アメリカン★タフ

 数年前にアメリカ陸軍を退役した。

 最後に従軍した作戦はアフガニスタンだった。陸軍少佐として部隊を率いて、それなりに活躍した。泥臭い戦闘ばかりだったが、40年に及ぶ軍歴は誰と比較しても落ちるところの無い立派なものだと思う。退役はそれなりに祝って貰えたし、何も不満はない。

 私の家系は古くは独立戦争の頃から戦争をしている。かつては騎兵隊、あとはずっと陸軍だった。俺の爺さんも父親も陸軍だった。親戚も軍人が多く、海軍も海兵隊も空軍も居る。軍人一族だった。親戚が集まれば、皆、武勇伝を語る。第二次世界大戦もヴェトナムもアフガンもイラクだって、何処にでも私の一族は居たように思う。

 そんな私の手には一丁の自動拳銃が握られている。こいつは銃に詳しくない奴でも何処かで一度は目にする拳銃だ。そして、私の祖父からの受け継がれる物だ。


 コルト1911A1ガバメント。


 アメリカ伝統とも言える45口径を使う自動拳銃だ。騎兵隊の時代、インディアンを討伐するのに小口径の弾丸では威力不足だった。インディアンは強靭な肉体と精神力を持って、銃を持つ騎兵隊に斧一つで突進してくる。彼等の水牛のような突進を止めるためには45口径の弾丸が必要だった。

 コルト社はその要望に応える為にピースメーカーと呼ばれるリボルバーを開発した。アメリカを席捲したとされるその銃の後継こそ、このガバメントだった。ガバメントはコルト社だけでも何回かモデルチェンジが行われている。同様にバリエーションも多く存在している。それだけじゃなく、パテントが消失してからは多くのメーカーがクローンを開発、製造を行っている。そこからはコルト社では生み出されない様々なガバメント系の銃が生まれた。

 開発されてから100年以上、経つ拳銃だが、未だにガバメントのデザイン等を踏襲した新製品が出される程だ。

 それだけ人気のある製品でも時間の流れには勝てない。軍や警察などの公的機関においてはすでに用済みとなり、米陸軍でもベレッタM92に変わってから久しい。アメリカの警察官の多くが使っているのはグロッグやベレッタなどであり、世間ではヨーロピアンオートが当たり前となっていた。S&Wも頑張っているが、ヨーロッパ勢に圧されている感は否めない。そんな中でコルト社は過去の名声にしがみついたせいか、呆気なく潰れてしまった。コルト社が危ないとは数年前から言われ続けていたことだが、画期的な新製品を生み出せなかったのが敗因だろう。コルト社は潰れても、ガバもM16も、クローンが世間では次々と生み出されているわけだ。

 一時、海兵隊の特殊部隊シールズが拳銃の性能を高めて、メインウェッポンとしての使用を前提にしたトライアルを実施した際、条件に45口径というのがあった。これは単純に一発のストッピングパワーを求めた結果だった。世界の流れの中で一撃で相手に強い衝撃を与えて倒す事が出来る45口径は見直されつつあった。しかし、トライアルでも採用されたのはヘッケラー&コッホ社のソーコムピストルだった。

 ある意味では一部の趣味性の高い拳銃として残りつつあるガバメントだが、爺さんの形見でもあるから、大事に使ってきた。ただ、実用品としての側面もあるので、正直、爺さんが使っていた頃の部品はフレームぐらいしかないかも知れ無いが。

 毎日、この銃を磨くのが私の日課だ。一度、スライドを引いて、スライドストップさせる。薬室を覗いて、弾が入っていないことを確認。マガジンを抜いて、スライドストップレバーを押し下げて、スライドを前進させる。それから、スライドを再び、少しだけ下げて、スライドストッパーを右側面から突付いて、左側にズラす。あとは摘んで取り去るだけだ。するとスプリングの力でスライドは前に出る。そのままスライドを掴んで前に出せばスライドとフレームが分離する。

 アナポリスの海を見ながら、拳銃を分解する。このひと時が最近出来た唯一の楽しみだった。

 スライドを手に取り、前面のバレルブッシュと呼ばれるバレルとスプリングがスライド前に飛び出るのを防ぐ部品を取り除く為にスプリングを前から奥に押し込みつつ、バレルブッシュをグルリと回す。バレルブッシュは爪でスライドとガッチリ固定される仕組みなので、回すことにより、爪が外れるようになる。そしてバレルブッシュを抜き、銃身下のスプリングも取る。そしてショートリコイルの為のブロックごと、銃身を抜く。あとは掃除だ。綺麗に汚れを取ってから、ガンオイルをしっかり塗り込む。これで簡単な整備は終った。後は組み付けるだけだった。

 本当ならこの銃は息子にやるはずだった。息子も陸軍の将校をやっている。だが、先に述べたようにアメリカ軍はベレッタを採用した。息子がこのガバメントを持つ事は無い。

 「お前も用済みだな」

 40年間、軍の為に働いてきた。この傷だらけのガバメント同様、まるで使い捨ての道具のように彼方此方の戦場に投入されて、傷だらけになって、戦い抜いた。別にそれに不満があるわけじゃない。軍人になった時にそれぐらいの覚悟など出来ているに決まっているからだ。先輩が死んだ時も同期が死んだ時も部下が死んだ時もそれほど深く哀しむ事は無かった。ただ、二度と言葉も交わす事が無いのかと寂しく思っただけだ。


 私には3人の息子が居る。長男は陸軍、次男は海兵隊、三男は何を思ったか、金食い虫(空軍)でパイロットをやっている。まぁ、子どもの頃から派手好きで、テキトーに生きていたからな。こいつはパイロットが合っているのだろう。男の子が皆、軍人になったのも我が家の家系に伝わる呪いかもしれない。私は一度として、彼等に軍人になれとは言ってないからだ。むしろ、家を長い間、空けておいて、帰ってくれば負傷してボロボロになっている。そんな父親だ。一昨年、妻が癌で他界して以来、正直、戦場で戦っている時以上に生きている事が辛いと感じていた。

 だが、最近、そんな私にも、一つ、生きている意味が出来た。孫娘のシャーリーだ。10歳になる。長男の一人娘だが、嫁は奴が長期の海外滞在の間に男を作って、出て行った。そんな尻軽女だ。まぁ、その程度のことは何とも思わないのだが、孫娘は気の毒だ。父親は世界中の戦場を飛び回って、家に帰ってこない。だから、私が引き取った。あまり学校を引越しさせたくなかったので、私がカリフォルニアの家を出て、彼女の家に来た。アナポリスの周辺は緯度が高いせいか、少し冷え込むのが難儀する事ぐらいだ。

 息子しか育てたことが無いので、正直、孫娘には当初、困惑することが多かった。だが、深く考えることではない。自分らしく、子育てをすれば良いだけだ。それが正解でも間違いでも後悔せずにやる。自分の人生の中で学んだことだ。多くの作戦をこなして、成功ばかりじゃない。失敗して、部下を失ったこともある。だが、いつまでも後悔はしていられない。それでも自分は戦い続けないといけないのだから。

 そんなこんなで家事も無事にこなせるようになった。今ではその辺の不器用な女よりも立派に家事をこなしている。これも軍隊で得たものだ。目標さえあれば、最短距離でそれを攻略する。そのための努力の仕方を知っているからだ。

 主夫となった私の一日はとても退屈なものだ。退役軍人の老後など、もっと退屈だろうから、私はそれより少しはマシかも知れない。

 朝はシャーリーの登校前に朝食を準備する。退役してから暫くは朝は8時にしか起きない生活だったから、6時前に起きるのはかなり厳しかったが、それも慣れてしまえば、何の問題は無い。朝食を作り孫娘を起こし、食べさせる。それからスクールバスの乗降場所へと一緒に行く。孫娘が無事に学校へ向かうのを見送り、週4回の割合で射撃場に行く事だ。射撃というのは、野球とかとあまり変わらない。練習をしないと腕は衰えるものだ。だから、私は退役してからも欠かさず射撃練習をしている。


 オンボロのビューイックを走らせて、射撃場へと向かう。いつも一回の射撃練習で撃つのは1マガジンと決めている。まぁ、弾もただじゃないからだ。1マガジン分を撃っても、煙草一箱分は掛かる。拳銃こそ、代々、使ってきたが、弾は好みが違うらしく、俺はウィンチェスター社を使うが、先代たちは違った。そんな好みも通っていると銃砲店の店員は覚えるようで、私が弾を買いに行けば、何も言わなくても用意している。

 シューティングレンジまで行き、弾薬の入った箱をレンジの上に置く。そして、腰のホルスターからガバメントを抜く。コンシールドの許可は受けているから、こうやって拳銃を持ち歩いても違法では無い。アメリカでも州によって、銃の取り扱いは大きく違う。

 私は、ホルスターにただ、入れている状態だと薬室は空にしている。最近の拳銃は安全性が飛躍的に高くなっているから、暴発の恐れが無い。それ故に即応性を高めるために薬室に弾丸を入れている奴も多い。だが、俺は自分の銃でケツに穴を開けたくない。

 ガバメントも優秀な銃だが、初期の物はそれほどじゃない。だから薬室には弾を入れない。使うときはホルスターから抜いて、スライドを引く。開いた薬室に弾丸が入り込み、前進したスライドが弾丸をしっかりと包み込む。

 照準にはリノリウムが貼り付けてある。蓄光材と呼ばれる物で、昼間の間に溜めたエネルギーで緑色にぼんやりと輝くのだ。夜間や暗がりでの射撃を楽にしてくれる。照門にはノバック製のコンバットシューティング用の物が装着されている。

 拳銃の構え方はちょっと古めだが、両脚を肩幅に広げ、両手で銃を持ち、身体の中心線に合わせてまっすぐに前に腕を伸ばす。身体の正面を相手に晒す事になるが、この方が拳銃を左右に振り易く、射撃の自由度を高めることが出来る。

 ここのシューティングレンジは室外にあり、50メートル先に置かれた的に向かって撃つだけだ。成果は望遠鏡を使って確認する。

 構えたら、親指を銃の後端にあるサムセーフティと呼ばれるマニュアルセーフティに乗せる。セーフティを外すタイミングというのは難しい。特にガバメントの場合は独特なのが、このマニュアルセーフティに常に親指を乗せるという銃の持ち方だ。そして銃把を握る右手の親指と人差し指の間に来るグリップセーフティーを握り込む。これがしっかりと押し込まれていないと撃てないからだ。当時の銃としては画期的なアイデアだった。二重のマニュアルセーフティで、この銃は不用意な暴発を防止していた。

 右手の親指に力を入れる。サムセーフティがカチリと音を立てて、下に降りる。これで安全装置は解除された。いつでも撃てる。トリガーには指を掛けない。狙いを定め、撃つ時に指を掛ける。

 ドンと低い音が響き渡る。45ACP弾はその重たい弾頭を銃口から弾き出す。他の軍用の拳銃弾に比べて、弾の初速は遅い。反動は9ミリパラベラム弾などに比べると幾分か緩やかに身体を伝わる。口径は大きくても撃ち易いのもこのせいだ。初速は遅くてもその重たい弾頭は的に当たれば、大きな衝撃を与える。貫通力とは違う。当たった瞬間に弾頭が潰れて広がることによって生まれる表面積とそこに加わる運動エネルギーの問題だ。大抵の人間はこの一撃を受けたら、倒れる。吹き飛ぶ。これは大事な事だ。どれだけ貫通力の高いライフル弾でもその一発で相手を殺す事は難しい。弾丸など貫通してしまえば、相手はそれを気にすることなく攻撃を継続してくるだろう。だが、貫通せずに強い衝撃で身体が吹き飛ばされたら、そこから復活する事は難しい。


 人間を撃つ時は腹を撃て。


 これは基本だ。肩や頭を撃たれた奴は上体を反らして手にした銃を乱射しながら倒れていく。その弾丸を貰ってしまうなんて不幸も稀にある。だが、腹を撃てば、大抵の奴は身体を前に折るように倒れる。持っている銃はそのまま地面を穿つだけだ。それに腹を狙う方が的も大きい。的の小さい頭を狙うより、遥かに効率的なのだ。

 常にイメージだ。敵の腹、胸を狙う。腹、胸だ。ダブルタップと呼ばれる技術だ。二発の弾丸を連続して発射する。反動で上がった銃口が自然と狙いを腹から胸、頭へと向けてくれる。腹を撃たれた敵が前に倒れる時に胸や頭も撃ってトドメを刺す技だ。若い頃には無かった技だが、良い物は何でも取り入れる主義だ。

 25メートル先にある的に撃ち込む。

 的の中央に吸い込まれる弾丸。

 往年の技術は霞むことなく、結果を残す。的の中央に一個だけ穴が開いたように射撃をする。ピンホールという状態だ。

 「相変わらず良い腕をしているな?」

 隣のレンジの常連がそう声を掛けてくれた。

 「昔から射撃は上手くてね」

 そう答えた。事実、私は現役時代、優秀射手だった。狙撃兵にこそならなかったが、戦場ではその腕が何度も役に立った。

 軽く1マガジンを撃ち終えてから、銃の左側にあるマガジンストッパーボタンを押して、マガジンを銃把から抜く。取り出した空のマガジンに弾を詰める。拳銃弾は弾丸形状で分かれる。通常はフルメタルジャケットと呼ばれ、鉛などを弾心と呼ばれる心材にして、それを鉄が覆う。形としては砲弾、または円錐上の形状となる。

 これに対して、ホローポイント弾と呼ばれる物は弾丸の先頭部分に穴や切り込みが入った物を言う。これは弾丸が衝突した瞬間に、大きく広がるように工夫した物だ。弾丸が的に命中した時に大きく広がれば、それだけ表面積が広がり、相手に与える衝撃は大きくなる。相手が人間であれば、傷が大きくなり、殺傷力を高める。ただし、貫通力は大きく低下する。弾丸形態も空気抵抗を受け易くなるために、命中率が下がることもある。

 個人的にはホローポイントは好きじゃないから使わない。ちゃんと弾を当てられれば、そんな弾を使わなくても充分に敵を仕留められる。それは長年の戦場で積み上げた経験だ。

 撃ち終えた銃はスライドオープン状態になっている。右側面のスライドストッパーを押し下げて後退したままのスライドを前進させる。親指で撃鉄を抑えながら、引金を引いて、ゆっくりと撃鉄を下ろす。それから弾を詰めたマガジンを銃把の下から挿し込む。そして腰のヒップホルスターにガバメントを納める。

 それから近くのカフェでのんびりとコーヒーを飲む。銃を撃ち終えて、硝煙の香りが残る中、コーヒーの香りを嗅ぐ。手は銃の反動の余韻を残している。60年近く撃ってきた。もう、体から硝煙の香りが抜けることなど無いだろう。

 65歳の体は、それなりに鍛えられていると思う。退役してからも体だけは鍛えている。やはり、退役したら、ヨボヨボというのも嫌だからだ。幸いにも時間だけは無尽蔵にある。ジムとかに行くことは無いが、ジョギングや腕立てなどの基礎的なトレーニングで身体を維持している。

 そして夕方前にはスクールバスが帰ってくる。孫娘が帰ってくる。

 「グランパ、ただいま!」

 小柄な彼女はブロンドのふわふわして髪を揺らしながら駆けて来る。

 彼女を連れて家に戻り、夕食の準備だ。器用に包丁を使い、料理を作る。シャーリーはその間に宿題をやっている。学校の成績も良くて、自慢の孫だ。

 「グランパ、今度はいつパパは帰ってくるの?」

 シャーリーの言葉に少し考える振りをする。

 「軍人は何処に行っているかわからないからなぁ」

 「戦場?」

 「さあな。沖縄かもしれないぞ?」

 「沖縄って?」

 シャーリーは知らないようだ。

 「沖縄はジャパンにあるんだ。平和でなかなか良い場所だぞ」

 「へぇー、ジャパンなんだ!」

 そんな会話をして日々を過ごす。食事が終われば、シャワーを浴びて、シャーリーを寝かしつけ、それから自室にしているゲストルームに行く。拳銃は寝る時とシャワーを浴びる時以外は常に身に着けている。癖みたいなもんだ。ホルスターから拳銃を抜いて、分解する。ガンオイルをしっかり染み込ませた布をクリーニングロッドに着けて、銃身の中を掃除する。一通り、銃の整備を終えたら、銃をベッドのサイドテーブルの引き出しに入れて、一日が終わる。

 そして、再び、いつも通りの朝が来る。孫娘をスクールバスに乗せて、軽く運動をする。汗を流しつつ、リビングでテレビを見ていると、中東で勢力を拡大している武装勢力のニュースが流れる。正直、この手のニュースは反吐が出る。宗教だか、貧困だか、知らないが、力で人を虐げるだけじゃなく、何も関係の無い奴までテロで殺そうとする輩など、下衆としか言いようがない。

 フランスでも銃を乱射するテロが起きたようだ。被害者が出ているようだ。本当にこの手のニュースを見ると胸糞が悪い。俺がその場に居たら、皆殺しにしてやるのにと心底思っているわけだ。だが、実際はそんな事が起きて欲しくは無いわけだ。

 いくつも戦争を経験していて、思う事は戦闘は自分から仕掛けるのはイイが、突然、その状況に巻き込まれるのは危険だと言うことだ。待ち伏せされたら、勝ち目は低くなる。そうならないように先を見越している事が大事だ。これは普段の生活でも同じだ。危険をいち早く予測して、避ける事が大事だ。バカみたいにトラブルを抱え込む奴は戦争では真っ先に死ぬだろう。賢い奴は無暗に襲われたりしない。

 不意に電話が掛かって来た。受話器を取り上げる。

 『トムだ』

 受話器から男の声が聞こえる。それは長男のトムだった。

 「お前か」

 『父さんか。そっちの時間だとシャーリーは学校だな』

 「わかっているじゃないか。元気そうだな?」

 『あぁ、なんとかね』

 「シャーリーがお前がいつ帰ってくるか心配していたぞ」

 『そうか、ありがとう。そっちは変わりない?』

 「あぁ、いつも通りだ」

 『それより、フランスでまた、テロがあったみたいだけど、アメリカはどう?』

 「テロか。そんな屑野郎が出たら、すぐに射殺するのがアメリカ人だ」

 『それを聞いて安心した。シャーリーを頼むよ』

 「お前も無理するなよ。どんな戦争も生きて帰ってくるのが我が家の家訓だ」

 『わかったよ。死なないように努力する』

 「シャーリーを悲しませるなよ」

 受話器を降ろす。久しぶりに聞いた息子の声だ。多分、奴は世界でテロが相次いでいるから心配になったのだろう。

 どれだけ努力しても世界は戦いだらけだ。それは銃があるからとか、軍隊があるからとか、そんなくだらない屁理屈など聞きたくも無い。アベルとカインの頃と同じだ。自分以外に人が居れば、人は常に優越感と劣等感のどちらかを感じているんだ。それはやがて、憎悪を生んで、相手を殺してしまうんだ。そんなつまらない事が争いの始まりに過ぎない。神が言うように人が隣人を愛せるならば、争いなんて生まれないだろう。

 俺の腰のホルスターに入ったガバメントはそんな人間の醜さを全て見てきた。3代に渡って、100年に及ぶ戦争を見てきたのだから。

 そんな暗いことをいつまでも考えるのは性に合わない。戦争でもテロでもあるに決まっていることを考えたって意味が無いからだ。


 図書館で借りてきた本を静かに読む。最近では電子図書などもあるが、やはり本は紙に限る。静かに読んでいると時間が過ぎるのを忘れる感じだ。やがて、スマホのアラームが鳴る。孫娘が学校から帰って来る時間だ。孫娘が帰ってきたら、オレンジジュースとケーキを出してやる。ケーキは最近、本で覚えた。苺が載ったショートケーキを出してやるとシャーリーは大喜びをして食べ始める。それから一緒にテレビゲームをして時間を潰す。

 夕食の時にシャーリーが学校から貰ったプリントを出した。それは課外学習というやつらしい。クラスで博物館に行くそうだ。博物館はアハディーン兵器博物館。アメリカの軍事的歴史を知る場所だ。子どもが行く博物館にしては物騒だと思ったが、アメリカの歴史は戦争の歴史でもある。その生き字引の私がそう思うわけだから、何も不満は無い。戦争について、調べ、戦う事の愚かさと、必要性を知れば、少しでも平和について考える力も湧くというものだろう。

 「楽しそうだな」

 「グランパも行く?」

 プリントには保護者の参加も可としている。どうせ時間は腐るほど余っているのだ。たまには博物館に行くのも良いだろう。

 「保護者は現地で集合だから、行くよ」

 「わーい。楽しみだなぁ」

 今度の土曜日は楽しみが出来たわけだ。


 そして、土曜日となった。孫娘は学校に行ってから、博物館に向かうので、私も少し良い背広を出して、孫娘に恥を掻かせないようにした。鼻の下や顎に生やした髭も丁寧に整える。それから禿げ隠しに頭に山岳帽を被る。それから20年落ちのビューイックに乗り込む。最近の日本車に比べたらガソリンがだだ漏れかと思うぐらい燃費が悪いが、俺はアメ車以外、乗る気は起こらない。最近はアメ車でもまるで日本車みたいにナヨった車も増えている。そんなクソみたいな車をアメ車とは認めない。4速ATをDレンジにして、アクセルオン。ボロロロロとエンジンが唸り、マフラーから煙を吐いて、車は走る。

 博物館まで1時間程度のドライブを楽しんだ。

 「博物館なんて何十年ぶりだろうか」

 子どもの頃に来た記憶があるぐらいだ。駐車場にはスクールバスの姿もある。生徒達は教師に引率されている。そこに行くとシャーリーの姿もあった。すぐに彼女と合流して一緒に博物館の中を歩く。

 「グランパ、あの戦車は何て言うの?」

 現代の展示物では戦車なども展示されている。それはM3リー戦車だ。幾つも砲身があるので子ども達には奇妙に見えて面白いのだろう。

 「グランパもこの戦車に乗ったの?」

 「俺の時代じゃないよ。お前の曾爺さんの時代だ」

 曾爺さんだって、戦車兵じゃない。これに乗ったかどうかは知らないけどな。


 博物館はとても面白い場所だ。色々な物が置かれ、様々に新しい発見がある。シャーリーも級友達と楽しんでいるようだ。これが平和という奴だ。中東で馬鹿みたいに銃を撃って、出来損ないどもを集めて悦に入っている猿山の大将も少しは見習うと良い。

 そんな風に思いながら博物館を見ていると、視界の端に何か不審な感じのする男を見た。それはあくまでも直感だ。殺気とか、そんな感じをそいつが出していたように思う。博物館には警備員も居る。一言、言っておくか。私はそう思って、近くの警備員に話をしにいく。

 男はメジャーリーグの有名チームの帽子を被り、サングラスをしている。人種までは確認が出来ないが、白人系。肌の色などから考えると中東系にも思える。私はそのことを警備員に伝える。博物館の警備員でも腰に拳銃ぐらいは提げている。それがアメリカって奴だ。彼は私の話を聞いてから、その男を見た。確かに怪しい感じだ。警備員は無線で連絡を取ってから、男に向かって移動した。

 私は何か、胸騒ぎがした。孫娘の傍に行こうと思った時、破裂音が館内に響き渡る。銃声だ。確認など必要は無い。孫娘に向かって走る。館内の人々は突然の音に驚いているだけだ。すぐに動かないと危険だった。

 「全員、伏せろ!発砲だ!」

 私は叫ぶ。激しい銃撃が人々を襲う。ライフル弾は50メートル以下なら人間一人など容易く貫通する。人の身体を貫通して変形した弾丸は次の人間により大きな衝撃を与える。倒れていく人々の中で、私は孫娘を見た。彼女は倒れる大人達の中で私の声が聞こえたのか、床に伏せた。私は匍匐前進で何とか孫娘を救わないといけないと必死になる。だが、そこに自動小銃を持った覆面男が現れる。孫娘が生きているとわかると奴は孫娘を強引に引っ張り上げる。

 「グランパ!」

 孫娘の叫び声が耳を響く。

 「シャーリー!」

 その声を掻き消すように覆面男は手にした自動小銃をこちらに向かって撃った。弾丸が私の横を飛び越していく。当たれば命は無いかもしれない。だが、私は怯えて立ち止まったりしない。大事な孫娘を奪還しないといけない。何が出来るか。必死に頭が全てを弾き出す。体は自動的に腰の拳銃を抜こうとした。だが、激しい銃撃が再び、襲い掛かる。身体は横っ飛びでそれをかわすしか無かった。展示物の戦車の影に飛び込む。周囲では悲鳴と怒号、銃声。そして爆音。まるで戦場のようだ。私は腰から拳銃を抜いた。サムセーフティを解除して、スライドを引っ張り離す。薬室に弾薬が装填され、撃鉄が起き上がる。再びサムセーフティを掛ける。

 「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう」

 戦場で自分の無力さを味わって、悔しい想いをすることはよくあった。だが、今回は最大の口惜しさだ。目の前で孫娘が奪われたのだ。すぐに奪還しないと。孫娘を殺させない。奴を殺してやる。覚悟を決めて、拳銃を構える。そして、展示物の影から出る。そこにはもう立っている者は居ない。倒れた奴の何人かはまだ息があるのか呻き声が聞こえる。応急処置などしている暇はない。今は孫娘を奪還しないといけないのだ。

 (くそっ、何もわからない。敵の場所は何処だ?規模は?装備は?)

 何も情報が無い。余りに分の悪い戦いだ。戦場なら撤退を決めておかしくない状況だが、孫娘の命が掛かっている以上、退けない。銃を構えながら館内を移動する。CQBはあまり得意じゃない。野戦派なんだ。だけど、そんな弱音は吐かない。孫娘を奪還する。その目標を達成するために私は持てる力の全てを出さねばならないからだ。

 角に来る度に上手く、曲がり角の先を探る。先に見付かれば、撃たれる。敵に気付かれれば、数で包囲されて終わりだ。確実に相手を叩く為には同数同士で先手を打つ。それしかない。そして見つけた。相手は二人。一通り、殺戮を終えたようで、休憩でもしているのだろうか。のんびりと館内を探っている感じだ。その動きからして奴等は素人だ。軍隊経験など無いだろう。

 出来れば発砲はしてくない。だが、相手は二人だ。やれるか?自信はない。だが、今後の事を考えた最善の方法を狙う。静かに奴等の後ろに忍び寄る。万が一の為に拳銃の銃口は常に狙いを定める。そして背後に迫った瞬間、銃把の尻で一人の後頭部を思いっきり叩く。もう一人が慌てて振り返ろうとするから、そいつの顎にも銃把の尻で殴る。それから何度も蹴りを入れる。最初の一撃が効いたのか、奴等は二人とも気絶したようだ。すぐに二人の自動小銃を奪う。持っているのどちらもAK系だ。持ち込み易いようにストックを外してあるようだ。

 「ちっ、クソ野郎どもが」

 普段、あまり汚い言葉を使わないようにしてきた。孫娘がマネをするといけないからだ。だが、こんな時は軍人だった時の口調に戻る。

 「消毒済みか。丁度イイ。このクソ野郎どもに俺がロックンロールを・・・いや、それじゃ足りないな。デスメタルを聴かせてやるぜ。しっかりと地獄までのBGMにするとイイ」

 私はニヤリと右の口角を上げた。


 倒した男達は銃口を向けられて怯えている。正直、捕虜にする手間は無い。殺すのが一番だが、銃声を不用意に鳴らして敵を集めるわけにはいかない。そいつらの腹を蹴り飛ばし、後頭部に自動小銃の後端で思いっきり殴ってやった。それで完全に意識を無くさせてから、こいつらの脚に乗っかり、両足を折ってやった。縛る物が無いからだ。そして彼等の携帯電話を破壊する。これで連絡を取っているに違いないからだ。奴等を無力化したら、次へと向かう。

 自動小銃を手に入れた。AK系はアメリカでも手に入る。銃社会の欠点でもある。AK74かと思ったが、よく見ればAKMだった。銃の右側にあるコッキング・ハンドルを勢い良く引っ張り、放す。エジェクションポートから弾薬が飛び出す。

 博物館の中にはまだ5人の実行犯が潜んでいる。彼等は当初の計画通りに人質を取り、警察に交渉を持ち掛けていた。人質の数は子どもばかり5人。全員、ビニール紐で手を後手に結んでいる。皆、恐怖の余りに泣いている。

 スマホで話をしていたリーダー役の男が通話を切る。

 「奴等、一度に大量の人間が殺されたからビビっていやがる」

 彼は笑っていた。これだけの殺人を犯しても、彼にとっては特別なことじゃなかった。彼は中東である武装勢力に参加していた。そこで何度も戦闘に参加して、多くの人間を殺した。異教徒の女を犯し、殺戮した。それはとても興奮することだった。それまで、何をしても上手くいかない出来損ないだった。だが、あそこではエリートだった。人を殺し、犯し、奪えば、偉くなれる。そして、この作戦を終えて、戻れば、幹部になれる。前線に出なくても、金も女も自由になる。

 「警戒を怠るなよ。敵を見たら一人の残らず殺せ」

 その場に三人が残り、残りの二人が別の場所で敵が入って来ないかどうかを確認に行く。彼等は手に自動小銃を持ち、ブラブラと館内を歩く。館内には至る所に死体や負傷者が転がる。呻き声を上げる負傷者を見ながら彼等は険しい表情で周囲を見る。すでに警察官が侵入している可能性もある。それに他の二人と連絡がつかないからだ。博物館の警備員の反撃を受けたかもしれない。慎重に動かないと危険だ。

 「ちっ、俺等、本当に中東へ行けるのかな?」

 「大丈夫だろ?人質を盾にして交渉すればよぉ」

 二人はそんな会話をしながら館内を歩く。

 「しかし、血の臭いって結構臭うな」

 「気持ち悪くなってきそうだ」

 「あっちに行ったら、毎日だろ?」

 「その代わり、女もやりたい放題だぜ」

 「そうだな。ここに居たら、いつまでもクズ扱いだからな」

 彼等は軽く笑った。

 (そんなに・・・それが面白い事か?)

 私は・・・ただ、怒りだけが込み上げてきた。この怒りは何かにぶつけないと、私の中で爆発しそうだ。

 「死ねよ」

 ただ、目の前から消えて欲しい。そう思って構えた。セレクターはセミオート。AK47系はフルオートにすると反動が強過ぎて、コントロールが難しくなる。確実に殺す事が大事だ。奴等に反撃のチャンスなど与えない。

 ストックが無いのが不安だが、50メートル以下だ。やれる。そう思う事が大事だ。

 パン、パン、パン

 乾いた銃声が響き渡り、二人の男は吹き飛ぶように倒れた。制圧は完了だ。

 その銃声は三人のテロリストにも聞こえた。

 「AKか?誰か見つけたか?」

 一人の男がスマホで連絡を取る。

 「応答しないぞ?」

 その答えにリーダー役が慌てる。

 「やばいな。先に二人をやった奴かもしれない。人質を上手く使え、盾にしていれば大丈夫だ」

 「マジかよ」

 「死にたくなかったらやるしかねぇぞ」

 男達は子ども達を無理矢理立たせる。子ども達は悲鳴を上げる。

 悲鳴は老人にも聞こえた。

 「シャーリー」

 彼は孫娘の名前を小声で呼び掛けながら、落ちている死体を一人ずつ、見て回った。何処かに殺されて捨てられているかも知れないからだ。だが、幸いにもここまでその姿は見ていない。だとすれば、今も生きて人質にされているはずだ。

 「あぁ、最悪の中の幸運だ。神よ。我にチャンスを与えてくださる事に感謝する」

 私は首から垂らす銀の十字架に祈った。

 静かに・・・静かに・・・近付く。私は無に近付く。そして、博物館の奥へとやってきた。覗き見ると三人の男が子ども達を盾にしている。

 (シャーリー)

 孫娘の姿もあった。他の子ども達は泣き喚いているのに、あの気は気丈にも耐えている。さすが、私の孫だ。こんな時にも冷静に、状況を見ている。

 (さぁ・・・ここからが問題だ。奴等、子どもを盾にしてやがる。しかも、しっかり周囲から距離を取っている。狙撃するにもこんなポンコツじゃ無理だな)

 ここまで来たら、警察に任せるか。それも手だ。警察の狙撃チームならこの距離なら確実に仕留められる。孫娘さえ無事だとわかれば、一番、安全で確実な方法を選択するのも大切だ。

 「おい!警察の犬どもが、聞け!俺は爆弾を巻いている。下手に撃てば、このガキどもは皆吹き飛ぶぞ。言いか。俺等の要求をすぐに飲め。じゃないとガキを殺すぞ」

 爆弾を体に巻いている。かつて、戦場で遭遇した自爆テロを思い出す。あの時は少女に爆弾が巻き付けられていて、米軍のトラックの近くで爆破しやがった。それを見た時、私は、こいつらを駆逐しないといけないと思った。

 私は一旦、外に出て、この情報を警察に伝えることにした。一人でやるには限界がある。幾ら孫娘を救いたくてもしっかりと現実的な判断をする事が大事だ。

 自動小銃を捨てて、両手を挙げて外に出た。警察官が近付いてきた。幾ら無抵抗で出てきても、警察は相手を犯人だと疑う。人質の中に容疑者が隠れている事もあるからだ。彼等は私の腰のホルスターから拳銃を見つけて抜く。

 「ちっ、そいつは先祖代々の大事な物だ。手荒に扱うなよ」

 刑事が近付いてくる。彼は私が犯人じゃないとわかったようだ。

 「中の状況はどうでした?」

 「実行犯は残り3人だ。4人ぐらいを片付けた。子ども達を5人ぐらい盾にしている。その中に俺の孫娘も居るんだ。助けてくれ」

 「わかった。とにかくあなたも負傷している。そちらで手当を受けてくれ」

 気付けば、体中に傷がある。その多くは擦り傷などの小さいものだ。

 彼等はすぐに私の身元を確認すると拳銃を返してくれた。そして、私は治療を受けるために赤十字のマークのテントへと向かった。

 多くの負傷者がここで治療を受けている。警察はすぐにSWATが動き出した。彼等は短機関銃や散弾銃を持って、博物館へと向かっていく。周辺に配置された警察官も自動小銃などを持っている。完全な臨戦態勢だ。

 保護された私はその様子をじっと見ている。鍛え抜かれたSWATなら大丈夫のはずだ。彼等を信じているしかない。


 SWATの狙撃チームが中に入る。館内には激しい銃撃の跡と死体の山。酷い有様だ。彼等は犯人達に強い嫌悪感を受けながら奥へと進む。

 警備室に入ったSWAT隊員はそこに誰も居ないことを確認した。

 「犯人の様子は監視カメラで見られないか?」

 本部からの命令を受けて操作盤を動かすが、モニターはどれも映らない。本来なら外部でも見る事が出来る監視カメラだが、犯人達が犯行を開始した直後から映像を見ることが出来なくなっていた。

 きっと犯人達によって通信などが切られたのだと警察は思っていた。だが、実は彼等の知らない場所で、監視カメラの映像を見ている者が居た。

 彼はSWATがどんどん奥へと入るのを監視カメラで見ていた。そして、パソコンのキーボードを操作した。

 SWATは慎重に先へと進む。だが、一瞬だった。展示物に隠すように設置された指向性地雷が起爆した。無数の弾丸が広範囲に散らばり、SWAT隊員達が被害を受ける。2人が不幸にも死亡し、それ以外も負傷した。彼等は倒れた隊員を連れて、その場から逃げ出す。

 博物館から慌てて逃げ出してきたSWATを見て、老人は大きなショックを受けた。期待していたSWATは人質を奪還するどころか、手痛く、やられてしまった。このままでは悪戯に時間だけが過ぎていくだけだ。


 俺が必死に何かを考えている時、突如、声が掛けられる。

 「こんな所で何をしている?」

 振り返るとそこには一人の老人が立っていた。私はその人を見た瞬間、背筋を伸ばし、敬礼をした。

 「ふん。久しぶりじゃな。お前、確か、カリフォルニアで老後を過ごしているんじゃなかった?」

 話しかけてきたのは元上司のブラッドレー元大尉だ。最終的な階級こそ、私の方が上だが、若い頃はこの人の下で戦い、戦場のイロハを全て叩き込んでくれたものだ。そのせいか、階級が上回ってからも頭は上がらない。

 「大尉は、どうしてここに?」

 「俺か?博物館のボランティアだ。ここが好きでな。ボランティア募集していたからすぐに応募したよ」

 どうやら博物館の中を案内するボランティアをしているらしい。

 「そ、そうなんですか。大尉らしい」

 「お前も災難だったな。でも、無事に逃げ出せてよかった」

 ブラッドレーはそう言って喜ぶ。だが、私の表情は暗い。

 「大尉、実は孫娘がまだ、人質として捕まっているのです」

 それを聞くとブラッドレーは驚く。

 「そうか・・・それは、大きな問題だな。人質に捕まっているというのは確かなのか?」

 「はい、犯人の近くまで行きまして、この目で確認しました」

 「そ、そうか。あとは警察に任せるしかないな」

 当然の答えだった。だが、その警察は今、撃退された。

 「私は、自分の手で助けに行こうと思っています」

 腰のホルスターからガバを抜いた。

 「そいつ、まだ使っているのか?」

 ブラッドレーはガバを見て言う。

 「息子はベレッタですよ」

 「そうだったな。俺は嫌いだけどな」

 「同感です」

 「それで・・・どうやって、救い出すのか。プランがあるのか?」

 私は首を横に振る。あの爆発音からして、奴等は多分、爆弾を使ったに違いない。待ち伏せをされたら、圧倒的に不利だ。そもそも、ガバしか武器は無い。

 「ふん・・・、警察も特殊部隊を失った。再度、攻撃を仕掛けるにも時間が掛かるな。その間に犯人が痺れを切らしたら、人質は全員が死ぬかもな」

 ブラッドレーはそう呟く。

 「悪いが、それを黙って見ているほど、物分りの良い方じゃありません」

 私は正面から向かって行こうとした。

 「馬鹿野郎。入る前に敵の仲間と勘違いされて、警察の狙撃に撃たれるぞ?」

 「しかし、このままじゃ」

 「わかっている。俺が中に案内してやるよ」

 ブラッドレーに従って、歩き出す。博物館のボランティアをしていた彼は博物館には入口では無いが、人が入れるような通風用の窓がある事を知っていた。

 「やはり、ここは警察も張っていないな」

 そこは職員の休憩室の窓だ。幸いにも鍵が掛かっていないので、そこから中に入る。

 「ここは職員の休憩室だ。廊下に出て、進むと事務所があって、その先がホールだ」

 ブラッドレーが先に行こうとする。

 「大尉、ここから先は私一人で」

 「博物館の中は詳しいぞ?」

 「しかし、丸腰です」

 「そうか・・・。わかった。無理はするなよ」

 「わかっています。自分のミスで孫を失うわけにはいきませんから」

 ブラッドレーを部屋に残して廊下に出る。その様子は廊下の監視カメラに映される。事前に施設外から警備システムをハッキングしていたテロリストの仲間はその様子を見る。

 「この爺・・・ずっと隠れてやがったのか?」

 建物の外にある監視カメラに上手く、映らずに部屋に入れたため、廊下に突然、現れたように思ったのだ。

 「手に拳銃を持ってやがる。こいつ、警察か?」

 すぐにスマホの住所録から連絡先を決める。それは博物館に立て籠もるテロリストのリーダーのスマホだ。

 「やばい。新手だ。職員の休憩室から出てきた。そっちに向かっている。出来る限りバックアップをするから、何とかしろ」

 「わかった」

 短い通話で終る。だが、この短い通話はすでにテロリストの持つスマホの回線を特定していた。そして、FBIはその回線を張っていた。

 「この通話先の居所は確認が出来たか?」

 「中継局までは」

 「その半径3キロ以内を探る。相手は警備システムをハッキングしている。それなりの回線速度が無いと難しいはずだ。光回線などを目安にしろ」

 FBI捜査員と所轄の捜査員が一斉に動き出す。相手はミネアポリス市内に居る。テロリストを逃がさないために人海戦術が用いられた。

 そんな事が起きているとは知らず、私は博物館の中を進む。何処に爆弾が仕掛けられているかわからない。常に目を動かして、探す。人間は目の中央の周辺で見ると探し易くなる。常に視界を動かす。耳はどんな小さな音も聞き逃さない。相手よりも遅れたら、こっちの負けだ。常に状況はこっちが不利なのだから。

 ガバの弾はマガジンの7発に薬室に1発を入れて、全部で8発。車の中に弾だけ入れておいて正解だった。ポケットの中にも10発ほど入れてある。


 テロリスト達は連絡を受けて、気が立っていた。

 「ちっ、SWATはやったというのによぉ」

 「まだ、奴等はヘリと飛行機を用意しないのか?」

 「時間が掛かるとか、言ってやがる」

 「人質を一人、見せしめに殺したらどうだ?」

 「良いかも知れないな」

 テロリストのリーダーがスマホで連絡を取る。

 「おい、飛行場に飛行機は用意が出来たか?」

 ネゴシエーターが時間を稼ぐように指示を受ける。

 「あぁ、ようやく、チャーター機を用意が出来そうなんだが、君達の目的地がわからないと燃料が用意出来ないらしい」

 「なんだと?」

 「あぁ、飛行機って奴はバランスとかあってね」

 「ふざけるな。満タンに入れれば良いんだよ。時間を引き延ばしにするつもりなら、人質を一人、殺す。これはお前等が招いた結果だ」

 テロリストが突然、キレたように言うのでネゴシエーターが焦る。

 「ま、待て、待ってくれ、すぐに用意させるから」

 「うるせぇ、さっきからそればかりじゃないか。解からせてやるよ」

 通話が切れた。そして再び、繋がる。今度はテレビ電話だった。

 「これがお前等が時間を延ばした結果だ」

 銃声が鳴り響く。それはあまりにも残酷な結果だった。その映像を見ていた警察関係者達は目を伏せた。

 「良いか。すぐに用意しろ。そして、ヘリを予定通りに寄越せ。それで俺らを飛行場まで運ぶんだ」

 真っ青な顔をしてネゴシエーターは覇気無く、了承した旨を返事した。

 状況は一転する。テロリスト側のあまりに凶悪な行為の前に時間稼ぎなどが出来なくなり、警察側は要求を飲む形になった。予め用意されていた大型旅客機のパイロットは軍のパイロットが務める。予想では彼等は中東に向かうだろう。その道中でも奪回のチャンスはあると警察は考えていた。そのため、旅客機の中にも奪還の為の特殊部隊隊員が潜んだ。

 彼等が要求した通りに数分後には一機のヘリが博物館の屋外展示用の空き地に着陸する。そして、そのことが警察から伝えられる。

 「調子が良いぜ。ガキを連れて行くぞ」

 彼等は人質を連れて移動をする。

 (さっきの銃声は何だ?)

 老人は突然、館内に響き渡った銃声に驚く。また、警察が突入をしたのか?何も情報を得る手段が無いために想像だけが広がる。

 老人の動きを監視カメラの映像で見ていたテロリストの仲間はあと少しで老人が通路に設置した指向性地雷の前に来るのを見ていた。指向性地雷には携帯電話が接続されていて、通話させるだけで起爆できる仕組みだ。

 そんな事を知らずに私は進んだ。罠には充分に注意を払っているはずだが、このように展示品が様々にある場所では簡単に見付けられるわけじゃなかった。展示物に同化するように設置された指向性地雷に気付かなかった。その横を通り過ぎようとする。


 テロリストはスマホにタッチしようとした。これで指向性地雷が起爆して、無数の弾が老人を襲うはずだった。一瞬でミンチに出来る。そう思った瞬間、ドンという音が鳴り響く。彼の住む部屋は小さなボロアパートだ。周囲の音は薄い壁を通り越して聞こえる。だが、これはそんな音じゃない。扉が派手に破壊された音。そう思った瞬間、彼の体に何かが刺さった。その激痛以上に次に電撃が体中を走る。悲鳴を上げて、椅子から転げ落ちて、全身をピクピクと痙攣をさせる。扉を荒々しく破壊して入ってきた警察官はスタンガンでテロリストを撃ったのだ。彼が持つスタンガンは遠距離まで飛んで目標に電撃を与える代物だ。それだけで彼の身体はピクピクと痙攣を起こしていた。

 男は白人男性で定職に就いていない。元はプログラマーとして働いていたが、勤めていたが会社で人間関係に悩み、退職。それからは薬に手を出したりしながら、人生を半ば諦めていた。そこに中東の武装集団のリクルートがあった。元々、ハッカーとして、実力を極めていた。それで巨万の富と女が手に入る。彼はそう思って、武装集団に半年前に入った。主な任務はアメリカ国内での情報収集だった。


 この事は後で知った事だが、私は運が良かったようだ。そもそも監視カメラが敵に乗っ取られているなんて考えもしなかったからだ。それだけ頭がローテクだったわけだが。それでも慎重に進む。そして、先ほど、テロリスト達が居た場所まで来たが、すでにそこに奴等は居なかった。変わりに一人の女児が数発の弾丸を体に受けて死んでいた。慌てて駆け寄るが孫娘では無い。どうして殺されたか知らないが、孫娘の命はとても危険な状態にあることは間違いが無かった。私は嗚咽を聞いた。多分、連れ去られる子どもが出しているのだろう。私は必死に駆け出す。

 子ども達を盾にしながらテロリスト達はヘリが着陸した屋外展示場に向かっていた。

 「お前等、狙撃に気をつけろ。ガキをしっかり盾にするんだ」

 リーダーに言われて、彼等は脇に子どもを抱える。そして、彼等は屋外展示場に出る出入り口から中型ヘリが止まっている事を確認した。彼等は子どもに銃口を突き付けながら歩き出す。

 「ちょっと、待て!」

 私は拳銃を構えて、飛び出す。

 「爺!何だ?」

 最後尾の男が自動小銃を片手で向けて発砲した。だが、そんな撃ち方で簡単に当たるはずが無い。慌てることなく、奴の顔面に俺は一発を撃ち込んだ。男は倒れ、抱えられていた少女が解放される。

 「やばい!急げ」

 他の二人が走る。狙いを定めるが、子どもを抱えながら走る奴を撃つことは出来ない。私も駆け出す。二人はヘリに到着して乗り込む。一人は操縦席に乗り込む。すでに警察官の操縦士が一人、乗り込んでいたが、操縦席に乗り込んだテロリストは彼を撃ち殺した。そして、副操縦席の操縦桿を掴む。抱えていた子どもは撃ち殺した操縦士に押し付ける。子どもは頭部から流れ出る血を触り、恐怖に悲鳴を上げる。リーダー役は後部座席に乗り込む。

 「早く出せ!」

 子どもを盾にしながら、後ろの席に座ったリーダー役は外に向けて発砲する。すると操縦席に座ったテロリストが操縦桿を動かしてヘリを飛ばす。

 私は発砲されて、慌てて展示物の戦車に隠れた。ヘリが飛ぼうとしている。このままじゃ、孫娘は連れ去られてしまう。逃がしたくない。再び駆け出した。鍛えているとは言っても60を超えた身体は悲鳴を上げる。だが、ここで諦めるわけにはいかない。幸いにも後部座席のスライドドアがすぐに閉められる。狙われる事は無い。必死になって飛び立とうとするヘリに向かって駆ける。そして、飛び立つヘリのスキッドに私は左手を伸ばし、何とか掴まることが出来た。ヘリはそのまま高度を上げていく。私は吊り下げられたまま、地表がどんどん離れていくのを実感する。

 「やばい、あの爺、捕まっているぞ」

 後部座席のリーダー役が窓から下を見て、スキッドに掴まる老人を見て、叫ぶ。

 「早く、落とせよ」

 「下手に顔を出したら、狙撃がやばい。その内、落ちるだろう」

 リーダー役の男は狙撃を気にしてシャーリーをしっかり抱えている。シャーリーは知っている。自分の祖父がいま、自分を助ける為にヘリに掴まっている事を。

 「グランパ!」

 叫ぶ。

 「くそっ、あれはお前の爺さんか?」

 「そうよ。あんた達みたいな糞野郎を倒しに来たのよ」

 男はカッとなって少女を殴る。

 「見てろ!てめぇの爺さんを今、殺してやる」

 怒り狂ったリーダー役はヘリのスライドドアを開いた。高度はすでに300メートルぐらいまで達している。手にしたトカレフTT-33自動拳銃を下に向けながら覗き込んだ。スキッドに掴まっているはずの老人を撃ち殺すつもりだった。

 老人は何とかヘリのスキッドに掴まっていた。だが、ヘリの急上昇などで、振り回される思いだった。スキッドにヘリの振動が伝わり、手はどんどん痺れていく。右手は拳銃を握っている以上、使えない。懸垂の要領で身体を持ち上げて、何とか、左肘をスキッドに絡ませる事が出来た。これでもどれだけ持つか。

 ガシャリと音がしてスライドドアが開いた。何事かと思って上を見る。しかし、これは何かのチャンスかもしれない。拳銃を持った右手を扉に向けて伸ばす。そして銀色のトカレフがニョキリと姿を現した。その次に顔が出てきた。俺は躊躇せず撃つ。弾丸は奴の頬を掠める。さすがにこの射撃姿勢は無理があった。1メートルも無い距離で外した。だが、それでも奴は慌てて顔を引っ込めた。

 「ひぃぃぃ」

 テロリストのリーダー役は悲鳴を上げる。銃弾が至近距離で頬を掠めた事に恐怖したのだろう。そして、彼は失禁した。

 「グランパはアメリカの英雄よ!あんたなんなかに負けないわ」

 シャーリーが男を睨み、叫ぶ。男は一瞬、少女を殺そうと思ったが、ここで人質の盾を失えば、飛行場で飛行機に移る時に狙撃される可能性もある。

 「クソガキが。飛行機に乗ったら、真っ先に嬲り殺してやる」

 そう言って、彼はシャーリーを平手打ちする。

 「おい、どうする。スキッドに銃を持った奴が居るんだろ?」

 操縦している仲間が言う。

 「大丈夫だ。奴も人質が居るから撃っては来ないだろう。このまま、目的地まで行って、ハードランディングして地面に叩きつけろ」

 「わかった」

 あと15分。飛行場にさえ到着すれば、爺さんは殺せる。そう思っていた。

 「やばいな。いつまでこの状態なんだ」

 スキッドにしがみつく老人は必死の形相でそう呟く。何とかスキッドに足まで絡ませたのでかなり楽になった。だが、それも1時間とかは持ちそうにない。

 ヘリはボルチモア・ワシントン国際空港へと着陸しようとしていた。すでにテロリスト側の要請に従って用意された大型旅客機が滑走路上にある。その横にヘリが着陸する予定だった。

 ヘリが高度を落としていく。老人はようやく着陸かと思った。下を見ると巨大な空港が見える。身体は限界を迎えていたので、安堵する。

 「くそっ、降りたら、すぐに頭に弾丸を撃ち込んでやるからな」

 怒鳴った。だが、それはヘリの中には聞こえないだろう。みるみる地上が近付く。軍隊時代にヘリによる作戦は何度も行った。だが、この降下速度は速い。まるで墜落するみたいだ。操縦に失敗したか。機械トラブルか。そう思ったが、これは自分を地面に叩きつけるつもりだと気付いた。この速度で叩きつけられたら、死ぬだろう。危険だった。

 地面が直前に迫った。私は思いっきりに横に飛ぶ。ヘリは強めの着地で一度バウンドした。私は凄い勢いでアスファルトの滑走路に叩きつけら、転がる。全身の骨が折れたような気がした。だが、ガバは放していない。

 ヘリは何とか体勢を立て直して、無事に着陸する。そして後部座席のスライドドアが開かれた。後部座席からリーダー役がシャーリーを抱えて降りて来る。多分、滑走路の周囲に狙撃チームが居るはずだが、子どもに当たる危険性を考えると撃てないのだろう。アバディーンの隣は軍事基地で滑走路があるのだが、そこを選ばなかった理由も広い場所で狙撃チームをあまり近付けさせないためなのかもしれない。

 「クソ爺!死んで無いのか?」

 奴は銃口を抱えたシャーリーに向けている。下手に撃てば、シャーリーに発砲されてしまう。何とか銃口をこっちに向けさせないと。

 「クソ爺とはなんだ?お前等の信じる神は高齢者に悪態をつけと教えているのか?」

 「うるせぇよ。まぁ、良い。衝撃で動けないんだろ?俺らはこれから飛行機で旅立つからな。しっかり、孫との別れを惜しめよ」

 もう一人の男も操縦席から降りてくる。同じように少年を抱えて狙撃をされないようにしている。

 「俺に背中を向けてみろ、この距離ならシャーリーに当てずにお前の頭ぐらい撃ちぬけるぞ」

 そう聞いたリーダー役は顔を顰める。確かに、目の前の老人の腕前ならやりかねない。まだ血が滴る頬の傷がそう思わせる。

 「やっぱり、爺は殺さないといけないな」

 リーダー役は静かに銃口をシャーリーから外す。だが、それでも盾にするようにしっかりと抱えている。私は体中が軋むように痛い。距離は10メートルも無いが、本当にやれるのか?不安が過ぎった。

 「グランパ!」

 シャーリーがそう叫んだ瞬間、男の腕に噛み付いた。それもかなりの力だ。リーダー役は悲鳴を上げて腕の力が抜けた。そしてシャーリーは彼の腕から抜け出して、走った。

 「ガキがぁ!」

 リーダー役はシャーリーを狙おうとした。

 (腹だ)

 私は基本通りに奴の腹に狙いを定め、撃つ。45APC弾の弾丸がリーダー役の腹を叩く。その激しい衝撃で彼は体をくの字に曲げる。構えた拳銃の銃口は下を向き、発砲した。トカレフの弾はアスファルトを穿ち、何処かに飛び去る。操縦士をしていた男が慌てて、手にしていた自動小銃の銃口を老人に向けた。老人も必死に銃口を彼に向けようとした。だが、間に合わないと思った瞬間、彼の頭に弾丸が飛び込み、そして、反対側から抜けた。肉片と血、脳漿が飛び散り、アスファルトを汚した。それをやってのけたのは800メートル程度、離れた茂みに隠れていた警察の狙撃チームだ。彼等は一人が倒れたことで、もう一人を狙撃し易くなっていた。そこで銃口が人質から離れたのを確認して狙撃した。私は何とか立ち上がり、駆け寄るシャーリーを抱き締める。

 リーダー役の男が呻き声を上げている。腹を撃たれても簡単に死ぬとは限らない。

 「グランパ」

 シャーリーは怯えて私の背後に回る。

 「おい、まだやる気か?」

 リーダー役は手にした拳銃を上げようとした。銃を構えて撃つ。ただ、それだけの動きは母親のおっぱいを飲むぐらいに身体は知っている。私のガバは一発の銃声を鳴り響かせた。

 多くの死傷者を出したテロ事件は終った。私は警察から事情聴取を受けた。取調べをした刑事が言うには、孫娘をテロリストから守るために戦った英雄を罪人にするような国じゃないと言っていた。

 それからも私は孫娘と一緒に生活をしている。街に行くと、英雄なんて呼ばれる事もあるが、いつもこう返している。

 「ただのグランパさ」

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