少年テロリスト
校舎裏で車に轢かれた猫のように転がる少年。
身体はボロボロで動かない。
今日はいつもに比べて特に酷かった。
家に帰って、どうやって親に言い訳をしよう。
まぁ、どうせ、両親は俺の事など気にもしないだろう。
彼等にとって、僕は出来損ないだ。
それを知っているからイジメっ子たちもイジメを止めないだろう。
何とか体を起こして、校舎の冷たい壁にもたれ掛かる。
立ち上がるには、まだ、身体は言うことを聞いてくれない。
小学生の頃から、僕はイジメられる側だった。
不思議な事に教師と言うのはどんだけ、僕の親が抗議してもイジメを無くそうとはしてくれない。それどころか、イジメっ子の肩を持つんだ。彼等からすれば、僕は教室が平静を保つ為の生贄なのかも知れない。だから、僕は一度として教師を信じた事など無い。
そして、中学になってから、イジメは酷くなる一方だ。
力も強くなるし、悪知恵も働く。だから、彼等は陰湿に僕をイジメていく。身体だけじゃない。心にまで傷は増えて行く。もう、僕の心は傷だらけだった。正直、いつ、死んでも良いと思っていた。僕の存在はこの世に要らないのだと思っていた。春も終わりの空を見上げた。少し暑いと思う感じだが、風が通り抜け、気持ち良かった。
足音が聞こえる。
僕はそちらに目をやった。また、イジメっ子が戻って来たか。それとも先生だろうか。もうすぐ昼休みも終わる。早く教室に戻れとか言われるのだろうか?
「そこ、空いているか?」
声を掛けて来たのは同級生の男子だった。クラスが違うので名前までは知らないが顔は覚えている。彼はそう言うと僕の隣に腰掛けた。
「また、イジメられたのか?」
「う、うん」
「そうか・・・よく、自殺しないな?」
僕は愕然とした。まるで心を見透かされたようだ。
「自殺なら・・・したいよ」
「そうか・・・俺もだ」
彼はぶっきらぼうにそう答える。そして、制服の懐から煙草を出した。
「吸うか?」
彼は煙草を一本、取り出して、僕の前に出す。
「吸った事無いよ」
「俺もだ」
「じゃあ、何で持っているんだよ?」
「あぁ・・・もう、どうでも良いからさぁ。こんなんでも吸ったら気分が良くなるかと思って、親のを盗んで来た」
「ふーん」
僕は不思議そうに彼を見る。彼はどこにでも居そうな、普通の中学生だ。そんな彼が何で、こんな事をしているのか。いや、それよりも、クラス中からイジメを受けている僕と会話をしているのだろうか。全てが謎だった。
「俺さぁ・・・隣のクラスの飯岡って言うんだ」
彼は不意に自己紹介をした。
「ぼ、僕は墨田です」
「墨田か。下の名前は?」
「弘樹」
「弘樹か。良い名前じゃないか」
「君は?」
「俺か・・・蒼琉(そうる)だぜ?糞みたいなキラキラネームだよ。DQNネームとか言うのか?はははっ」
彼はそう吐き捨てた。
「名前、嫌いなの?」
「嫌いだね。あの親が付けたと思うと、余計に嫌だ。俺の事は飯岡って呼んでくれ。俺の名前はこれ以外は要らない」
突然、そんな事を言われても困るわけで。正直、この状況から早く抜け出したい。
「弘樹・・・お前さぁ。この世界をぶっ壊したいと思わねぇ?」
こいつは何を言っているんだ?あまりに中二病的な発想に俺は少し苛立った。
「そんなん・・・思わないよ」
「嘘だね」
彼は突然、そう言った。
「う、嘘?」
「だって、そうだろ?お前、そんだけ毎日、イジメられて、良いのかよ?」
「そ、それは・・・」
「同級生はイジメるか、無視するかのどっちかしか居ねぇし、学校の先生は厄介だと思っているだけだし。どいつもこいつも糞だらけだ。こんな奴等しかいない世界なんて、ぶっ壊れれば良いんだ。マジで、ぶっ壊してやる」
飯岡は突然、叫んだ。
「どうして・・・そんなに世の中を壊したいの?」
ははは。と彼は笑いながら制服の上着を脱いで、放り投げた。その身体には痣や傷が多くあった。
「そ、その傷は?」
「親だよ。子どもの頃から、親に付けられたもんだよ。正直、よく死なずにこの歳まで生きて来れたと思うよ」
児童虐待
僕の脳裏を過った言葉。だが、それを口にする事は阻まれた。
「はっきり言えよ。虐待を受けたんだろ?って。その通りだ。俺は親の玩具でしか無い。その内、壊されて、捨てられるだろう。なんだか、ムカつくだろ?」
飯岡はそう吐き捨てた。
「だから・・・この世界をぶっ壊すんだ」
「どうやって?」
僕はつい、聞いてしまった。それが人生最大の後悔となると知らずに。
「糞みたいな奴等は、楽しんで、俺らが居なくなれば良いなんて、誰が決めた事だ?神様だって言うなら、その神様をブッ飛ばしてやるよ。俺はそう思った。だから・・・俺はそれを実行する」
飯岡は鞄から何かを取り出す。
コルトM1903自動拳銃
32口径の自動拳銃だ。自動拳銃としては初期に開発された物であり、安全性などの面ではかなり問題のある銃ではあるが、撃鉄が内蔵式など、ポケットなどに入れて持ち歩くにはとても都合が良く、さらに信頼性の高いモデルだった事から、世界中で売れた。それは第二次世界大戦前から日本陸軍の将校が個人的に所持する拳銃としても人気があり、戦後は多くの拳銃が市中に出回った。当然ながら、その多くは暴力団関係に流れたわけだが。
古臭い自動拳銃を飯岡は持っていた。
「そ、それ・・・本物?」
「あぁ・・・本物だ。親父が隠し持っていた奴を持って来た」
「撃てるの?」
「多分な」
飯岡は銃を眺めながら、笑う。
「それで・・・親でも殺すのか?」
僕は怯えながら尋ねた。
「親・・・そうだな。あいつらをただ、殺すだけじゃ、これまでの恨みは晴れないよ。俺はこの世界を壊す。俺はテロリストになろうと思う。この腐った世界を壊して、新世界を作るんだ。どうだ?お前も一緒にやらないか」
飯岡の目は本気だった。あぁ・・・そうだと思った。この世界に僕の居場所など無い。だから、消えた方が良いんだ。そう思っていた。飯岡の言う通り、僕の居場所が無いから僕が消えるんじゃないんだ。世界が壊れれば良いんだ。
僕は知らぬ間に立ち上がっていた。それが答えだった。
僕らは授業中の学校を飛び出した。制服の上着を脱ぎ棄て、とにかく走った。これから先は決して、良い事など無い。きっと、僕等は破滅へと向かっているんだ。それは解っているけど、それでも、いつまでも地獄の底にただ、圧し付けられててなんか居られない。僕らは・・・僕らが生きた証を残したいんだ。
僕らはただ、無軌道にこの世に反発しようと思った。だけど、何をしたら良いのかわからない。手元には拳銃がある。弾も50発ぐらいはある。だが、それで何が出来る?ただ、家出をするだけなら簡単な事だ。
僕らは近所の橋桁の下で休憩をした。ここには誰も来ない。
「それで・・・どうする?」
飯岡はそう、聞いて来る。それはむしろ、僕が聞きたいところだが僕は考えた。
「そうだな・・・大きな事をやりたいな」
「大きな事?」
飯岡は興味津々で聞いて来た。
「そうだなぁ。例えば、総理大臣を殺すとか?」
「それは凄いな。名前が残るぜ」
「だろ?やるからには名前ぐらいは残さないとな」
短絡的だった。ただ、絵空事を言っていれば、満足した。それで、二人が満足さえすれば、また、元の生活に戻れたかも知れない。だけど・・・僕達はこの時点、何故だか、後戻り出来ない。いや、したくなかった。
「でも・・・マジでやれるかなぁ」
「人を殺すのが怖いのか?」
飯岡はが少しビビったみたいだったので聞き返す。
「殺すのが怖いと言うより、俺、この銃を一度も撃った事が無いからさ」
「そういう事か・・・じゃあ、練習をしようぜ?」
僕達は夜が来るのを待った。
そして、僕達は動き出した。腹が減ったが、小遣いなど貰っていないので、コンビニを羨ましく横目で見て、目的地に向かった。そこは近所の公園だった。この公園は容易にバイクが乗り入れが出来る為に近所の悪ガキが改造したバイクで溜まることで有名だった。そして、その中に僕をイジメる奴も入っている事も知っていた。
いつもように爆音を鳴らして、バイクが数台、公園に入って来る。彼等はバカみたいに公園内をグルグルと走り回る。
「この騒音なら銃声は気付かれない」
茂みに潜む僕は隣で狙いを定める飯岡に言った。距離にして30メートル。初心者には難しい距離かも知れない。だが、飯岡は片膝座りの姿勢でゆっくりと狙った。
爆音の中に爆竹が爆ぜたような音がした。だが、誰もそれが銃声だとは気付かないだろう。バイクのバックファイアーの方が五月蠅いぐらいだからだ。
一台のバイクが転んだ。周りの奴等はそれを見て、ゲラゲラと笑う。倒れた奴は胸を押さえながら、何が起きたわからない様子だ。何とか立ち上がると、シャツが真っ赤に染まっていた。だが、それでも他の奴等は擦り剥いたか何かした傷だろうと思っているようで、笑っていた。
「意外と簡単なんだな」
飯岡は自信を持ったようだ。
「じゃあ、次々とやってみろよ。残りは6人だ」
僕は笑いながらそう言った。彼は楽しそうに目の前で笑い声を上げる『的』を狙った。
乾いた銃声が響き渡る。音が鳴る度に男達が痛みを感じて、その場に崩れ落ちる。32ACP弾は思ったほどの威力は無い。だが、殺傷力はあるので、弾丸は体内にめり込み、臓器を傷付ける。男達は痛みを訴えながらも、何が起きたか解っていない。
飯岡は弾が切れたので、銃把の底にあるマガジンストッパーを引いて、弾倉を取り出す。そして、弾を一発づつ、装填する。
「榎戸だ!お前、様子を見て来い!」
榎戸は僕をイジメる奴の主犯格だ。暴走族に入っているのを自慢していたが、どうやら、一番下っ端のようだ。彼も左肩を撃たれて、顔を顰めていたが、それでも先輩の命令は絶対なのだろう。こっちへと近付いて来た。僕は静かに茂みから立ち上がる。
「弘樹?」
飯岡は心配そうに僕を見上げた。茂みから立ち上がった僕を見て、榎戸は気付いた。
「てめぇ。クソ弘樹じゃねぇか・・・何をしやがった?」
彼は僕を睨み付け、痛みの無い右の拳を振り上げた。
「おい、榎戸・・・悪いが、俺にはやる事があってな。お前には実験台になってもらいたいんだ」
僕の様子がおかしい事に榎戸は気付いて、少し怖気づいたようだ。動きが止まり、後退りをする。
カチャン
弾倉を銃把へと納める音がした。
ガチャリ
そして、スライドを引く。スライドストップが無い銃なので、弾が切れれば、スライドオープンする事は無い。
初弾が薬室に装填され、いつでも撃てる。そして、飯岡は立ち上がった。
「目の前じゃねぇか・・・これなら外さねぇよ」
飯岡はしっかりと両手銃を握り、前にまっすぐと伸ばした。それを見た榎戸は恐怖で固まった。ボロボロに塗装が剥げた拳銃は公園の外灯に鈍く照らし出され、その凶悪さを晒した。
「一発で頭を吹き飛ばしてやるよ」
飯岡は笑った。吊り上がる口角は、まるで、悪魔のようだった。
銃声が鳴り響き、弾丸は彼が言った通りに眉間を貫き、頭を撃ち抜いた。変形した弾丸によって、後頭部は大きく穴を開け、血と脳漿と皮膚や骨を撒き散らした。榎戸はそのまま後ろへと倒れた。その様子を遠くから見ていた暴走族達は慌てて、バイクに跨り、走り去って行く。
「どうだ?人を殺した感じは?」
「思ったより・・・気が楽になったよ」
「じゃあ、本番と行こうぜ」
俺らは榎戸のサイフを奪い、公園を後にした。
深夜のコンビニで榎戸から奪った金で、弁当を買って、食べた。
それから、僕等はフラフラと都内を歩き回る。目指すのは国会議事堂。ただ、それだけだ。
朝日が昇る頃、僕等は国会議事堂前に到着した。朝日に赤く染まる国会議事堂は何故だか綺麗に見えた。
「ここで待っていたら、総理大臣が来るかなぁ?」
「さぁ・・・どうだろうな」
飯岡の問いに僕が答えられるわけが無かった。国会議事堂の周りには警察官の数が多く。僕達はこのままだと危ないと思って、一旦、離れる事にした。
当然ながら、総理大臣が簡単に姿を見せる事など無い。国会議事堂周辺なら、尚更だろう。じゃあ、どうしたらイイか。二人は考えた。
「いっそ、目標を変えるか?国会議員とかに」
飯岡の言葉に僕は渋った。やはり、ここまで来て、それは無いと思った。何とか、総理大臣を狙えないか。僕は足りない脳みそをフル回転させる。そして、浮かんだのがくだらない作戦だった。
「国会議事堂に突入しよう」
そうだ。正面から突入するんだ。例え、総理大臣をやれなくても、パフォーマンスになれば良い。それで良いんだ。
「なんだか、カッコいいな。へへへ。やろうぜ」
何がカッコイイのか。わからないけど、この時の僕等はそうすることがカッコイイと思ってしまった。誰が見ても、無意味だと思える行動にだって、当事者の中には何かの強い意思がある。ただ、それを誰も理解が出来ないだけだ。僕らは立ち上がった。
時刻は午前9時を回る。すでに国会は始まっているだろう。僕らは国会議事堂正面を悠然と歩いて来た。その様子は当然ながら、警察官の目に留まる。だが、特に問題視はしていない。修学旅行の自由行動で国会議事堂を見に来る生徒も居るからだ。
国会開催中って事もあり、警察官の数は多い。多分、突破は無理だろう。でも、やるんだ。震える身体。隣を見れば、飯岡も同じだった。下顎がガクガクしている。それを見て、僕は少し笑った。飯岡も笑った僕を見て、少し笑った。それで、覚悟が決まった。
「なぁ・・・聞き忘れたけどさぁ・・・」
飯岡は不意に声を掛けて来た。
「何だ?」
「死んだら・・・自由かな?」
「自由じゃね?」
飯岡は笑って、ポケットから拳銃を抜いた親指でサムセーフティーを下ろす。そして、目の前に立つ警察官を撃った。弾丸は彼の喉を貫く。銃声と共に倒れる警察官。
警察官達は大声を上げた。そして慌ただしく動き出す。だけど、その喧騒は僕達の耳に届かない。何故だか、静かだった。何も聞こえない。飯岡は銃を撃った。警察官達も慌てて、腰のホルスターから拳銃を抜く。だが、その間にも一人の警察官が凶弾に倒れた。飯岡は満面の笑みで撃った。そして、彼の体はあり得ない感じに揺れた。
撃たれた。
僕はわかった。飯岡の身体に次々と着弾する弾丸。彼の体は風に揺れる木の葉のように揺れて、地面に落ちた。死んだのかどうか。そんな事はどうでも良かった。僕は倒れた飯岡の手から拳銃を取り上げる。そして、その銃口を国会議事堂に向けようとした。その時、胸に痛みが走る。衝撃で上体が反り上がる。
これが・・・撃たれるか。
前が白くなる。最後に僕は引金を引いた。スライドが激しく後退する衝撃だけが右手に残り、そして、僕の意識は途絶えた。
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