近未来SF

 時代は人工知能真っ盛り、どこもかしこも人工知能。人工知能を搭載した機械が人のやる仕事の大半をこなしてしまった。休みなく、正確に行うなら人工知能すら要らないわけだし、正直、人がやる仕事など、売春ぐらいしか残っていない時代だ。その売春ですら、限りなく人のように作られたセクシャロイドが作り出されてしまって、人など用済みだ。そして、そのセクシャロイドによって精液と卵子は集められ、人工子宮で人は生み出されるのだから、最早、夫婦だって要らない。家族がそもそも要らない。ただ、人という生き物がそこに居るだけだった。

 そんな世界に人なんて要らないってわけで、全ての人間はベーシックインカムを受け取り、ただ生きているだけの無価値な存在へと堕落した。全ての煩悩は機械によって与えられ、寿命が尽きるまで生き永らえるだけ。

 人は豚と化した。

 まぁ、それが悪いわけじゃない。価値の無い人間など、豚にも劣る。豚はちゃんと食い物として、この世に大事な価値を持っている。それを糞みたいな人間と一緒にすべきじゃない。

 煩悩に塗れた人間は時折、タガが外れて、犯罪に走る。まぁ、他にやる事も無いんだ。自分を満たすのにレイプや殺人、強盗などに走るなんて、簡単なもんだ。そんな人間を行政システムを司る人工知能は『エラー』と呼んだ。そして、そのエラーをデリートする為に生まれたのが人工知能搭載型ロボット『イレーサー』だ。

 イレーサーは容赦なく、エラーを殺害する。すでに家族すら失った社会だ。まるで街中で猪狩りの如く、人が機械に殺されたとしても、誰も驚く者は居ない。全て、機械に飼い慣らされ、機械のする事は全て正しいと思っているからだ。

 「た、助けてくれ」

 今日も、一人のエラーが処分される時が近付いていた。彼の罪は、昔で言う痴漢だ。人工知能が統制してからはかつてあった刑法は形でしか残っていない。立法、司法、行政の全てを人工知能が支配している為に、彼の刑罰は高速演算によって、すでに決まってしまっているのだ。そして、図らずもそこには罪を購うなんて考えは微塵も無い。ただ、処分をするだけだった。

 「カワグチイサオ。認識番号E1956A483。痴漢行為を確定し、処分します」

 彼の前に立つ円柱形のロボット「イレーサー」。それは一つ目のように見える部分から高出力レーザーを放つ事が出来る。その威力は人間を10秒で切断する。男は必死に逃げて来たのだろう。すでに疲労困憊で、これ以上、逃げ切れない様子だ。皆がその様子をただ、ジッと見ている。無視をするわけじゃない。助けるわけじゃない。ただ、ジッと見つめるだけだった。笑いも怒りも無い、淡々とした無表情で。

 「止めて!止めてくれ!」

 ジュウウウウウ

 肉が焼ける臭いがした。人が切断される光景など、あまりに凄惨な光景に違いない。だが、人々はそれをジッと見ている。何も価値の無い彼らにとって、それはある意味では人々に注目される羨ましさがあったのかも知れない。

 殺害された人間をイレーサーは自らの背中をハッチのように開き、飛び出したクレーンとその先に装着されたマジックハンドで器用に死体を持ち上げ、自分の中に入れて、何処かへと消えて行った。これがこの世界の日常だった。

 俺はこの世界を腐った世界だと思っている。親も知らずに生まれて、ただ、生きているだけの世界。他の奴等はそんな事にも何も感じない。ただの豚だ。俺は豚じゃないから、それに不満を持つ。だからと言って、何か出来る事など無い。何が幸福かを考えれば、人工知能の行う合理的な社会こそ、最高の幸福だと言えるかも知れない。愚かな人間がそれをやれば、ただ、富を貪り、不公平で不完全な社会を作るだけだろう。その点において、過去の人達は自らの利権を全て捨て、人工知能に任せたのだから、偉いとしか言いようが無い。

 「だから・・・壊すんだよ」

 人間は何処に居ても、何をしても監視される。身体に埋め込まれたICチップは人間の行動の全てをコンピューターに送り込む。だが、そんなICチップを除去する手術があった。機械からの管理から逃れる為の組織GAIA。彼等は地球を人間の手に取り戻すために戦う事を決めた連中だ。この地球上の全ては機械に管理されているはずだったが、彼らはそんな機械の盲点を突いて、自分達の活動を広げてきた。

 クロキ 今年で16歳になる彼もその一員だった。ICチップの除去手術を受けて、彼も管理から抜け出した。

 「これで一人前だな?」

 手術を担当したイイボシという男が笑いながら、摘出したICチップを壊す。

 「それで・・・見返りに俺は何をしたら良い?」

 ICチップ摘出手術はタダじゃない。自由を手に入れる代わりに何かを支払うのがルールだった。イイボシは笑いながら何かを鞄から出して、僕の前に置いた。ゴトリと重い音がするその塊は、この統制された国において、失われた文明とも呼べる存在だった。


SIGSAUER P320 自動拳銃


 米陸軍がベレッタ92Fに続いて採用を決定した大型軍用拳銃だ。ポリマー素材を多用し、ストライカー式撃発、ピカティ―レールなど、現代的な特徴を備えた自動拳銃だ。命中精度、信頼性、耐久性などはこのクラスの拳銃としては高いレベルにあり、ポリマー素材を多用した事で携帯性なども高くなった。 

 渡された銃はその米軍がかつて、使っていた代物だ。米軍が存在していたのは50年も前だ。暗黒年と呼ばれたあの年まで、米軍は存在していた。そして、国家も。世界中のありとあらゆる場所に国家はあり、その全てが戦争を始めた時、僅か半年で世界は崩壊した。60億人は死んだとされるが、正確な数字は誰も解らない。それほど、多くの人々が死んだ。だから、人は世界を人工知能に託した。

 「お前がやるべきはこの緩やかな破滅から人類を救う事だ」

 イイボシはそう言い放つ。僕はその拳銃を掴んだ。

 レジスタンスになって、様々な教育と訓練を受けた。正しい人類の歴史や考え、格闘術から銃の扱い方まで、レジスタンスの数はそれほど、多くは無いが、人工知能の検知不可能な田舎に設けられた施設では100人の同胞が活動していた。このようなキャンプと呼ばれる施設が彼方此方にあり、数千人の同胞がすでに居ると聞かされた。やがて来る人工知能との決戦に向けて、準備をしている。

 組織に入って1年が経つ。腰に提げたホルスターには最初に預けられたP320が入っている。手にはAK74自動小銃。完全武装した僕達は人工知能と日々、戦っていた。この頃になると、人工知能もイレーサーを大量に投入して、レジスタンス狩りを始めていた。

 「クロキ!敵が南ブロックに回り込んだ!」

 レジスタンスはついに都市を制圧するために大攻勢に出た。戦車まで投入した大規模な戦闘はイレーサーの集団を各個撃破しつつ、都市の中枢にある管理システムの入ったタワーへと向かっていた。戦争を否定する人工知能はまともな兵器を保有しない。イレーサーは人工知能にとって、最強の武器のはずだった。だが、レジスンタンスは地下に潜り、失われた時代の兵器を再現する事に尽力した結果、戦車や装甲車などを作り上げ、人工知能に立ち向かった。

 迫撃砲がイレーサーの群れを吹き飛ばし、機関銃が薙ぎ払う。まさに戦争だった。人工知能に飼い慣らされた一般市民達はただ、戸惑い、逃げ惑うだけだった。

 クロキも自動小銃を撃ちながら、とにかく前に進んだ。戦う事だけしか、自分の存在価値を見出せない。いや、命懸けで戦っているからこそ、自分がここに居る事を実感できる。クロキはそう思いながら、ひたすらに撃つ。

 「タワーが見えたぞ!このまま、突入する!」

 クロキが所属する中隊が一番乗りでタワーに飛び込んだ。建物の中でもイレーサー達は必死に抵抗をしてくる。クロキの前に居た男がレーザー光線に焼かれて、切断された。嫌な臭いが漂う。だが、クロキは必死に撃って、彼を殺したイレーサーを蜂の巣にする。弾が切れ、バナナ弾倉を取り外す。ベストの弾倉ポーチを探るが、弾倉はもう無い。弾の無い銃など、ただの重しだ。クロキは自動小銃を投げ捨てる。そして、ホルスターからP320を抜いた。

 常に初弾は薬室に装填されている。マニュアルセーフティは無い。ただ引金を引けば、弾が出る。狭いタワー内での激しい攻防戦。他の皆も弾切れで拳銃を抜いていた。ここで諦めるわけにはいかない。

 スルリと伸ばした右腕は9ミリパラベラム弾の発射によって起きる反動をガツンと感じる。P320は反動を上手に逃がしてくれる。銃口は思ったよりも跳ね上がらず、銃弾は狙った所に吸い込まれる。イレーサーは金属の塊だが、コスト削減などの影響か、その外装は思ったよりも薄い。9ミリパラベラムのFMJ弾でも貫通していく。拳銃だけになってもレジスタンス側が有利だった。

 そして、ついに管理タワーの中枢へと到達する。爆薬にも耐える分厚い扉も事前に用意したウィルスソフトを端末から直接、ロックへと流し込む事で、解除された。突入した彼らはそこに並ぶコンピューター群を見る。それらはチカチカとアクセスランプだけを光らせて、動いている。

 「やっちまえ!」

 誰かの号令で、一斉に撃つ。激しい銃炎とショートした時の青白い光が交錯する。銃声が響き渡り、爆発音が混じる。クロキも必死に撃った。スライドストップした拳銃の弾倉を入れ替える。これが最後の一本だ。その時、クロキは機械の裂け目から何かを見る。中からは機械に似つかわしくない液体がドバドバと零れる。そして、目を凝らした先に見えたのは

 脳

 それはまさに人間の脳だった。仲間の死体や医学書などでも見たから間違いが無い。大きさから言って、それは人間の脳だった。そう言えば、古いコンピューターに関する文献にバイオコンピューターについての記述があった。

 クロキは思った。人工知能が人間を飼っている理由は単純に自分達の部品取りの為なんだと。それを知った時、彼は手にした拳銃をひたすらに撃ち捲った。空薬莢が飛び散り、銃弾は機械と中に固定された脳を潰し、そして、管理タワーは機能を消失した。

 一つの都市が50年以上の支配から解放された。だが、それは世界に張り巡らされた人工知能のネットワークからすれば、まだ、ほんの一部でしか無い。だが、クロキはいつか、人が家畜から、人間へと戻れる日を望んで、戦う事を改めて決意した。

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