変態ハンティング

 昼下がり。

 閑静な住宅街を赤いランドセルを背負った少女が帰宅している。

 最近は名前が解ると危険という事から、名札どころか、黄色通学帽にもランドセルにも名前は書かない。少女は何も危険など知らない無垢な存在のように軽やかに家路を辿る。

 あと数百メートルで自宅だった。家には優しい母親が居て、笑顔で迎え入れてくれるはず。少女はそう思いながら軽やかな足取りで帰る。だが、その道はあまりに人気が無かった。閑静な住宅街と言えば、聞こえは良い。だが、人の目が無いというのは犯罪者にとって、都合が良い事、この上無い条件だ。


 ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・


 息を荒くする一人の男。

 彼は電柱の影から、少女の後ろ姿をずっと見ていた。彼は何度もこの一帯を歩き回り、下見を終えていた。それは全て、狙いを定めた獲物(少女)をこの手にする為だ。これから、彼女にする非道の数々を思っただけで股間が膨らむ。興奮で頬は紅潮した。

 あと少しで自宅。

 少女の警戒が緩む頃合いだ。

 この瞬間だ。

 男は小走りに走り出す。

 少女はランドセルを揺らしながら歩いている。男とは歩幅が圧倒的に違う。男はすぐさま、少女に追い付いた。

 少女は小学校5年生。

 それは男にとってのどストライクだ。彼は完全なロリコン野郎の変態だった。

 彼はポケットに入れた折り畳みナイフを取り出し、素早く刃を出した。そして、少女に声を掛ける。

 「ねぇ、君、ちょっと待ってくれる?」

 少女が振り返る。このまま、ナイフで脅して、近くの茂みへと連れ込めば勝ちだ。男はそう思っていた。そして振り返った少女は見知らぬ男に問い掛ける。

 「おじさん・・・誰?」

 「誰でもイイだろ?殺されたくな・・・」

 男は言葉を詰まらせる。


 タウルス社 カーブ中型自動拳銃

 

 セルフディフェンスをメインに開発された自動拳銃である。使用する弾薬は.380APC。人間工学を意識したデザインで前から見ると銃が湾曲したデザインになっているのが特徴である。これは体のラインにフィットして、コンシールドし易いように考えられている。角は全て丸みがあり、四角い箱のようなデザインで、銃側面には携帯用のクリップまである。このクリップでズボンのウェストやベルトなどに直接、提げる事が出来る。銃身下部には2個のLEDライトと1個の赤いレーザーポインターが装着され、その光を相手に照射して、撃てば当たると言う仕組みである。とにかく、護身用に考え抜かれた小型拳銃である。

 それが少女の手に握られていた。少女は左手で鷲掴みにするようにしながら、スライドを引いて、初弾を薬室に装填する。そして、ライトとレーザーポインターを光らせる。樹脂で覆われた銃はその大人の手には半分にも満たないほどの小さな銃把も、小学生の少女にはピッタリだった。


 銃口を向けられた男は一歩後退る。

 「お、玩具だよな?」

 男は恐る恐る少女に尋ねた。

 「違うよ。本物だよ。防犯拳銃って言うの」

 少女はまるで防犯ブザーのように言い放った。

 「じょ、冗談は止めろよ。俺はナイフを持っているんだぞ?死にたくなかったら、それを置けよ」

 男はそれでも、強気に少女に歩み寄った。ここまで来て、諦められるはずがない。性欲が恐怖に勝る瞬間だ。だが、甲高い銃声が鳴り響き、男の左肩が撃ち抜かれる。

 「はあああああああ!」

 男は突然の激痛に変な叫び声を上げた。

 「おじさん、下手に近付くと、撃ち殺すよ!」

 少女はしっかりと両足を開いて、両腕を前に伸ばした射撃姿勢で、男を狙った。

 「ば、バカやろう。ガガガガ、ガキが何で、銃を持っているんだよ!」

 「学校で配布されたんだよ!」

 少女は男に怒鳴りつける。

 「が・・・学校だと?ガキに拳銃を渡す学校があるのかよ!」

 男は撃ち抜かれた左肩を抑えながらジリジリと後退する。

 「だって・・・ここは特区だよ?」

 少女はそう告げた。

 「と・・・特区?」

 「うん。児童保護条例って言うんだって。子どもに変な事をする大人は倒しても良い事になっているんだよ?」

 「な・・・何だと?・・・ふざけるな!」

 男はナイフを振り上げた。再び、甲高い銃声が鳴り響く。弾丸は男に当たらなかったものの、頬を掠めていく。それに驚いた男は尻もちを着いてしまった。

 「ま、マジかよ」

 男は四つん這いになって、少女から離れるように逃げ出す。

 「待ちなさい!」

 少女はしっかりと狙って撃つ。弾丸は男に当たらず、アスファルトを穿つだけだった。

 銃声を聞き付けた母親が家から飛び出した。

 「何があったの?」

 娘が拳銃を構えていたので、驚いた様子で彼女は尋ねる。

 「変態さんがナイフを突き付けて、脅してきたの」

 少女は母親に素直に答えた。母親は怒り狂い、逃げていく男を睨む。そして、エプロンのポケットに引掛けてあったカーブ自動拳銃を抜く。そして、右手をスラリと伸ばした姿勢で撃つ。

 空薬莢が宙を舞い、弾丸は男の右腕を掠る。

 「良い?すぐに家の中に入って、通報端末を押しなさい」

 母親に言われて、少女は家の中に駆け込む。すると玄関の所に端末があった。透明なカバーを開き、ボタンを押すと、町内に設置されたスピーカーが鳴り響く。


 『ただいま、三丁目に変質者が現れました。すぐに駆逐してください』


 自動音声の声が何度も繰り返される。男は必死にで逃げる。母親の撃つ弾丸はさすがに50メートルも離れた男を捉える事が出来ない。このまま全速力で逃げ出せば助かる。男は必死だった。息が荒い。普段から運動をしているわけじゃないから、当然だろう。でも、警察が来る前に逃げないと。


 ハァハァハァ


 息が上がりそうになった時、銃声が鳴り響き、足に激痛が走った。男はそのままアスファルトに転がる。顔は傷だらけになるが、それでも逃げないとと思い、顔を上げるとそこに赤いレーザーポインターの光点が灯る。目の前に立っていたのは中学生ぐらいの少女だ。彼女の手にもカーブ自動拳銃が握られている。

 次々と男の身体に赤い光点が灯る。男は周囲を見た。そこには何人ものの老若問わず、女性が拳銃を構えていた。

 「な・・・何だよ・・・ここは何なんだよ・・・?」

 男は呆然として、銃口を見ているしか無かった。女子中学生がそんな男に向かって吐き捨てる。

 「お前みたいな奴がいるから、国が変態撲滅の為に特区を作って、女性に拳銃を持たせたんだよ。痴漢やロリコンを皆殺しにする為にね。だから、死んで」

 一発の乾いた銃声が、街中に響き渡り、一人の変態がこの世から消えた。

 

 

 

 

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