて、知らないだけで腐るほどあるわよ。多分、今回の任務もそんな裏での権力争いか何かが原因なんでしょうね」
「なるほど・・・それで敵にこちらの思惑が察知されたから、計画が前倒しになったと?」
「察知されたって言うか・・・完全にバレているわね。これで任務を達成しろとかって、相当な無理ゲーよ」
「無理ゲーなんて言葉知ってるんですね?」
村越が微かに笑った。その態度に江夏は少し不満そうにする。
「私が知ってて、何か問題でも?」
「いや、江夏さん、あんまり昔の流行とか知らないから」
「うるさい。バディの過去を詮索するのは業務規程違反よ。次に私の過去に触れたら、その耳を引きちぎるから」
江夏に睨まれて、村越は平謝りする。
二人はそのまま、オフィスへと戻った。
「派手にやられたみたいだな?」
上司が笑いながら迎えた。
「すでに知っているって事は・・・警察関係から?」
江夏は上司を睨むように尋ねる。
「あぁ・・・残念と言って良いか、相手も警察が通じないからなぁ」
「なるほど・・・相手も同じ穴のムジナって事ですか?」
「ちょっと毛色が違うかなぁ。まぁ、情報が少ないからこれぐらいは教えないといけないかな。相手は防衛省の情報機関だよ」
「情報機関・・・それが何で・・・暗殺対象に?」
「情報機関って言っても非公式の方でね。フロント企業を幾つか持って、世界中にスパイを派遣している。その中心人物が栗山だ。組織の性格上、奴一人が実権を握っている」
「それで・・・?」
江夏が続けて聞こうとした時、上司は少し思案する。
「まぁ・・・良いか。本当は極秘だぞ?吹聴したら、お前らの命がどうなっても知らんぞ?」
「しないよ。それで?」
「ふん・・・。こいつがちょっと調子に乗ったみたいでね。自分ところの手下を使って、政府や防衛省幹部の弱みを握ったようだ」
「なるほど・・・脅しって事ね?」
「その程度なら左遷でも何でも方法があるが・・・どうやら、裏で資金をしこたまに作って、自らの勢力を防衛省や政治関係で作っているらしい。とある党とも接触して、将来的には政治家として出て来るようだ」
「政治家ねぇ・・・その程度なら問題が無いのでは?」
江夏はつまらなそうに言う。
「国家的な機密まで抱えた奴をコントロール不可能にしておくなんて・・・危険過ぎるだろ?それぐらいにヤバい奴に仕上がっているって事だよ。因みに奴ら、俺らの事も知っているから・・・いざとなれば、どんな手を使ってくるやら」
「なるほど・・・国家が暗殺組織を持っているなんて・・・世間に公開されてたら・・・ヤバいですよねぇ」
「つまるところ・・・そう言う事だ。自分の食い扶持の為にも頑張ってきてくれ」
「勝手な話ね。自分達が選んだ輩が厄介者だからって・・・」
江夏は呆れたように答える。
「まぁ、そう言うな。この手の人事はかなり慎重にされるはずなんだが、稀に外れもあるさ。その為の俺らでもあるんだから」
「わかりましたよ。その代わり・・・報酬はしっかりと弾んで貰いますね」
「解っている。こっちもそれなりに用意はしてあるよ」
江夏は再び、駐車場へと出た。相手はこちらの情報を持っている。かなり厄介な相手だと考えるべきだったので、早く行動をしようと思ったからだ。
「江夏さん・・・すでにここも監視されている可能性は?」
「されているでしょうね」
「じゃあ・・・襲撃される可能性とかって?」
「あるんじゃない?」
江夏はあっさりと言う。
「それって・・・まずいんじゃ・・・」
「さすがにここじゃ襲い難いでしょう。この建物の中にだって、私たちと同じ戦闘を生業にする連中がそれなりに居るし、管理職の殆どは元自衛官や警察関係。荒事はお手の物の連中ばかり。互いに大きく損害を出すしか無いわ。そのまで無能じゃないでしょう。相手の狙いは目標が暗殺されない状況になるまでの時間稼ぎって事よ」
江夏の話に村越は頭を捻る。
「暗殺されない状況?」
「そうよ。万が一、殺されたら、彼方此方から疑念を持たれて、政府が追及されるような事態って事よ」
「なるほど・・・それが迫っていると?」
「そういう事ね」
二人は車に乗り込んだ。
「時間稼ぎの為なら・・・幾らでも戦力を突っ込んでくるでしょうけどね」
江夏は懐から拳銃を取り出す。P91のアルミ合金の冷たさが手に染みる。
カシャリとスライドを引いてから、コッキングレバーを押し下ろす。カチャリとセーフティが掛かり、レバーは下がったままになるが、それを改めて上げる。基本的にマニュアルセーフティが掛かって無くても安全は確保をされているから出来る。
「あんたも撃てる準備をしておきなさい」
「マジですか?」
慌てて村越も拳銃を取り出す。
「さて・・・ROEは解っている?」
江夏の問い掛けに村越が当たり前のように答える。
「部隊行動基準っすか?」
「そうよ。使って良いのは拳銃だけ。一般市民の被害は出したくないから、乱射するんじゃないわよ。それと戦闘力を失った奴は捕虜する。逃げる奴は追うな。それだけよ」
「了解・・・相手が自動小銃とか持ってたら?」
「逃げる。って言いたいけど、可能な限り、やれ。野戦じゃあるまいし、街中だったら、差は少ないわよ」
「なるほど・・・納得は出来ないですけど」
「とにかく、一般市民への被害を最小限にする。それだけよ」
江夏は車に乗り込んだ。
車は街中へと走り出し、大通りを駆け抜ける。
「どこへ?」
村越は周囲を確認しながら運転をする江夏に尋ねる。
「決まっているじゃない・・・まずは敵を燻り出すだけ」
車は大通りを駆け抜け、港へと向かっていた。
工業地帯の中を抜ける真っ直ぐで広い道。これは埠頭まで続く道であった。そして、休日故に普段なら多く行き交うトラックや作業員の姿は無かった。
「一台・・・いや、二台。場違いな車が追って来てますね」
村越が後続の車に気付く。それに江夏も気付いた。
「車を入れ替えながら、上手に尾行してきたわね。元警察官かしら?防衛省が相手のはずだけど?」
「リクルートしたんじゃないですか?」
「何でも良いわ。予定通りなら・・・ここで潰すわよ」
「相手は二台・・・10人近く居るかも知れませんよ?」
「数でビビらない。先手を打った方が勝ちよ」
江夏は突然、車をスピンさせ、横にして止めた。突然の事に後続の車も急ブレーキを踏む。
「目を閉じてろ!」
江夏はそう叫ぶと運転席の扉を開き、外へと出る。その右手は腰から取り出した手りゅう弾を持っていた。それを下手投げで二台の車の真ん中へと放り投げる。相手もそれに気付いたらしく、開きかけていた扉を慌てて閉じる。
刹那、激しい閃光と轟音が広がった。それと同時に江夏は一気に相手の車に駆け寄る。その手には拳銃が握られている。
「村越!バックアップ!」
そう江夏に怒鳴られた村越も慌てて、助手席から出て拳銃を構える。
スタングレネードを至近距離で爆ぜられて、二台の車に乗っていた者達は一瞬、動きを止められた。彼らが慌てて、車外に出ようとした時、銃声が鳴り響く。
「抵抗する奴は殺す!」
江夏は手当たり次第に姿を晒した者に銃口を向けて、容赦なく撃った。
40S&W弾の空薬莢が中を舞い、その貫通力の高いフルメタルジャケット弾が男達の身体を貫く。
「くそっ!やめろ!」
男達も銃弾を受けながら、手にした拳銃や短機関銃を構えようとするが、村越の9ミリパラベラム弾も別方向から彼らを狙う。7人の男達は成す術無く、僅か数秒で二人に制圧された。
「おい、お前、生きているか?」
江夏は呻く男を蹴り飛ばす。それに反応するように悲鳴を上げる。
「ふん、傷口は・・・まぁまぁね。あんた、助けてやるから、しっかりと口を割りなさい」
「うっ・・・くぅ」
男は恨めしそうに江夏を見上げながら、最後はコクリと首肯した。
男から様々な情報を聞き出す。拷問こそしなかったが、出血死ギリギリまで追い込んでの尋問は拷問に近かった。
「まぁ・・・肝心の目標の事は解らなかったけど、私たちへの対応は解ったわ。とっとと、仕事を終わらせようかしらね」
江夏は口を割らせた男の額に銃口を向けて、発砲した。そのまま、死体を転がして、車へと戻る。
「どこに目標が居るのか解るんですか?」
「簡単よ。下手に隠れるより、本拠地に居るに決まっているわ。防御が一番、強いからね。あぁ、その辺に転がっているマシンガンは拾っておきなさい。物は大切にしないとね」
江夏は笑いながらハンドルを握った。
都内某所のオフィス街。
そこは都心に近く、ビルの前は多くのサラリーマンなどが行き交う。そこに場違いな軽四が路駐をする。
「ここ、路駐禁止ですよ?」
村越は冗談っぽく言う。
「あっそう。すぐに終わるから大丈夫よ」
江夏は車から降りる。パンツルックのリクルートスーツ姿の彼女とボストンバッグを担いだ背広姿の村越はそのまま、ビルへと入る。
エントランスはガランとしており、そこには笑顔が可愛らしい受付嬢が二人、いつ来るともしれない来訪者を待っていた。その二人の前に江夏がズカズカと歩み寄る。
「お客様、アポイントはおありですか?」
受付嬢の一人が尋ねる。
「えぇ、栗山さんを出して貰える?」
江夏は無造作に尋ねる。
「栗山ですか?どちらの部署でしょうか?」
受付嬢は手元のの端末に触れようとする。
「社長だよ」
江夏は腰から抜いた拳銃を目の前に受付嬢に対して発砲した。弾丸はその麗しい顔面の鼻を潰し、後頭部から抜けた。
「社長の栗山は何処だ?」
「ひぃいいいい」
残された受付嬢は突然の事に椅子から転げ落ちて怯える。
「無理っすよ。どうせ、社長室でしょ?」
村越が代わりに受付嬢の顔面に弾丸を撃ち込んだ。
「まぁ、どうせ15階しかないオフィスビルだしね」
江夏は手にしたスマホを操作する。その瞬間、ビルの外部で爆発が起きる。その瞬間、電源が落ちて、ビルは真っ暗となり、尚且つ、防火シャッターが降りた。
「さぁ・・・退路は断ったわよ。どちらが死ぬか・・・デスマッチって奴ね」
江夏は笑いながら拳銃を非常階段に向ける。そこに降りて来た男の姿があった。彼は手に短機関銃を持っていたが、それを撃つ間も無く、江夏の銃弾が首と顔面を貫く。
「はいはい。村越、手にしているマシンガンは飾りかしら?」
江夏は村越が敵から奪った短機関銃を揶揄うように言う。
「人使いが荒い事で。僕が前に行きますよ」
村越は銃を構えながら非常階段へと向かう。降りて来る敵との銃撃戦が始まった。
中規模のオフィスビルの非常階段は限られている。ここも一つしかない。電源が落ちてエレベーターが使えないとなれば、ここが唯一の昇降場所となる。故に如何に戦力差があってもそれは無意味だった。ましてや、江夏は滅茶苦茶だ。階段が壊れる事も厭わず、手りゅう弾を上に向かって平然と投げ込んだ。
階段の踊り場で爆発が起きる。数人の男達が逃げ場を失って、爆風と破片に吹き飛ばされる。
「ははは。体が粉々になっていくわ」
江夏はその様子を見て、笑う。
「江夏さん、人の身体が千切れるのを見て、笑うのは趣味が悪いッスよ」
さすがの村越も短機関銃を撃つ手を休めて、呆れる。
「ふん。明日は我が身よ。他人が痛い思いをしているのを見て、笑っていられる内が華ってね。ほら、撃つ手がお留守になってるわよ」
江夏は持ってきた手りゅう弾が全てが無くなった事を確認すると手にした拳銃のマガジンを交換する。
「マガジンは腐るほど持ってきただけあるわ。皆殺しって・・・燃えるわね」
江夏は舌なめずりをする。
「皆殺しって・・・いっそ、ここで焚火をして、ビルを燃やした方が早いんじゃないですかね?」
村越がひどく真っ当な事を言う。
「面白いわね。だけど、それじゃあ、死体の確認が難しいじゃない。万が一、炎から助かったらどうするの?」
江夏はそう言って、階段を上がる。その手は常に上方に向けられ、姿を現す男達を撃つ。
「相手は手りゅう弾を使いませんね。持って無いんですかね?」
村越は不思議そうに江夏に尋ねる。
「ここは賃貸物件だから、暴発するかもしれない爆薬は置かないんでしょ」
「賃貸物件ね。面白いです」
江夏達は笑いながら階を上がっていく。フロア毎に激しい銃撃戦が行われるがそこに居る殆どの職員は非戦闘員のようで、丸腰であった。
「た、助けて」
OLが顔を歪ませて、涙でクシャクシャになった顔で助けを乞う。そんな顔面に銃弾を撃ち込みながら、二人は進む。
「ここが社長室ね」
豪奢な扉に村越が銃弾を撃ち込む。そのまま、壁一面に銃弾を浴びせた。
「はい、消毒完了」
江夏が扉を蹴り破る。
中は壁や扉を貫通した銃弾でボロボロだった。
「このクソ野郎!」
大きな執務机を盾にしていた一人の初老の男性が手にした自動小銃を撃とうとしていた。だが、それに怯える事なく江夏は手にした拳銃を軽々と振り向ける。そして、互いの銃口が火を噴く。ライフル弾が江夏の頭を越して、飛び去る。そのまま、天井へと穴が開いていく。
崩れるように倒れた初老の男性は執務机に突っ伏す。
「はい。完了。村越、耳をちょん切って、確保。あと画像もね」
江夏は周囲に倒れている男達を眺める。少しでも生きていそうなら、その頭に撃ち込んだ。
1時間も経たずに61人の人間の命が奪われた。その内、戦闘員は僅か12人。多くは普段から戦闘など考えた事も無かった一般市民であった。
「ちょっと殺し過ぎましたかね?」
村越は微かに笑いながら助手席に乗り込む。
「悪いのは急がせた上よ。死んだ奴は運が無かっただけよ」
江夏は鍵を回し、エンジンを掛けた。
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