駅前コインロッカー
駅前にあるコインロッカー。
誰もが便利に荷物を預けておくアレだ。
大きな駅などに行くと良く設置されている所を見掛ける。様々な理由でコレを利用する者は居るだろう。多くの人々が日夜、このロッカーに物を預けていく。その中には色々な使い方をする者も多い。ただ、それは偶然にも他の無関係な者を不幸に招く事もある。
堂島昭雄、派遣社員。年齢は今年で48歳。
都内の三流大学の経済学部を卒業して、何とか三流の広告代理店に拾われた形で入社した。自分よりも優秀な同期が何人も居て、自分は落ちこぼれだと気付く。そのせいか、最初から仕事に対する覇気など無く、ミスだけを恐れながらそれとなく生活を続けていた。だが、勤め出して3年目には様々な心労が重なり、仕事がまったく合わないと思うようになった。心療内科では鬱だと診断され、自ら退職した。
それから、派遣会社に登録して、それなりに日々の生活を送っている。
昔は良かった。派遣社員でも仕事は選びたい放題だった。それなりに賃金も良かった。だが、最近は年齢のせいか、日雇いの派遣ばかりしか無い。はっきり言えば、将来は暗い。このまま、そこら辺で野たれ死んだ方がマシだと思っている。
だけど、悔しいかな。生きている。生きて、今日も、働きに出ていた。着替えはいつもこのコインロッカーに入れている。今日も当たり前のようにコインロッカーの扉を開けると、何か小包が入っていた。
忘れ物か?
そう思って、小包を取り出すと、ズシリと重い。何か、金属的な物が入っている重たさだ。不思議に思って、昭雄は自分の着替えを入れて、小包を手に取る。周囲を見渡して、小包を少し封を切る。あくまでも中身を確認するためだ。そう思いながら、好奇心から覗いてしまった。中には黒い塊。回転式拳銃だ。銃に疎い彼がその銃の名を知る事は無い。
スミス&ウェッソン社 M36 チーフスペシャル 2インチ銃身モデル
短い銃身が豚鼻など揶揄されるが、携帯性と操作性の高さから、警察などに愛用され、日本の警察に導入された。後のニューナンブM60のお手本にもなっている。特にダブルアクション時のトリガーアクションはとても出来が良く、クイックドロウにおいての性能の高さを維持している。傑作小型リボルバーとして、長年、製造が続けられ、公的にも民間でも多く出回っている拳銃だ。
そんな拳銃が何故、鍵も掛かっていないコインロッカーに放置されていたのか。それを知る由など無い。ただ、彼が取るべき行動は、これを素直に警察に届けるべきだと言うことだ。だが、彼はそれをしなかった。初めて見る本物の拳銃。それは何か特別な物に見えた。これをただ、警察に渡してしまうだけでは惜しい。そんな気持ちが膨れ上がる。彼は周囲を見渡す。誰も自分に注目などしていない。ならば、これを持って逃げるしかない。彼は拳銃の入った小包をデイバックの中に突っ込み、その場から早足で去った。
彼は人目の少ない公園へと入って、隅に置かれたベンチに座る。それから周囲を見渡し、人が居ない事を確認した。それから彼はそぉと小包から拳銃を取り出す。
拳銃は確かに本物のようだ。彼が特別、拳銃に精通しているわけじゃないが、手にした重さ、質感で、それが本物の鉄で出来ているのは解る。無論、精巧に出来たモデルガンや発射機構を失くした無可動銃と言う可能性もあるが、とても玩具とは思えなかった。
フレームの左側にあるノッチを押し込みながら、銃を左に振ると、シリンダーがスイングアウトして、フレームから飛び出す。これは映画で見た事があるから、解った事だ。こうして弾の装填をする。シリンダーを見ると、金色の薬莢のリムが見えた。弾はすでに5発が装填されていた。袋の中にも10発も余分に入っている。それを確認した上でシリンダーを元に戻す。カチャリと小耳良い音を鳴らして、シリンダーが元に戻る。ローズウッドの木製グリップが手にしっかりと馴染む。
撃ってみたい。
そんな衝動が頭に電撃のように駆け抜ける。だが、それはダメだと心の中の良心が騒ぐ。好奇心と良心。その二つが彼の中で鬩ぎ合う。
物事と言うのは不思議なもので転げ落ちる時の切っ掛けなど、あまりに他愛もない事だったりする。
「あ、あんた、何をやっているんだ?」
偶然にもホームレスの爺さんが拳銃を持って、悩み、悶絶する堂島を見てしまった。まぁ、この時点でホームレスがその拳銃を本物と思ったか、玩具だと思ったか。それは堂島にはわからなかった。ただ、彼は本物の拳銃を持っているという罪悪感から、咄嗟にホームレスの爺さんへの殺意が沸騰する。彼は銃口を僅か5メートルの距離に居る爺さんに向けた。
人差し指が自然と引っ張る。この時、一瞬、ダメだ。撃っちゃいけない。という想いが脳裏を通り過ぎる。だが、撃鉄が起き上がった時、それは吹っ飛んだ。そして、引金を引き切る。下手にトリガーアクションの良い銃は躊躇いを失わせる。
公園に乾いた銃声が鳴り響いた。
38スペシャル弾は爺さんの右目に入り、下垂体を貫き、頭蓋骨を破砕して、頭を突き抜けた。爺さんは驚いた表情のまま、地面に倒れた。真っ赤な血に脳漿の白色がまるでソースの上に掛けたミルクのようだ。
軽い衝撃が手に残る。堂島は、一瞬、呆然とした。だが、すぐに目の前に転がる爺さんを見た。そこに転がる人だった物は、確かにただの肉の塊へと成り下がっていた。
「死んでるのか?」
殺すつもりなんて、無かった。冗談みたいな言い訳だが、正直、殺すつもりなどは無かった。ただ、突然、声を掛けられて、焦って、撃っただけだ。それだけだ。それなのに、人が死んだ。いや・・・殺したんだ。
きゃあああああああ!
女の悲鳴が聞こえた。振り向くとそこには偶然、通り掛かったOL風の若い女が怯えた顔で立っている。彼女は逃げ出そうと振り返った。
待って!
そう叫ぶつもりだった。だが、自然と銃口が彼女の背中を追っていた。走り去る的を狙うのは難しい。ちゃんとした射撃練習もした事が無い男では5メートルでも外してしまう可能性の方が大きかった。
乾いた銃声が二発。
ドサリと女は倒れた。彼は慌てて、駆け寄る。背中に一発。銃弾が入っただろう穴がある。女は小刻みに震えている。まだ・・・生きているのか?今なら、助けられるのか?堂島は焦った。考えが回らない。ただ、右手はそのちょっと茶色が入った頭髪の後頭部に向けられた。その手に握られた拳銃は、警察官愛用の正義の為の拳銃だったはずだ。
乾いた銃声が再び、鳴り響いた後、堂島はその場にへたり込んだ。女の頭はスイカ割りのスイカのように赤い血を飛び散らせていた。彼はヤバいと思った。すぐに立ち上がり、駆け出した。
どこか逃げなければ。いや、逃げられるのか?ここは日本だ。日本の警察は世界最高だとテレビで観たような気もする。監視カメラだって彼方此方にある。逃げ切れるのか?
つ、捕まりたくない。
別に捕まっても、困る家族なんて、彼には鼻っから居ない。だけど、捕まるのは怖いんだ。この歳で刑務所に入るのも怖いし、刑務所から出た後の人生も怖い。あまり良い人生じゃないが、真っ当だと言う事だけが唯一の救いだった気がするんだ。
堂島は走り疲れて、ビルとビルの隙間のような路地でへたり込む。周りはゴミが散乱し、汚臭が漂う。そんな汚臭の中、再び、拳銃を取り出す。シリンダーの中には残弾が一発。小包袋から残弾の10発を取り出し、上着のポケットに突っ込む。
「ダメだ。俺は・・・何をしているんだ?」
小包袋を捨てる。パトカーのサイレンがやけに五月蠅く聞こえる。
「俺を・・・探しているのか?」
堂島は立ち上がった。ここから逃げないと、拳銃を上着のポケットに入れようとした時、声が掛けられた。
「止まれ!」
一人の警察官が路地の先に立っていた。どうやら、堂島を不審に思ったようだ。そうだろう。こんな汚い路地を抜けてくるおっさんだ。怪しい以外、何者でも無い。
「ちょっと、話を聞かせて貰えるかな?」
警察官はズカズカと近付いて来た。堂島はポケットに入れようとしていた右手を伸ばす。その先に黒光りするチーフスペシャル。
「なっ・・・銃を捨てろ」
警察官も気付いて、慌てて、ホルスターに手を伸ばす。警察官のホルスターは拳銃が脱落防止にカバーが被っている。すぐには銃は抜けない。そして、狭い路地だ。逃げ場など・・・無い。
路地に銃声が反響する。警察官の鼻が潰れ、弾丸は後頭部を貫いた。防弾チョッキを着ている警察官でも顔面は無防備だ。
堂島は無表情だった。フレーム左側にあるシリンダーラッチを押し込み、シリンダーをスウィングアウトさせる。銃口を上に向けるようにして、シリンダーロッドをシリンダー側に押し込めば、シリンダーに軽く食い付いた空薬莢がポロリと落ちていく。チャラチャラと真鍮製の空薬莢がアスファルトに転がる。そして、ポケットから取り出した新しい弾丸をシリンダーに詰めていく。
堂島は路地から出た。拳銃はもう・・・隠していない。
銃声を聞いた人々が路地から出て来た堂島を見て、驚く。それを見た堂島はニタリと笑った。彼の人生において、これだけ注目を浴びた事など無い。毎日、ただ、コインロッカーに荷物を預けて、仕事から帰って来たら、着替えて、ネットカフェで寝る。そんな人生。しかもそれはいつか破綻するだろう人生。
終わりの見えた人生なんて。くだらない。
堂島の心が高鳴る。まるで、映画のようなハイスピードで人生が崩れていく。もう現実なんて、クソ喰らえだ。やってやる。
彼は奇異な目で見る人々に銃口を向けた。それを見た、人々は悲鳴と怒号を上げて、我先にと逃げ出す。
そうだ。そうだ。俺を恐れろ。
彼は煽るように銃口を彼方此方へと向ける。そこに一人の青年が堂島を恐れずに立ち向かおうとした。堂島は思った。自分の鍛え抜かれた筋肉なら勝てると思ったのか?頭まで筋肉なのか?駆け寄って来た男に向けて、一発を放った。弾丸は青年の腹に刺さる。その衝撃で、彼は動きを停めた。腹を抑えて、片膝を着く。堂島は彼に近付き、その額に銃口を突き付けた。青年は堂島を睨むように見上げた。そして、血だらけの右手で銃を奪おうとした。
銃声が響き渡る。
路上に血や脳漿がぶち撒けられ、惨状だけが残った。
サイレンが鳴り響き、パトカーが停車して、警察官が拳銃を片手に降りて来た。
「銃を降ろせ!撃つぞ!」
堂島は咄嗟に撃った。一人の警察官の脚に当たり、彼はその場に倒れる。もう一人の警察官が慌てて、狙いを定めるが、堂島は狙うことなく、銃口を向けて、撃った。弾丸は胸に当たり、警察官は衝撃で背にしたパトカーに打ち付けられる。
足を撃たれた警察官は倒れながらも撃とうとした。だが、堂島はそれより先に警察官を撃った。弾丸は彼の左腕を貫く。シリンダーノッチを押し込み、シリンダーをスイングアウトする。空薬莢がパラパラと落ちる。
パン!パン!パン!
銃声が鳴り響いた。堂島は呆然とした様子で、胸を撃たれた警察官を見た。彼はパトカーにもたれ掛かりながらも、発砲したのだった。
彼は自分の胸を見た。途端、手足の力が抜ける。指先からスルリとチーフスペシャルが落ちて、アスファルトの上にカチャリと落ちる。そして、彼はそのまま、アスファルトに前のめりに倒れた。警察官の撃った弾丸は胸に二発、命中していた。彼は微かな意識の中で思った。
終わりなんて、いつも唐突なんだと。
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