目の前で悔しそうな目で俺を見る奴。こいつは今、どんな想いで俺を見ているのだろうか?それを考えただけで、俺は優越感に浸れる。


 イジメというのはいけない事だ。だが・・・俺はいけないとは思っていない。この世は不平等だ。それは生まれてすぐ解る事だ。赤ん坊はそれを理解が出来ないだけだ。やがて、自我が発達し、他人と自分を比較が出来るようになれば、自ずと、その違いを解るようになる。

 強い者、弱い者、頭の良い奴、悪い奴、正直者にうそつき。どんな事にも比べられる尺度が存在する。そして、自分はそのどこに位置するかで、人生ってのが決まるんだ。


 俺は幸いにも・・・強い。まぁ・・・それだけだ。裕福でも無ければ、頭も良くない。だが・・・強い。高校に入って、ラグビーに入れと言われ、叩き込まれた。そこでフォワードとして、俺は活躍している。学校では俺の事はヒーローみたいなもんだった。


 「おい・・・俺が頼んだのと違うじゃねぇか?」

 ラグビー部の先輩が目の前で転がる男子マネージャーに蹴りを入れる。男子マネージャーって事になっているが、こいつは俺がイジメていた奴を無理矢理、マネージャーとして入部させただけだ。先輩への手土産と俺のアシ代わりだ。

 「す、すいません」

 「てめぇの金で買い直して来いや!」

 てめぇの金なんて、言っているが、誰も、一度としてマネージャーに金なんて渡していない。この事は学校でも公然の秘密となっていた。部活の先生も監督も見て見ぬ振りだ。俺が入って以来、初めて花園が目指せる戦力になった。揉め事は嫌なんだろう。誰もが見て見ぬ振りをして、終わらせようとしている。いや、むしろ、こいつ一人がボコボコにされれば、他の生徒に影響が出ないかもしれないというガス抜きを狙っているのかもしれない。

 まぁ、どっちにしても、あいつは、この学校に生贄されたんだ。


 買い物を終えた男子マネージャー。俺はこいつを「クソ田」と呼んでいる。本名なんかどうでも良い。こいつは昔からクソ田だ。

 クソ田はオロオロと怯えながら買い物袋を俺の前に置く。

 「てめぇ。俺の前に何、置いているんだよ!」

 俺は怒鳴ってやる。そうすると奴はビクリとして慌てて、買い物袋を持ち上げるんだ。

 「早く分けろや!」

 すかさず、別の奴が怒鳴る。クソ田は必死に買い物袋の中身を皆に分配するが、その度に小突かれたり、罵声を浴びせられたりする。ラグビー部なんて所詮は頭まで筋肉な連中の集まりだ。全員、自分が一番強いとか思っている。だから、カーストには絶対なんだ。

 ラグビー部だけだと、どうしても部員の中に弱い奴が生まれてしまう。それを避けるために男子マネージャーという「生贄」が必要なんだ。

 俺はある意味で、クソ田を買っている。奴のお蔭で、全てが円満に回っているのだ。ラグビー部の潤滑油って所だろう。


 クソ田は買い物を終えると、ゲロが出そうな酸っぱい臭いがするラグビー部の洗濯物をする。学校が部費をケチるから、全ては手洗いだ。ラグビー部のバカ達はクソ田に自分達のクソ汚い服やらを投げ付ける。クソ田はそれを掻き集めて、外の水洗い場へと持って行く。

 確証は無いが、この洗濯の時が奴にとって、一番、ホッと出来る瞬間かも知れない。さすがに洗濯をしている間は練習もあるから、誰もちょっかいは出さないからだ。

 俺は練習中にちょっと、ケガをしたので、保健室に行く途中で、洗い場のクソ田の様子を見る事にした。クソ田は楽しそうに洗い物をしてやがる。その様子に無性に腹が立った。こんな野郎が楽しそうなんて、世の中を舐めている証拠だ。

 俺はクソ田の背中を蹴り込んだ。奴は洗い物の桶に突っ込んでビショビショになる。

 「おい、ちゃんと洗い物が出来ているのか?」

 俺は偉そうにそう告げた。

 「い、今、やっています」

 クソ田は必死にそう言うので、その顔面を平手で打ってやった。

 「てめぇ。誰に口答えしてやがる?」

 「す、すいません」

 もう一発、平手打ちをした後に、すでに洗い終わっただろう洗い物をグチャグチャに踏み潰してやった。グランドで土塗れになったスパイクの足跡が綺麗になったシャツなどに着く。

 「しっかりと洗っとけよ」

 俺は笑いながら保健室へと向かった。


 そんな生活はずっと続く。クソ田がどんな風に思っているかなんて、考えた奴はラグビー部には一人として、居ない。クソ田は人間じゃないんだ。奴隷に人権があるなんて考える奴が古代に居ただろうか?このラグビー部においても同じだった。クソ田に人権があるなんて、思っている奴は居ない。いや、学校全てに居ない。俺は確信している。仮に奴が死んだとしても、イジメは隠されて、終わりだ。だから、気軽にイジメも出来るってもんだ。いや、そもそもイジメている側にそんな意識など毛ほどにも無いわけだが。


 ある日の部活途中。クソ田が珍しく、校舎裏に俺を呼ぶ。何でも俺を呼んでいる女子生徒が居るらしい。クソ田にしては珍しく使える。こんな事が他の部員に知れたら、冷やかされて恥ずかしいからな。

 俺はクソ田に連れられて、校舎裏へとやってきた。

 「クソ田?どこに女が居るんだ?」

 クソ田は振り返った。彼は手にギラギラと銀色に輝く塊を持っていた。


 レイブンアームズ社 MP-25自動拳銃


 25口径の小型自動拳銃だ。低価格故にサタデーナイトスペシャルの代名詞のように扱われるが、携帯性、射撃性能は、思ったよりも良好で、かなりの数が販売された実績がある。


 クソ田はその銃のスライドを引っ張り、弾を装填した。そして、その銃口を俺に向けた。俺はてっきり、玩具だと思っていた。

 「クソ田?なんのつもりだ?玩具で俺に復讐でもするつもりか?」

 それが本物かどうかを疑うよりも、クソ田が俺に歯向かったという事実。ラグビー部には俺より弱い奴なんて、幾らでも居る。よりにもよって、俺ということは、それだけ舐められたって事だ。許されない事だ。体育会系特有のカーストを崩しかねない行為だった。俺はクソ田を許さない。ズカズカと歩み寄り、俺はクソ田を殴り飛ばした。クソ田は拳銃を落とした。俺はとにかく、その顔面が歪むまで、殴った。死ぬかもなんて、頭に無かった。ただ、怒りに任せて、クソ田を殴った。


 暫くして、クソ田はぐったりした。俺は満足して、クソ田から立ち上がり、ふと、周りを見る。そこにはクソ田が持っていた拳銃があった。俺は笑いながらそれを拾って、クソ田に向けた。

 「撃てよ」

 クソ田は何故か、ボコボコの顔を不敵に笑みを作り、俺に言った。それは俺の怒りに火を点けるのは容易かった。俺は何も考えずにクソ田に銃口を向けた。どうせ、出て来るのはプラスチックの弾だ。てめぇで用意した銃で散々、痛めつけてやる。俺はそう思って、軽い気持ちで引金を引いた。

 パン

 軽い音と共にスライドが素早く後退して、軽い衝撃が右手に残る。一瞬、何だと思った後、クソ田を見ると、その胸に小さな穴が開いて、タラりと血が流れ始めた。そして、クソ田は笑った。

 「あぁ・・・これでお前はただの人殺しだ」

 クソ田は奇妙な事に笑い始めた。俺は・・・何が何だかわからなくなる。目の前でボロボロのはずなのに楽しそうに笑うクソ田。俺はそれを全て、消すために撃った。何発も。弾が切れたが、スライドストップの無いこの銃では素人がそれに気付く事は無く、ただ、引金だけを引いた。俺が弾切れに気付いた時、銃声を聞いて、校舎裏に人が集まっていた。


 「お、おい・・・お前、何をやっているんだ?」

 教師の一人が血相を変えて、俺に尋ねる。俺は手にした拳銃を見た。そして、目の前に穴だらけになったクソ田。動悸が高まる。俺は何も考えが浮かばない。拳銃を投げ捨てる。そして、俺は集まって来た人を描き分け、逃げ出した。

 校舎から飛び出て、とにかく、逃げる。サイレンの音が近付けば、無意識に隠れた。怖い。とても怖い。俺はこれからどうなるんだ?何もかもわからない。とにかく逃げるしか無い。


 俺は逃げた。逃げて、逃げて、辿り着いた先は・・・あるマンションの屋上だった。ここは友達の家で、屋上まで行ける方法を知っていた。

 息が切れる。もう・・・意味がわからない。何で、俺は逃げているんだ?何で、俺はクソ田を殺したんだ?何もかもが、わからない。ただ・・・言える事は俺は殺人を犯したという事だ。

 いや、クソ田は自殺したんだ。そうだ。自殺なんだ。俺は自殺の手助けをしただけなんだ。

 俺は必死に弁明の言葉を探す。そもそも拳銃なんて、どうやって手に入れるんだ?警察がしっかりと調べれば、クソ田が用意した物だとすぐにわかるはずだ。

 そうだ。俺じゃない。俺が悪いんじゃない。

 何度も・・・何度もそう、自分に言い聞かせる。

 サイレンの音が近付いて来る。突如、マンションの屋上の出入り口に警察官がやって来た。俺はその威圧的な様子に気圧される。今、何とか、自分を正当化させようとした気持ちもグラつき、フラフラとフェンスへともたれ掛かる。

 「おい、待て。自殺なんて、するな」

 警察官はそう告げる。そうか、俺は自殺すると思われているのか。

 「君が人を殺したとしても、更生のチャンスはあるんだ」

 警察官が続けた言葉に俺は打ちのめされた。そうか。皆、俺が殺したと思っている。ダメだ。捕まれば、俺は殺人をした犯人になってしまう。嫌だ。これからの人生をそんなレッテルを貼られて生きるなんて。クソ田。クソ田。あの野郎。

 俺は失望感の中、無意識にフェンスを飛び越えていた。その後、俺がどうなったかなんて、わからない。13階から墜ちれば、普通は死ぬだろう。翌日のニュースになんて載ったのか。俺は、ただ、自由に生きて来ただけなんだ。

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