キラーナイト

 他人の命を奪う。

 普通に考えれば、あまりに悍ましい行為である。だが、考え方を変えてみよう。生や死が神から与えられるものであり、神のみに許された権利であるとするならば、他人の命を奪う者は神と同格ではないだろうか?

 神と同じように生者に死を与える。その何と神々しい事か。その権利を自らの手に得られるとするならば、それはあまりに栄誉な事だろう。その時から私は神に近付こうと誓った。

 死は神からのご慈悲である。ならば、私も慈悲を与えん。これは決して、自己の満足の為に行う猥らな行為ではない。崇高な儀式なのだ。その儀式に必要な聖なる神器を私は揃えた。


 ベレッタ社 M3032トムキャット自動拳銃 Inox仕様


 基礎となるM950という25口径の小型拳銃だ。ベレッタ社が開発した護身用の小型拳銃である。構造を単純化する事で、信頼性の高い操作性能が得られた。それとは別に特殊な構造としてはチップアップ機構である。トリガー上部にあるチップアップレバーを操作すると銃身が先端部分を軸に跳ね上がり、薬室の後端を露出させる。それで安全に薬室内の弾丸を取り除く事が出来る。小型拳銃ならではの構造を継承している。銃把の後端にはマニュアルセーフティも装備され、安全性を高めてる。当初はモデルは25口径だったが、モデルチェンジをして、このモデルでは32口径となっている。

 色は銀色。ステンレス仕様である。汚れに強いという事もあるが、所有者の個人的な趣味である事が多い。この物語においても、所有者はこれを神器と呼び、この神々しい輝きにある種の美しさを感じ取っている。そして、銃口部分はネジが切られ、消音器が装着される。長さは15センチ程度だが、32ACP弾の銃声を消すぐらいなら十分だった。

 男は愛おしい物を持つように銃を手に取る。そして、その冷たい金属の塊に頬をつけ、祈りを述べた。そして、彼が特別に用意した銀の弾頭を持った32ACP弾を装填する。実際にはこれは銀メッキである。あまり意味のある事では無かったが、彼の独特の趣味であった。

 最初から薬室に弾は入れない。これは儀式だ。命を奪う者を目の前にした時、ここに弾を装填する事が許される。それが自身に課した枷。神と言えども、自らの行動に枷を掛ける。それは神が全能過ぎるが故。自らを律せねば、全ての理は崩壊する。

 銃は聖書の頁を外し、代わりに頁に見せかけた立方体を仕込む。中には銃の形に繰り抜かれており、そこに銃を入れる。これが私の聖書だ。人々に死を与えるための物だ。


 寒い冬の夜。

 もうすぐ春だと言うのに、まだまだ寒い。そんな街角にも少女は誰かを待って立っている。スマホを片手に何かを物色する。かつて、援助交際と呼ばれていたものは最近は募金と言うらしい。嘆かわしい事に少女は淫らな行為によって金銭を得るという下劣な行為に興じている。

 男は彼女の前に立った。少女は一瞬、怯む。だが、彼の慈愛に満ちた笑顔の前に警戒心を解く。

 「おじさん・・・わたし、困っているんだぁ」

 「何をですか?」

 そう尋ねると少女は待ってましたと言うように口を開く。

 「募金して欲しいんだよねぇ」

 「なるほど・・・」

 男は懐に手を入れる。すると少女は私の腕を掴み、路地へと案内する。

 「あそこ、私が知ってる所あるから」

 その先はホテル街だ。汚らしい場所である。小さくて、ケバケバしい雰囲気のホテルが幾つも並ぶ場所。夜も昼も関わらず、男と女、男と男、女と女。互いの欲望を満たすために通う場所だ。

 少し暗めの場所で、男は彼女から少し離れる。

 「どうしたの?」

 彼女が尋ねるので、私は懐から聖書を出した。

 「ふむ・・・君が天へと召されるように祈りを捧げようとね」

 「やっだぁ、おじさん面白い」

 男はにこやかに笑いながら聖書を開き、中から銃を取り出す。その横にある消音器を取り出す。それは掌から少し飛び出す程度の大きさだ。それを手慣れた様子で装着して、最後にスライドを引いた。指を放すとスライドはシュンと戻る。緩やかに彼は右腕を伸ばす。右手から僅か5メートル先に居る少女の眉間に狙いを定める。

 「お、おじさん、冗談だよね?」

 少女は怯えて、動き出す事が出来ない。彼が聖書から銃を取り出して、構えるまでに1分はあったはずなのに。彼女は動くことを許されなかった。突然、襲い掛かる恐怖とはそんな風に人を縛りつけるのだろう。

 「あぁ、せめてもの慈悲です。苦しまずに召されなさい」

 微かな銃声。弾丸は眉間を突き破り、脳に到達する。弾丸によって破壊された脳はその時点で機能を停止する。32APCのフルメタルジャケット弾で開いた穴は少女の顔を歪ませるほどじゃない。ただ、彼女は死ぬ間際、まさに恐怖に怯えた恐ろしい顔のままだった。

 男は思った。あまりにも醜い。心が腐っていると。かような者にも死を与える事が出来る自らがどれだけ素晴らしいか。彼女は私の慈愛によって、苦しみから解放されたのだ。多分、大きな感謝をしているだろう。彼はその亡骸を見て、慈悲深く、祈った。

 銃の消音器を外し、チップアップレバーを操作する。銃身がカチリと上がり、装填された弾丸の尻が見える。それを指で抜き取り、ポケットに入れる。それから銃身を元に戻した後、聖書に入れて、彼はその場を後にした。

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