少女兵器~Violence Jack~

 少女は身体のほとんどを機械にされた。

 それは望まない形で。

 彼女に残された部位は脳。だが、それもバイオコンピューターの代わりに使われているだけだ。自我などは全て、電子的なプログラムに上書きされ、ただの人形として、命じられた事を実行するだけだった。

 殺人兵器として、毎日、普通の兵士でも臆するような戦場へと投入される中で、彼女の中に自我が芽生える。強烈な戦闘経験によって産み出された自我はバグのような存在だったが、開発者はこれを発見する事が出来なかった。やがて、その自我は彼女の中に眠っていた本当の彼女の自我を呼び覚まし、一つになった。

 東京渋谷の繁華街に響き渡る銃声。

 惨劇。

 血が飛び散り、骨が砕け散り、肉が引き千切られる。

 多くの人々はこんな地獄のような光景に巻き込まれるなんて誰も思っていない。平和ボケに染まった日本の若者達が飛び交う銃弾に怯えながら必死で逃げている。

 一人の若者が目の前に立つ悪魔に怯えた。彼は足を撃たれて、這いずることさえ出来ない。ただ、最期の瞬間を見ているし無かった。

 彼の目の前には都内にある高校の制服を着た女子高生。長い黒髪を背中まで垂らした綺麗な少女だった。透き通るほどに綺麗な栗色の瞳はどこか感情を失った作り物のようだった。だが、その可細い腕には似合わない物が手に握られている。


 MPS社 AA-12 


 MPS社が開発したフルオートオンリーの自動式散弾銃である。本銃は元々、マックスウェル・アッチソンが軍・警察向けに開発したアッチソン・アサルト12がベースである。開発されたのが1972年と古く、警察などでも散弾銃がメインに使われる時代だった。当時も自動散弾銃は存在したが、ガスピストンによるクローズドボルト方式など、その動作に不満が残る物が多く、軍・警察においてはポンプ式の手動式散弾銃が主だった。

 そこでアッチソンはオープンボルト方式を採用して、安全かつ、確実な連射能力を担保する事になった。アッチソン・アサルト12はオープンボルト方式ではあったが、セミ・フルが切り替えられ、この考え方は後の自動式散弾銃にも影響を与えた。だが、アッチソンからパテントを買い上げたMPS社は徹底的に改修を加えた結果、AA-12を産み出す。外見は数学教師が持つような巨大な三角定規のような形となり、かなり凹凸の少ないのっぺらな感じになる。そして、特徴だったセミ・フル切替は無くなり、フルオートオンリーとなった。これが良好な動作性能を与えたかは不明だが、本銃はそれまでの自動式散弾銃に比べて、かなり良好な動作性能を示している。ただし、毎分350発のフルオートオンリーな為、射撃時にはかなり気を付けて操作しないと撃ち過ぎる傾向にある。その為か、標準の8発箱型弾倉とは別に20・32発ドラム型弾倉が用意されている。


 32発ドラムマガジンを本体の下にブラ下げた散弾銃を少女は片手一本で持ち、若者の顔面の前でぶっ放した。幾ら反動が少なく作られたと言っても、それを片手一本で支えるには少女の腕は細過ぎるようにも思えたが、反動に負ける事なく、若者の顔面はスイカ割りのスイカのように砕け散った。脳も頭蓋骨も目玉も歯も、全てが飛び散り、一部が少女の制服を汚す。

 悲鳴が飛び交い、逃げ惑う人々。警察官が拳銃を抜いて、少女を逮捕せんと向かって来る。彼女は初めて、左手を銃の先端に装着されたフォアグリップを掴み、狙うともなく、銃を腰だめに構えて、フルオート射撃した。鹿撃ち用のダブルオーバック弾が9個の8ミリ弾を散らすように銃口から弾き出し、それを絶え間なく、放ち続ける。拡散される弾丸は面で相手を制圧する。向かって来る警察官も逃げ惑う人々も皆、犠牲となっていく。幸いにして、貫通力が無いのが救いだった。ライフル弾に比べて弾丸はただの球体であり、硬度も低い。当たった瞬間、潰れて広がるも、傷は浅い。

 だが、圧倒的な火力と言っても差支えが無い弾幕は回転式拳銃しか持たない警察官には対抗するのが難しかった。距離を置いて、応戦する者も現れたが、普段からの射撃訓練の少なさから、少女の素早い動きに命中させる事は不可能だった。

 少女は銃を構えて素早く動く。一か所に留まれば、技量の低い警察官でも当てられる可能性が高まるからだ。少しでも多く、動き、相手を攪乱する。そして、迫り、散弾を撃ち込む。散弾は狙いが多少、甘くても相手に当たる可能性が高い。一発でも当てれば、敵の戦意は喪失される。運が良ければ、一発で殺す事だって可能だ。渋谷の込み入った街の造りは少女にとって、好都合だった。建物の中を進み、まるで鬼ごっこを楽しむように街中を動き回り、次々と投入される警察官を狩るように殺していく。

 渋谷の街が血に染まる。死体が転がり、逃げ惑う人々も大方居なくなった。警察も特殊部隊が到着して、一般警察官は盾を持って、周囲を囲むだけだ。

 警視庁機動隊の特殊部隊は防弾盾を構えながら縦列にて、街中の探索に入った。渋谷の中では火災も発生している。延焼を防ぐために空から消火剤がヘリによって撒かれている。煙と消火剤によって、視界が不良となる中、彼等は犯人である少女を発見するために全力を尽くした。

 彼等は二個班を三チーム作り、別々の方角から現場へと入った。1個班が店内に突入して、もう1個班が外を警戒するという作戦だ。彼等は慎重に事に当たった。これまでに無い犯罪だ。相手はただ、殺害だけを楽しんでいる。渋谷の街全てが戦場となり、その中から一人の人間だけを探し出すのは途方もない事だ。だが、ここで逃がしたら、次にどこで何が起きるかわからない。警視庁の威信を掛けても、犯人を逮捕するしかなかった。

 その頃、監視カメラの映像から、警視庁の対策本部は犯人が何者かを探り当てた。それは行方不明とされている少女。1年前に彼女の両親が殺害されて、その家から死体が発見されなかった一人娘だった。

 「やはり・・・彼女が両親を殺害して、家を出たのか?」

 誰もがそう思っている。だが、真実は違う。彼女はこの時、ある人物に拉致され、全身を機械に改造され、脳をバイオコンピューター代わりにされたのである。高度な処理能力を持った、機械人間として、戦場に送られた彼女は数々の戦闘を行う中で、彼女に書き込まれたプログラムの僅かなエラーから自我を合成して、僅かながら、取り戻す事が出来た。だが、それはあまりに不完全な自我で、ただ、自分の両親を殺した者に復讐する事だけを望む、殺人マシンと化したのだった。

 若者向けの雑貨店に入ろうとする特殊部隊。先頭の隊員が防弾盾越しに前を必死に確認する。他の隊員達も左右などを必死に確認する。少しでも遅れれば、皆、撃ち殺される。その危機感だけで、全員が極度の緊張を強いられた。

 だが、恐れていた事が起きた。彼等は雑貨の中にある瓶の異常に気付かなかった。しっかりと密閉された瓶の中身はガソリンとエンジンオイルや食用油。そして、そこに差し込まれた切断された電源コード。突如、コードに電気が入り、火花が瓶の中で散った。一瞬だった。一つの瓶が爆発して、他の瓶にも連鎖する。棚全てが爆発して、その前に居た隊員達が炎に塗れたのだ。

 派手な爆発は店の外で待機していた隊員達にも聞こえる。中から絶叫が飛び交う。慌てて、外で待機していた隊員達が店に入ろうとした時、激しい銃声が響き渡る。隊員達は倒れながら後ろを見た。そこには少女は散弾銃を構えて撃っていた。

 弾は隊員の防弾チョッキやヘルメットを穿つ。貫通力も高いが、一撃がとんでも無く重い。それは一発弾とか呼ばれるスラッグ弾だ。釣鐘状の弾頭が一個の弾丸として撃ち出される。

 それを至近距離で受けた隊員達は次々と倒れるしか無かった。燃え上がる店内から飛び出す無事な隊員の胸や腹にもスラッグ弾が叩き込まれる。1分も経たずに1チーム10人が沈黙した。

 突然の爆発音と銃声。本部は無線機のマイクに叫ぶ。だが、2班からの返答が無い。即座にそこに犯人が居る。そう解った時点で、残りのチームをそこに向かわせる。一瞬にして1チームが壊滅した事に本部の指揮を執る管理官は怯えた。

 フルオートの散弾銃となると、散弾自体があまり熱に強い構造では無いためにミスファイアが起こる可能性がある。オープンボルトの本銃の場合はその可能性は低くなっているが、フルオートを続けていれば、そうも言ってられない。優亜はとにかく走った。それは銃から熱を取るためでもある。ドラムマガジンを捨て、新しいドラムマガジンを装着する。ボルトはオープン状態だ。いつでも撃てる。

 2班が壊滅して、慌てて、駆けて来る別チーム。だが、交差点の出会い頭に彼等は少女と遭遇した。優亜は冷静に散弾銃を撃つ。弾丸は防弾盾を持った先頭の隊員を避け、二番目の隊員から順に撃っていく。1メートルも無い至近距離で、隊員達は成す術も無く、銃弾を浴びた。先頭の隊員は手にした拳銃を何とか撃とうとする。だが、優亜はその右手を間近で撃った。巨大な銃弾は隊員の手の皮膚と肉は削ぎ、骨は砕かれた。そして、拳銃に弾丸は食い込み、それをあり得ない形に変形させて、弾は隊員の顔面に向かって跳ねた。大きく変形した銃弾は隊員の顔面を守る防弾ヘルメットのシールドを大きく損壊し、彼の顔面に大きく食い込んだ。

 後続の部隊は慌てる。防弾盾を構え、その後ろに並んだ隊員達が慌てて、応戦準備をした。だが、優亜は流れるように彼等の左側面に走り込み、手にした散弾銃を撃った。側面に回り込まれた隊員達は無防備に晒した左側面に次々と銃弾を撃ち込まれる。銃弾は身体や頭を確実に撃ち込んでいく。多くの者が即死、または重傷で動けない状態にされる。

 そして、散弾銃の弾は切れた。少女は立ち止まり、倒れた隊員達を見下ろす。流れる血。漏れる嗚咽。それを聞いても彼女の心には何一つ、響かない。手にしたAA-12を放り捨て、彼女は隊員が落とした短機関銃を手にする。そして、再び、戦いが始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る