透明な守護者

 PKO

 ニュースで稀に聞く単語だろう。平和維持活動だ。紛争地域で衝突が激化しないように仲裁したり、一般人やそこで活動するNGOや国連職員を守ったり、生活インフラを立て直すのが主な任務だ。危険な地域で活動するのだから、当然、そこで活動する事は危険極まり無いとも言える。だが、世界中から国際貢献の為に軍隊が派遣されている。その中に当然ながら、自衛隊も存在した。

 彼等は名目的には『安全地帯』での活動となっているが、相手は市民とも区別がつかない恰好をした輩であり、少女の身体に爆弾を巻き付けて、人間爆弾にだって利用するような鬼畜である。そんな危険な場所で活動をしていて、安全かと言われたら、それは決してそうじゃないとしか言いようが無い。その為に彼らだって、武装をしている。装甲車から自動小銃、機関銃まで、おおよそ、戦闘が可能な装備を持って、そこに居る。

 大橋保

 元自衛官。第1空挺団所属。高卒で体格だけは良かったから、学校の先生に勧められるまま、自衛隊に入った。だが、その自衛隊も25歳を迎えた時に辞めた。簡単に言えば、貯金も出来たし、もっと遊びたいとも思ったからだ。事実、自衛隊を辞めてからの1年間はまともな定職に就かずに、貯金を潰して遊んだ。親はそんな俺を勘当して、俺は家を飛び出した。だが、そんな生活はいつまでも続かない。

 ある日、俺は金に困って、ついに銀行強盗に手を付けてしまった。当然ながら、俺はすぐに警察に捕まってしまう。素人の中途半端な犯罪など、こんなもんだ。だが、それでも警備員が一人、不幸にも死んでしまった。その結果、強盗殺人の罪で俺は実刑を言い渡された。

 灼熱の砂漠。

 肌はジリジリと熱せられる。まるでフライパンの上に乗せられた肉の気分だ。布に包んだ銃もこの暑さで銃身が歪むんじゃないかと不安になる。


 ドグラノフSVDセミオート自動狙撃銃


 第二次世界大戦で狙撃手の有用性を確認したソ連軍が、更に火力を向上させる目的で開発したのが本銃である。精密射撃と言うよりも、戦場における有用な狙撃銃であり支援火器である事が目的だった為に、他国の狙撃銃と比較すると命中精度はお世辞にも高いとは言えない。しかし、耐久性に定番のあるAK系の設計をベースにしている為に、場所を選ばない程に頑丈で、故障の少ない狙撃銃となった。また、当時としては珍しいセミオート方式である為に火力も高く、分隊支援火器としては重宝される存在となる。

 AK47と非常に近い設計ではあるが、部品の共有率は低く、弾丸も共通では無い。しかし、AK47同様、海外にもコピー製品が多く存在し、紛争地域ではよく見かける。ちなみにドグラノフ以前から狙撃銃として用いられているモシンナガンM1980/30ボルトアクションライフル銃はその後もソ連本国では少数、東側諸国では一般的に狙撃銃として用いられ、民生用のライフル銃としても長く、販売が続けられたために、こちらも紛争地域などではよく見かける。

 そんな銃を抱えながら、本当なら、刑務所で刑に服していないといけないはずの大橋が何をしているかと言えば、彼は日本国籍を剥奪された上で、契約が終了するまで、ここで陸上自衛隊の駐屯地を守る役目を与えられたのだ。無論、これはちゃんとした形では無い。自衛隊幹部が5年間、この任務を果たし、PKOの自衛官に問題が起きずに終了した場合、罪を無かった事にしてやる。更にはこの任務に従事している間、一月、100万円の報酬も約束しようと言ってきたのだ。あまりにろくでもない話だが、これを断る程、大橋は思慮深い人間では無かった。

 実際に任務に就いてみると、それほど、危ないと思う事は少なかった。確かにヤバそうな連中が連日、駐屯地を覗きに来るが、それだけだ。奴等だって、無意味に戦闘を仕掛ける程、バカじゃない。バカじゃないと思う。多分。大橋は相手がどこまでやる気なのか、常に疑問を抱いている。まともに統率が取れているわけじゃない。勢いとか、そんな感じの場の流れで平然と人を殺しちまう連中だ。いつ、自衛隊の駐屯地にロケット砲を撃ち込むか、不安で仕方が無い。

 だが、奴等の接近を俺はすぐに駐屯地に連絡を入れる。まずはそれが最初の仕事だ。それだけで大抵は終わる。次にヤバそうな連中を排除する。まだ、着任して1年になるが、これに至った事は無い。ただ、その直前までは難度かある。あと一歩で殺していたかも知れない。冷や冷やしながら、何とか1年が経った。

 だが、無事に終わる程、世の中は甘く無い。戦局は沈静化するどころか、悪化していた。首都に近い町じゃ、国連の職員が政府軍に襲われたとかって情報を聞いた。多くの情報は無線にて受け取る事が出来る。だが、あくまでも身分は民間人。しかも日本国籍は無い。捕まろうと殺されようと、政府は助けてはくれない。そういう約束だ。当然だろう。俺の身分が明らかになれば、政府が転覆しかねない程のスキャンダルだ。自衛隊を守る為に犯罪者の国籍を剥奪して、内情不安な国に送り込んでいるのだから。だから、絶対に捕まるわけにはいかなかった。出来る限り、現地の人間とは接触しない。誰にも知られずに任務をこなすことだけを考えれば良い。

 飯は現地の村で調達する。あくまでも身分は民間人。町ではNGO職員だと身分を偽って、買い物をする。そそくさと用事を済ませたら、すぐに持ち場に戻る。それが俺の仕事だった。常に危険が迫っている。自衛隊も撤退を決定しようとしていた。それさえ、決まってくれたら、俺は早々に日本に帰る事が出来る。とてもありがたい事ではあった。

 「ちっ・・・馬鹿が・・・・」

 俺はドグラノフの暗視スコープで闇夜に動き回る者達を捉えた。彼等は車から何かを降ろして、据えているようだ。それは何かなんて、考えるまでも無い。迫撃砲だ。奴等、自衛隊の駐屯地に迫撃砲を撃ち込もうとしている。何とも愚かな連中だ。

 ゆっくりと安全装置を解除する。右側面にあるセレクターレバーを右手で上げる。それから右手を銃把に戻す。指はギリギリまで引金に乗せない。スコープでゆっくりと狙う。決して、性能の高いとは言えない暗視スコープの像で、狙いを定める。

 最初の一発目が放たれる。銃弾は5人の内の一人に当たる。どこに当たったかはさすがに解らない。ただ、男はその場に倒れ込んだ。狙いを別にする。撃たれた事を理解して、他の奴等は慌てている。逃げようとする奴から撃った。一人、一人と撃っていく。倒れていく中で、銃声が鳴り響く。どうやら、一人が乱射しているようだ。その銃撃は決して、こちらの位置を掴んだわけじゃない。とにかく、撃って、逃げようとしているようだ。

 「うるせぇよ」

 そう言って、銃火の見える相手を撃った。

 射程距離500メートル程度なら、ドグラノフは最良の狙撃銃だろう。精密に撃てなくても良い。人間に当たればそれで良いのだから。高い速射性能は相手を即座に制圧が出来る。これほど頼もしい事は無かった。

 敵兵も暗視スコープぐらいは被っているのかも知れないが、右往左往している間に5人の姿は地面に転がった。残ったのは作り掛けの砲撃砲だけだ。

 「面倒だな」

 保は立ち上がり、迫撃砲に近付く。周辺に敵の姿は居ない。あるのは迫撃砲を持って来るのに使ったピックアップトラックだけ。それにも人影は無い。手にしたドグラノフを構えながら、迫撃砲に近付く。このまま、こんな物を放置しておくわけにはいかない。本当ならば埋めたい所だが、そんな面倒な事はしたくないので、プラスチック爆弾で粉砕して終わりだ。迫撃砲の砲身は元々、あまり丈夫では無い。筒内にプラスチック爆薬を投げ込んで爆破すれば、一瞬で砲身は裂けて粉々になるだろう。

 袋からプラスチック爆弾を取り出す。プラスチック爆弾、C4は、とても安定している爆薬で、信管以外では簡単には爆発をしない。火にもくべれるし、口に入れても問題は無い。それにまずは信管を装着する。そしてデトコードを装着すれば、爆発が出来るわけだ。この作業の間はさすがにドグラノフを地面に置いている。

 ガサァ

 僅かな布の擦れる音。咄嗟に腰のホルスターからマカロフPM自動拳銃を抜く。弾は薬室に装填済み。スライド後端の安全装置を親指で解除する。そして、音の方を振り向きながら、右腕を伸ばした。そこには倒れたまま、AKを撃とうとする男の姿があった。躊躇せずに撃つ。1発、2発、3発。男はその場で再び、倒れたまま、動かなくなった。しっかりと死体を確認しなかった甘さだ。拳銃をホルスターに戻し、爆薬のデトコードに火を点ける。そして、迫撃砲に投げ込み、退避した。派手に爆発した迫撃砲はまさに木っ端微塵となって、その場から消えた。

 俺の生活はそんな事を繰り返すだけの生活だった。色々な意味で刑務所の方が良かったと思えるのだが、それでも何となく、この生活にも慣れてくるもんである。

 そんなある日、きな臭い話が流れる。政府軍と反政府軍の全面的な衝突が近いらしい。すでに小競り合いの頻度は急速に高まりつつあり、自衛隊も撤退を検討している。だが、全面的な衝突になれば、自衛隊にも矛先が向く可能性は高い。この国では戦争を止めようとする国連は両陣営から目の仇にされている部分がある。

 「ちっ・・・嫌な話だねぇ。まったく」

 保は面倒な事になるなとは思っていた。彼に出来るのは狙撃による足止めだけ。それは少数の部隊には有効だが、本格的に攻めて来る部隊に対して、どこまで有効かと言えば、難しい話だ。ヤバくなれば逃げ出すしかない。それで罪に問われようと、消されるかも知れないと言っても、生きていてナンボだ。こんな何処とも知らない外国で撃ち殺されたり、捕まって嬲り殺しにされるわけにはいかない。

 保がそう思ってから三日目。ついに自衛隊の撤退が決まった。二日後にはこの地を立つ。急ピッチで撤退準備が始まった。だが、この頃には全面的衝突は始まっており、首都においても戦闘が始まっていた。

 保は今日になってから二度目の戦闘を行った。相手は偵察か何かだろう。少数の部隊が自衛隊の駐屯地を見に来ていた。状況が状況だけに、無視するわけにもいかず、彼等を皆殺しにする。近付いて、観察をすれば、政府軍と反政府軍が交互に覗きに来ていたわけだ。かなり不味い状況である事は間違いが無かった。

 そして、撤退を開始する日になる。それまでも保は5度の敵を殲滅した。手持ちの弾薬も残り少ない。早く撤退して、自分も逃げ出したい。そんな気分だった。だが、自衛隊の撤退を察していたのか、そこに多数の武装勢力が姿を現した。中にはT-55戦車の姿もある。装備からして、政府軍だろうか?あまりに危険な相手だった。

 「くそっ、自衛隊は・・・ようやく出発かよ」

 自衛隊は車列を並べて、駐屯地から出る所だった。このままだと1時間以内に追い付かれる。戦闘になれば、かなり危険な状態になる事は間違いが無く、下手をすれば自衛隊PKO部隊全滅。政府転覆となりかねない。正直、後者は保にはどうでもイイ事だが、かつての仲間だった自衛官が殺されるのは気に入らない。

 保は茂みからじっくりと狙う。最初は先頭の車両。その運転手だ。一発が放たれる。時速40キロ程度で走っている車の運転手の顔面を500メートルの距離で仕留める。それは神技に近い。だが、距離を置いてやらねば、すぐに敵に見付かり、集中砲火で殺されるだけだ。確実に、仕留める。彼は次の獲物を狙った。

 自衛隊PKO部隊は後方で銃声が聞こえるのを聞いた。そのあと、砲声や爆発音もだ。激しい銃撃が始まったような音が聞こえる。それらは自分達の駐屯地があった場所からだ。多くの自衛官は肝を冷やしながら、一路、空港へと向かった。

 保は場所を変えながら狙撃を続ける。狙うのは指揮官や機関銃などだ。特に指揮官や下士官を失えば、練度の低い連中はすぐに烏合の衆になる。ただ、怯えて、頭を下げるしか脳の無い輩に成り下がる。

 爆発が起きる。

 厄介なのは戦車だ。一両しか無いとは言え、こちらには対戦車兵器など無い。狙撃を恐れる事の無い戦車はたった一人の狙撃手に向かって走ってくる。

 「あんな古臭い戦車に轢き殺されたくないぜ」

 保はひたすらに逃げながら、残りのプラスチック爆弾に信管を装着する。最後にデトコードを装着して火を点けた。幾ら旧式の戦車でもただの爆薬程度では装甲を破ることは出来ない。だが、保は戦車に近付き、爆薬をキャタピラに投げ込む。爆風に巻き込まれないように転がるように地面に伏した。次の瞬間、激しい爆発が戦車の側面で起きる。転輪が吹き飛び、戦車下部に大穴が空く。それで戦車は動き止めた。中の乗員は生きている可能性があるが、そんな事は知った事では無い。すでに自衛隊は脱出を終えたはずだ。後は自分が逃げ出さねばならない。

 ドグラノフを抱えて、走り出そうした時、銃声が鳴り響く。戦車を破壊された敵が何故か、興奮して、こちらに押し寄せようとしてきた。何が人間を駆り立てるのかよく解らない。だが、保は残り少ない弾数を使って、彼等に銃撃を浴びせた。

 自衛隊脱出は日本でニュースになった。奇跡的に被害が無かった事の方が話題になり、野党が政府を批判するも世論に流される形で消えてしまった。だが、どれだけ話題になろうと、その中にたった一人で自衛隊を追う武装勢力を止めた男の名を記したものは無かった。

 「ちっ・・・早く、日本に帰りたいぜ」

 男は今日もドグラノフ片手に退屈そうに番をしていた。

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