骨董品

 どこまでも続く、長い一本道。それは荒野を貫き、果ては西海岸まで続いている。

 跨るハーレーのVツインの鼓動を感じながら、俺は手にしたピュータ製のスキットルからウィスキーを舐める。荒野を照らす太陽は俺に酔う事をさせない。酒に飽きれば、革ジャンのポケットからマルボロを取り出す。口に茶色の煙草を咥えて、取り出した銀のジッポーで火を点ければ、苦い香りが口の中に染み渡る。

 人間、もうすぐ60になろうとすれば、立派な骨董品だ。何もかもが古い。昔は割れていた腹筋もバドワイザーなんてヌルいビールで膨らんだままだ。海兵隊を引退して、20年勤めた会社も辞めて、俺は今、ただ、旅をしている。家族の居ない俺には長年連れ添ったハーレーダビッドソンのスポーツターと海兵隊時代に死んだ上官から貰った銀のジッポーだけだ。どいつもこいつも骨董品で、いつゴミになってもおかしくない物ばかりだ。そして、懐には45口径。

 海兵隊時代から銃は45口径と決めている。9ミリなんて、豆鉄砲だ。数撃ちゃ当たるなら、マシンガンでも持てば良い。俺は一発で、目の前のクソ野郎を吹き飛ばす威力が欲しいんだ。だから、拳銃はいつも45口径だ。


 ウィルソン社製 コンバットマスター


 コルト社のガバメント1911のクローンではあるが、マッチシューティングのカスタムで名のあるウィルソン社が仕上げた物であり、オリジナルよりも遥かに高い精度で作り上げられている。マッチカスタムが多い中、コンバットマスターはキャリアガンとして使えるようにデザインされている。見た目は概ね普通のガバメントと変わらないが、バッフルなど、オリジナルの形状となっている。アンビやハンマーなどもホルスターに入れても取り出し時に引っ掛かり難く、尚且つ、扱いやすいように丸みを持ったデザインのまま、大型化されている。当然ながら、命中精度も高い。まるでカスタムされたレースガンを持っているようだ。

 ハーレーを走らせていると、小さな店が現れる。この手のハイウェイには必ずこの手の店屋があるもんだ。ガソリンスタンドと飯が食える。まぁ、飯がウマイわけじゃないが、食えれば何でも良い。ハーレーを降りて、俺は店の扉を開く。店の主人は愛想の無いおっさんだ。

 「コーヒーとサンドイッチをくれ」

 「あいよ。テキトーに座れ」

 適当に座れと言われても、カウンター席が5つしかない小さな店だ。おっさんの前に座る。おっさんは無言のまま、コーヒーを淹れ始めた。ラジオからは古いジャズが流れている。俺はそれを聞きながらマルボロを取り出す。

 「おい、ここは禁煙だ」

 おっさんが口を開いたと思ったら、これだ。

 「へぇ、こんな店でも禁煙か?」

 「ふん、シガーは肺に悪いんだ。吸う奴はロクデナシさ」

 「確かに」

 俺はマルボロをしまい、暇を持て余した。

 「あんたのハーレー、良い音させてるな」

 おっさんはコーヒーを俺に渡しながら言う。

 「ハーレーが解るのかい?」

 「ハイウェイに40年も住んで居ないぜ」

 「なるほど・・・俺のハーレーも30年近く、乗っているからな。彼方此方、オンボロだが、出来る限りは手を入れてある。調子だけなら、そこら辺の新しいバイクにも負けないぜ」

 古いハーレーが新しいバイクに勝てるはずなど無い。所詮は骨董品だ。だが、言うだけは大きい。それぐらいじゃないとハーレーなんて乗っていられない。

 「まぁ、何処まで行くのか知らないが、大事に乗りな」

 「あぁ」

 おっさんはサンドイッチを作り始めた。

 「そう言えば、この先に小さな町があったな」

 「あぁ、何も無い町さ。あんた、そこに行くのかい?」

 「いや、別に用は無いんだが、マルボロが切れそうだからね」

 「そうかい。じゃあ、ビリ―の店だな。そこに行けば売っている」

 「そうかい」

 俺はコーヒーと堅いパンで挟まれた粗末なサンドイッチを口に入れてから、小銭をカウンターに置いて、店を出た。相変わらずハーレーの小気味よいサウンドを尻に感じながら、ハイウェイを走らせる。30分程度で小さな町に着いた。そこにはとりあえず、小学校はあるみたいだが、いつ消えて無くなってもおかしくないような小さな町だ。それでも街中は整然としていて、思ったよりも綺麗な町だった。

 俺はマルボロを吹かしながら町に入ろうとすると、パトカーから保安官が降りて、俺を止める。

 「へい、俺が何かやったかい?」

 保安官にそう尋ねると、彼は笑いながら口を指した。

 「ここは町中、禁煙でね。悪いが、吸いたかったら、喫煙場所に行ってくれ」

 「ちっ、どこもかしこも禁煙だぜ」

 「悪いな。それが今風って奴だ」

 マルボロの火を消して、町に入る。ビリーの店ってのはすぐに解った。と言うより、この町には商店と呼べるのはそこしか無い。ビリーの店はそれなりに大きな店だ。スーパーマーケットと呼べる規模があり、俺はそこに入った。店の中には食料品から生活必需品、家電まで揃っている。俺はカウンターに行って、店員にマルボロを要求した。

 「ラークしか無いよ」

 「ラークだって?」

 マルボロがあるかと思ったら、ラークしか無い。なんて言う店だ。仕方が無く、ラークを買った。マルボロは残り一本。恨めしそうに思いながらラークの箱をポケットに詰める。用事は済んだ。この町はどうも良くない。とっとと退散するのが良いだろう。そう思って、ハーレーに跨ると、どうした事か、エンジンが掛からない。これまで調子が良かったのに、いきなりエンジンが掛からなくなったのだ。プラグ被りか、キャブが調子が悪いのか。仕方なしにハーレーを押して、整備が出来そうな場所を探す。だが、小さな町だ。バイク屋どころか、自動車整備工場も無いときやがった。住民に尋ねると小学校に工作室があるから、住民はそこで工具を借りて大抵の事はやっちゃうんだと言う。だから、学校に向かった。

 最近の小学校は治安のために警備員を雇っている学校もあるぐらいだが、こんな田舎の学校じゃ、そんな物騒な連中は居ない。学校の玄関まで来て、用務員に話をすると、職員用の駐車場を貸してくれた。俺はチマチマと工具を出して、ハーレーを弄る。案の定だが、プラグが少し被り気味だったようだ。ちょっとメンテナンスで修理完了だ。昔のバイクはちょっとしたことでもグズる時があるのが難点だ。しかし、そこがまた、手の掛かる女のようで堪らない。

 俺はトイレに行きたくなって、学校のトイレを借りる事にした。学校ってのはやたら騒がしい印象があったが、思った以上に静かに授業が行われている。俺は職員用トイレに入って用を足す。何とも心地よい時間だ。

 ジリリリリリ

 その時だ。非常ベルが鳴り響く。やばい。火事だろうか?俺は慌てて、尻を拭いて、トイレから飛び出す。すると、そこには一人の覆面の男が立っていた。手には水平二連の散弾銃。

 「てめぇ、誰だ?」

 俺がそう問い掛けると、奴は驚いた表情で散弾銃の銃口を向けて来た。こいつは本気だ。海兵隊時代の勘が囁く。咄嗟に手は懐の相棒の銃把を握っていた。悪いが、クイックシュートは俺の十八番なんだ。相手は撃つ気は無かったのかも知れない。だが俺は抜いた拳銃の銃把の底で奴のコメカミを思いっきり殴った。奴はそのまま廊下の壁まで吹き飛び、倒れた。俺はスライドを引いて、初弾を装填する。その動作のまま、奴が落とした散弾銃を踏み、銃口を奴に向けた。

 「おい、小僧?何のつもりだ?」

 覆面をしているが、相手が10代のガキだと判る。黒人のガキだ。コメカミに一発喰らって、痛みに呻くしか出来ない。涙を流しながら奴は俺を怯えた目で見てやがる。

 「早く答えろ。殺すぞ?」

 俺は静かにそう告げる。その態度に少年は震えながら答える。

 「お、俺らは隣街で強盗をやって、逃げてきたんだ」

 「それで・・・何で学校に銃を持って来た?」

 「もう、警察から逃げる場所が無くて・・・」

 「それで・・・ガキを人質にしようってか?」

 少年はコクコクと首を縦に振る。その態度に怒りを感じて、俺はそいつの腹を何度も蹴り上げた。彼は意識を失ってグッタリとしている。

 「そこで寝ておけクズが」

 少年の散弾銃の弾を抜いて、窓から外へと放り投げる。サイレンの音が聞こえる。どうやら、こいつらを追って来た警官隊のようだ。かなりの数のサイレンとヘリの音が聞こえる。

 「遅せぇよ」

 俺は拳銃を片手に廊下を歩き始める。多分、あのガキの仲間が籠城してるだろう。早い段階で始末しねぇと長引くと危険だ。俺は悲鳴が聞こえる教室を目指した。

 「うるせぇ!」怒鳴り声と共に銃声が鳴り響く。俺は無造作に扉を開いた。そこには一人の少年が拳銃を天井に向けて発砲した後だ。どうやら悲鳴を上げているガキを黙らせるために発砲したようだ。奴は俺に気付いて、銃を水平にしようとしたが、遅い。すでに構えている俺の銃は奴の銃を持つ右手を狙っている。

 二発

 ダブルタップと呼ばれる技だ。リズム良く放たれた弾丸が奴の右手を貫くように手にしたリボルバーの銃把を貫いた。あまりの衝撃に彼は右腕を吹き飛ばされ、身体を捻るように転がる。

 「ガキが危ないもん。持つんじゃねぇ」

 「あ、あなたは?」

 学校の先生だろう。ガキ達を抱えながら不安そうな顔で俺を見ている。

 「安心しろ。助けに来た」

 「警察官ですか?」

 「いや・・・違う。ただの老いぼれさ」

 そうやって笑った。すると別の場所でも銃声が鳴っている。今度は連射している。

 「ちっ・・・自動小銃かよ」

 聞き覚えのある音だ。戦場でいつも聞いていた音。カラシニコフだ。最近の強盗はやけに装備が良いなと思いながら俺は倒したガキを縛り上げて、教室を立ち去ろうとした。

 「あ、あなたも逃げないのですか?」

 教室から生徒達を逃がした教師は最後にそう言った。

 「あぁ・・・ガキを守るのは大人の役目だからな。そこに怯えているガキが居たら、行くしかないだろ?俺はおっさんだからな」

 俺はサムアップした左手を見せて軽い足取りで銃声と悲鳴の聞こえる方へと歩いて行った。外ではパトカーのサイレンと犯人に呼びかける声が響き渡る。それに応じるように銃声が聞こえた。

 「自分の居所を教えてくれて、ありがとうよ」

 銃声の聞こえる教室の前に来た。普通なら、中の様子を窺うなり、冷静に動くのが普通だろう。だが、そんなまどろっこしいのは俺の性に合わない。俺は何の躊躇もなく、扉を蹴り破った。吹き飛ぶ扉に驚いたバカ野郎共がこちらに銃口を向ける。だが、俺も銃を構えている。手当り次第、撃つだけだ。

 銃声が鳴り響く。空薬莢が舞い散り、銃弾が飛び交う。奴等の自動小銃や拳銃はデタラメに俺の周りに弾を散らす。だが、俺は確実に奴等に銃弾を浴びせる。決して、外さない。奴等に比べて僅かな銃弾しか装填が出来ないから、一発、一発を大切に奴等に撃ち込む。ウィルソンはそんな俺に応えてくれる優秀な奴だ。夢中に撃ち続けて、俺のウィルソンはスライドが後退したまま止まる。残弾ゼロ。スライドストップが効いている。俺の視界には立っている奴は誰も居ない。確か3人ぐらい、立っていたはずだが、そいつらは血を流して倒れている。嗚咽を上げる奴も居るから、皆、死んだわけじゃない。

 「おい、先生、早く生徒を逃がしてやれ」

 俺はそう言うと足がガクガク震えて、その場に座り込んだ。壁が無ければ、倒れていた所だ。壁に背を預け、俺はマガジンを交換する。万が一にも倒れた奴が立ち上がった時に殺さないといけないからだ。マガジンを銃把に突っ込み、スライドストップレバーを押し下げる。スライドはガシャリと前進して、初弾が装填される。だんだん、目が霞んでくる。腹に添えた左手にはヌメリと温かい液体を感じた。血だ。痛みは不思議と無い。多分、何発か、腹に喰らったんだろう。感じとしては、多分、俺はダメだ。こうなって、生きて奴を戦場で見た事が無い。そうやって、何人も部下を見捨てた。今度は俺の番だ。

 「よう、あんた、大丈夫か?」

 保安官が声を掛けてくれた。どうやら、警察が突入したようだ。周囲が騒がしい。

 「あぁ・・・それより、ポケットにマルボロが一本、あるから吸わせてくれ」

 「911が来るぜ?」

 「そいつは・・・間に合わない。最期にマルボロぐらい吸わないとな」

 保安官は俺の革ジャンのポケットからマルボロの茶色の煙草を取り出し、口に咥えさせてくれた。そして、銀のジッポーを取り出し、火を点けた。

 「どうだ、旨いか?」

 保安官がそう聞くので、俺は少し笑って答えた。

 「やっぱり・・・苦いや」 

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