rouge
赤いドレスに赤い帽子。
真っ赤なコサージュが揺れる。
唇にも紅を刺し、ゆるりと腰まで伸びた金髪が風に靡く。
透き通る程に青い瞳の白人少女が西部の街に馬車から降り立つ。
「寂れた街ね」
彼女はそう呟く。
そこはすでにゴールドラッシュも過ぎて、立ち寄る人も減った小さな街だ。
「お嬢様、ここは治安がよろしくありません。必要な物を買い足したら、すぐに移動しましょう」
執事のラルフがそう告げる。彼はそれを告げるとすぐに店屋に入って行く。
「治安が・・・悪いか・・・なるほどね」
いかにも金持ち然とした風貌のお嬢様が馬車から降りて来たら、狙われないわけがなかった。街のゴロツキ共が拳銃を片手に集まって来る。
「よう・・・良いところのお嬢様みたいだな?」
リーダー格の男がそう告げる前に銃声が響き渡った。
赤いドレスのスカートがフワリと宙に浮かぶ。少女はまるで踊るように回った。その右手に持ったモーゼルC96自動拳銃が次々と空薬莢を次々に宙に弾き、少女の周りを散らす。少女が舞い終わると、そこに居た10人の男達が倒れる。銃声を聞いたラルフが慌てて、店屋から飛び出してきた。
「お嬢様!また、全員を皆殺しにしたのですか?」
「仕方がないわ。彼等には私の華麗なキングス・イングリッシュを理解する程の知性があるとは思えなかったから」
少女はポシェットから弾を連ねたクリップを取り出し、オープンボルトした排莢口から弾を薬室、弾倉へと押し込む。
「これで、3回目ですぞ。幾ら、相手が犯罪者の集まりと言っても、やり過ぎです。お嬢様はこれから、お父上を助け、お家の為にならねばならないのに」
ラルフは元軍人だが、イギリス貴族だった家柄の人間だ。齢50歳を過ぎた年齢のせいか、口煩い。
「わかったわ。これからは我慢するわ。でも危なくなったら、当然、撃つわよ?」
少女は退屈そうな表情で答える。
「無論です。アメリカには自分の身は自分で守るという伝統があります」
「今だって、そうだったわよ?」
「リーダー格や一、二人を殺せば、逃げ出していきますよ」
「そんなもの?」
少女は初めて知ったような驚きの表情をする。
「命は誰でも惜しいですから」
ラルフの言葉に納得しないまでも、馬車に乗り込む。
馬車の中にはメイドのティナが居る。彼女は黒人の女の子だ。彼女は目に涙を溜めている。
「いきなり銃撃戦が始まったから、どうなるかと思いました」
ティナは少女に泣きながら訴える。
「頭を伏せていれば良いのよ」
少女は軽く答えるだけだ。
ラフルは馬車を走らせる。
彼等が向かう先はカリフォルニア。遠くシカゴから馬車に乗ってやってきた。この時代、車はあるが耐久性が低く、ガソリンスタンドだって整備されてはいないから、長距離となれば、列車か馬車を使うのが当たり前だった。
「列車を使っていれば、今頃、カリフォルニアでのんびりだったのに・・・」
少女は車窓から見える荒野を眺めながら愚痴る。
「お嬢様、今回、運んでいる物は大事な物でございます。何かあればとこうやって、極秘に運んでいるのですよ?」
ティナが真剣な表情で少女に言う。
「解っているわよ。だけど、こう馬車にずっと揺られているだけじゃ、退屈ってものよ」
少女は背伸びをしながらそう言う。すでに1ヵ月もこんな旅を続けている。彼女はさっき発砲した銃を取り出す。
マウザー社 C96 M1896自動拳銃
1896年にドイツ、マウザー社が開発した自動拳銃だ。世間では、まだ、前装式の拳銃だって現役の時代に、金属薬莢を用いて、弾丸を装填、排莢までを自動化した銃は画期的だった。後に出て来る自動拳銃に比べて、大型の拳銃ではあったが、装弾数が圧倒的に多く、第二次世界大戦まで、使い続けられる傑作拳銃であった。彼女のが持つのはその前期型だ。
時代は1899年。まだ、世界は中世から脱却したばかりの新時代の息吹を感じている頃だった。
アメリカはゴールドラッシュの最盛期も終わり、今はアラスカなどで新たなゴールドラッシュが起きている。西部も落ち着きを見せ、徐々に寂れた街も出て来るようになった。
「退屈な旅ね。走る場所はどこも寂れて、ゴロツキしか居ない。早くシスコに着いて欲しいわ」
「お嬢様、無理を言わんでください」
ティナにそう言われても、馬車での旅は退屈で仕方がない。
C96にはストックと兼用の木製ホルスターがある。銃本体にもタンジェントサイトが装着されており、1,000メートル先も狙えるが、現実的では無い。現実としは100メートル前後が限界であり、それ以上は風などを考えると狙うどころでは無い。連射性能があるので、当時としては牽制する事は出来たかも知れないが。まぁ、この頃の拳銃にタンジェントサイトが装着されるのも、高性能な無煙火薬を使った弾丸を連射する事が出来る事から着けられたオマケみたいな物だ。
少女は木製ホルスターに銃を入れて、膝の上に載せる。そっと外を見るが、何処までも荒野だ。また、まともな宿屋のある街まで、ただ、馬車に揺られる。退屈な一日の始まりだった。休憩を何度か、挟みながら、一行はネバダ州のリノに到着した。そこはゴールドラッシュで潤った街の一つだ。
「ここまで来たら、残りは列車でも良い気がするけどね」
「お嬢様、申し訳ありません。旦那様の言い付けですから」
執事のラルフは丁重に列車の案を拒否する。まだ、二週間近く、馬車の旅をするのかと思うと、やる気も失せる。
宿屋の前に到着するとフットマンが鞄を手にする。ラルフが彼等にチップを渡した。ティナは自分と執事の分の荷物を運び、馬車は裏手に回された。
「お嬢様、常にティナがお傍に居ますし、私は部屋の前に居りますので」
「わかったわ」
ティナは常に部屋の内側入り口付近に椅子に座っている。ラルフは概ね、部屋の外の入り口に立っている。それが彼等の仕事だと理解しているが、実はかなり鬱陶しいとも思っている。彼等がこれだけしっかりと仕事をしているのは今回の旅に原因がある。
今回の旅は重要な旅だ。それは父の仕事の上。と言うより、彼女の身の上の話だ。彼女には婚約者が居る。だが、その結婚を望まないある家の謀略によって、命を狙われている。単純に言えば政略結婚の謀略の末に逃避行をさせられているわけだ。
列車を使わないのも、万が一、列車を襲撃してくるような事があれば、大事故に繋がるからだ。父親は世間体もあるから、逃げろと言ったものの、大事は起こすなと難しい問題を娘に投げかけて、シスコに居る知り合いのマフィアに預けようと言う魂胆だ。
「だけど、本当に襲って来るのかしら。ここ一カ月程度は、ゴロツキばかりよ?」
少女はティナにそう問い掛ける。
「お嬢様、こちらが移動しているから、襲って来ないだけです。いつ、狙われてもおかしくないんですよ?」
ティナは心配そうに答える。
「ティナは硬いわね。襲ってきたら、襲って来た時よ」
少女は何処か楽観的だ。これは性分だと幼少期からお仕えするお嬢様の性分を知るティナは溜息をつくだけだった。
「またぁ・・・実際に襲って来られたら、危険しかありませんよ」
ティナは困った顔をする。彼女達は常に拳銃は肌身離さず、持っているが、確かに襲撃されたら危険だろう。
ラルフは常に廊下の睨む。ここは二階だ。窓から襲撃される事は少ないだろう。あるとすれば、廊下。しかも階段は一つだから、そこを見ていれば良い。
コツコツコツ
階段を上がって来る音。
ラルフは腰に手を当てながら、睨む。階段を上がって来たのは一人の老紳士だ。左目にモノクルを着けた紳士はステェッキを突きながら、上がって来た。一瞬、二人は目が合う。どちらともなく、軽く会釈をする。その瞬間だった。老紳士は懐からS&W社M1899回転式拳銃を抜く。ラフルも腰からコルト社ニューサービス回転式拳銃を抜く。互いに拳銃の引金を引いて、発砲した。激しい銃撃戦が廊下で行われる。その銃声を聞いた少女はドレスのスカートを翻し、木製ホルスターから拳銃を抜いた。
「お嬢様、ここは私が!」
ティナもメイド服のエプロンのポケットに入れた金属薬莢モデルに改造したコルトM1848ドラグーンの短銃身モデル。ベビードラグーンを抜いた。そして、扉を開く。そこにはラルフが立っている。
「安心しろ。敵は殺した」
廊下の先には胸に二発の弾丸を受けた老紳士が倒れている。銃声を聞いて、慌てて飛んできたホテルマンが驚いている。ラルフは彼にチップを少々高めに渡して、死体を処理するように頼んだ。
その晩は襲撃は無かった。多分、彼一人がずっと、後を追い掛けていたのかもしれない。ようやく、追い付いて、襲撃をしようとしたら、ラルフに返り討ちにあったわけかと。まだ、日も開けない早朝に馬車に乗り込み、一行は旅に出た。
荒野を眺めながら一行が進んでいると、馬に乗った一団が迫って来る。ラフルは馬車を走らせた。
「お嬢様、気を付けてください」
異変に気付いたティナが銃を抜く。
「あら?昨日の今日で、とんだ歓迎パーティーね」
少女は笑いながらC96をホルスターから抜いて、そのブルームハンドルにホルスター兼用の木製ストックを装着する。
「お嬢様、笑い事じゃないですよ。相手は50人ぐらい居ます」
ティナは馬車の窓から身を乗り出して後ろを確認した。
「そう。じゃあ、軽く、叩いてやるわよ」
少女は反対の窓から半身を乗り出す。馬に乗った輩も手にはカービン銃やライフル銃、散弾銃まで握られている。圧倒的に不利だった。
「数が不利でも、馬車から撃つのと馬上から撃つのでは天と地ほどの差があるのよ」
少女は銃の安全装置を解除して、撃鉄を起こす。初弾は弾丸を弾倉に突っ込む時にボルトが閉鎖されて、同時に装填されるので、安全の為には撃鉄をハーフコック状態にして、その横にある安全装置をロックさせる必要がある。
そして、ストックをしっかりと右肩に押し付ける。揺れる馬上で無理な態勢のまま、彼女は狙いを定める。相手は100メートル程度の距離だ。激しく揺れる馬車から走る馬に乗る相手に当たる確率はほぼ、無い。だから、相手も無暗には撃って来ない。やるとすれば、30メートル以下まで近付いてからだろう。だが、少女は撃つ。弾切れを気にせず、彼女は連続して撃った。一気に10発が放たれ、それは狙った相手よりもその周囲に居た敵に当たる。弾が当たった男が馬から落ち、首に弾の当たった馬が暴れた。
「ふん、団子になっていれば、どれかには当たるわ」
少女はポケットから取り出したクリップに纏められた弾丸をボルトオープンした排莢口に挿し、弾を一気に中へと押し込む。そして、クリップを抜くとボルトが前進して、閉鎖される。そして、再び構えた。激しい銃撃が馬車からなされて、次々と男達が荒野に転げる。中には怯えて止まってしまう奴も居た。
「お嬢様、凄いです。敵がどんどん減っていきます」
ティナがキャッキャと喜ぶ。
「五月蠅いわよ。ご主人様に仕事させるメイドが何処に居るのよ。あんたも撃ちなさい」
ティナもそう言われて、拳銃を抜いて、撃ち始めた。荒野に銃声が響き渡る。馬に乗った男達も射撃をするが、馬上からの射撃は簡単には馬車に当たらない。
何とか、銃撃の死角に入ろうと馬車の男達は右へ左へ動くが、少女は簡単には逃がさない。だが、その逃走劇も終わりを告げる。馬車は突然、動きを停めたのだ。
「ラルフ!どうしたの?」
「お嬢様、申し訳ありません。馬のスタミナ切れです」
これまで長旅をしてきた馬たちだ。重い馬車を引っ張っての駆け足はさすがに持たなかったようだ。男達も追い付いて来た。ラルフが馬車から降りて、銃を抜く。
「お嬢様は馬車の中で・・・ここは私が」
ラルフがそう言うのも無視して、赤いドレスが馬車から降りて、荒野に吹く風に靡く。
「砂埃って・・・嫌なのよねぇ」
赤い帽子のツバを左手で押さえ、少女は太陽を見た。
「あいつが、賞金首の女だ!」
男達は馬から降りて、手にした銃を構えようとする。
「賞金首?嫌ねぇ。私は犯罪者じゃないわよ」
そう言った彼女の右手は軽く前に伸ばし、そして、撃った。空薬莢が宙を舞い、一瞬にして、三人の男が吹き飛ぶ。他の男達はその早撃ちに一瞬、怯んだ。
「あら?私と踊ってくださらないの?」
少女が紅色の唇に笑みを零し、彼等に尋ねる。
「お嬢様、お遊びが過ぎます。彼等も本気なのですよ?」
ラルフが窘めるように言う。
「あら?あれが本気だったの・・・冗談かと思ったわ」
「お嬢様は冗談で人を撃つのですか?」
ラルフは呆れたように言う。
「いけない?」
「すいません」
二人のやり取りを聞いていた男達は一歩後退りをした。
「さぁ・・・踊りましょ?」
少女は赤い帽子を投げた。そして、まるで舞うように身体を右へ左へとステップを踏む。そして、リズムを取るように手にした拳銃が火を噴いた。空薬莢が宙を舞い、地面でカツーンと甲高い音を鳴らす時には男達が一人、一人と倒れていく。彼等も撃つが、30メートルという距離は古い銃では簡単に当たる距離では無い。それに比べて、C96はその重たい銃と高性能な弾薬のせいで、確実に当たる。男達は恐怖を感じながら、倒れて行った。
最後の一人が逃げ出し、少女がその背中に一発を撃ち込み、全てが終わる。無煙火薬では、銃口から思ったほどの煙は出ない。それでも何となく口元に近付けて、煙を吹く仕草をした少女は再び、馬車へと乗り込む。そして、彼女達は再び旅へと出た。
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