Return

 爆弾テロが起きた。

 東京オリンピックが開催される1ヵ月前の渋谷。

 そこは特に重要な場所があるとは思えない場所だった。ただ、店は多く、人通りも多かった。その中で一人の男が自爆した。体に巻いた爆薬を爆破させたのだ。男と共に周囲に居た数十人の人々が吹き飛んだ。

 死亡者13人。負傷者41人。凄惨な事件だった。

 犯行直後に中東で勢力を持つ武装集団が犯行声明を出した。それの真偽は警察が捜査中で不明となっている。

 一人の男は途方に暮れていた。事件から1週間が経った今でも事件現場には献花が絶えない。その前に彼は跪いた。道行く人は彼を憐れむような目で見ながら通り過ぎる。まだ、30代に入ったばかりの男はここで、妻と3歳になる一人娘を失った。爆発地点の間近だったせいもあり、二人の遺体は完全にバラバラとなり、身元を確認が出来たのも彼が必死の思いで警察に願い出たからだ。最終的には遺留品や歯形から、二人が特定された。しかし、遺体の大部分は散り散りであり、とても遺体を見せられる状態には戻らなかった。まともに遺体と対面する事も許されず、ただ、葬式を挙げ、荼毘に伏した。

 男にとって、幸せだった日々が一瞬にして、地獄に堕ちた。何も考えられない。仕事だって、手に着かない。一流企業のエンジニア故に上司からは一カ月は休みを取れと言われ、休んだ。だが、妻と子の居ない家で一人で居ると孤独と悲しさ、そして怒りが心を蝕む。なぜ、二人が殺されねばならないんだ。何が悪いんだ。テレビを点ければ、ニュースは連日、この爆弾テロについて語っている。中東の武装勢力が犯行声明を出していた。日本人は皆殺しだとか言っている。昔の俺だったら、そんなのは身勝手な奴等の主張だろと鼻で笑っていた。

 

 そうか、皆殺しか・・・


 男の心の中にその言葉だけが深く刻まれる。そして、彼は家を出た。

 東京オリンピックで世界的に注目を浴びている日本は武装集団からの恰好の的だった。それ故に警察も海外への渡航、特に中東への渡航者にはかなり厳しい目を光らせている。その為、男は一度、アジアの国に飛び、そこで数週間過ごした後、陸路で中東を目指した。疲れ切ったような彼の雰囲気はアジアの貧民窟を歩いていても誰も見向きもしない。目は死んだ魚のように覇気を失い、ただ、惰性で歩いているに過ぎない。身なりもいつ洗ったかすら分からない程、ボロボロ。そんな彼はイラクに到着した。武装集団に近付くためには色々な方法がある。彼等は世界中から戦士を集めているからだ。無論、そのようなシンバはどこでも厳しく取り締まられているが、そんな簡単に捕まるものじゃない。特に政情が不安定なイラクなどでは。

 「よう・・・あんたが、俺を戦士にしてくれるのか?」

 男が声を掛けたのは一人のアラブ人だ。彼は見る限り、汚らしい男を見て、少し胡散臭い表情をする。

 「俺は違うよ」

 彼は男を嫌うように断った瞬間、男の手が彼の胸倉を掴む。その握力は半端なく、アラブ人の男もそれなりに腕っぷしに自信があったが、とても抗える感じじゃなかった。

 「や、止めろ。解った。俺がそうだ。お前は連絡してきたコサカだな?」

 「あぁ、そうだ。連絡をしたコサカだ」

 コサカと名乗った男は放り捨てるように手を離す。アラブ人の男は尻餅を着いて、路上に転がる。

 「あ、あんた・・・強いな?」

 「そうか?」

 「よし、ついて来い」

 アラブ人の男に案内されて、コサカは夜に彼が用意したトラックに乗せられる。トラックの荷台には数人の男達が居た。皆、人種はバラバラのようだ。誰もが無言で、ただ、トラックに揺られている。どこに向かっているかは知らない。ただ、無事に目的地に着けばイイ。それがコサカの願いだった。

 朝になる前にトラックは目的地に到着した。そこは武装集団の拠点の一つだ。新人を教育する施設となっている村だった。トラックから降りたコサカ達は並ばされて、一つの家に入った。中に入ると、服を脱げと言われる。それに従って、全員が服を脱ぐと服も含めて、私物は全て没収された。まぁ、コサカの場合は持ち物は僅かな金銭とパスポートぐらいしか無かった。そして、彼らには新しい服が渡される。黒を基調とした戦闘服だ。ゴワゴワの生地であまり質の良い物じゃない。そして、覆面。出来る限り、顔は隠せと言われる。

 着替えが終わった一同はそのまま外に連れて来られる。そこで、ここの指揮官と呼ばれるサダムと呼ばれる髭面の男に会う。彼はコサカ達を歓迎する趣旨の挨拶をして、すぐにどこかに行った。そして、教官と呼ばれる男が代わりに彼等の前に立つ。

 「お前等は神の為に戦うのだ。神の為に死ねば、必ず、神は報いてくれる」

 そんな事を言って、コサカ達を鼓舞する。それから、すぐに彼らには銃が渡された。ボロボロのカラシニコフだ。彼方此方の戦場で集められてきたものだろう。そしてコサカにも渡された。


 AKM


 AKMはAK47の改良型であり、根本的にはAK47と変わらないが、プレス技術などの成熟などの為に大幅に生産性が向上し、尚且つ、AK47の欠点の克服や、軽量化などが図られた。多くの派生形を産んだカラシニコフである為にこのモデルもまた、海外の派生形に影響を与えた。

 「カラシニコフ・・・」

 コサカは知り得た知識の中で、銃を器用に扱う。それを見た教官が驚く程にだ。

 「コサカ、お前は何処かで軍人でもしていたのか?」

 「いえ、ネットの動画で勉強しただけです」

 最近のネットに上がっている動画は様々な銃器の取り扱いについても丁寧に教えてくれる。特にAKMのような有名な銃はその数も多い。嫌と言う程、見ていれば、触ったことが無くてもそれなりには使えるものだ。そして、AKMはそんな素人にも扱い易いように出来ている。

 最初に使い方を学び、すぐにドラム缶に向けての射撃訓練が始まる。使い方は動画で分かっても、実際に撃つとなると勝手が違う。しっかりとストックを右肩に付けて、引金を引く。最初の一発は右肩が抜けるかと思うぐらいの激痛を感じた。案の定、弾は明後日の方向へと飛び去る。そうやって何発か撃つと、ストックを肩のどの位置に置くと痛く無いかが解るようになる。すると、銃は安定して、それなりの場所に集まるようになる。

 数日間、ひたすらに訓練をした。銃を撃つだけじゃない。走ったり、匍匐前進をしたり、障害物を越えたりと様々な事をやらされた。軍事訓練の教官もどこかの国で軍人をやっていたようだ。厳しい訓練だが、1週間も経たずに、それらは全て備わった。

 私は夜中に起き上がる。周囲の者達は昼間の訓練のせいでぐっすりと眠っている。例え、夜中に誰かが起きても、それは外に小便をしに行くだけだと思うだろう。私はゆっくりと男達の間を通って、兵舎の外へと出た。とりあえず基地ではあるので、夜中でも歩哨は立っている。だが、それはどことなく、やる気が無い。下手をすれば居眠りをしている者も居るぐらいだ。私は武器庫へと歩く。訓練が終わると、ここに銃器と弾薬は預けるからだ。そこには当然ながら立哨が居る。彼がここの鍵を持ち、何かあればすぐに武器庫が開けるようにしているからだ。

 「やぁ」

 私は彼に声を掛ける。彼は胡散臭そうな顔で私を見る。

 「何か用か?」

 「いや、ちょっと・・・」

 私の口籠った物の言い方に相手は警戒をする。

 「酒が手に入ったから、隠れて飲もうかと」

 酒はイスラムでは禁じられている。特に武装勢力は原理主義なので、余計だ。だが、寄せ集めの彼等の中にはそんな戒律に必ずしも縛られていると言うわけじゃない。むしろ、厳しい戒律があるからこそ、影でこそこそやるという楽しみもある。

 「そうか・・・ちょっとだけだぞ?」

 男は誘いに乗った。私は静かに彼に近付き、その口を左手で覆って、右手に持ったナイフでしっかりと脇腹を刺す。根本まで刺したナイフを抉るように横に向け、そのまま、横へ刃を動かす。彼は何かを喚きたいのか、左手の中でモゴモゴしている。だが、それを力強く抑える。彼は白目を剥き、その場に崩れ落ちた。気絶したか、死んだかのどちらかだ。どっちにしても命は無い。俺は彼の体から鍵の束を取り出し、武器庫の扉を開く。中には乱雑に銃器や弾丸が置かれている。その中から、AKMと手榴弾を持てるだけ、手にした。そして、それに合う銃弾と予備弾倉を手にした。あとは爆薬を見付けだし、それを一か所に集める。そして、武器庫から出る時、そこに安全ピンの外した手榴弾を投げ込んだ。私は振り返らず、とにかく走った。1分後、大爆発が起きる。弾薬や爆薬が一斉に爆発をしたのだ。それは隣接する燃料庫にも飛び火し、更なる爆発を起こす。炎の柱が立つとはこの事だろう。だが、私はそれを気にする事無く、ある場所を目指した。

 爆発音と地響きで指揮官は飛び起きた。彼はてっきり、空襲だと思って、地下壕へと向かおうとした。扉を開くと、そこに誰かが駆け込んで来た。

 「何事だ?」

 彼がその人影に尋ねた時、銃声が鳴り響く。彼は激しい衝撃と共に後方へと吹き飛んだ。腹には激しい熱さが残る。だが、それはすぐに痛みへと変わる。男は腹を押さえるが、痛みは背中の方がひどい。腹から入った弾丸は人間の身体を軽々と貫き、押し込まれた肉塊は背中から溢れ出すように大きな穴となって銃弾と共に飛び出した。彼の身体には幾つもの穴が開いたわけだ。体の芯に力が入らず、意識があるのが不思議なぐらいの状態だった。それでも敵を見るために彼は必死に目を見開く。

 「お、お前は?」

 人影はユラリと指揮官に近づく。

 「やぁ・・・痛いかい?」

 「てめぇ・・・あの日本人か?」

 指揮官は口惜しそうに顔を見た。

 「あぁ、そうだ。お前らに家族を殺された哀れな男だ。だから、復讐をしに来た。俺の命が絶えるが先か、てめぇらを虐殺するのが先か・・・。それが俺に残された唯一の生き方さ」

 指揮官の首をナイフで破る。だが、動脈は切らない。気管支だけを切り裂いた。彼の呼吸は首からヒューヒューと空気漏れを起こし、肺に空気を入れらない彼は苦しむ。コサカはそんな彼を見て、にやりと笑った。そして、部屋を出ていく。外では突然の敵襲だと思って、男達が慌ただしく動き回っている。そんな彼らを後目に彼は基地から出て行った。それ以後、彼の消息を知らせる情報は無い。ただ、武装勢力の中では時折、指揮官などが虐殺をされる事件が起きていると噂になっている。皆、アメリカの特殊部隊の仕業だと言っているが、それにしてもその虐殺方法はあまりに凄惨で、武装勢力の者ですら口を閉ざす程だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る