そして、女子高生は戦士となる

 紺色のジャケット

 緑色の短いプリーツスカート

 白いシャツに胸元の赤いリボン

 黒いソックスに黒色のローファー

 背中まで届く癖のある髪

 そして手には黒光する銃


 三瀬環は渋谷に居た。

 いや、正確にはそこは渋谷に似た別世界。

 環は登校する為に渋谷駅に降りたはずだった。

 満員電車に揺られ、開かれた自動ドアから飛び出た時、全てが変わった。

 人の居ないホーム

 振り返ると人の乗っていない電車だけがそこに残っていた。

 誰も居ない。

 環は混乱した。

 夢

 そう思うしか無かった。

 だが、この夢はどれだけ経っても醒める事は無い。

 そして、それは夢以上にリアルだった。

 ホームから出ても、誰も居ない。

 渋谷は人どころか、鳥も猫も居なかった。

 生物が居ない街。

 環は不気味さを感じながら学校へと向かおうとした。

 その時、気付いた。

 路上に普通ならあり得ない物が落ちていた。

 

 89式5.56mm小銃

 64式7.62mm小銃の後継として開発がされ、1989年に自衛隊に正式採用された自動小銃である。アメリカ軍との共用も視野に入れた設計の為、弾薬、弾倉は米軍が採用しているM16系との互換性がある。

 64式と同様、日本人の体躯に合わせて作られている為、諸外国ではカービンサイズの銃身長でありながら、フルサイズの小銃と同様の装備が用意され、尚且つ、脱着可能な二脚まで装備されている事で高い射撃精度を有している。

 重量においても樹脂部品を多用したM16A2などとほぼ同じぐらいになっており、諸外国の同時期の自動小銃に比べれば軽量な存在であった。

 ただし、開発時期の問題もあり、現在においては光学装備等を初期の状態では使用が出来ない事が問題となっている。でも、部隊毎でその対応は施され、様々な装備が追加された銃が存在する。

 

 自衛隊が正式採用された自動小銃が路上に落ちている事など、普通の街ではあり得ない事だった。無論、移動中の自衛官が落とすという事件は過去にあるので、可能性を否定する事は出来ないが、渋谷の真ん中で起きる可能性はかなりの確率であろうと言える。

 環はそれが玩具なのかどうかも判断つかぬまま、ただ、立ち止まり、眺めるしか無かった。

 街中の異物を前に立ち竦む女子高生。

 それは始まりの切っ掛けなのだろう。

 (戦え)

 何処からか声が聞こえた。それは男とも女とも言えない声で。

 環は躊躇する。

 「何を言っているの?」

 環はどこから聞こえるか解らない声に必死に反応した。

 (戦え)

 「戦えって・・・何と」

 不安を感じながら、環は周囲を見渡すしかない。

 現実なの?

 まだ、これが夢と現実との区別がつかない。

 (死ぬぞ?)

 その言葉に環の中に何かが湧いた。咄嗟に目の前に落ちている銃を拾う。

 初めて触る銃は思ったよりも重い。

 3.5kg

 それが女子高生にとって、重いと感じさせる重量かどうかは何とも言えないが、まず、普通の女子高生が普段から持ち歩くような重さでは無い。

 鞄が邪魔

 肩に担いでいたデイバッグを放り捨てる。教科書などが入っているが、この状況で必要な物では無いと感じたからだ。

 死

 直感的に感じ取った。

 知るはずも無い銃の使い方を必死に考える。それは多分、そうしないと死ぬと感じ取ったからだ。生存本能と言う奴だろうか。学校の授業よりも頭が動き、目の前の銃を理解した。

 銃と一緒に置かれていたのはガンベルトに弾倉ポーチが通された物。そのベルトを腰に巻く。弾倉の入ったポーチが重く、ガンベルトが落ちそうになる。

 これで・・・動き回れるの?

 腰にぶら下がるようなガンベルトの違和感に環は不満を感じる。

 初弾を装填して、銃を構える。

 撃つのは右側の切替レバーを操作すれば、撃てる。

 一発、撃っておくか?

 環は慣れない仕草で銃を水平に構えた。

 狙うのは道路標識。距離にして50メートルも無い。

 幸いにして、環の視力は両目とも2.0を超える。

 狙いを定めれば、標識さえもはっきりと見える。

 切替レバーを回して、アからタへと移す。

 再び、手を添えて、息を吐く。

 引き金に人差し指を添えて、ゆっくりと引く。

 銃声が鳴る。その瞬間、ストックを当てた右肩に強い衝撃が走り、掴んだはずのフォアハンドが左手から飛び跳ねる。

 銃弾は標識の上を飛び去った。

 思っていた以上に反動は強い。

 左肩に痛みが残る。

 だが、環はその威力の程を実感する。

 戦える・・・何と?

 環が一瞬、不安を感じた。

 その時だった。

 あれは?

 環は数百メートル先の路上に何かが居るのに気付いた。

 球体を意識したフォルム。 

 ただ、それが人のように四肢を持っていたので、単なる機械だとは思わなかった。

 着ぐるみ?

 そう思っても仕方が無いぐらいにそこにあったそれはユニークなデザインに思えた。だが、それが右腕を伸ばした時、環はそれが敵だと感じ取った。

 撃たれる。

 そう直感した時には彼女は真横に飛び退く。刹那、青い光の筋が彼女の居た場所を貫く。その光の筋は環を追いかけるように振り下ろされる。その筋が逃げるように路上を転がる環。

 僅か数秒の事だった。だが、環は相手を睨む。多分、光の筋は触れただけで大きなダメージを与える。それを感じ取ったからだ。

 殺される。

 環はそう感じながらも伏せた状態で銃を構える。

 距離は数百メートル

 自動小銃とは言え、素人が当てられる距離じゃない。

 だが、引き金を引く。

 伏せている分、さっきよりも反動による跳ね上がりを収める事が出来た。

 だが、銃弾は敵の横を通り抜けるだけだった。

 環はすぐに立ち上がり、駆け出す。同じ場所に留まれば、次は殺される。それが解っているからだ。

 渋谷センター街へと飛び込む。遠距離での撃ち合いになれば、圧倒的に不利だと環は悟ったからだ。店の中に逃げ込みながら、環は相手の位置を探る。

 環は考えた。逃げ回るだけではここから抜け出せない。多分、あの敵を倒す事が唯一のクリア条件。

 単純な思考だ。

 だからこそ、闇雲に逃げ回らない。

 相手が何者か解らない。機械なのか・・・それとも中に人間が入っているのか。

 後者だとしてもさっきの一撃は確実に殺しに来ていた。殺されるぐらいなら、殺す。この唐突の殺し合いに巻き込まれた事への苛立ちが湧き上がる。

 銃本体の右側にある切替レバーを回すのがもどかしい。だが、安全の為には移動時に安全装置を掛けておいた方が良いと環は思った。

 洒落た服屋の中で服に囲まれながら静かに相手の動きを待つ。

 相手もこちらを探している。

 このまま、渋谷で何日も掛けて戦い続けるのは危険だ。相手は謎の機械に包まれた相手、どのような装備を持っているか解らない。万が一にもこちらが眠った時に襲撃を受ければ、あっさりと殺されてしまう。

 環はこの数時間で相手を仕留めなければいけないと考えた。

 

 広大な渋谷の中でたった二人。

 鬼ごっこをするにしても遭遇する確率は相当に低い。

 だが、互いに相手を求めている事を考えれば、それほど、難しく無く、互いは相手を見つけ出す事が出来る。何故なら、そこには他人や他の生物と言った存在が皆無だからだ。動く者は全て、敵。

 環は静に動く。僅かな物音も全ては相手に知られる要因だからだ。

 逆に考えれば、耳を澄ませば、相手の動きが解るかもしれない。これは先に相手を見つけ出し、攻撃を仕掛けた方の圧倒的に有利なゲームだ。

 慣れた渋谷ではある。だが、相手の素性が解らない。こちらと同じ、渋谷を熟知しているかも知れない。土地勘があると思っていたら、油断に繋がる。

 環は冷静に動く。

 しかし・・・この無人の渋谷はどうなっているのか?電車に乗っているまでは普通だったはずだ。

 どう考えても理屈が合わない。

 環は不可思議な体験だと思った。体を触る。その触感は確かに自分の身体だ。

 仮想現実

 そうとも考えた。

 だが、電車から降りる一瞬で、そうなる事が可能なのか?

 謎だらけだった。

 店内を進み、裏口から外へと出る。路地を駆け抜け、敵を探る。

 時間だけが過ぎる。

 腹が減ってきた。

 相手も同じだろうか?

 幾つかのコンビニや飲食店には美味しそうな食料はある。だが、食べて良いか解らない。こんな世界である。下手に口にすれば、毒である可能性は否定が出来ない。

 慎重に次ぐ、慎重さを環は見せた。

 並の女子高生にこれだけの行動が可能なのか。

 それは環には当てはまらない事であった。

 彼女は幼少期から元自衛官で、現在は海外で民間軍事会社などでコンサルタントや教官を務める父親から様々な危険に対する教育を受けていた。銃の撃ち方も慣れてはいないとは言え、まったく知らないわけじゃなかった。

 

 これは想定外ではあるが、危険な状況であった。危険は常に想像を超える。想像を超えるから危険な状況となる。これを最大限の能力で解決する事が大事だと父親には教わっている。

 環は故に冷静で且つ、行動する事を惜しまない。

 逃げるにしても戦うにしても、行動をしなければ、道は無いからだ。

 そして、静かに・・・まるで、獲物を狙う猫科の猛獣のようにビルとビルの間をすり抜け、相手を探した。

 そして、彼女は見つけ出した。

 その外見故にか、店内に入らず、路上で敵を探るように動くそれを。

 機械じみたそれに狙いを定める。

 機械に覆われたと言っても、それがライフル弾を完全に遮断する程の防弾性能を有しているは思わない。仮にそうであっても関節部分など、薄くなる部分は構造的に存在するはずだからだ。

 切替レバーを3点バーストに合わせる。

 相手の背後、距離は50メートル。

 確実に命中させる。

 環は二脚を展開させ、路上に伏せた。

 あまり時間を掛けてはいけない。この距離でも気付かれる時は気付かれる。

 照準と射撃はほぼ、同時。姿を晒したら、一瞬で攻撃を仕掛ける。

 銃声が続く。

 銃弾が敵の尻に着弾する。それから上擦る銃口に合わせて、弾着が上がる。背中へと達した3発目。その衝撃に耐えきれなかったのか、相手が前のめりに倒れる。

 効いている。

 そう感じ取った環は攻撃の手を緩めない。

 倒したと油断するのは危険だ。相手が完全に沈黙するのを確認するまで攻撃の手を緩めてはいけない。相手に反撃の機会を与えた時、自分がやられる可能性が高まる。

 環は冷静に中腰姿勢になりながら、銃を構え直し、倒れた相手に向けた発砲した。空薬莢が中を舞い、銃弾が次々と相手の身体に当たる。金属質な表面で弾かれた銃弾によって火花が散る。89式の集弾性能の高さ故か、25発の銃弾の殆どが敵の身体に当たっていた。

 環は空になった弾倉を取り外し、捨てた。そして、ポーチから新しい弾倉を取り出す。その間も相手から目を離さない。

 ギギギギ

 動き出す敵。

 環は一気に駆け出す。ここで逃げれば、相手を倒すチャンスを失うかもしれない。チャンスを確実に物にする。これも父親の教えだ。

 初弾を装填しながら、一気に敵に迫る。敵はぎこちない動きのまま、右腕を振る。青白い光の筋が飛ぶ。環は咄嗟に横に躱すが、光の筋が放つ高温に晒され、彼女の左側に熱さを感じる。露出している白い脚に痛みを感じる。軽い熱傷を受けたかも知れない。それぐらいに危険な光線だと環は実感した。

 だが、彼女はそれでも狙いを定める。光の筋が頭の上を飛び越える。それでも冷静に彼女は撃った。

 僅か15メートル程度から撃ち込まれた弾丸は次々と金属質の肌を貫く。

 環が10メートルぐらいに近付くまでに30発の弾丸が全て撃ち込まれた。それで敵は沈黙した。それでも環は新たな弾倉を装着して、相手を狙った。動きが完全に止まったと観察するまではこの姿勢を崩さない。左脚はジンジンと痛むがそれでも彼女は敵を見下ろした。

 動かない。

 相手が動かないと解った環は近付く。

 穴だらけになったそれの中身を伺う事は少し難しそうだった。

 その時、拍手の音が鳴り響く。環は咄嗟に音の方へと銃口を向ける。

 「撃つのは止めてくれよ。それで死ぬわけじゃないが・・・感覚はあるからね。気持ちが良いものじゃない」

 そこに立っていたのは一人の男だった。

 「初めまして・・・私は防衛省超特殊戦闘技術研究室の加納だ。君をスカウトさせて貰うよ」

 彼は笑みを浮かべながら環に近付く。

 「何が目的?それにこの状況を説明してください」

 環は銃口を向けたまま、そう尋ねた。

 「怒られても文句は言えない。ここは仮想現実世界。フルダイブ型と呼ばれる君の意識を全てコンピューターに直結させる技術さ。まるで本当の事のように思えるだろ?だが、ここは本当の世界じゃない」

 「いつから・・・渋谷の駅で降りた直後でそんな事が・・・」

 環は不安そうに尋ねる。

 「君の言いたいことはわかる。フルダイブ型のシステムはかなり大がかりでね。駅から降りる瞬間に君をこの世界に閉じ込めるなんて芸当は無理だ。だから、昨晩、君が寝ている間にセッティングさせて貰った。君の身体はまだ、ベッドの上だよ」

 加納は当たり前のように言う。

 「ど、どうして・・・」

 「簡単だ。君の父親は私と旧知の仲でね。今回の件でどうしても、若くて、このような状況に即応が出来る人材を求めていたら、君を紹介してくれた。同時に試験にも了承をしてくれた。そうじゃなかったら・・・試験するだけで、様々な違法を冒さないといけなくなるからね」

 「私の了承を得ていない段階で犯罪だと思うけど?」

 環は怒りを込めた口調で言う。

 「それに関してはすまない。だが、本当にこのような突発的な状況でも戦える稀な人材を探していんだ。素晴らしい事に君は合格としか言いようが無い」

 加納は改めて拍手をする。

 「そんな事はどうでも良い・・・私に何をさせるつもりだ?」

 「少女にしか・・・出来ない・・・らしい。我々もその条件に苦慮したよ。馬鹿げているとも思ったが、現実的にそれしか・・・この国・・・いや、世界を救える方法が無いとかな・・・嫌な話だよ」

 加納はげんなりした感じに告げる。

 「はっきりと言って貰える?それともその頭、風穴を開けた方がスッキリする?」

 環に脅されて、加納は苦笑いをする。

 「冗談はやめてくれ。痛いは痛いからね。君に精霊と契約をして貰うよ。そして、この国の為、否、人類の為に戦ってくれ」

 その言葉に環の理解は追い付かず、軽く笑ってしまう。

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