夕焼けガンにゃん

 アメリカ西部のド真ん中。

 そこには交易によって栄えた街がある。

 その街は特に名物があるわけじゃないが、荒野を突っ切るように作られた道路や鉄道にとっては必要不可欠な街だった。

 アメリカ中から人や物がここを通過していく。

 そんな街だから、多くの人も自然と集まり、賑わいを作っていた。

 「おらぁ!てめぇ、イカサマしただろう?」

 酒場の丸テーブルが蹴り飛ばされる。散らばるトランプのカードとドル紙幣。

 「ああん?俺がイカサマをしただと?」

 二人の白人が互いに睨み合う。片方は西海岸で一攫千金を狙う山師。もう一人は銀行強盗などをやっている悪党だ。どちらにしても悪い奴で、ろくでなしだ。そんな輩が酒場でやることと言えば、ギャンブル。

 酒を飲みながら、ポーカーを楽しむ。だが、そんな中でも不心得者はイカサマをやる。気付かない奴は馬鹿で、バレたら半殺しだ。だから、喧嘩になる。西部の酒場じゃ当たり前のような光景だろう。たまに起こる喧嘩は周囲の見物人を盛り上がらせる。酒場のオーナーからすれば、机やら椅子が壊されるので迷惑な事だ。

 「てめぇら、うるせぇぞ。それ以上、やるなら、外でやれ」

 いかついオーナーが一喝する。それを見た二人は、機嫌悪くしながら、外へと出て行った。1900年代初頭のアメリカ。自分の身は自分で守る。それが基本だ。西部の男の腰には拳銃がぶら下がっているのが普通だ。それは身を守るためでもあり、暴力のためでもある。

 「ちっ・・・ぶっ殺しやるよ」

 悪党が腰の銀色に輝くコルト社製ピースメーカー回転拳銃をチラつかせて言う。ニッケルメッキが鈍く輝く。

 「へっ、上等じゃねぇか・・・そんな銀ピカの拳銃で俺とやろうってのか?」

 山師はホルスターから古びたレミントン社製アーミーパーカッション式回転拳銃を取り出す。それを見た悪党が軽く鼻で笑う。

 「糞みたいな骨董品で何をするつもりだ?」

 「うるせぇ。てめぇの銀ピカの女々しい拳銃よりマシだぁ」

 二人は20メートル程、離れて、向かい合う。決闘だ。20メートルはこの時代の拳銃だと当てるのが難しい距離でもある。相打ちになり難い絶妙な距離だからこそ、対面した状態で撃ち合えるとも言える。

 「死にたく無いなら、詫びいれるのは今だぞ?」

 悪党は山師にそう叫ぶ。

 「るせぇ。ガキがガタガタと泣き言を言ってるんじゃねぇよ」

 互いに一度、ホルスターに拳銃を入れる。

 「ジジィ。言うじゃねぇか。おい、誰かコインを上げろや」

 観客の一人が1ペニー硬貨を手にして、一歩前に出る。そして、彼は前に出した拳の親指に硬貨を載せた。

 「やんぞ。こらぁ。いつでもいいぞ」

 「俺もだ。早くしろ。こらぁ」

 二人は恐怖からか、声高に叫びまくる。観客達は静かに見守った。

 カチーン

 甲高い音で弾かれた硬貨が宙へと跳ね上がる。クルクルと宙を回転しながら高らかに上がってから、地面に向けて落ちていく。

 二人は相手を狙い澄ます。拳銃を抜く手がピクピクと痙攣している。ゴクリと息を飲んだ。最初の一発が肝心だ。それで勝負の多くが決まる。

 チン

 硬貨が乾いた地面に落ちた。

 その音を耳で聞いた瞬間、二人はホルスターから拳銃を抜いた。

 互いの拳銃はシングルアクション式。撃鉄を自分で起してからじゃないと引金は引けない。

 彼等はホルスターから抜き様に親指で撃鉄を起す。そして、ホルスターから銃身が抜けた瞬間、グイッと相手に銃口を向けて撃つ。

 クイックドロウの基本だ。

 当然ながら、銃はしっかり狙った方が当たる。だが、その為の動作はホルスターから抜いて、腕を顔の前まで上げて、銃の照星と照門と重ねて狙う。

 どれだけ早い奴も3秒は掛かる。だが、クイックドロウはホルスターから抜いて撃つという動作の連続なので、1秒以下で撃てる。相手よりも早く撃つ。それは撃ち合いにとって、重要なことだった。

 互いの銃声が重なり合う。クイックドロウはしっかりと狙いを定めたわけじゃない。距離が離れると簡単に当たるわけじゃない。最初の一発が互いの身体の横を通り過ぎる。それを見ながら互いに照準を調整する。左手は銃に添えるようにして、撃鉄を起すために上下に振る。その間、引金は引きっ放しだ。そうすることで、撃鉄を起す動作だけで発砲することが出来る。サミングと呼ばれる技術だ。まるで機関銃のように次々と発砲される。弾丸は相手を追うように放たれる。互いは撃ちながら弾を避けるために横へ飛び込む。そして、互いの銃は弾を撃ち尽くした。二人は地面に倒れ込んだままだった。

 「ガキはねんねの時間だぜ」

 山師の男は笑いながら立ち上がる。ホルスターへと拳銃を入れる。そして、その場を後にした。悪党は腹を押さえたまま、嗚咽を漏らしながら苦しんでいる。

 「医者だ!医者を呼べ」

 観客の誰かが叫ぶ。こうして、この決闘は決着した。こんな事はこの街では珍しくも無い。ただし、このような殺し合いは当然ながら、法で禁じられている。法で禁じられているのだから、双方、命があれば、捕まり、裁判に掛けられるはずだ。捕まえる奴が居ればの話だが。


 「なるほど・・・それで、山師の男はそのまま、西海岸に向けて出発したんだな?」

 市長のアッキーは黒縁眼鏡をクイッと上げて、困惑した表情で秘書からの報告に対して応えた。

 「はい。まぁ、彼も悪党の仲間から復讐されるのが怖いでしょうからね」

 「そうか・・・それで、保安官の募集に応募はあったかね?」

 アッキー市長は唐突に話を変える。だが、秘書は動じることなく答える。

 「あぁ、ラッセンの後釜ですね。まったくです。もう、募集の貼り紙を出してから1ヶ月は経とうと言うのに。お陰で、この間、銀行強盗に遭いましたよ。銀行の頭取が、このままじゃ危なくて、店を開けないって嘆いていました」

 保安官の居ない街の治安は悪化の一途を辿っていた。盗難から強盗、強姦やら殺人まで、やりたい放題というわけだ。悪党どもは我が物顔で闊歩している。人々は自衛の為に銃を持ち、何かあれば街中で撃ち合いが始まる。それがこの街の現実だ。

 「保安官は雇っても1ヶ月もしない内に殺されるか、悪党と内通するかのどっちかだからな。正直、何も期待は出来ないが、居ないより、居た方がマシだからな。誰かやってくれないもんかねぇ」

 アッキー市長は疲れたようにそう言うだけだった。


 荒れた街だが、それでも交易の街として、栄えている。宿屋は今日も客でいっぱいだし、酒場だって、客でいっぱいだ。それで食っている奴がこの街の大半だ。その中で、この街を支配しようと企む悪党が幾つか存在する。市長が本当に恐れているのは彼らだ。市長は選挙によって選ばれるが、今の市長が選ばれたのはまだ、この街の治安が良かった時代だった。この街の治安を長年守ってきたロイが歳で辞めてからと言うもの、まともな保安官が居らず、悪党だけが増えてしまった。市長はロイに復帰を望むが、彼は街の外で牧場をやっていて、もう保安官には戻らないと強い意思を示した。

 それ以来、保安官として雇った人数は二桁を超えたが、結果、誰も残らなかった。元々、保安官という職業をやりたいと思う奴は少ない。志願する奴は大抵、軍人崩れか無法者だ。まともな奴がやる仕事じゃない。

 「給料の額は良いはずなんだがな」

 アッキー市長の言葉に秘書も頷く。保安官の賃金はかなり高給だ。だが、街の治安が悪化して、保安官の死傷率が高いことが噂されると、それでも誰も応募して来なくなった。

 「しかし・・・市長、このまま、市長選挙を迎えると、悪党が市長になるかも知れませんよ。そうなったら、この街は本当に危険な街になってしまいます」

 秘書の言う通りだった。今でも相当に危険な街だが、そうなれば、地獄と化すかも知れない。下手をすれば、軍が派遣されて、街が殲滅されるかも知れない。そんな恐怖を感じつつも、市長としては何とか、この街を健全化して、以前の平穏で商業が盛んな街にしたかった。


 街の周囲には荒野が広がる。

 この街を貫く幹線道路と鉄道だけだ。

 毎日、二便は通る蒸気機関車。

 これも最近では盗賊に襲われる事がある。稀に連邦警察官が乗ってくる。そして、大抵、彼は保安官の居ないこの街の市長を訪れて、治安維持をするように要請していく。言われる方も判っているから努力しているが、そんなのは彼等には関係が無い。嫌味満々に市長をバカにして行くだけだ。これが市長には悔しかった。

 「ふむ。何とかして、保安官を雇うぞ。チラシを刷れ。そして、もっと広く、知らせるのだ。こんな街中だけで何とかしようとしたのが間違いだった」

 市長はすぐに秘書に命じて、大量のチラシを作った。そして、それを近隣の街などに配ったのだった。その反響は確かにあった。近隣から多くの保安官志願者が集まった。市長はほくほく顔で彼等を次々と採用していく。だが、街にはこれを心良く思わない連中が居るわけだ。


 カーク兄弟


 彼等は多くの街で強盗をやって、お尋ね者になり、この街まで流れ着いた。この街でも悪事のやり放題だった。だが、新しく保安官になった若者と衝突する。それで5人兄弟の末の弟が逮捕された。

 「ちっ、ヨハンが逮捕されるなんて、どんだけヘマなんだ?」

 長男のダナンが怒り狂う。

 「兄貴、あいつが酒場で酔っ払って、どっかのガキと喧嘩したって言うんで、あの新米の保安官が捕まえていきやがったんだよ」

 三男のミハイルがダナンに殴られて腫れ上がった顔で必死に弁明する。

 「馬鹿野郎。酔っ払って喧嘩したぐらいで、捕まる奴があるか?その保安官をぶち殺して、ヨハンを救いに行くぞ」

 ダナンはパーカッション式水平二連散弾銃を肩に担いで歩き出す。残りの3人の兄弟も次々に銃を持って、歩き出した。まだ、アメリカと言う国は行政機関なども曖昧で、国家権力は隅々まで行き届くわけじゃない。保安官と言っても、悪党から狙われる事もある。それに対抗するには基本的に自分の力だけだ。

 突如、街中に銃声が鳴り響き、保安官事務所に銃弾が撃ち込まれる。

 「おい!うちのヨハンを釈放しやがれ!皆殺しにするぞ」

 ダナンは保安官事務所に向かって叫ぶ。当然だが、そんな無茶な要望に応じる保安官など居ない。3人の保安官も手に拳銃やライフル銃などを持って、応戦しようとする。

 「おい!こんなことして良いと思っているのか?お前等は法を大きく破っている。今なら、許してやる。とっとと去れ」

 保安官の言葉にダナンは怒鳴り返す。

 「うるせぇ。うちの可愛い弟を捕まえて、何を言ってやがる。殺すぞ」

 「そうだ。そうだ。兄貴は本気だぞ。早く返せ」

 兄弟は派手に銃をぶっ放し、保安官事務所の木の壁に穴が空く。保安官の一人が弱気になって、仲間に釈放を提案する。

 「やべぇよ。奴等本気だ。あのガキを放そうぜ」

 「ジャック。てめぇ、弱腰になりやがって。あのカーク兄弟だぜ?全員、捕まえるなり、殺せば、たんまり賞金が貰えるって奴よ」

 他の仲間も同意する。

 「違ぇねぇ。あいつら、頭にしっかり血が上っているから意外と簡単にやれるかもよ」

 どちらも場慣れした感じだ。オドオドした若い保安官を他所に彼等は隙間からカーク兄弟を見た。

 「一番上の兄貴から殺すぜ。そうすれば、奴等もビビるだろう」

 一人の保安官が手にしたライフル銃で壁の隙間から狙った。

 一発の銃声と共に、馬に乗ったカーク兄弟の4番目が撃たれた。彼は胸を撃たれて、そのまま落馬する。多量の血を流しながら、彼はピクピクと痙攣をしていた。それを見たダナンは顔を真っ赤にして怒り狂う。

 「ツェペリ!くそっ!吶喊だぁ」

 ダナンは馬から飛び降りて、散弾銃を撃つ。そして散弾銃を捨てて、拳銃を抜き、保安官事務所へと駆ける。保安官達は必死にライフルや拳銃を撃つ。弾丸はダナンの身体を掠っていく。血を流しながらダナンが事務所と飛び込んだ。

 「てめぇら!ぶっ殺してやる」

 他の兄弟達も飛び込み、保安官事務所の中で激しい銃撃戦が始まる。激しい撃ち合いは数分で終り、保安官事務所からカーク兄弟が出てきた。ダナンは倒れたツェペリの亡骸を馬に乗せて、その場を去っていく。保安官事務所には三人の保安官の死体だけが残された。

 このことが噂になって、また、保安官が集まらなくなった。

 「なんか・・・どうでも良くなった。俺も市長を辞めて、ニューヨークにでも行こうかなぁ・・・とか」

 アッキー市長はやる気を失くして呆然とする。


 それから数日が経ったある日、いつも通りに汽車が駅に到着した。

 客車から次々と人が降りてくる。その中にはマントで身体を覆い、ツバの広いハットを目深に被り、男か女かさえ判らない旅人が居る。

 ただ、言えることはその身長は150センチ程度のチビだった。

 そしてその傍らにはメイドが居た。旅人と違って彼女は長身痩躯で、赤い髪を三つ編みにして黒を基調としたドレスに白いエプロン、両手に大きな旅行鞄に大きな背嚢を背負っていると言う姿だった。彼等は街の北側にある駅から真っ直ぐに街の中央へと向かって歩き出した。

 街の中央には役場と銀行が隣り合ってある。銀行はいつも忙しそうに客が居るが、役場はほとんど、人が居ない。職員達は退屈そうに仕事をしている。そんな役場の扉が開かれる。

 そこには旅人とメイドが立っていた。

 窓口の職員は訝しげに二人を見る。旅人の顔がよく見えないが、凄いチビだなと思う。

 旅人は目で合図を送って、メイドを窓口に向かわせた。メイドはエプロンのポケットから二つ折りされたチラシを出して、それを窓口へと差し出す。

 「これはここで良いのですか?」 

 窓口の職員はメイドからチラシを受け取り、しっかりと見る。それは以前、頒布した保安官募集のチラシだ。

 「あぁ、これね」

 職員は突然のことに驚いた。だが、長らく待っていたことだけに彼はすぐに喜んだ。

「待っていました。すぐに市長室へとお連れします」

 職員は二人を連れて、市長室へと向かう。彼は二階にある市長室の扉をノックする。

 「ブラウンです。保安官の希望者が来ました」

 そう言うと、中からバタバタと音がして、ガチャリと扉が開かれる。

 「本当かね?」

 慌てて飛び出して来たアッキー市長。

 「はい。こちらです」

 彼の目に最初に飛び込んだのは目深に帽子を被った小柄な旅人。

 「小さいな」

 アッキー市長はポツリと呟く。

 「小さくないわよ!」

 旅人は急に怒り出した。その声は成人男性では無い。透き通った。女の子の声だ。

 「な、なに?」

 アッキー市長と職員が驚く。

 旅人は帽子とマントを脱ぎ捨てた。ブロンドのロングヘアーがサラリと靡く。そこに現れたのは一人の白人少女だった。彼女は透き通るような青い瞳でアッキー市長を睨む。

 「何が小さいよ!レディーに失礼だと思わないの?」

 「えっ・・・あっ・・・ごめん」

 急に怒鳴られて、驚いたのでアッキー市長は思わず謝ってしまう。

 「市長、謝っている場合じゃないですよ。どうするんですか?」

 職員が冷たく言い放つ。

 「えっ?どうするって・・・」

 「保安官ですよ。保安官。こんなお嬢ちゃんにやらせられるわけが無いでしょ?」

 「そ、そうだよな」

 二人の会話を聞いて、少女は高らかと笑う。

 「何を言っているの?私をただの女だと思わないで、こう見えても凄腕のガンマンよ」

 少女は無い胸を思いっきり反らして、自信満々に言う。

 「しかし、お嬢ちゃん、保安官って言う仕事は銃が上手ければ良いって話じゃないよ」

 職員は冷静に言う。アッキー市長もその通りだと頷く。銃が上手な女性が居ることは有名人が居るので彼等も知っている。だが、それと保安官になる事は一緒では無い。

 「問題ないわ。私の強い正義感はきっと街の人達に通じるはずっ!」

 「いや、正義感とかそんなことじゃ」

 「それよりも、まずは銃の腕前を見なさい!話はそれからよ」

 少女はビシリとアッキー市長を指差して言う。その勢いに押されたアッキー市長は「えっ・・・あぁ、まぁ・・・見るだけなら」とモゴモゴと答えてしまう。

 「市長?」

 呆れ顔の職員を他所に少女はアッキー市長を連れて、庁舎の外へと出る。庁舎の外は大通りに面しているので、人通りは多い。

 「これから、私の腕前を見せてあげるわ」

 青いドレスの腰には革のガンベルトが巻かれ、それには拳銃の収まったホルスターが下がっている。

 「いや、ここは人通りも多いから、せめて、街の外に出てからやってくれ」

 アッキー市長は慌てて、そこで銃を抜こうとする少女を止める。彼女は仕方が無しに歩いて、街の外まで歩いて行こうとすると突然、女性の悲鳴が聞こえた。何事かと二人が見ると、そこには男達が女性を捕まえていた。

 「へへへ。姉ちゃん、俺等とちょっと良いことしようぜ」

 「いやよ!誰があんた達となんか!」

 「威勢が良いな。こういう女をひいひい啼かせるのも楽しいんだよね」

 三人組のカウボーイ風の男達はそのまま女を何処かに連れて行こうとしている。周囲に人は居るが、男達の粗暴さ巻き込まれたくないので、遠巻きに様子を窺っているだけ。少女達はちょうど、そこに出くわした感じだ。

 「事件よ!保安官の出番ね」

 「えっ?」

 アッキー市長が止めるのも聞かずに少女は彼等に歩み寄り、叫んだ。

 「待ちなさい。このイカレ野郎共!」

 少女にそう怒鳴られて、三人が彼女を見た。

 「おいおい、ガキかよ。俺等に遊んで欲しいならあと10年は必要だぜ」

 「えっ?俺はああいうのも良いけどな」

 「へっ、変態だな。あんなガリガリなの、どこが楽しいんだ?俺はあっちのメイドだな。良い女だぜ」

 男達は笑いながら次々と少女に向けて、下卑た言葉を放つ。少女は怒り狂ったように彼等に怒鳴る。

 「うるさいわ!この腐れピーめ!」

 「おいおい、ガキが汚い言葉を使うなよ。パパからどんな躾されたんだ?」

 「へっ、お前、パパって・・・彼方此方にパパ無し子を作っておいて、どの面で言っているんだよ」

 男達に茶化されて、少女の顔色が怒りと恥ずかしさで真っ赤になる。

 「殺す」

 そう呟きながら、少女はホルスターに手を伸ばす。

 「おい、ガキが銃を持っているぜ?世も末だな」

 「止めとけ。ケガするぞ」

 彼等はそう言いつつも腰のホルスターに手を伸ばしていた。相手が少女だろうと、銃の威力には関係が無い。その事を知っているからだ。相手がホルスターに手を掛ければ問答無用で撃ち殺す。それが西部の流儀だ。

 「ケガするのはあんた達よ」

 少女はそう言った後、ホルスターから拳銃を抜く。

 手にしたのは真新しい不思議な形をした拳銃だった。


 DMW社製ルガーM1900自動拳銃

 後に尺取虫機構で有名になるルガーP08の原型となる銃だ。

 後端に大きな出っ張りを持つ独特の形をしている。後のルガーP08に比べて、お世辞にも美しいと呼べないフォルムだった。


 二発の乾いた銃声が鳴り響き、二人の男は共に右腕を撃たれて、悲鳴を上げて、その場に蹲る。30メートルは離れた距離だが、彼女は一撃で決めた。これは拳銃では狙ってもなかなか当たらない距離だった。

 「あの距離で二人の男を撃ったのか?」

 アッキー市長が驚く。

 「当然っ」

 少女は銃口から靡く煙を口で吹いて飛ばす。実際には黒色火薬ではなく、無煙火薬なのでそれほど煙が出るわけでは無いのだが。

 「てめぇ、ガキの癖に何をかっこつけているんだよ」

 残った一人がピースメーカー回転式拳銃を構えた。

 「お、おい、相手が銃を抜いたぞ!どうするつもりだ?」

 アッキー市長が怯えながら少女に尋ねる。だが、少女は余裕の笑みだ。

 「ふん、この距離で撃っても当たらないから、すぐに撃たないんでしょ?ビビっているなら、とっとと、帰りなさい。私の銃は100メートル先でも当たるわよ」

 少女は勝ち誇ったように言い放った。その言葉に男の顔が酷く歪む。

 「ガキが、大人を舐めるなよ」

 彼は引金を引こうとする。アッキー市長は流れ弾に当たるのを恐れて、逃げ出す。

 「ふっ・・・悪いけど・・・私はあんたの弾なんかに当たらないわよ」

 男が発射した弾丸が少女の頭上を越えていく。少女は拳銃をホルスターに戻しながら相手を見下したように見る。

 「どうしたの?弾が明後日の方向に飛んで行ったわよ?」

 男はカチャリと撃鉄を起して、再び少女を狙う。今度は銃口の跳ね上がりも考えて、少女の腹を狙う。

 ドンと重い銃声が鳴り響く。45ロングコルト弾の銃弾が空気を切裂きながら飛んでくる。だが、少女はそれを見ながらまるで踊るようにかわした。それを見た男は唖然とした。

 「馬鹿な。銃弾をかわせるなんてあるのか?」

 「さぁ・・・もっと、撃ってみなさい」

 少女は男を挑発した。男は意地になって銃を連射する。だが、怒りにまかせて撃っても弾は少女がかわすまでも無く、明後日の方向へと飛んでいく。

 「もう・・・終り?」

 「てめぇ!舐めるな」

 腕を負傷した二人は立ち上がり、左手で腰から銃を抜いて、少女と戦うつもりのようだ。だが、少女は再び腰から拳銃を抜いた。彼女は両手で銃を構え、撃つ。尺取虫のように動くボルト。金色の空薬莢が宙を舞う。弾丸は男達の左腕を貫いた。

 「悪いけど・・・この距離なら、私は外さないわ。これ以上は殺し合いになるけど・・・まだ、やる?やる気が無いなら、ここから立ち去りなさい。そして二度とこの街に入って来ないこと。判ったかしら?私はここの保安官、エレナ=シューティングスター。覚えておきなさい。私が保安官で居る間はいかなる悪もこの街に入れさせないわ」

 男達が慌てて、その場から走り去った。それを見送ったエレナは銃をホルスターへと戻す。

 「さぁて、あなた、大丈夫?」

 エレナは女に声を掛ける。彼女は今の光景を見て、呆然としていた。当然だろう。銃弾をかわせる人間が居るなんて誰も思わない。彼女は慌ててお礼を述べて、走り去って行った。エレナはそれを見送った後、庁舎へと戻る。そこにはアッキー市長の姿があった。

 「思ったよりもやるな。だが、まだ保安官にすると決めたわけじゃないぞ?」

 「他に何か試験があって?」

 「ふん、ガキに保安官をやらせるようじゃ、市長として頭が狂っていると思われかねないからな」

 「こんだけ、犯罪が蔓延させておいて、平気な方が頭、腐っていると思われるわよ?」

 「誰の頭が腐っているって?」

 エレナの言葉にアッキー市長は額に血管を浮かべる。エレナはそれを無視して、

 「それで・・・どうしたら、保安官として認めるの?」

 「えーと・・・。えーと・・・・」

 アッキー市長は考え込んだ。それはいつになったら答えが出るかわからない。

 「まぁ、良いわ。私は先に保安官事務所に行くわ。決まったら、保安官バッチを持って来なさい。それと、これの弾も用意してきなさい。ちょっと、スペシャルな弾だから、早目に発注しておかないとダメよ。さぁ、レベッカ、行くわよ」

 そう言い残して、エレナはメイドを従えて、歩いて行った。残されたアッキー市長は困惑した表情で考え込んでいる。

 保安官事務所は街の中央にある。屋根裏部屋ありの平屋建ての建物だ。外見はそれなりに綺麗にされている。だが、よく見れば、修理こそされているが、以前の襲撃時の爪痕が残っている。エレナは壁や柱の銃痕を見ながら、執務机の椅子に座る。レベッカと呼ばれたメイドは部屋の中を探って、掃除道具を探し出した。彼女はテキパキと部屋の掃除を始める。

 「ちゃんと日誌はつけていたようね」

 エレナは執務机の上に置かれた日誌を手に取る。1900年代初頭のアメリカと言っても識字率は今と違って、それほど高くは無い。話せても、字が書けない者も白人でも多数居る時代だ。保安官と言っても、字が書けない奴は居る。

 エレナは日誌を読みながら、この街には幾つか犯罪集団が居る事を確認する。まだ、マフィアともギャング団とも呼べないような連中だ。だが、徒党を組んでやる犯罪は荒々しく、狡猾だった。

 エレナが保安官事務所で寝泊りを始めて三日が経つ。市長からの連絡は無かった。無論、エレナ自らが役場に行くが、面会を拒否された。エレナは不貞腐れながらも保安官事務所に居るしかなかった。メイドに淹れてもらった珈琲を飲みながらエレナはどうにかして市長に保安官になることを認めさせないといけないと考えていた。

 「市長の奴・・・簡単には保安官バッチを渡さないつもりかしら・・・だったら、しっかりと教えてやらないといけないわね。まずは、この保安官事務所を襲ったカーク兄弟を血祭りに上げてやるか」

 エレナはそう言うとベッドの上に置いた旅行鞄を開く。中には着替えと銃のメンテナンス道具、拳銃の予備弾倉や弾丸が整然と入っている。

 「弾の数は残り30発。カーク兄弟は4人。充分ね」

 弾を予備弾倉に詰めて、それをガンベルトに装着したポーチに入れる。そして旅行鞄を持ったレベッカを連れて、保安官事務所を出た。

カーク兄弟は街の北側にある廃農場を根城にしている。彼等は兄弟を殺されたせいか、最近は昔より大人しくなったと噂のようだ。最近は街で暴れることも無くなった。簡単に言えば、更正したと言われている。そんな街の噂はこの数日で入手していたが、それでも自分の目で見るまでは信用が出来ないとエレナは思っていた。

街から30分程でカーク兄弟の根城である廃工場へとやって来た。

 「おかしいわね。廃牧場と聞いたけど、ちゃんと牛や馬が居るじゃない?」

 廃牧場は多少、荒れた感じはあったが、柵などはしっかりと立っており、ちゃんと牛や馬が放牧されていた。エレナはそこが廃牧場では無く、ちゃんとした牧場になっていることを確認した。

 「そこの嬢ちゃん達、ここに何の用だい?」

 一人の若者が声を掛けてきた。指名手配書の似顔絵からすると、こいつは末っ子のヨハンだろう。兄弟の中でもかなりドジでノロマな奴らしい。こいつのせいで、保安官事務所襲撃事件が起きたのだから、火種と呼んでも差し支えないだろう。

 「私、保安官なのよ。保安官殺害容疑で逮捕するわ」

 エレナは拳銃を抜いて、そう言い放つ。それを見たヨハンは一瞬、驚きながらも平静を装った。

 「へっ・・・ガキが冗談は止せよ。何が保安官だって?この街には保安官なんて居ないんだぜ?」

 彼は笑いながらも腰のホルスターに手を伸ばした。

 「止しなさい。少しでも拳銃に触れたら、殺すわよ」

 「てめぇ・・・本気か?」

 「本気じゃないなら、拳銃なんて抜かないわよ」

 エレナは銃口を見せ付けるように向ける。ヨハンはその銃口を見て、怯む。

 「おい!ヨハンに何をしてやがる」

 農場にある家から一人の男が出て来た。手にはウィンチェスター社製M73カービン銃だ。コルト社の45ロングコルト拳銃弾を用いる小銃でレバーアクションという銃下部に設けられたレバーを下に引くと弾が薬室から排莢されて、次弾が装填される仕組みだ。まだ、自動式の銃が無い時代には画期的な連射機構だった。

 「ミハイル兄さん!こいつ、保安官だとか抜かしやがるんだ」

 ヨハンが叫ぶ。ミハイルは状況を察したらしく、銃をしっかりと構えた。

 「保安官だと?俺には小便臭いガキにしか見えないぜ。そんなドレスを着た保安官なんて居るわけがないだろう?ヨハン、どこで拾ってきたんだ?」

 「だ、だけど、このガキ、俺に拳銃を向けてやがるんだ。やばいよ。殺されちゃうよ」

 「てめぇ、銃を降ろせ。ヨハンから離れろ?ヨハンが何をしたって言うんだ?」

 ミハイルの言葉にエレナが言葉を返す。

 「何をした?これまで悪事の数々を何だと思っているの?あんたこそ、銃を捨てて、大人しく縛につきなさい。縛り首でも痛くしないように頼んであげるから」

 「てめぇ、舐めた口を利くじゃねぇか。ガキだからって、お痛が過ぎるぜ」

 ミハイルは今にも撃たんと引金に人差し指を掛ける。エレナはミハイルに振り向く。それを見たミハイルは反射的に撃った。二発の銃声が農場に響き渡る。ミハイルは自分の腹に熱さを感じた。そして、左手を腹に当てる。ぬるりとした感触がある。手を見ると真っ赤な血が付着していた。腹に撃ち込まれた弾丸は脾臓を貫いていた。鮮血がドボドボと流れ落ちる。

 「ふ、ふざけるなよ・・・。おい」

 ミハイルの意識は薄れていく。エレナは銃口をヨハンに戻していた。ミハイルの撃った弾丸は彼女には当たらなかった。幾らカービン銃でも簡単に当たるわけが無く、むしろ、エレナの射撃技術が高過ぎるとも言える。

 「て、てめぇ・・・ミハイル兄さんをよくも」

 ヨハンはエレナを睨む。だが、その顔を見たエレナは笑っていた。

 「お嬢様、新手です」

 レベッカがそう告げると、銃声を聞きつけた二人の男が銃を持って、家から飛び出てきた。エレナはその顔を一瞥した。一人は長兄のダナン。髭面が特徴だ。もう一人は次兄のダリル。チョビ髭と顎鬚の男だ。

 「おう!今の銃声は何だ?」

 「兄貴、ミハイルが倒れているぞ?」

 「ミハイル!ミハイル!起きろ!ミハイル!」

 ミハイルは重傷だ。多分、あの出血量からして、意識を失っている。いや、すでに失血死していてもおかしくは無い。エレナは目の前のヨハンに銃口を向けながら二人を横目で見ていた。

 「よくもミハイルをやりやがったな!てめぇは何者だ?」

 ダナンが叫ぶ。エレナはそれに答える。

 「私はこの街の保安官・・・候補のエレナ=シューティングスターよ。そこの兄弟みたいに死にたくなかったら、大人しく捕まりなさい」

 「てめぇ・・・保安官だと?生きて帰れると思うなよ」

 ダナンとダリルは手にした銃を構えながら、エレナと戦う気満々だった。

 「片方は水平二連の散弾銃。片方はウィンチェスターのライフル銃か」

 エレナは彼等の持つ得物をすぐに理解する。どちらも古い物だが、50メートルの距離で発砲されれば、面倒な代物だ。エレナはすかさず、銃口をヨハンから二人に向ける。そして、駆け出した。

 二人の兄弟はエレナが走り出したのを見て、すぐに発砲した。黒色火薬の派手な煙が銃口から舞う。だが、エレナはそれを横っ飛びでかわす。そして手にした拳銃を撃った。突っ立ったままの兄弟の内、弟のダリルの胸と腹に弾丸が撃ち込まれる。ダナンは慌てて、建物の影に隠れた。エレナの銃撃は彼等の想像よりも早く、精確だった。

 「な、何者だ。あのガキ?」

 ダナンは最初の一発で弟が撃たれて、驚いた。これまでにそんなことは有り得なかったからだ。どれだけ銃の名手でも、50メートルも離れたら、まぐれ当たりぐらいしか無い。あとは撃ちながら相手に当たる距離まで迫るのが普通だった。だが、相手はそれを一発で決めた。これはダナンに充分な恐怖を与えた。

 「くそっ・・・相手が化物だろうが、兄弟の仇は取ったるからな」

 ダナンが腰のホルスターから抜いたのは、コルト社製51ネービーパーカッション回転式拳銃をカートリッジ後装式に改造された拳銃だ。旧いパーカッション銃をカートリッジ式の後装銃に改造するのは価格を抑えるなどの目的で1800年代末に流行った改造だった。だが、銃身の耐久性が低いなど、カートリッジ式の銃では酷く性能が劣る為にすぐに世間から消える事になる事になる。そんな拳銃だが、彼にしてみればたいした問題ではなかった。銃を構えて、彼は建物の影から覗く。だが、その壁に弾丸が撃ち込まれる。ちょっと顔を出しただけで、相手は着実に弾丸を撃ち込むぐらいに凄腕だった。

 「あのガキ・・・なんて言う、腕なんだよ。これじゃ、手も足も出やしない」

 ダナンは悔しそうに呟く。すでに3人の兄弟が殺され、末っ子のヨハンが敵に捕まっている。いつもそうだ。ヨハンはドジを踏んで兄弟を困らせる。昔、誰かが言っていた。あいつは疫病神だと。長男としてはそれを否定したかったが、こうなるとそれを信じたくなってきた。

 エレナはしっかりと両手で銃を持ち、狙いを定めていた。当時はシングルアクションの拳銃が多いため、拳銃は片手で持つのが基本だった。それが命中精度に大きく影響しているとは誰も想像はしていないだろう。

 ヨハンはエレナが少し離れた位置に移動して、兄弟に向けて発砲しているのを見て、咄嗟に腰のホルスターから拳銃を抜く。古びたピースメーカーだ。すでに銃身寿命が切れているが、兄弟からはどうせ、新しい銃で撃っても当たらないから、それで充分だと言われて持たされている。だが、相手は僅か5メートル先。当てられない距離じゃない。それに相手はこっちに興味が無いのか、気にも掛けていない。チャンスだ。

 ヨハンは左手で撃鉄を起す。

 パンパンパン

 ヨハンは自分の左側から銃声を聞いた。そして、脇腹や腕に激痛を感じる。そして、崩れ落ちる。彼は銃声の鳴った方を見た。そこにはエンフィールド№2拳銃を持ったメイドの姿がある。

 「申し訳ありませんが、お嬢様に無用な面倒を掛けていただくのは困ります」

 メイドはヨハンに向かってそう告げる。その瞳は無機質で、何を考えているかさえわからない。ヨハンは冷たい眼差しの中で息絶えた。

 「あら?そいつ、始末しちゃったんだ?」

 エレナは笑いながら横目でヨハンの死体を一瞥してレベッカに言う。レベッカは頭を垂れた。

 「申し訳ありません。この虫ケラが、お嬢様の邪魔をしようとしたものですから」

 「構わないわ。あと一人、出来れば生け捕りにして、裁判に掛けたいわね」

 「お手伝いしましょうか?」

 「ふっ、あなたはそこで見てなさい。私が華麗に仕留めてあげるから」

 エレナは拳銃を構えながら歩き出す。

 家の中へと駆け込んだダナンは何とか逃げ出そうとしていた。

 「くそっ、せっかく牧場を手に入れて、これからは静かに暮らせると思ったのによう。あのガキは何者なんだ。何とかしないとやばい。やばいぜ」

 家の裏口から外に飛び出た。そこには馬が繋いである。彼はすぐに馬に飛び乗った。そしてすぐに馬を走らせた。馬に乗った人を拳銃で撃つのは至難の業だ。それを知っているからこそ、彼は馬に乗り、全速力で逃げた。そして、彼は悔しそうに叫んだ。

 「絶対に兄弟の仇は取ってやるからな!」

 エレナは家の裏手に回ると、馬の蹄の音が聞こえた。慌てて裏手へ回ると、馬で逃げ出すダナンの姿があった。エレナはすぐに銃を構えて、馬を撃つ。一発は尻を掠めて、馬が暴れ出すが、ダナンも長年、馬に乗ってきただけはある。馬を上手く扱い、更に逃げる。何発か撃つが、馬の動きに上手く合わせられない。弾丸は当たる事は無かった。

 「やられたわ。こっちも馬を用意しておくべきだったわね」

 エレナは弾が切れて、尺取虫が縮まった状態で止まった拳銃を見て、諦めた。長男は捕まえられなくても、3人の弟は皆殺しにしたから、これでも充分な成果だった。どんどん離れていくダナンを見送りながら、拳銃から弾倉を抜いて、予備の弾倉を装填した。レベッカが家畜小屋から鞍などの馬具を取ってきた。

 「お嬢様、すぐに農場の馬に鞍を装着させます」

 「無駄よ。そんなことをしている間に、向こうは逃げ切るでしょ。この辺の地の利は向こうにあるわ」

 エレナはレベッカに馬車を用意させた。牧場にあった荷馬車に三人の遺体を載せて、二人は保安官事務所まで戻った。荷馬車から遺体を降ろして、保安官事務所の前に晒す。賞金首や極悪な犯罪者の場合は西部ではよくある光景だ。人々が集まってきた。

 「お嬢ちゃんたちでカーク兄弟をやったのか?」

 「すごいな」

 「あいつら、ここのところ、大人しかったから、腕が落ちたんじゃないのか?」

 口々に世間話が行なわれる。やがて、新聞社の記者がやってきて、カメラで撮影する。当然ながら、そこにはエレナも一緒に写る。

 アッキー市長もその場に居た。それを見付けたエレナはすぐに近付く。

 「どう?これで保安官のバッチはくれるわよね?」

 「むぅううう。腕前はわかった。ただ、ここに長男のダナンの死体が無いようだが?」

 「逃がしたわ」

 「逃がした?」

 アッキー市長は驚く。

 「えぇ、あと一歩のところで逃がしたわ」

 「じゃあ、いつ、復讐に来るかわからんぞ。平然と保安官事務所を襲撃したような奴だからな」

 「それは好都合ね。ぜひ、来て欲しいわ。探す手間が省ける」

 「知らんぞ。ほれ、バッチだ」

 アッキー市長はポケットから真ちゅう製の保安官バッチをエレナに投げ渡す。

 「ありがとね。これで今日から私が保安官よ!」

 エレナは胸にバッチを着けて自信満々に皆に保安官であることを声高に宣言した。人々は少女が保安官という事に驚きの声を上げた。

 「大丈夫か?あんな小娘で」

 「でも、カーク兄弟は仕留めたし」

 「でもダナンが居ないぞ?」

 「あいつの事だ。きっと、兄弟の復讐に来るぞ」

 「あのお嬢ちゃんは大丈夫かいな」

 人々の声を聞きながら、エレナは笑っていた。そして、保安官事務所へと入る。

 「お嬢様、珈琲を淹れておきました」

 鉄製のマグカップに珈琲が注がれていた。

 「ありがと。それで、レベッカはあの男はいつ来ると思う」

 「ダナンの事ですか?私にはわかりませんが」

 「奴は必ず来る。弟達の敵討ちにね」

 「では、備えますか?」

 「いつ来るかわからないわ。来たら来た時よ」

 「はい」

 夜になれば、街のガス灯が灯る。

 夜でも人は歩き回っている。保安官の仕事は夜でも必要なら歩き回る事だ。暗くなれば、犯罪もある。だが、保安官バッチを胸に携えた者が街を出歩けば、それだけで、悪党は舌打をして、何処かに消える。

 「ふふふ。やはり保安官は最高ね」

 エレナは明らかに悪党面をした奴に睨みを効かせながら、パトロールを楽しんだ。そうして、事務所に戻り、日誌を書く。それから、賞金首を捕まえた言を連邦保安官へと伝えるために手紙を書き、一日の仕事が終る。

 エレナがパトロールから戻ってくる頃にはレベッカがベッドメイキングを終えていた。エレナは服を脱ぎ、ネグリジェに着替える。

 「考えたらレベッカのベッドも用意しないといけないわね」

 「いえ、私はソファで構いません」

 「あんなボロのソファじゃ、風邪ひくわ」

 「毛布さえあれば、大丈夫です」

 「そんな事を言わないの」

 エレナはベッドに就寝し、レベッカもソファで就寝した。そして夜は更けていく。

 ガス灯も消えた真っ暗な街中にランプの灯りが揺れる。

 「襲撃されたその日の晩に来るとは思っていないだろう」

 ランプの灯りはダナンだった。彼はとにかく逃げたが、ただ、逃げたわけじゃない。反撃を常に考えていた。ただ、敵が思ったよりも追って来なかったので、一旦、落ち着いてから、復讐をしようと街に来たのだ。

 「あのガキ。オートマティックを持ってやがったな。あんなんとまともに撃ち合った勝ち目なんてありゃしねぇ。しっかり策を練ってからやらねぇとな」

 彼は街中を歩き回りながら、色々と考えた。すると、そこには自動車があった。1900年初頭になれば、馬から自動車へと移り変わろうとしていた。それでも燃料の確保の問題などから、西部では馬が多く使われていた。車は珍しい。自動車の横にはガソリンを居れたドラム缶もある。

 「オイルか・・・良いねぇ。あの可愛い顔を黒焦げにしてやるぜ」

 彼はドラム缶の蓋を開ける。中からはガソリンの臭いが一気に広がる。

 「やべぇ臭いだな。なんか、すげぇ燃えそうだ」

 ガソリンをそこら辺に落ちていた瓶へと移す。コルクで栓をして、彼は保安官事務所へと歩き出した。灯りも無い街中を歩くのは酒場から追い出された酔っ払いか、泥棒ぐらいだろう。ダナンは誰とも出会う事なく、保安官事務所の前へと到着した。

 「ちっ、しっかり燃やしてやるからな」

ダナンは瓶のコルク栓を抜いた。

「何やら、物騒な臭いがしますね」

 不意に女の声が聞こえた。ダナンは声の方へと見上げた。そこにはメイドが立っていた。メイドの表情まではランプの灯りでは解からなかったが、ダナンは相手が今からやろうとしている事を察知していると悟った。

「よう・・・勘が良いな?」

「勘?まぁ、それでも良いでしょう。お嬢様の睡眠を妨げるわけにはいきません。どうぞ、静かにお引取りください」

「お引取りだと?お前、俺を見逃してくれるのか?」

「いえ、見逃すわけではありませんが、あなたを捕まえるのは私の仕事ではありませんので」

「言うじゃねぇか。だったら、あのお嬢ちゃんが俺を捕まえるって言うのか?」

「えぇ、そうですよ」

ダナンはブチ切れた。瓶を地面に放り捨てる。瓶は割れて、ガソリンが飛び散る。そして、腰のホルスターから拳銃を抜いた。即座に狙いをメイドに向けた瞬間、その拳銃は弾かれた。ダナンは右手に激痛が走った事以外、何が起きたのかわからない。

「お静かにと申しましたよ?」

ピシリと音が暗闇に響き渡る。ダナンにはそれは鞭の音だとわかった。

「おい、マジかよ。16フィートはあるぜ?」

ダナンは驚いた。鞭を上手く使うにしても約5メートルの距離を右腕だけを狙って鞭で打つなど簡単では無いからだ。

「私の鞭の腕前が解かったのでしたら、どうぞ・・・お引取りください」

「てめぇ、ただのメイドじゃないな?」

「私はメイドですよ。ただ、私はイタリアのシチリア育ちでして、少々、育ちが悪いのであります。シューティングスター家で躾をされましたので、このように振舞えていますが、多少、興奮気味になると地が出てしまうかもしれません。そうなる前にどうぞ、お帰りください」

「イタリアだと?マカロニ娘か。ちっ・・・ざけるなよ」

ダナンはレベッカを睨みながら、その場から逃げ出す。レベッカはその様子を見送るとすぐに瓶の片付けを済ませ、ガソリンに砂を掛けた。

翌朝、エレナが目を覚ます。すでにレベッカは起床して、朝食を作っていた。

「おはよう。よく眠れた?」

エレナはレベッカに挨拶をして、執務机に座る。保安官事務所には簡単なキッチンはあっても、食卓までは無い。朝食を作ったレベッカが執務机の上にパンとスクランブルエッグ、サラダを置く。それと牛乳だ。

「珈琲が良いわ」

「牛乳は健康によろしいです。旦那様からくれぐれもお嬢様の健康を損なわぬようにと言いつけられておりますから」

「わかったわ」

「それとお嬢様、昨晩ですが、カーク兄弟のダナン様がお見えになられたのですが、お嬢様はぐっすりと眠られていたので、お引取りを願いました」

「ああ、そう、コテンパにやられたその日の内に復讐に来るなんて、気が短いのね」

「そのようですね。ここを燃やそうとしていました」

「燃やす。放火は即縛り首よ?」

「どの道、縛り首です」

「そうね。まぁ、放置しておいても面倒だし、どうせ、復讐の機会を狙って、近所に隠れているでしょう。ちょっと狩りをしましょうかね」

朝食を終えたエレナは拳銃をホルスターに入れる。

「お嬢様、お供しましょうか?」

レベッカが尋ねるが、エレナはそれを断る。

「まぁ、ここの掃除をお願いね。悪党の一人、お供を連れているようじゃダメだから」

「承知しました。お気を付けて」

レベッカに見送れて、エレナは街へと歩き出す。

レベッカに追い返されたダナンは自分の牧場の家に戻っていた。目覚めたダナンはどうやってエレナと戦うかを考えていた。

「くそっ、あの忌々しいメイドも居る。銃も置いてきちまった。どうしたら良いもんだろうか」

手元に残ったのはナイフが一本だけだった。残っていた食材で何とか朝食は済ませた。腹が満たされれば、怒りも鎮まり、冷静になる。どこか遠くの町へと行って静かに余生を過ごすか。そう考え始める。

コンコンと扉を叩く音がする。ダナンはエレナが来たと思って慌ててナイフを抜いて、身構える。

「おい、ダナン。俺だ。シャーク一家のドレイクだ。どうせ、お前の事だ。ここに居るんだろ?」

ドレイク。街を牛耳るシャーク一家の若頭だ。カーク兄弟はかつて、シャーク一家とも対立したが、ドレイクが交渉役として、ダナンと話し合った結果、和解することが出来た。それ以来の仲だ。ダナンはナイフを鞘に戻し、玄関の扉を開く。そこには口髭を生やした青年が立っている。

「よう、ダナン。大変だったようだな?」

「あぁ、ちょっとな。兄弟が皆やられちまった」

「新しい保安官だろ?エレナ・シューティングスターとか言う」

「この落とし前をどう着けてやろうかと考えているところさ」

ダナンはさっきまで気落ちして、逃げ出すことを考えていたのを振り払うようにドレイクに強気なことを言う。

「さすがダナンだ。でも銃が無いんだろ?俺からの差し入れだ。頑張ってくれよ」

ドレイクはダナンにスミス&ウェッソン社の新式回転拳銃を渡す。

「良いのかい?」

「俺とお前さんの仲だ。加勢は出来ないけど、それで頑張ってくれよ」

「悪いな」

ドレイクはそのまま、去って行く。ダナンは鈍く光る拳銃を見て、もう一度、復讐に燃えた。

その頃、エレナは街中で話を聞いて、ダナンが立ち寄りそうな場所を探していた。

酒場の扉を開く。中では相変わらず昼間っから、酒を煽るろくでなしが、ギャンブルに興じていた。

「おい、そこのろくでなし共。カーク兄弟が隠れていそうな場所は知らない?」

エレナは開口一番、そう告げた。その言葉にろくでなし共の目付きが鋭くなる。

「おい・・・お嬢ちゃん。ここはガキの遊び場じゃないんだ。お人形さんごっこはおうちに帰ってからしな」

男の一人がそう告げる。エレナは胸のバッチを見せる。

「私は保安官よ。あまり侮辱すると、その腐った脳天に鉛玉をぶち込むわよ。まぁ、私の弾はフルメタルジャケットだけどね」

「おい、ガキが舐めた口を利くんじゃねぇ。こっちはお前よりも大人だぜ?」

酔っ払っているせいか、男は急に態度を大きくして、怒鳴る。

「酔っ払いはこれだから嫌よ。まともな判断一つ、出来ないんだから」

エレナは困った顔をするだけだ。

「おい、厄介事は困るよ。うちも商売だから」

 店のマスターが困惑したように言う。

 「私が困らせているわけじゃないわ。困らせているのはあっちよ。言うならあっちに向かって言いなさい」

 「ちっ・・・おい、お前等、厄介事がお好みなら、外で遊んできな」

 マスターが怒鳴った。ろくでなし共はその怒鳴りに怯えて、慌てて店の前に出た。

 「さて、外に出て、お日様の光を浴びたら、少しはまともな判断が出来るようになったかしら?」

 エレナの言葉に3人の男の一人が怒り出す。

 「てめぇ、ひっく。俺らを馬鹿にするのもいい加減にしろよ?」

 彼は腰のホルスターに手を伸ばす。

 「そんな酔っ払った状態で私に勝てると思って?」

 「舐めるなぁ」

 男は銃を抜こうとした。だが、それよりも先にエレナは銃を抜き放ち、一発を放った。その弾丸は男のホルスターごと、拳銃を後に吹き飛ばしていた。まぁ、跳ねた弾が男の脇腹を掠めていったわけだが。

 「いてぇええええええ」

 男は叫びながら地面に転がる。

 「掠り傷よ。他の二人はどうするの?銃を抜くの?抜かないの?」

 エレナの問いに二人は酔いが覚めたのか、真っ青な顔をして、顔を横に振る。

 「それじゃ、質問よ。カーク兄弟のダナンはどこ?」

 「し、知らない。俺らは本当に知らないんだ」

 「だって、あんた達、シャーク一家の手下でしょ?街には詳しいんじゃないの?」

 「お、俺らをシャーク一家と知って、こんなマネをしているのか?兄貴が知ったら、てめぇ殺されるぞ?」

 男の一人が怯えながら叫ぶ。

 「殺される?私は保安官として、当然の事を訪ねたのに、何で殺される事になるの?教えてもらいましょうか?」

 エレナの銃口が男達に向けられる。誰もが怯えた。

 「ハーイ、シェリフ」

 突如、声が掛けられた。この緊張感溢れる状況であまりに軽い口調だった。エレナは振り返る。そこには口髭を生やした若者が居る。

 「あ、兄貴」

 怯えていた男達が一斉に声を上げる。

 「ははは。おめぇら、何だ、その様は?」

 「こ、このガキが」

 「ガキって言うなよ。立派なレディーじゃないか。ミス・シューティングスター」

 男はテンガロンハットを外して、胸の前に持ち、傅く。

 「エレナで良いわよ。あなたは?」

 「シャーク一家でまとめ役と言いますか、若頭という役をやっておりまして、ドレイクと言います。どうぞ、お見知りおきを」

 「へぇ、偉いんだ。じゃあ、聞くわ。ダナンは何処?」

 「カーク兄弟のダナンの事ですか?」

 「くどいわ。早く言いなさい」

 「さぁ、彼の事はよく知っておりますが、もう、どこかの街にでも逃げたんじゃないですか?」

 その言葉にエレナは笑う。

 「あれだけ、復讐心が強い男が逃げる?」

 「おかしいですか?」

 「まぁ、お尋ね者だから、どこに逃げても逃げ場所など無いと思うけど」

 「そうですね。私らみたいな悪党はどこにも逃げ場所などありはしないのですが」

 「それで・・・あんたの部下、躾がなって無いわよ」

 エレナは振り返り様、一発を撃つ。立っていた男の一人が腕を撃たれて、拳銃を地面に落とす。そして、彼自身も倒れ込んだ。

 「背後から撃とうなんて、良い度胸じゃない?」

 エレナはそう言うと倒れ込む男の顔を狙った。それをドレイクが止める。

 「保安官、すいません。そいつには私からしっかりと躾をしますから」

 「頼むわよ。殺さないのって、難しいだから」

 「わかりましたよ。あんたとはやり合いたくないもんだ」

 「そう?この街で悪さをしなければ良いだけよ」

 エレナは微かに笑った。

 「ちっ・・・あんたには敵わないな。良いことを教えてやるよ。ダナンなら、奴の牧場に居るぜ」

 「あら・・・良く知っているわね?」

 「俺らはこの街を牛耳るシャーク一家だぜ?知らないわけが無いだろ?」

 「この街を牛耳る・・・ね」

 「何か奥歯に挟まったような言い方だな?確かにこの街には幾つか悪い奴が居るけどな。その中じゃ、俺等が一番大きいんだぜ?」

 「はいはい。何でも良いわよ。じゃあ、私は行くから」

 エレナはそのまま歩いて、カーク兄弟の牧場へと向かう。

 ダナンは牧場でドレイクから貰った拳銃の試し撃ちをしていた。

 「すげぇな。これが新しい銃かよ。煙は少ないし、威力はあるし、撃鉄を起す必要が無いのが良いぜ。よく当たりやがる。これだったら、あのガキだって、簡単に仕留められるぜ」

 弾丸もドレイクが100発も置いていったので、撃ち放題だった。元々、あまりちゃんと銃の練習などしたことは無いが、エレナの常人離れした射撃に対抗するためには少しは上手くなっておかないといけなかった。

 「さて・・・あのクソガキと決闘としゃれこもうじゃないか」

 ダナンは拳銃をホルスターに納める。弾丸もポケットに入れる。そして、街へと向かって歩き出そうとした時、そこにエレナの姿があった。

 「おおう。今からそっちに行こうと思ったのにな」

 エレナはダナンの言葉に笑う。

 「あら、自首でもするつもりだったの?今更、自首しても死刑は間違いないのに?」

 「自首だ?何で俺が自首しなきゃならんのだ?」

 「これまでやった犯罪でどんだけの人間を殺したと思っているの?」

 「覚えてねぇよ。それに殺す為にやったこっちゃない。俺らは金が欲しかっただけだ。邪魔をするから殺しただけに過ぎんよ。邪魔をしなければ死なずに済んだ」

 「勝手な言い分は聞きたく無いわ。なんなら、命乞いでもしてみなさい。ここで殺されずに手足を撃ち抜くだけで勘弁してあげるわ」

 エレナは笑みを浮かべたまま物騒なことを言っている。ダナンは余裕の笑みから怒りに顔を強張らせる。

 「てめぇ。俺の兄弟をやったぐらいでいい気になるなよ?」

 「なってないわよ。あんなの弾が勿体無いぐらいよ。まぁ、あんたもだけど」

 「マジで言ってんのか?」

 「面倒臭い奴ね。殺した数も分から無いぐらい頭が悪いからかしら?なんなら、私が頭の中がスッキリするように一発、ぶち抜いてあげようかしら?」

 「良い度胸だ。ぶっ殺してやる」

 ダナンは拳銃を抜いた。エレナも同時に拳銃を抜く。銃声が重なり合う。

 「新型の銃ね。あの時は持って無かったくせにどこで手に入れたのかしら?」

 「ふん、てめぇより、人脈があってな」

 ダナンは頬から流れる血を舌で舐め取る。

 「この間より、腕前が良くなっているわね。私の近くを弾丸が通って行ったわよ」

 エレナは銃を構えながら笑った。

 「てめぇ・・・気が狂ってるんじゃねぇか?」

 「悪いけど、私は常に正気よ」

 ダナンは思った。次に撃ち合う時に全てが決まる。確実に相手に殺されるだろう。

 「てめぇ・・・殺してやるよ」

 ダナンは慎重に狙いを定めようとする。それに呼応するようにエレナも銃で狙う。どの瞬間で撃つか。空気が凍るような瞬間だった。ダナンは心臓の鼓動だけが聞こえる。こんなに緊張したのはいつぶりだっただろうか。そんな事が頭を過ぎる。死ぬかもしれないのにと思いつつも、余計な事ばかりが頭に過ぎる。兄弟の事や、両親の事。初めてやった犯罪などがグルグルと頭を過ぎる。

 「おい!ガキ。ぶっ殺してやるよ」

 それが合図だった。互いの銃口が火を噴く。互いに相手の弾をかわすために駆ける。そして、撃つを繰り返す。

 ダナンは牧草を積んだ山の陰へと飛び込む。エレナの弾丸が山に撃ち込まれる。エレナも牧場の隅に置かれていた樽の陰に隠れながら撃つ。撃ち合いは思ったよりも長引く。互いに撃つ場所を変えながら、撃ち合う。

 エレナは3本目の弾倉を銃に装填した。

 「思ったよりやるわね。簡単に近付けさせない気ね」

 エレナは拳銃を構えながら家を回り込んでダナンの後ろに出ようとした。だが、相手も同じ事を考えたのか、家の裏手で鉢合わせする。一瞬で撃ち合う。エレナの弾丸がダナンの左肩に当たるも、ダナンは気にせずに銃を撃ち捲くった。その一発がエレナの右足を掠める。傷は深く無いが、思ったよりも痛み、走れない。エレナは足を引き摺りながら家の影に飛び込む。

 「まずいわ。当たったはずだけど、威力不足ね。興奮している相手じゃ、急所を撃たないと倒れない」

 エレナの使うDMW社のM1900はモーゼルC96と同じ、7.63ミリ(32口径)の弾丸を使うが、同じ口径のモーゼル弾などと比べると火薬量が少ない為に、威力はピースメーカーの45ロングコルト弾などに比べると劣る。

 ダナンは拳銃の弾倉をスイングアウトさせ、空薬莢を落とす。弾を装填しようと左腕を動かすと肩が痛む。どうやら撃たれたようだ。だが、痛みを堪えて、弾をポケットから出して、装填する。

 「こいつは装填も楽で良いぜ。幾らでも戦える」

 ダナンは痛みなど、忘れて、銃を構えた。

 激しい銃撃戦は30分近くになった。互いに弾丸は尽き掛けていた。エレナはそろそろ相手を仕留めないとまずいと感じている。残弾は3発。相手がどれだけ持っているかわからないが、このままだと危険だった。

 「隙を見て、一旦、退却するという手もあるが」

 悔しいが、相手の銃、腕前は簡単には近付けさせないレベルだ。弾が尽きては危険しかなかった。エレナが退却の算段をしている頃、ダナンは流れ出す血のせいか、意識が朦朧としていた。ここに至るまでに身体には3発が撃ち込まれた。どれも致命傷ではなかったが、痛みに耐えるには限界だった。

 「くそっ、痛いぜ。やばい。歩くのがやっとだ。だけど、まだ、弾は残っている。あのガキがどんだけ、弾を持っているか知らないが、こっちの方が有利じゃねぇか?」

 痛みを堪えながらダナンは銃を構えながら歩き出す。

 エレナは一旦、街へ戻る為に牧場の外に向かって走り出した。その時、銃声が鳴り響く。銃弾が左肩を掠める。エレナは倒れながら後ろを振り向く。そして発砲した。弾丸はダナンの頭上を越えていく。ダナンは怯えずに片手を伸ばして、狙いを定める。

 ダナンの銃口からは続けて銃撃が放たれる。弾丸は地面に倒れ込むエレナの周囲に着弾する。上がる土埃。エレナは危険を感じつつも、残弾を気にして簡単には撃てない。狙いを定める。そして撃った。弾丸はダナンの腹に当たる。一瞬、ダナンは身体をくの字に曲げるが、それでもすぐに拳銃の弾倉をスイングアウトさせて、空薬莢を捨てた。

 「まだ、弾があるの?」

 エレナは最後の一発で仕留めるつもりで狙った。狙うは頭。ヘッドショットは相手を仕留めるには確実な方法だが、距離は20メートル。体力の消耗も激しい、息が上がる。簡単に当たるとは思えない。

 銃声が聞こえる。ダナンの方が先に撃ってきた。弾丸は体の横を通り過ぎるのを感じる。相手は余裕がある。この一発で決めないとやばい。エレナは息を整え、狙った。そして引金を引く。銃声と共に反動が伝わる。空薬莢が飛び散った。放たれた弾丸はダナンの胸板を叩いた。ダナンは仰け反りながら倒れた。

 「はぁはぁはぁ・・・やった?」

 頭を狙ったつもりだが、少しガク引き気味になったようだ。それでも胸に当たれば、相手が死ぬ確率は高い。エレナは静かに立ち上がり、ダナンの様子を窺った。彼は嗚咽を上げながら胸を押さえている。かなりの傷を負ったはずだ。エレナは勝ったと思った。

 「なかなか、てこずらせてくれたわね」

 エレナは痛む右足を引き摺りながら、ダナンに歩み寄る。

 「へへへ、俺が死んだかと思ったか?」

 ダナンは拳銃を構えて立ち上がった。確かに胸には傷がある。だが、幸いにも致命傷を免れたようだ。

 「おめぇの拳銃は弾切れのようだな?」

 ダナンは息を荒げながら勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 エレナは焦る。逃げるにしても隠れる場所は無い。だからと言って戦うには相手の懐に入り、ナイフで殺すしか無い。どちらにすべきか。一瞬、判断が鈍る。

 「死ねやぁあああああ」

 ダナンは叫びながら引金を引いた。

 ターンと銃声が鳴り響く。

 エレナは必死に横に飛んだ。

 少しでも相手の銃撃から避けるためだ。彼女は地面を転がりながら、逃げ出そうとする。

 一瞬、ダナンを見た。彼の銃口がエレナを捉えている。

 殺される。

 エレナは一瞬、自分の身体を貫く鉛弾を意識した。

 銃声が響き渡り、エレナの右肩を掠める。

 痛みに拳銃を落とすエレナ。

 「へへへ。どうした?降参か?だったら、しっかりと遊んでやるぜ」

 下衆な笑みを浮かべたダナンがエレナに近付く。エレナは胸元を隠すように左手を添える。それがダナンの気持ちを高ぶらせる。

 パン

 軽い銃声と共にダナンの右目が潰れた。その後、彼はグラリと倒れた。

 「バカな男ね」

 エレナは左手にレミントン社製デリンジャー小型拳銃が握られていた。

 銃身を上下二連式のポケットに収まる小型の拳銃である。41口径の弾丸を使い、至近距離なら充分な威力があった。

 エレナはその小型拳銃を胸元に入れていた。女だから出来る芸当である。

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