TAXY・HUNTER
夜の街を疾走する。
テールランプの流れに身を任せて、ただ、闇雲に街中を巡る。
タクシー運転手って仕事は至って退屈な職業だ。
客を求めて、繁華街から住宅街まで、人の居る場所を巡る。
手が挙がれば、乗せて、目的地までまっしぐらに走る。
他愛もない会話を所望する客には軽口で返し、黙りこくった客には無言を貫く。
エンジン音が鳴り響き、路面の振動でリズムを取る。
暇が頂点に達すれば、休憩を入れる。
近くのコンビニで・・・公園で・・・。
飯を食うのも、居眠りをするのも自由だ。
カーナビの画面に無線予約の通知が入る。タッチパネルの画面に表示されたそれを押せば、無線予約を取った事になる。画面はマップから案内への表示に切り替わる。そこには依頼主の名前と住所、予約時間などが羅列されている。
「XYZ」
摘要項目に表示された3文字のアルファベット。
他人が見れば、それは何を意味するか解らない。
だが、運転手には解る。
「客か・・・」
場所を確認して、最短距離で客の待つ場所へと車を走らせる。
到着した場所は寂れた商店街の一角。
殆どの店のシャッターは閉まり、開く事は無かった。
歩道を歩くのは年寄りばかり。
寂れただけで平穏な街であった。
オフホワイトの車体にエメラルドグリーンの差し色が入った車体が車道の端に停まる。最近、流行りのジャパンタクシーだ。
車の状態を示すハルカと呼ばれる電光掲示板には『予約』の文字が灯っている。
運転席側の扉を開き、制服姿の運転手が姿を現す。
何処にでも良そうな中年男性は周囲を見渡した。
誰も居ない。
偶然なのか。周囲には誰も居なかった。つまり、依頼主の姿も無い。
「まだ、早かったか?」
運転手はそう呟きながら、腕時計を見る。
到着から5分後には勝手にタクシーメーターが起動する仕組みになっている。
「ふん・・・面倒な事じゃ無ければいいけどな」
彼はルミノックスの腕時計をシャツの袖で隠す。
「助けてっ!」
突然、路地から飛び出してきたのは若い女。
ブランド物の派手な色柄のスーツを身に纏った茶髪の女。
「ちっ、面倒は御免だと・・・」
運転手は後部座席の自動ドアを開く。女は飛び込むように乗り込んだ。すぐに運転手も運転席へと飛び込む。
「お客様、お名前の確認を?」
「真樹、高見真紀よっ!早く出して」
女は叫ぶように言う。運転手はアクセルを踏み込んだ。
自動ドアはまだ、閉まる途中。女は助手席の背後にある手すりを握りながら振り落とされないように前かがみになる。
「お客様、シートベルトのご協力をお願いします」
運転手はいつものようにそう述べながら、加速を続ける。
パン!
軽い破裂音が後ろから聞こえた。
「あんた・・・一体、誰から狙われている?」
運転手は振り返る事無く、後部座席の女に尋ねる。
「し、知らない。だけど、私、命を狙われてるの。あなた、掃除人でしょ?こうすればあなたに会えるって聞いたの?」
女はすがるように運転手に迫る。
「掃除人?・・・さぁてねぇ」
運転手は惚けたように答える。
「違うの?」
女は愕然としたように崩れ落ちる。
「だけど・・・シートベルトだけはしっかりと締めてくださいよ。ちょっと、運転が荒くなりますので」
運転手はハンドルを派手に回す。
タイヤは鳴き、車体は大きく傾きながら交差点を駆け抜けるタクシー。
その後を一台の高級セダンが同様に駆け抜ける。
(相手はV8か)
運転手は追いかけてくる車の性能を把握する。
ジャパンタクシーはその性能から高回転でエンジンを回すような走りは苦手だった。高速性能では圧倒的に分が悪い。
「に、逃げ切れるの?」
それは後部座席に乗った女にもすぐに解る事だった。彼女は不安そうに左右に揺れる車体に転がるようにしていた。
「逃げ切れるか・・・ちょっと難しいかな」
運転手は少し苦笑いをしながら答える。
「ちょっとぉおおお」
女が絶叫した。その瞬間、後部ガラスにヒビが入った。
「ちっ・・・当てられたか。貫通しないところを見ると、9ミリパラか45口径だな。相手が拳銃だけなら・・・まだ、大丈夫」
運転手はサイドミラーで相手を確認した。
「じゅ、銃よ?相手は銃を持っているのよ?警察、警察に行かないと」
女は慌てて、スマホを手に取る。
「慌てるな」
運転手は女がスマホで通報するのを止める。
「だ、だって・・・」
女が運転手に抗議の声を上げようとした時、運転手の右手が制服のジャケットの懐に入った。左手で握ったハンドルを素早く回す。突然のハンドリングにタクシーの後輪が滑り出す。タクシーは90度。向きを変えた状態で横滑りをする。それは僅か一瞬であった。
運転席の窓が開かれている。
運転手が懐から抜いた手には一丁の黒光りした回転式拳銃が握られている。
右腕を伸ばしたかどうかも解らぬ一瞬で拳銃が咆哮した。
タクシーは一回転して、元の進路に戻る。
キィアアアアア!ドゴン!
タクシーを追っていた高級セダンは路肩に突っ込んでいた。それをルームミラー確認しながら、タクシーはその場から去って行った。
「俺の名は・・・渡瀬譲・・・タクシー・ハンターだ」
運転手は稲永埠頭の岸壁に停車させたタクシーの中でそう告げた。
「やはり・・・あなたが噂のタクシー・ハンターだったんですね」
後部座席に座る女は緊張した面持ちで彼を見た。
「さて・・・相手は街中で平然と拳銃が撃てるぐらいイカれた連中だが、君は何も知らないのか?」
渡瀬は真剣な表情で女に尋ねる。それに女は困惑した表情を見せる。
「ふっ・・・まぁ、良い。料金は迎え料入れて、4350円になっているけど・・・」
「あの・・・私は・・・これから」
女は切羽詰まった感じに渡瀬に問い掛ける。
「さぁ・・・私はただのタクシー運転手ですから」
「でもさっき・・・」
女は渡瀬が拳銃を撃ったのを見ている。
「それはあんたが乗客だから・・・メーターが回っている以上、その間の乗客の安全を確保するのは私の役目ですから」
渡瀬は表情を変えずに答える。そして、後部のスライドドアが開かれる。
「そして、支払いが済めば、降りていただく。それだけです」
渡瀬に言われて、女は財布から交通系ICカードを取り出す。
「こちらにカードを・・・」
カードリーダーにカードを当てて貰う。十数秒程、読み取りに掛かる。
「あっ・・・通信状況が・・・」
稀に通信が途絶すると、読み取りに失敗する時がある。
「すいませんね。うちのシステムの弱いところでして、やり直しを」
バシュン!
金属の擦れ合う音と共に車体に衝撃が走る。反射的にスライドドアを閉じるボタンを押すが、閉まるのは遅い。
「くそっ、電動はボタン押しっぱなしにしても遅いから嫌なんだ」
渡瀬は愚痴りながら、ドアが閉まり切る前にアクセルを踏み込む。
タイヤが鳴き、タクシーが急発進する。
「とりあえず、料金は継続させて貰います」
渡瀬はメーターの実車ボタンを押した。
タクシーを追いかけるように倉庫の影から飛び出してきたのは一台のワゴン車だった。
「あんた・・・本当に何をやったんだ?」
埠頭を一気に加速していくタクシーのハンドルを握りながら渡瀬は後部座席で慌てて、シートベルトを締めている女に尋ねる。
「だからぁ、知らないですってぇ!本当に訳が分からないですけど、先月、海外ロケに行ってから、ずっと誰かに付けられているみたいなんです」
女は車に揺られながら叫ぶ。
「海外ロケだぁ?あんた、何者だ?」
「私は女優よ!女優!高見真紀って名前を知らないの?」
「さぁね。タクシーを転がしていると、まともな時間のドラマなんて見る事が無いから」
再び、車体に衝撃が走る。
「野郎、当てて来やがる」
渡瀬は嫌そうに呟く。
「当ててって・・・銃弾?」
真樹は怯えながら尋ねる。
「あぁ、この辺は障害物が少ないからな。それに相手の腕が良い」
「じゅ、銃って貫通するの?」
「普通の車は拳銃の弾でも貫通するよ。車がバリケードになるのは映画の世界ぐらいなもんだ」
「えっ!危険なんじゃ!」
「そういう事だ。ガラスはヒビが入るし、あんたのお陰でこっちは大損害だ」
「し、死にそうなのに、余裕ですね」
「悪いが、こいつは特別製でね。ガラスだけでも拳銃弾は貫通させない。ボディの一番厚い所なら、10ミリ口径のライフル弾でも防げるんだよ」
「タクシーって皆、そうなんですか?」
「言っただろ?こいつは特別製だってぇ」
港の長い直線を突っ走るが、後続のワゴン車も当然ながら、追跡してくる。後部座席のスライドドアが開かれ、中から半身を出した男が手にした自動小銃を撃ってくる。銃弾はタイヤを狙っているようで、弾丸はアスファルトを穿っている。
「タイヤもランフラットだが、弾丸の直撃で大きく削がれるとまずいな」
渡瀬は車を巧みに左右に動かしながら、銃弾を躱す。
「わ、わたし、助かるの?」
真樹は怯えがら、ソファに身を低くしている。
「さぁな・・・なんで、警察に匿って貰わなかった?」
「知らないわよ。警察は門前払いされたんだからぁ」
真樹は涙目で叫ぶ。
「門前払いか。こんな所で堂々と撃ってくる輩は・・・多分、バックが付いてやがるって事だな」
タクシーが港から離れて、都市部に入ったぐらいにワゴン車の姿がなくなった。 「さて・・・さすがに街中でドンパチってのは避けたいようだな。それじゃ、話を聞かせて貰う」
タクシーを路地に停めた渡瀬は改めて、真樹に尋ねた。
「そ、そんなの・・・さっき、言った通りよ。私は海外ロケから帰ってきら、ずっと誰かに付けられている気がして、事務所に言ったら、警備を強化するっては言ってくれたけど、だけど、それも何だかおかしくて、三日前には家の中に誰か居る感じがしたから、家にも帰れずに警察に相談しても、気のせいだろうと言われたのよぉ。事務所に黙ってホテル暮らしを始めたら、昨日、夜中に突然に襲われたんだから!」
「襲われた?」
「ホテルの扉が勝手に開いて、男が入ってきたの。手には拳銃を持っていたわ」
「よく助かったな?」
渡瀬は呆れたように呟く。
「必死だったわよ!」
真樹は泣きながら叫ぶ。
「それで警察署に逃げ込んだけど、また、相手にされなかったけど、そこで会った女刑事さんがこのタクシーを教えてくれたんです」
「女刑事ねぇ・・・なるほど・・・話は分かった。だが、簡単じゃない。相手はかなり大物だよ?」
「大物?」
渡瀬の言葉に真樹は驚く。
「あぁ、人を殺すのに警察させ黙らせるような奴だ。まぁ、本当に殺す気があるのか解らない。ただ、脅したいだけかもしれないけどね」
渡瀬は懐から拳銃を抜いた。
コルト パイソン 3インチ銃身 コンバットパイソン
コルト社が1955年に発売した357マグナム弾が発射が出来るリボルバー式拳銃である。
コルト社にはローマンやトルーパーと言ったリボルバーがあるが、それらよりも遥かに高級感のある商品として、開発された。大型なフレームと精度の高い銃身により、高い射撃性能を持つ事から、コルト社のリボルバーとしては傑作となる。
銃身上部にはベンチレーテッドリブと呼ばれる部材が装着されているが、これにより銃身の過熱による陽炎が防げられ、連射時の照準の妨げにならないとされているが、そもそも、効果の程は不明である。
銃身のバリエーションは2.5から8インチまであり、8インチモデルではベンチレーテッドリブにスコープマウントが装着がされ、パイソンハンターとして、狩猟用モデルとして発売された。
短めの銃身のリボルバーを抜いた渡瀬はそれを真樹に見せるようにする。
「本物・・・よね」
真樹はそれを見つめる。
「あぁ・・・俺はこの街でスイーパーをしている」
「スイーパー?」
真樹は不思議そうに渡瀬を見る。
「街の掃除さ。警察も手が出ないような輩を始末する。それが俺の仕事さ」
「警察も手が出ない?そんな悪人が・・・」
「幾らでもいるさ。悪人は常は抜け穴を狙ってくる」
「あの・・・私の命を狙っているのも・・・」
「多分な・・・情報が少ないから、何ても言えないが・・・狙っている奴は確実に大物だ。警察の幹部連中にも手が回るぐらいだからな」
「それじゃ・・・私、殺されちゃうの?」
「さあな・・・だが・・・」
渡瀬は運転席から降りた。そして、銃を構える。
「そこに居るんだろ?」
路地から姿を現したのは一人の女だった。
「勘が鋭いわね」
上から下までブランド物のスーツを着込んだ美女は笑いながら渡瀬に近付く。
「この客に俺を紹介したのはお前か?」
「私以外に居ないでしょ?」
女は上目遣いでそう答える。
「ふん・・・どうせ、警察のゴタゴタだろ?」
渡瀬は嫌そうな顔で告げる。
「解っているじゃない。その子の対応で上の方はかなりシビアになっているみたい?」
「誰が関わっている?」
「それは・・・私も知る立場には無いわ。ただ、かなりお偉いさんみたいだし・・・その人物が公表されたくない事柄をその人は知っているみたいだけど」
「なるほど・・・なぁ、あんた、海外ロケで何を知った?」
「へっ?」
真樹は呆けたような表情をする。
「まるで何も知らんって顔だよ?」
渡瀬は呆れたように言う。
「まぁ・・・相手が知られたと勘違いしているって事かも知れないわね。どっちにしてもこの手の事が収まるには相手が安心が出来る事が大事なのよねぇ」
「厄介事を作るなよ。俺はタクシー運転手だぜ?」
「解っているわよ。こちらも調べるから、しばらくはこの人を守ってやってよ。どうせ、その人、金持ちだから、しばらく、チャーター扱いでも払ってくれるわよ」
「チャーターねぇ。まぁいいさ」
渡瀬は運転席に戻る。
「そういうわけだ。俺の言う事を聞いてくれるなら、あんたを守っても構わないが・・・あんたはどうするつもりだい?」
「た、助けて」
真樹は涙目で座席にしがみつく。
「ふっ・・・美女を泣かせるのは俺の性に合わないな」
タクシーは静かに真夜中の街を駆け抜ける。
後部座性では女が寝息を立てている。
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