砂漠の迷い子
「・・・とんでも無い所に来ちゃったな」
男は砂漠のど真ん中で、呟いた。
男の名は染谷。30代後半の元派遣従業員。
30代後半で派遣従業員。しかも、高校をイジメが原因の引き籠りで中退。ニート生活を親から見限られて、家を追い出され、仕方なしに派遣会社に登録してから20年。ずっと派遣従業員をやってきたわけだが、それも40歳を目前にすると、色々と悩む事だらけだ。
正社員にはなれない。貯えは無い。仕事も無い。何も無い。
簡単に言えば、このまま歳を重ねたら、いつかは野垂れ死にする時が来るんじゃないかと言うことだ。最近、ちょっとした病気で三日程、苦しんだ時に特にそう思った。どれだけ苦しんで、死にそうになっても心配してくれる家族も友だちも居ない。孤独の中で、ただ、死んでいくだけだ。
そう思った時、彼は決意した。
そうだ。会社を起こそう。
そう。会社だ。彼は自分の会社を起こして、独立する事にしたのだ。
ただし・・・何をするか。と言うより、何なら出来るか。それは彼すらわからなかった。だが、彼の凄い所はそれでも起業という目標を掲げた事により、これまで想像もつかないような働きを始めたのだ。
そして、1年後。彼は資金を集め、会社を設立した。この時、彼はある事をニュースから聞いていたのだ。
民間軍事会社
海外で活動する武装した組織で、主に危険地域で活動する企業や外国人の警護などをして、報酬を得ている企業だ。
これが儲かると聞いて、彼はやってみようと思った。特に軍隊経験あるわけでも、外国語などが堪能でも無く。軍事などまったくわからない彼がだ。それは誰が聞いても正気の沙汰とは思えなかっただろう。だが、彼は彼なりに色々と調べて、ついに起業から三か月後。
イラクに到着した。
現在、武装集団が暴れ回っている為に簡単には入国が出来ない国に彼は来てしまった。そして、彼を迎えたのは現地コーディネーターのサダム。髭を蓄えた若者だ。
「よく、来たネー!」
妙に明るい男だ。あまりに調子の良い感じだが、コミュ障の染谷は嫌そうな顔を露骨にする。だが、サダムはそんな事を一切、気にせずに染谷を連れて、行く。
「ここが拠点となる事務所だヨー!」
サダムに用意させた事業所の建物は今にも潰れそうなボロボロの建物だった。
「大丈夫か?」
「大丈夫ネー。染谷の条件に合う建物だとこんなんしか無いヨー。まぁ、稼いで、すぐに新しい建物に移ればいいサー!」
サダムはあまりに軽い調子だった。
「それと・・・道具は?」
民間軍事会社である。当然、道具と言えば銃だ。サダムには銃と弾薬の調達もお願いしていた。
「それもバッチリネー!」
サダムは事業所の奥から木箱を取り出してきた。何とも古びた感じの木箱を開けると機械油の臭いが漂う。
「イラク軍が使っていたヨー!」
サダムは機械油に塗れた古臭い金色の自動小銃を取り出す。それと、鉄の缶に入っている弾薬だ。予備弾倉が無いが、その事に染谷が気付くことは無かった。
「弾は100発もあるし、大丈夫だネー!」
染谷は不安そうに油塗れの金色の自動小銃を構える。
「俺、撃てるかなぁ」
「大丈夫ヨー。こんなん、引金引いたら、すぐにズバババンネー!」
染谷がその銃が何かを知らない。
タブクカービン自動小銃。
ユーゴスラビア製M70自動小銃のコピー品の自動小銃でイラク製だ。M70自体がAKMのコピーではあるが、AKMとは別にタブクとM70には一部の共通性が見受けられる。この銃が金色をしているのはアラブや東南アジアでは富裕層向けにこのような金色にメッキや塗られた調度品のようなモデルが贈呈用や武器見本市の飾りとして作られる事がかなりある。多分、その内の一丁だろう。
そんなこんなで、早速、営業となるわけだ。
「サダム。何処かの企業に警備の仕事を営業に行こうと思う」
染谷はサダムに言う。
「社長さん!私の知っている会社があるヨ!」
サダムは相変わらず軽いノリで答える。
早速、オンボロの日本製バン車に乗り込む。
「社長さん、しっかり銃は持っているね。何があるかわからないヨ!」
助手席に座る染谷は金ピカの自動小銃を握り締める。弾は念のため、全弾、鞄に詰めてある。服装はジーパンに萌え絵の描かれたTシャツに日焼けをしない為の長袖シャツ。頭に何故か、麦藁帽子。とても、民間軍事会社からは遠く離れた格好だ。
バンは街から離れ、どんどん、奥地へと進む。
「サダム?どこへ向かっているんだ?」
「社長さん、安心してヨ。油田地帯に向かっているだけだから」
サダムは笑いながら言う。そして、夜半過ぎ。
「ここで一泊するよ」
サダムに言われて、染谷がバンの外に出た。
「大自然だなぁ」
空は幾千の星々が煌めいている。昼間と違って、夜の砂漠は冷える。それでも月明かりに照らされた砂漠は、染谷の心を穏やかにさせた。
ブロロロロロ
染谷の背後でエンジン音が聞こえる。それはどんどん離れて行くようだ。振り返ると、そこに車は無かった。
「あれ?」
染谷は遠ざかる車の灯りを見ているしか無かった。
「サダム・・・どこへ行ったんだろう?」
この段階において、染谷は、身の危険など、まったく感じていなかった。寒い砂漠の夜を彼は一人で過ごす羽目になる。
そして、日が昇る。同時に砂漠の気温はグングン上がる。車で8時間以上掛けて来た場所だ。歩いて帰る事など不可能だろう。
ここに来て、染谷はサダムに騙された事に気付く。
「くっそー、あの野郎。どっかに飯でも買いに行ったかと思っていたのに」
染谷は照りつける太陽の下を歩く。だが、それはすぐに苛酷だとわかる。砂漠の日中は移動には適さない。ましてや、彼は砂漠を歩くには到底、適したとは言えない恰好だ。すぐにヘトヘトになった。
「し、死ぬ。銃なんて、持ってられない」
銃を捨てようとした。その時、エンジン音が聞こえる。てっきりサダムが戻って来たと思って、彼は立ち上がり、両手を挙げた。だが、姿を現したのはピックアップトラックの一行だった。2台の車列が染谷の前に停車した。一人のアラブ系外国人が降りて来る。
彼は何かを外国語で言った。それが何語なのかすら、染谷にはわからない。当然ながら、アラブ語である。
「わ、私は、日本から来た染谷です。民間軍事会社を立ち上げたので、仕事ください」
とりあえず、日本語で話し掛ける。彼等は顔を見合わせる。そして、手にしていた自動小銃に手を掛ける。そして、銃口を染谷に向けて、何かを叫ぶ。それがアラビア語なので、染谷には理解が出来ないが。ただ、相手があまりに友好的じゃない事だけは、はっきりと解る。
「お、おい、日本語が喋れる奴は居ないのか?」
染谷がそう発した時、彼等の一人が強引に染谷に掴み掛かる。多分、人質か何かにするために捉えようとしたのだろう。染谷は突然、伸びた手に驚いて、その手を力一杯、払った。それは彼等にとって、敵対行動だったのだろう。カシャリとコッキングレバーを引っ張る音がする。染谷はヤバいと思った。即座に逃げ出す。
走り出した染谷の周りを銃弾が飛び越していく。後ろから奴等は逃げ出した染谷を狙って、撃っている。染谷も慌てて、銃のコッキングレバーを引っ張る。カシャンと音を立て、レバーが戻る。染谷はサダムの言葉を思い出す。
引金を引けばズバババンネー
銃本体の右側にあるセレクターを動かして、セーフティからフルオートにする。そして振り返り様に撃った。狙って撃った銃撃じゃないが、腰だめに撃った銃撃はむしろ都合よく、敵の胸辺りへと銃弾が飛び込んでいく。
一番手前で銃を撃っていた男が吹き飛ぶ。50メートル以下の射撃と言っても、素人が簡単に当てられるはずも無いが、運が良い事に反動の激しい自動小銃に弄ばれるように染谷が撃った銃弾が次々と彼等を貫いていく。
染谷は銃の反動で背中から転げた。慌てて、立ち直り、銃を構えるが、目の前には転がる男達しか居ない。だが、まだ、呻き声などが聞こえる。まだ、生きている。染谷はそう思うと、すぐに逃げ出した。
「What is he?」
その様子を窺っている男達が居た。双眼鏡を覗きながら、男は不思議そうに見ていた。その隣ではナイツ社SR-25自動狙撃銃を構える男。
「Guy had shot the assault rifle of the Gilded」
彼等は武装集団の要人がここを通るという情報を得て、待ち伏せしていたアメリカ軍の特殊部隊だった。彼等の目標は突然、姿を現した謎の男に撃ち殺された。それ自体は特に問題では無かったが、問題は撃ち殺した奴の方だ。こいつが何者なのか。それを探る必要が生まれたのだ。
染谷は必死に逃げる。照りつける太陽が彼から力を奪っていく。それこそ、持っている金ぴかの自動小銃が異常に重く感じる。だが、これだけが唯一、この世界で自分の身を守ってくれる。それがわかった以上、捨てるなんて考えも浮かばない。
かなりの距離を走った。砂丘の影で彼は倒れるように休憩をする。
「や、やばい。本当にヤバい。殺されちまう。サダムの野郎。騙しやがって」
タブクの弾倉を外して、弾を込める。何があっても良いようにだ。
「昼間歩くのはキケンだ。暑くて死にそうだ。水。水が欲しい」
喉はカラカラだ。このままだと、干からびて死ぬのも時間の問題だった。
「Does not it is with the water ?」
染谷を追跡してきた兵士達は彼の様子を見て、驚く。
「Do he is weak ?Would be if now catch」
「It may be counterattack ?」
「Also look at that fire , but amateur」
彼等は染谷が素人だと判った上で、捕らえるつもりでいた。鍛え抜かれた4人の精鋭達が一人の素人を無傷で捉えるために動く。手にはH&K社製HK416自動小銃を持ち、染谷に静かに迫る。
染谷は酷く、疲れていた。その多くは当然、渇きだ。体温も上がりつつある。このままだと熱中症で死ぬだろう。そう思いつつも、身体は鉛のように重かった。忍び寄る男達の気配など、感じられる程、彼には技術も経験も無かった。
「Hi!Freeze!」
兵士の一人が自動小銃を構えて、姿を現す。突然の事に染谷は驚きながらも手にした銃を撃った。距離にして30メートルはある。ダットサイトまで装着した兵士の方が遥かに有利で、尚且つ、彼の3人の仲間はすでに染谷に照準を合わせていた。だが、染谷の突発的な動きは彼等の予想を大きく上回った。彼は逃げるでもなく、乱射したのだ。普通は当たるはずの無いような乱射だ。だが、デタラメに撃った弾丸は姿を晒した兵士の頭を偶然にも撃ち抜いた。残りの三人が染谷を撃つ。だが、弾丸は運悪く、至近弾となり、当たらない。それどころか、乱射した染谷の弾丸が兵士の一人の胸に命中する。染谷は逃げ出す。銃に弾はもう無い。
狙撃銃を持った兵士が染谷を狙う。距離にして100メートルも無い。外すはずが無かった。だが、不運というのは続くものだ。引金を引いたが、弾は出なかった。不発だ。あまりに稀な事に兵士は「shit!」と罵りながら、コッキングレバーを引っ張り、不発弾をエジェクトした。そして、再び、狙った時、染谷の姿が無かった。もう一人の兵士は弾倉を交換してから、染谷を追った。まさかの反撃だったが、相手が素人なのは確かだ。素人過ぎるが故に行動が読めないが、確実にやれると思った。仲間の仇を取る。そのつもりだった。
染谷は砂丘を盾にして、とにかく走った。弾倉を外して、弾を込めようとする。だが、銃声と共に横を銃弾が飛び越していく。染谷は転んだ。手にした弾丸一発をコッキングレバーを引っ張り、左手でそれを押さえて、開いたエジェクションポートから薬室へと弾丸を突っ込む。
「Freeze!Leave it as it」
男は銃口を染谷に向けたまま、近付く。
「Put a gun.hurry up!」
男の口調は激しい。染谷は手にした予備弾倉を捨てた。それで男の気が緩む。相手は弾切れだと思ったからだ。そして、染谷は銃を地面に置く振りをする。その仕草を見て、男は更に近付いた。刹那、銃声が鳴り響く。男の腹を染谷の銃弾が貫いた。男はまさか、撃てるとは思っていなかったようだ。驚いた表情のまま、彼は何も出来ずに地面に倒れる。
「Commander!」
狙撃銃を持った兵士が叫ぶ。染谷はもうダメだと思った。彼の手にした銃には弾は無い。手にした銃を捨てる。だが、それでも狙撃銃を持った男はゆっくりと染谷の頭を狙った。
「Fuck you」
兵士は静かに呟き、引金に指を掛けた。
「あ、アイアムジャパニーズ!」
染谷は相手が英語だと解り、突然、叫んだ。
「What?That's Japanese?In a place like this ?」
日本人だと言われてしまえば、仲間を殺されたとしても、下手に撃つ事は出来ない。兵士は染谷に近付いた。
「Whether you are Japanese ?」
染谷は英語がわからないが、何となく、縦に首を振る。その仕草に兵士は落胆の顔色になる。
「what the hell」
「あ、あんたらはアメリカ軍だろ?俺は敵じゃない」
染谷はとにかく言い訳をした。だが、それも兵士には日本語が理解が出来ないので、意味のあることでは無かった。
「Anyway , take you」
兵士は染谷に近付いた。染谷は殺されると思った。突然だった。染谷は兵士に飛び掛る。銃を捕まえて、放さない。兵士からすれば、彼を叩きのめすのは簡単なはずだった。それぐらいに染谷の飛び掛り方は素人じみていたし、力も無い。蹴り飛ばし、そのまま殺そう。そう思った時、染谷は何故か、銃をグイグイと引っ張ったり、押したりする。普通の白兵戦では考えられない動きに兵士も少し慌てる。
銃声が鳴り響いた。染谷が勝手に引金に指を突っ込んだのだ。次々と銃弾が周囲に飛ぶ。兵士は慌てた。
「Beat to death!」
そう叫び、染谷を蹴り飛ばした。刹那、銃声が鳴り響いた。蹴り飛ばされた染谷は派手に飛び、背中から転がる。兵士は立ち上がらない。彼は胸に手を当てた。赤い血がベッタリと付着している。
「what the hell」
彼はそう呟くと力を失ったように動かなくなった。染谷の手には彼の銃が握られている。彼が蹴り飛ばした時に偶然にもそれを掴み取ったまま、吹き飛ばされ、勢いで兵士を撃ったようだ。至近距離からの銃撃は、兵士の胸板を貫き、弾丸は砂漠の中に沈んだ。
染谷は周囲に誰も居ないのを確認した上で、彼等の武器と装備を奪った。そして、その場を後にした。その後、彼がどうしたかは不明。米軍は4人の死体を回収したが、何があったかは誰にもわからないままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます