distance

 ネット上では覆面を被った男達が銃を持っている映像が流れる。彼等は神の名を叫び、聖戦と偽り、ただ、殺戮と略奪、強姦を繰り返すだけの犯罪集団だった。

 中東は近代化によって、貧富の格差の拡大。独裁体制への不満。それらによって噴出した民主化革命。そして、支配者を失った事による不安定な政情。そして、弱体化した軍隊。

 テロリスト達はアフガニスタンから始まり、戦い続けていた。結果として、彼らは戦争が上手くなり、中東の国々で勢力を拡大し始めたのだ。多くの油田が奪われ、彼らの資金源となった。そして彼らは巧妙にネットを駆使ネットを駆使して世界中から有志を集めた。世界中には彼等の下へと集まろうとする若者が後を絶たない。その理由は色々あるだろうが、はっきり言えば、自分の住む世界で落ちこぼれたからだ。

 そんな連中が次々と集まり、勢力が拡大される中で、欧米各国は安定した石油供給を考えると同時に武装勢力が世界中でテロを犯す凶悪な犯罪集団である事から、武力によって、制圧しようとしていた。そして、それが新たなテロへと繋がろうとしている。故に欧米各国は自国内でのテロに強い警戒心を持っていた。

 それは日本でも同じだった。日本でも彼等の呼び掛けに応じようと中東へと向かおうとした者が逮捕されている。そしてネットだけじゃなく、実際に日本で有志をリクルートするために送り込まれる者も居る。


 中東系の男はネットカフェの狭い個室でスマホを見ていた。来日してから1ヶ月、彼はこのネットカフェを拠点にしていたが、そろそろ移動を考えていた。一箇所に長く留まるのは危険だ。彼の国籍からして、警察にマークされている可能性がある。

 日本には多くの優秀な人材が眠っている。彼が言う優秀とは、言葉通りではない。簡単に言えば、日本の社会に適応が出来ないような人間だ。人に認めて貰いたいのに誰にも認めてもらえない。そんな孤独を抱えた連中だ。その闇が深ければ深いほど良い。彼はそんな人間を認め、役割を与える。彼等が求めた物を与えてやるのが彼の仕事だ。それだけで、彼等は戦えるようになる。

 暗い部屋の中で、青年はネット掲示板の書き込みを読んでいた。彼はリアルでもネットでも友達が居ない。全てに嫌われた存在だ。少なくとも彼自身はそう思っている。大学も留年を2年も続けている。だからと言って、就職活動もしない。そもそも人間が嫌いなのだ。嫌いというより、受け入れて貰えない恐怖がある。だけど、誰かに認めてもらいたいこの衝動的な気持ちを抑えることが出来ない。そんな彼が注目するのはある動画だった。それはループして観ている内に彼の心は汚染されていった。

 スマホにメールの着信が鳴る。中東系の男は画面を見て、笑みを浮かべる。彼に送られてくるメールの多くは聖戦に参加したい若者達だ。彼はそれらを見て、候補者を決める。この国には多くの若者が自分に失望し、社会を憎んでいる。何をしなくても自殺をするか、罪を犯すだろう。無駄に生きるぐらいなら神の為に死ねば良い。彼はそう思っていた。

 日本は平和だった。豊かで、文化に溢れている。この国の人間は貧困を知らない。殺される恐怖も知らない。外国人の彼からすれば、まるで楽園のような世界だった。そんな世界なのに、そこから落伍する者も居る。これだけ幸せで何が不満なのか、彼にはわからなかった。しかし、世界にはそんな若者が大勢いる。そして、彼等は次々と中東へとやって来る。その答えは甘いものばかりだ。人を殺したい。自分の死に場所を探したい。女を好きにしたい。金が欲しい。欲望だらけだ。だが、それでも戦力だ。戦わねば、我らの生きる道は無い。もう後戻りなど出来ないのだから。

 ニューヨークで警察官が殺害されたニュースが流れる。その前はフランスだった。中東では自爆テロが毎日のように起こり、各地の過激派が勢い付いている。それはアフリカにも波及していた。多くの一般市民が殺され、連れ去られ、奴隷にされた。その光景はとても現代的とは呼べない。封建社会のように力での支配が浸透し、女子どもは人として扱われなかった。西洋文化は全て否定された。

 『私もぜひ、聖戦に参加させてください。この身を神に捧げる覚悟は出来ています』

 メールの一文を読んで、彼は微かに笑う。言葉だけなら何とも言える。どうせ、日本人に本気で神に命を捧げる気のある奴なんて居ない。所詮言葉だけで、自分勝手な理想を抱いて彼等は銃を手に取り、自己顕示欲を満たそうとする。彼等は誰からも認められない自分を暴力によって認めさせようとしたいだけだ。あまりにくだらない理由だが、使う方からすれば、それぐらいで充分だった。兵隊として使うなら多少、馬鹿な方が扱い易い。どの道にしても使い捨てだ。

 彼はメールのやり取りをした相手と実際に会う。その殆どが、どうしようも出来ない連中ばかりだ。宗教について多少でも調べてくる奴はまだマシな方だ。中にはただ人が殺せるんだろ?とか女はどうだとか、まともじゃない奴の方が多い。こんな奴等では神の為に死んで欲しいと願っても叶えてはくれないだろう。だが、そんな奴等でも道具としては使える。割り切るのだ。彼等の口から偽りの神の名が出たとしても我慢だ。彼等のようなどうしようも無い連中でも神は許すだろう。目的を果たす事が大事なのだ。

 誰かと会う時は要注意だ。警察の目が何処にあるかわからない。特に怖いのは防犯カメラだ。嘘か本当か、日本の警察は防犯カメラの映像から自動で顔を判別して追い掛けるそうだ。出来る限り防犯カメラが無いような郊外の店などを選ぶ。

 名古屋市の郊外にあるこの稲葉市は都合が良かった。思ったよりも都会のわりに防犯カメラなどは皆無に近い。昨日の事件で東京や名古屋のような大都会は警戒が強い。だからこそ、この名古屋に近い街で事件を起こして、日本国民を恐怖させてやるのだ。

 公園のベンチで座っていると隣に座る若い男が居る。小太りで冴えない感じの若い男だ。中東系の男は無言で他を向いている。若い男は外国人の男が気になるのか、何度も何度も見ている。そして意を決したのか、声を掛けてきた。

 「神のご加護があらんことを」

 その言葉に中東系の男は反応した。彼は若い男の方を振り向いて、じっと彼の目を見た。それから徐に尋ねる。

 「あぁ・・・あんたがジンか?」

 そう尋ねられると、若い男は無言で頷く。

 「そうか。じゃあ、これが最後の選択だ。お前は神の為に働けるか?」

 「あぁ、神が俺を必要とするなら、何だってやるさ」

 ジンが緊張した面持ちで答えた。それを見て中東系の男はニヤリと笑う。その笑みはとても彼の答えに満足した感じだ。

 「合格だ。私の名前はサダム・・・これから私の隠れ家に行く」

 ジンはネットで連絡を取ってきた奴だ。誰からも相手にされない自分を捨てたいのだそうだ。神は君を求めていると言ったら、喜んで聖戦に参加したいと言ってきた。こんな奴が自分を捨てたいかどうかなんてどうでも良い。死ぬ気で事が起こせるかどうかだけだ。それを試さないといけない。彼は車に乗り込む。車の手配は日本に住む仲間が調達した物だ。ボロボロの中古車だが、ちゃんと動く。

 「それでは耳栓とアイマスクをしてくれ」

 ジンは突然の事に動揺している。そうだろう。初めて会った怪しげな外国人の車に乗って、耳栓とアイマスクをしろと言われたのだから。

 「君を信じていないわけじゃない。ただ、これから向かう先はあまり人に知られたくないんだ」

 そう言われてジンは素直に耳栓とアイマスクをした。サダムはゆっくりと車を走らせる。

 ジンは当初、緊張をしていたが、何もわからない状況に慣れてくると眠ってしまった。サダムはそんな彼の姿をルームミラーで確認しながら、車をゆっくりと北へと向かわせた。

 数時間後、ジンは身体を揺さ振られる。アイマスクが外された。どうやら目的地に到着したようだ。耳栓を外し、車から降りる。周囲は山に囲まれている感じだ。

 「ジン、こっちだ」

 ジンは呼ばれて、サダムに付いて行く。そこには酷く粗末な小屋があった。何かも物置に使っていたのだろう。薄いトタン板で作られた小屋だ。中に入ると一人の男が居た。酷く目つきの悪い男だ。

 「彼は昨日、ここに来た。オオカワだ」

 「ジンです」

 ジンは挨拶をしたが、彼は目を逸らした。落ち着かない様子をしている男。明らかに挙動不審だ。

 「オオカワとジンはコンビで仕事をして貰う」

 「彼とですか?」

 ジンは露骨に嫌そうな顔をする。だが、サダムは笑いながらジンを諭す。

 「安心しろ。オオカワは落ち着きが無いが、薬を使えばすぐに落ち着く」

 どうやらオオカワは薬物中毒らしい。こんなのと一緒にやるのかと思うと、その方がやばいとジンは思った。

 「ジン、こっちへ来なさい」

 サダムに呼ばれて小屋の奥に行く。そこには木箱が置かれている。サダムはその箱の蓋を開く。中には籾殻が詰まっている。サダムは籾殻の中に手を突っ込む。そして何かを握り、取り出す。それは自動小銃だ。

 「国内に持ち込むのは至難の技だったよ」

 サダムは自慢するように言う。

 「それは昨日の事件でも使っていた奴か?」

 ジンが言った昨日の事件とは、東京の霞ヶ関で起きた乱射事件だ。男が突然、鞄から取り出した銃を乱射して通行人の13人を殺害した事件だった。男は最後に自分の頭を撃ち抜いて死んだ。事件直後に中東のテロリスト集団から犯行声明が出された。彼等は世界中でテロ行為を行うと表明していた。それは現在、彼等に対して行われている空爆を中止させるためだった。それを聞いたサダムはニヤリと笑う。

 「あれは俺とは違うグループだ。だが、似たような物を使っただろう」

 サダムがジンに自動小銃を渡す。それは想像よりも重かった。鉄の塊と言った感じの重さを両手に感じる。彼が手渡されたのは世界的にも有名なカラシニコフだ。中東ではその価格と耐久性、メンテナンス性の良さから多く使われている。

 サダムはジンに取り扱い方法を丁寧に教える。操作はそれほど、難しくない。機械と言っても、かなり単純な部類だろうとジンは思う。

 「この辺の山は猟場になっているから、多少、銃声がしても誰も怪しまない。外で撃ってみると良い」

 サダムにそう言われてジンは外に出る。古びたドラム缶が的のようだ。サダムは弾の入った弾倉を手渡す。それを教えられたように銃に装着する。そして銃本体の右側にあるコッキングハンドルを引く。初弾が薬室に装填される。サダムが銃の構え方を手取り足取りで教えてくれる。

 「さぁ、撃て」

 ジンは素直に引金を引いた。甲高い銃声が響き渡り、肩に強い衝撃が加わる。銃口が跳ね上がり、弾丸はドラム缶に当たらなかった。

 「すげぇ~難しい」

 肩を貫くような強い衝撃にジンは驚いた顔をする。

 「何発か撃てば慣れるさ」

 ジンはサダムの言葉に従って、何発か射撃をした。確かに段々慣れていき、10メートル先のドラム缶にも当たるようになった。

 「実際に何百メートルも先の標的を撃つことなんてない。実戦では数メートルから30メートル程度さ。それぐらいの距離で当たるようになれば充分」

 サダムに言われて、ジンもその気になってきた。

 サダムとジンとオオカワの小屋での生活は1週間にも及んだ。その間、ジンとオオカワはネットどころか、テレビやラジオなどと言った情報から完全に隔離された。ジンは銃を撃ったり、教典を読んだりして暇を持て余した。この間に世界で何が起きているかなんてジンにはわからない。ただ、サダムから来るべき聖戦の為に備えろと言われたことを実行する毎日だった。

 オオカワという男はサダムから渡された薬物を日に何度か吸う。それまで情緒不安、挙動不審な男だったが、危険ドラッグだか、麻薬だかを吸った後はとても落ち着いていた。ただ、まともに会話などは出来ないが。当初は怖いと思っていたオオカワもいきなり暴れ出すような事が無いので、ジンも慣れてきた。サダムは時折、スマホで外部と連絡を取っているようだ。1週間も経つと、当初の緊張感も薄れ、退屈になってきた。

 「さぁ、聖戦の準備をしろ」

 サダムはそれを見越したように彼等に指示を与えた。銃器と弾薬を車に搭載させて、彼等に覆面を渡した。それは目と口だけ出る黒い覆面だ。サダム曰く、これを被れば自分が無敵だと思えるらしい。準備を終えると、サダムは作戦を二人に伝えた。それから全員が車に乗り込む。サダムが運転を行う。車はゆっくりと法令順守で走る。

 「ジンよ。お前は聖戦士として戦うのだ。覚悟を決めろよ。怖いならこれをやるか?」

 サダムは助手席のジンにオオカワがやっていた薬物を勧める。

 「俺は要らない」

 「そうか。神はお前達の戦いを期待している」

 「聖戦士か。カッコいいな」

 「そうだ。カッコいいんだ」

 ジンは笑った。それに合わせてサダムも笑った。


 大阪で自爆テロが起きた。大阪府庁に突っ込んだワゴン車が爆発を起こしたのだ。府庁職員や一般市民など31人が死亡した。東京の次は大阪だったことから、次は名古屋が狙われていると噂された。だが、明確な情報は無く、愛知県警も対応に苦慮していた。

 電車で20分の名古屋でそんな大騒動が起きているとも知らずに誰もが平穏という日常を普通に享受している。その平穏な日常の中で、とある普通科高等学校では文化祭の準備が行われていた。生徒の多くは、必死に、文化祭の展示物を作る。

 高校一年生の祖父江桐秋のクラスは皆で映画を作っていた。クラスメイトの長内祐樹は撮影が終ったデータをパソコンで編集している。

 「へぇ、こんな簡単に色々な事が入るんだ」

 長内がノートパソコンで編集をしていると教室中の生徒達が集まる。やはり、1ヶ月間、誰もが持てる力を出して撮影に挑んだだけあり、映画の出来は気になる。長内のパソコンの中では撮影された映像が切り貼りされ、一本になる。それだけじゃなく、効果音や音楽などが足されていく。

 「今はデジタルだから、簡単に特殊効果が足せるんだよね」

 長内は楽しそうに色々、弄っている。文化祭まであと三日。クラスの方は上映会用にプロジェクターや暗幕が用意される程度だ。看板も作られ、ほとんどの生徒は部活の方や別の手伝いに回っていた。

 「長内、明日にはクラスのみんなで試写会が出来そうだな」

 「あぁ、一ヶ月、よく頑張ったと思うよ」

 長内は疲れたのか、眼鏡を上げて、目を擦る。

 「無理するなよ」

 桐秋の言葉に長内は軽く笑う。

 「わかっているよ」

 夕闇に染まる空の下、皆が文化祭への活気に満ちていた。

 ジン達はある空家に居た。そこは空家になってから5年が経つ。庭は草が茫々で、家も築30年を経過して、ボロボロだった。当然だが、ガスも水も電気も止められている。ここはサダムの仲間が用意したセーフティハウスだった。

 「誰も住まないと家もすぐに痛むな」

 ジンは家を見ながらそう呟く。

 「そんなもんか?」

 サダムはあまり気にならないようだ。オオカワは相変わらず薬をキメて、部屋の片隅で呆然としている。気楽なもんだとジンは思った。

 「それで、これからどうする?」

 ジンに尋ねられてサダムは地図を取り出した。その地図の地名にジンは見覚えなど無い。

 「愛知県・・・愛花市って何処だ?」

 「外国人に聞くなよ」

 サダムは地図の中で、街の北東にある鉄道の駅を示す。舞田駅と書かれた私鉄の駅の東側にこの家はある。

 「ここから南に向かっていくと愛花東高等学校という学校がある。距離にして5キロ程度だ。車で移動して、業者の振りをして敷地内に入れ。当日は学校祭とか言うイベントで一般人も多く来るらしい。それに紛れ込んで中に入れば良い。あとは適当に乱射して殺せ。最後は篭城でもすれば、完璧だ」

 サダムはそこまでしか話さない。その後は当然だが、死ぬしか無い。殺されるまで撃ち続ける。そういう事だ。その程度の事ぐらいは余程のアホじゃない限り、わかる。まぁ、薬漬けのオオカワは理解していないかもしれないが、生きていることがどうでも良い存在だ。一緒に神の下へと送ってやろう。神が何なのか知りもしないが。

 作戦決行まであと1日。明日。死ぬ。ジンはそう思うと眠る事が出来ない。サダムも起きていた。彼は常に懐に右手を入れている。多分、直前になって逃げ出す奴を始末する為に拳銃を握っているのだろう。オオカワは薬で落ち着いて、眠っている。

 朝が来た。ジンは眠れなかったが、気持ちは昂ぶっている。銃を入れたギターケースを車に積めて、ラリっているオオカワを後部座席に投げ込み、サダムの運転で、目的の高校へと向かった。ジンは助手席で初めて見る街を何気なく見ていた。

 「思ったより、田舎だな」

 駅の周辺は住宅地が広がっていたが、すぐに田園風景が広がる。そして、また、住宅地へと入った。

 「思ったより・・・人が居ない」

 「祭りだっけ?なんだか・・・寂しい感じだな」

 普通の県立高校の学校祭に多くの市民が来ることなど無い。大抵は同じ学校の生徒がそれなりに楽しんで終りだ。ボロボロの車は学校の前に止まった。

 「まぁ・・・頑張って来いよ」

 サダムはそう言ってジン達を置き去りにして走り去った。二人は場違いな感じに生徒達の群れへと入っていく。怪しい雰囲気の二人に教師達も変質者か何かと思って目を光らせる。


 桐秋は緊張していた。初めての上映会。自分達が1ヶ月掛けて撮影した者を他の生徒達にも見てもらうのだ。最大限の緊張を感じながらもそれは楽しさでもあった。窓には暗幕が垂らされ、教室は蛍光灯の灯りだけで照らされている。

 あと少しで上映時間になる。周囲がわけのわからない研究発表だったりするから、この上映会は思った以上に人が入っている。すでに用意した50席が埋まった。上映の為のスタッフは10人。この教室には生徒と教師だけで60人が居ることになる。扉が閉められる。部屋の灯りは消され、プロジェクターが教室の前の壁に掛けられたスクリーンに映像が映される。上映会の始まりだった。

 ジンは生徒達が出す屋台などを見ながら歩く。オオカワはまだ、ちゃんと歩いてはいるが、その表情は何か、限界だった。

 「あの」

 誰かに呼び止められた。ジンが振り返るとそこには1人の中年男性が立っていた。ジャージ姿で体格の良い男だ。

 「この学校の教師ですが、どちら様でしょうか?」

 彼は少し怒気を感じさせる。ジンはまずいと思った。どうこの状況を抜けようか。そう思っていた時、銃声が鳴り響いた。ジン達を呼び止めた教師の胸板に穴が開き、背中から貫通した弾丸が大穴を空けて、飛び出す。

 「ひゃあああああ!」

 オオカワの馬鹿野郎は突然、発砲した。いつの間にか奴は自動小銃をギターケースから取り出していたのだ。ひょっとしたら、こいつが銃を持ち歩いているから教師が呼び止めたのかも知れない。今更、そんなことはどうでも良いことだった。ジンはギターケースから自動小銃を取り出す。弾丸や予備弾倉は背中に背負ったデイバックに入っている。ギターケースなどもう要らない。放り捨ててから、チャージング・ハンドルを引っ張る。


 AKS―74U


 ソ連軍は落下傘部隊などの為にAK―74をベースに開発したショートカービンモデルだ。小型軽量な為にゲリラなども好んで使う。問題点は銃身が極端に短い為に命中率や威力が低下している事と、発射炎が大きく出てしまう事だ。

 腰ダメに構えた自動小銃をジンは撃った。フルオート射撃によって発射された銃弾は次々と周囲の生徒や教師を撃ち抜く。至近距離から撃たれた生徒を貫通して他の生徒にも弾は当たる。賑わっていた校舎前では突然の出来事に銃声と悲鳴と怒号が飛び交う。一瞬にしてそこは地獄へと変わった。転がる死体。逃げ惑う人々。ジンは笑いながら弾切れになった銃をいつまでも引金を引いているオオカワを連れて、校舎の中へと入った。


 上映会は半分程度まで進んでいた。桐秋は観客の表情から、手応えを感じていた。きっと、この上映会は多くの人に楽しんで貰っている。作った側からすれば、それは大きな成果だった。

 ガラリ。突然、扉が開いた。誰もがそちらに目をやる。桐秋はこんな時に誰だと思った。

 「てめぇら・・・動くな」

 そこには自動小銃を持った男が二人、居た。誰もがそれが本当だとは思わなかった。きっと何かのドッキリだろう。そう思った。

 「あ、あの、今、上映会なんで」

 近くに居た男子生徒がそう彼等に告げた瞬間、銃声が鳴り響き、男子生徒は吹き飛び、床に転がった。背中から飛び散った血が上映会に来ていた観客達に掛かる。皆、何が起きたかわからない様子だ。ただ、突然の銃声に誰もが驚いている。

 「悪いが・・・人を殺すのは慣れてな」

 男は天井に自動小銃を向けて、一発撃った。

 「ここは俺等が制圧した。騒ぐと殺す。黙れ。おい、お前、電気を点けろ」

 ジンに電灯を点けろと言われた男子生徒はあまりの事に怯えて、固まっている。

 「てめぇも、死にたいのか?」

 ジンに銃口を向けられて、男子生徒は飛び跳ねるように電灯のスイッチを入れた。明るくなる教室。そして、パニック状態の教室で二人の武装した男達が姿を現した。

 「黙れ!黙れと言っているだろう?殺されたいのか?」

 再びジンは天井に向けて発砲した。その場に居る全員が床に伏せたり、呆然としていた。

 「よし・・・全員、教室の真ん中に集まれ。オオカワ、そいつらを見ていてくれ。動く奴は撃ち殺せ」

 「あぁ・・・わかった」

 オオカワは覇気の無い目で人質である生徒や教職員を見た。その間にジンは扉が開かれないように前後の扉を机で固定した。教室側の窓もネジ式の鍵を掛ける。

 「高校ってのはどこも変わらないな」

 最後の窓を閉め終わった時、後ろから銃声が聞こえ、悲鳴が上がった。慌ててジンは振り返る。するとオオカワは中年男性教師を撃ち殺していた。教師を貫通した弾丸は男子生徒にも当たったようで、腹お抑えながら嗚咽を漏らしている。流れる血の量からして、多分、すぐに死ぬだろうと思わせた。ジンはオオカワに尋ねる。

 「おい、何で撃った?」

 「えっ?こいつが、俺の顔を見て、笑ったからだよ」

 オオカワは何故か怒っていた。それを見たジンは多分、オオカワは薬のせいでテンションが上がっているんだと感じた。

 「まぁ、あまり殺すなよ。こいつらは大事な交渉材料だからよ」

 「あぁ、わかってる。わかってるよ」

 オオカワの目は何故かギラつき、とても信用が出来る状態じゃない。ジンからすえば、何をするかわからない猛獣が一匹居るようなもんだった。

 外からサイレンが聞こえる。多分、銃声を聞いた奴が警察を呼んだのだろう。これは計算通りだ。サイレンの音を聞いたオオカワは声を張り上げて、叫ぶ。どうやら、興奮しているようだ。ジンは頼むから大人しくしてくれと願うだけだった。

 そして、教室のスピーカーが放送を始める。

 「皆さん、現在、2-Bの教室において、立て籠もり事件が発生しました。すぐに学校の敷地から避難してください。北館には近付かないでください」

 まるで冗談のように校内放送で流される避難の指示。だが、それに腹を立てたのはオオカワだ。何が気に障ったのかわからないが、彼は怒鳴りながら窓を開けて、外に向けて発砲を始めた。

 「うるせぇぇええ!」

 逃げ惑う人々に銃弾が降り注ぎ、その場に次々と人々が倒れていく。駆け付けた警察官も慌てて拳銃で応戦してきた。

 「オオカワ!止めろ。もう止めろ」

 ジンはオオカワの肩を引っ張って止めさせた。

 「カーテンを閉める。てめぇはそこで大人しくしてろ」

 ジンは窓のカーテンを全て閉め切った。オオカワは床に座り込んでグッタリとしている。どうやら薬の影響らしい。

 「くそっ、サダムの野郎。厄介な奴を押し付けやがって」

 ジンは苛立って、近くの椅子を蹴り飛ばした。教室の中は泣き声が聞こえる。誰もが絶望的になっていた。ジンはその様子を見て、微かに笑った。

 「お前等、黙ってろよ。これから警察と話をするからな。お前等の命は警察が何処まで俺の言うことを聞いてくれるかに掛かっているからな」


 最初に通報を受けて到着した警察官は当然の銃撃戦に驚いていた。手にした拳銃は全弾を撃ち尽して、彼等はパトカーに隠れるしかなかった。銃撃戦で数人の人たちが倒れているが安易に助けに行く事さえ出来なかった。彼等の連絡を受けた愛花署はすぐに県警本部に連絡を入れつつ、使える警察官全てを投入して現場を包囲して、避難した一般人の安全を確保する事を命じた。

 ジンは静かに警察が連絡を取ってくるのを待った。さっき撃たれた男子生徒の息が荒くなっていく。もう意識は無い。祖父江桐秋は意を決して、ジンに声を掛けた。

 「撃たれた奴が死にそうなんだ。こいつだけでも病院に運んでくれないか」

 ジンは突然、声を掛けてきた少年を見た。

 「クソガキが一人、死んだところで知らねぇよ」

 ジンは桐秋に銃口を向けた。その銃口に桐秋は一瞬、怯む。

 「怖いか?・・・それが正常な感覚だ。しっかり覚えておけ」

 ジンは諭すように桐秋に言った。だが、桐秋は諦めない。

 「だけど・・・彼はまだ、生きている。今、手当をしたら助かるかもしれない」

 ジンは虫の息の男子生徒を見た。とても助かりそうには見えない。

 パパン。銃声が鳴り響いた。桐秋は絶句する。ジンは死に掛けていた男子生徒に向けて発砲したのだ。弾丸は男子生徒の胸板を貫き、一瞬にして絶命させた。

 「これで問題は無くなったな。もう、邪魔するなよ」

 あまりの事で桐秋は全身から力を失ったように椅子に座る。

 学校の敷地を囲むように配置した警察官達は何度も聞こえる銃声に驚く。銃声が鳴る度に頭を低くする。それは体育館の中で指揮所を設営する警察官達も同じだった。いつ流れ弾が飛んでくるかわからないので、誰もが不安だった。

 ジンはカーテンの隙間から外を見ている。警察は包囲網を完成させたようだ。

 「そろそろ、連絡がある頃だな」

 彼は警察からの連絡を待った。すでに人質からは携帯電話やスマートフォンを取り上げて、全て電源を落とした。警察が連絡を取る手段は限られてくる。

 「あぁあああ、立て籠もりをしている者、聞こえるか?」

 拡声器の声が聞こえてきた。ジンはそれを待っていた。自分の持っているスマホを取り出すそして、110番を押す。電話は警察の司令センターに繋がる。

 『こちら警察です。事件ですか?事故ですか?』

 女性のオペレーターの声が聞こえた。ジンは落ち着いた声で告げる。

 「こちら、愛花東高校に篭城している者だが、事件を担当している者に繋いで欲しい」

 オペレーターは一瞬、驚く。

 「あ、あの・・・少々、お待ちください」

 悪戯か、本物か。それを確認しているのだろう。こちらはスマホだ。受信している基地局を調べればすぐにどこから発信されているかのおおまかな予測は出来る。それが、この電話が本物かの証明だ。

 「お、お待たせしました。すぐに捜査一課に繋ぎます」

 回線が切り替わる音がする。男が電話口に出た。

 「どうも、捜査一課の安東警視だ」

 「あぁ・・・あんたが担当者か?」

 「そうだ。君の名前は?」

 「俺の名前・・・なんてどうでも良いだろう?」

 ジンは恫喝するように言った。

 「あぁ・・・そうだな。すまない。それじゃ・・・君達は何が目的なのか教えて貰えるかな?」

 「目的か・・・。現在、中東では我等が同志がお前等の汚い攻撃に晒されて、多くの者が殉教している。これはそれに対する我々のささやかな抵抗だよ」

 中東で殺される輩がどんな奴等かは知らない。それはジンが知るべきことじゃない。ただ、ジンがやるべき事はこの糞ったれな世界を破壊することだけだ。その口実など、何でも良い。ただし、それは自分がある程度、正当化されるものじゃなければ、いけない。だからこそ、神は必要なのだ。

 「待ってくれ。日本は空爆には参加していない」

 「参加してなくても、日本の金で爆弾を買っているんだ。同じだろ?」

 「そ、そんな・・・わかった。では、何か、要求はありませんか?」

 「要求か・・・すぐに中東から手を引け」

 「手を引けと申されても、我が国は中東には自衛隊を送っているわけじゃありませんし」

 「支援の為にアメリカなどに金を流しているだろ?それを止めろ」

 ジンは自分でも知らない内に笑っていた。これがあまりに荒唐無稽で実現不可能な要求だからだ。

 「待ってくれ。さすがにその要求は私では何とも出来ない。政府と交渉をする時間をくれないか?」

 「なるほど。どれだけ時間が欲しい?」

 「そ、そうだな。半日は欲しいな」

 「わかった。半日やろう」

 安藤はジンの言葉に安堵の溜息をついた。だが、ジンの言葉が続いた。

 「だけど、30分後に1人を殺す。それから30分毎に1人ずつ、人質を殺す」

 「30分後?」

 「そうだ。30分後だ。人質の数が少し、多くてね。間引きだよ」

 ジンの言葉に安藤は驚いた。

 「間引きって・・・人質を殺すのは止めてくれ」

 「なら、とっとと、さっきの要求を政府に実行させろ」

 「む、無理だ」

 安藤は絶望的な声を漏らした。それを聞いたジンは大笑いをしそうになったが、何とか堪える。

 「無理かどうか。やってみないとわからないだろ?」

 ジンは余裕のある返し方をした。安藤は狼狽した。

 「と、とにかく・・・待ってくれ。頼むから」

 「俺は勝手にやらして貰うからな」

 ジンはスマホを切った。

 きゃあああ!

 女子生徒の悲鳴が教室に響き渡る。ジンはそちらを見た。オオカワが1人の女子生徒の服を引き千切っていた。ジンはその様子を見て、薬でラリっていてくれれば良いのにと思った。正直、女子生徒がレイプされようがどうでも良いことだった。

 「おい!止めろ」

 桐秋が立ち上がって、オオカワに止めるように言っていた。ジンはさっきの男子生徒かと思って、その行動を見ている。思えば、銃を持っている相手によくやる奴だと思った。

 「あんた、これがあんたのやりたい事なのか?」

 桐秋はジンに向かって言った。ジンは桐秋に銃口を向けながら睨む。

 「やりたい事?」

 「そうだ。銃で脅して、レイプするのがお前のやりたい事なのか?」

 「ちっ・・・。何でそうなる」

 やめてぇ!やめて!女子生徒の声が響き渡る。この状況で違うと言っても確かに説得力は無い。ジンからすれば、これは聖戦のはずだった。それが目の前で、薬でラリったクソ野郎が台無しにしようとしている。

 「おい!オオカワ!止めろ。ガキに手を出すな」

 ジンに声を掛けられたオオカワはチャックを下ろして股間から性器を出していた。もうジンの声など聞こえない様子だ。ジンは苛立った。天井に向けて発砲した。

 「おい!聞こえないのか?止めろ」

 銃声とジンの怒鳴り声でオオカワはようやく気付いたらしい。顔をジンに向けた。その目は見開かれ、一目で狂っているとわかった。

 「あぁああああ!なんだ○×△」

 意味不明な言葉で彼はジンに何かを言っているようだ。ジンにさえ、それは意味不明だった。

 「意味がわかんねぇけど、女は犯すな。これは聖戦なんだ。そんなゲスなマネはするんじゃねぇ」

 ジンは銃口をオオカワに向けながら言う。オオカワは納得していない感じだ。わけのわからない事を叫んでいる。

 「おい、クソガキ。これで良いだろ?黙って座っておけ。殺すぞ」

 桐秋は襲われた女子生徒が何とかオオカワから泣きながら離れて行くのを見て、元の場所に座り直す。それを見ていたジンは最初にこいつを殺しておいた方が良いなと思った。

 オオカワはグチグチといつまでも言葉にならない何かを言っていた。ジンは黙ってカーテンの隙間から見える外を見ていた。向かいの屋上には狙撃チームが配置したようだ。すぐにカーテンを閉める。そしてスマホを手にした。

 「安藤さんか?」

 「あぁ、そうだ。もうすぐ30分だな。殺すのは止めて欲しい」

 「殺すのを止めろもクソも無いだろう?向かいの校舎の屋上に居る奴等は何だ?」

 安藤は黙った。

 「そういう事だ。お前等が動いたから、俺はそれに対して、動かなければならない。それだけの事だ。これから1人を処刑する。それは貴様等の罪の代償だ」

 ジンはそう言ってスマホを机に置く。まだ通話は切れていない。安藤が必死に呼び掛けをしている。ジンはそれを無視して、桐秋を見た。

 「おい・・・お前、立て」

 桐秋に立てと命じた。桐秋は不安の色を滲ませながら立ち上がる。

 「これから起こる事はわかるか?」

 「俺を殺すのか?」

 桐秋はジンを睨んだ。ジンはその瞳が嫌いだった。さっき決めたようにこいつを殺す。銃口を向けて、引金を引く。それだけの簡単な作業だった。

 「そうだな・・・何か言い残したいことなんてあるか?」

 「言い残したい事か・・・それよりも聞きたい事ならある」

 たかだか高校生の癖になんて度胸なんだとジンは思った。何もかもが気に入らない。ジンにもこの何分の一かの度胸があれば、人生はもっと開けたかもしれない。そう思えば思うほど、自分が嫌いになる。だから、彼を殺すんだ。

 「何が聞きたい?」

 「あんた・・・本当に居るかどうかもわからない神様の為に多くの人を殺すのか?」

 「神様・・・か?何でそんな事を聞く?」

 「いや、あんたが本当にそんな信仰深いのか気になって」

 ジンはまるで見透かされた気分になった。その問いに答える気にはなれない。彼は黙って銃口を桐秋の胸に向けた。距離は僅か5メートル。外す事は無い。5.45ミリのライフル弾は反動がキツいが、問題は無い。セレクターもすでにセーフティを解除してある。引金を引くだけだ。

 「答えてくれないんだな?」

 桐秋の言葉にジンは苛立つ。人差し指に力を込めようとした。

 うっ・・・うがぁぁぁあああ!

 いきなりオオカワが狂い出した。どうやら薬が切れて、何か妄想でも見ているようだ。手にした自動小銃がいつ発砲しそうで危ない。

 「おい!オオカワ、薬はどうした?」

 ジンは桐秋を撃つのを止めて、オオカワに怒鳴る。刹那、オオカワはジンに向けて、銃を構えた。刹那、ジンはオオカワを撃った。弾丸はオオカワの腹に当たる。悲鳴を上げたオオカワが乱射した。フルオート射撃された弾丸は教室中に穴を開けて、何人かの生徒にも命中した。ジンはさらに一発を撃ち込んでオオカワを黙らせた。腹と胸を撃たれたオオカワは多量の血を流して、床に転がる。

 「ちっ、今ので二人も死んだか」

 生徒の方も流れ弾が当たって二人が即死した。怪我をしている生徒もかなり多量の血が流れ出しており、すぐに治療が必要な状態だった。ジンはその様子を見てから、スマホを手に取る。電話の向こうで安藤が今の銃声に慌てている様子だ。

 「おい、今、二人、生徒を殺した。ちょっと撃ち過ぎて、三人ぐらい、怪我人も居る」

 「殺したのか。それも二人。怪我人はどんな状態なんだ?」

 「1人は腹から血が出ている。残りの二人は腕や足だから大丈夫だろう」

 「せめて・・・怪我人は解放して貰えないか?」

 「怪我人か・・・俺はこのまま放置して死んでも構わないが」

 「いや・・・なんでそうなる」

 「それより、特殊部隊はどうなった?」

 「下げさせたよ」

 「下げる?撤退させろよ?また、殺すぞ」

 「わ、わかった。撤退させる。そうしたら、怪我人は解放して貰えるか?」

 安藤は泣きそうな声で懇願した。普通の交渉ならこうはならないだろう。だが、彼が対峙する男は無慈悲に人を殺す。そうと解かれば交渉など無意味だった。安藤の隣ではSATの隊長が突入作戦を指揮していた。すでに指揮権はSITから移っていた。SITの特殊部隊は後退し、SATの特殊部隊が配置に着いた。隊長は事前に設置した機器を用いて、教室内を探らせていた。

 「中の様子はどうだ?」

 オペレーターが端末を操作して、集めた情報を分析した。

 「はい、人質の数は約21人。教職員が3名ほどと残りはこの学校の生徒のようです。犯人の言葉通りなら2人が死んで、人質の数は19人かと」

 「犯人の数は?」

 「監視カメラ等の映像から二人です」

 「武器は?」

 「銃声をサンプリングして、合わせた結果、AK74系の自動小銃かと」

 「AKか・・・」

 隊長は相手が自動小銃を持っている事を懸念した。貫通力、連射性能など、どれを考えても、下手に突入すれば、隊員どころか、人質の生命も危険となる。

 「本当なら、相手の疲労などを考えてから突入したいが、相手は躊躇なく人質を殺す。時間は無い。全員に突入準備をさせろ。開始時間を1300時にする」

 隊長からの指示が下った隊員達は携えていたMP5短機関銃のチェックをする。全員の緊張感が跳ね上がる。

 オペレーターは各班からの報告を聞く。

 「総員、突入準備を完了しました」

 「わかった。最後に各班に伝える。相手は自動小銃を持っている。殺す事に躊躇の無い連中だ。突入した際、犯人の射殺も止む無し。人質の安全を第一に行動せよ」

 隊長は犯人の射殺命令を下した。犯人逮捕を徹底的に教育された隊員達にとって、犯人射殺命令は大きな精神的負担になる。


 ジンは桐秋を睨んでいた。

 「本当はお前を殺すつもりだったんだがな」

 桐秋は無言だった。

 「今、殺しても良いが・・・あんまり殺し過ぎるのも、警察の尻に火を点けることになるからな」

 ジンは再び、スマホを手にした。

 「安藤さんか?」

 「あぁ・・・そうだ」

 「あんたの提案を受け入れよう。死にそうな奴と怪我をした奴を解放する」

 安藤は突然のことに喜んだ。

 「わかった。どうしたらいい?」

 「そうだな。銃を隠し持った奴がいきなり来て、騙し討ちされるのも困るからな。パンツ一丁の警察官が来て、引き取ってくれ。そいつらは廊下に出しておくから」

 「わかった。ありがとう」

 ジンはスマホを切ると、教室後ろの扉を開く。そして、腕や足を怪我した二人に腹を撃たれた一人を運ばせて廊下へと出した。そして再び扉を閉める。すぐにパンツ一丁の警察官二人が彼等を保護する為に駆け付けた。

 「助けてくれたのか?」

 桐秋はジンにそう尋ねた。ジンは桐秋を睨みながら軽く笑う。

 「助けるか・・・相手が突入をする気配がしたから、ちょっと手綱を緩めただけだ」

 「あんたの真意は何だ?政府にあんな無茶な要求をしたって意味が無い事ぐらいわかるだろう?」

 桐秋はジンを問い詰めた。

 「お前・・・頭が良いな?」

 「頭なんて良くないさ」

 「いや、頭が良いよ。この状況でそれだけのことを理解して、話せるんだから」

 ジンは椅子に座った。

 「まぁ、座れよ」

 ジンに言われて、桐秋は床に座った。

 「俺は・・・色々あってな。自分の将来を悲観したんだ。多分、俺は良い人生を送れない。あの時、ああすれば良かった。こうすれば良かったと思うことはいっぱいある。しかし、現実として、俺はダメな奴なんだよ。そう思うと、自分が情けなくて仕方が無い。お前みたいに自分が全て正しいと思って生きている奴は羨ましいよ。俺には自分が正しいなんて思えるほどはっきりとした事は無い。だから、死のうかと思った。でも、お前、死ぬってどういう事かわかるか?」

 ジンの問いに桐秋は無言で首を横に振る。

 「あぁ、てめぇみたいな奴はわかんないだろうな。自分で死ぬって事がどれだけ難しいことか。簡単じゃないんだ。死ねないんだよ。どこかでビビっちまう。だから、俺は神様に命を預ける事にした。どんな神様でも良い。俺という存在をこの世から消して、天国へと連れて行ってくれるならな」

 ジンは少し泣きそうな顔になっていた。桐秋は彼のこれまでの生き様を感じた気がする。


 体育館の現場指揮所では人質の一部解放に伴って、突入が見送られていた。次回の突入のタイミングを計るために隊員達は全て、待機状態になっている。

 「このまま長期戦なると隊員の疲労が高まるな。一旦、下げるか?」

 隊長は悩んでいた。相手が交渉に乗るのであれば、このまま時間を稼ぐ為に交渉を継続した方が良いからだ。県警本部に設置された対策室からも指示が来た。

 「ちっ、人質が優先なのは言われんでもわかっている」

 隊長はわかりきった指示を出してくる上層部に対して苛立っていた。安藤は必死に呼び掛けを続けている。

 スマホに何度もコールがされる。ジンはスマホを通話にする。

 「あぁ、やっと繋がった。人質の解放をありがとう」

 「あぁ、そうかい。腹を撃たれた奴は大丈夫かい?」

 「今、救急車で運ばれた」

 「それで・・・俺の要求は満たされたか?」

 「そ・・・それがな。まだ、時間が掛かっている」

 「言ったはずだ。30分毎に殺すと。次の30分まであと、10分少々だぞ?」

 「君の言いたいことは解かっている。我々も最大限、努力はしているんだ。もう少し気長に待って貰えないか?」

 「お前等に合わせていたら、日が暮れる。時間が着たら、また、殺す。早くしろ」

 ジンは桐秋を見た。

 「そういう事だ。次はお前だ」

 桐秋は無言だった。

 「そう言えば・・・お前の名前を知らないな」

 「殺す奴の名前を刻むのが趣味か?」

 「減らず口を利くな。俺にこれだけ挑んでくるんだ。名前ぐらい覚えておきたい」

 「よく、覚えておけ。祖父江桐秋だ」

 「祖父江桐秋か。忘れずに覚えておくよ」

 ジンと桐秋は睨みあったまま、時間が過ぎていく。


 次の処刑時間とされる時間に迫る中、県警本部対策室から、次の処刑が行われる前に突入せよとの命令が下される。SAT隊長はその指示を受けて、突入部隊全員に再び、突入の作戦開始時間を伝えた。

 狙撃班がPSG―1半自動狙撃銃を持って、立て籠もりが起きている校舎の向かいに隠れるように配置された。

 狙撃隊員は銃を二脚の上に置いて、構える。隣でサポーター隊員が単眼鏡でカーテンの掛かる部屋を見る。

 「ちっ、カーテンがしっかり閉まっていて、狙えない」

 狙撃隊員が苛立ちを隠せないまま、そう口走る。どれだけ狙おうも、しっかり暗幕まで閉められた窓から中を狙う事は無理だった。屋上からは窓からラペリングによって突入を控えていた隊員達の姿があるが、彼等も一様に分厚い暗幕が最大の障害だろうと認識していた。その為、窓からの狙撃、突入に対して、待ったが掛けられた。廊下側からだけの突入では危険が多かった。扉や窓に置かれたバリケードをどうやって排除して突入するか。大きな問題があった。作戦を指揮するSAT隊長は悩んだ。

 「チャンスは一回しか無いが・・・どうしたら確実に犯人を仕留められるか?」

 誰もが静かになる。だが、時間だけは刻々と迫ってくる。あと数分で、また、人質が殺されるだろう。

 「廊下側から近距離狙撃を行うしか無いかと」

 「確保を捨てて、狙撃して殺すか。それも手だな」

 「では・・・準備をさせます」

 廊下側から突入をするために階段で待機していたSAT隊員に狙撃の指示が下る。彼等は廊下側の窓を破壊し、バリケードの隙間から犯人を狙撃するように命令を受けた。

 あと数分で、再び人質を殺す時間が迫っていた。教室ではジンが再び桐秋を殺す事にしていた。桐秋は教室の真ん中に立たされ、ジンに銃口を向けられていた。ジンは窓側から桐秋を狙う。

 「今度こそ・・・殺す」

 ジンは慎重に桐秋を狙った。桐秋は最後までジンを睨み続ける。

 「時間だ。ガキ・・・生意気なんだよ」

 ジンは桐秋に向けて発砲しようとした。刹那、ガラスが叩き割られる。ジンは一瞬、狙いを桐秋からその背後に向けた。

 激しく連なる銃声が鳴り響く。弾丸がガラスを貫き、その向こうに居るSAT隊員の顔面を貫いた。廊下には5人の隊員が並び、二人がガラスを割り、三人が狙撃を実行しようとした。壁すら軽々と貫通するライフル弾の激しい銃撃で次々と倒れる隊員達。だが、隊員もこのチャンスを逃さぬように必死に犯人を狙い撃つ。一発の弾丸はジンの左腕を貫いた。ジンも倒れ込みながら、廊下に向けて発砲する。桐秋はその場に倒れ込むようにしゃがんだ為に何とか難を逃れた。

 1分にも満たない銃撃戦が終った。ジンは傷む左腕を庇いながら、銃の弾倉を交換した。教室では突然始まった銃撃戦で、全員がパニック状態だった。泣叫ぶ者、何とか逃げ出そうとする者。逃げ出そうとする男子生徒の背中をジンは撃った。彼はそのまま崩れ落ちる。

 「黙れ!クソガキども。殺すぞ?」

 ジンは痛みに耐える苦しい表情で人質達を睨む。誰もがそれで大人しくなった。

 「奴等・・・突入をしてきやがったか。くそっ」

 ジンはスマホを手に取る。

 「おい・・・どういうつもりだ?」

 電話口の安藤は焦っている。

 「す、すまない。私にも何がなんだか」

 「惚けるな?今、人質を一人殺した。報復として、もう1人を殺す」

 「待て。すまないと思っている。だから、人質をこれ以上、殺さないでくれ」

 「ふざけるなっ!俺を舐めるなよ。俺の体には爆弾が巻かれている。一発でこの教室を完全に吹き飛ばすぐらいはある」

 ジンはそう言って、上着を脱いだ。確かに彼の体には爆弾らしき物が巻かれている。そこから延びるコードを彼は痛む左手で握った。

 「わ、わかった。君の話を聞きたい。お願いだ。聞かせてくれ」

 安藤の言葉にジンは息を荒くしたまま、考える。

 「わかった。俺もちょっと驚いて、動転していたようだ」

 「それはお互い様だ」

 「今度こそ、特殊部隊をここから居なくしろ」

 「わかった」

 「良い返事だ。それと・・・日本政府が中東から手を引くのはどうなっている?」

 「相手は政府だ。難しい交渉になっているよ」

 「じゃあ、人質を殺す。まだ、残っているからな」

 「それは・・・止めてくれ」

 「だったら、しっかり政府と話をするんだな。いつまでも待てる程、俺も余裕が無い」

 ジンはスマホの通話を切った。

 「ちっ・・・そろそろお開きの時間かな」

 「そんなに・・・死にたいんですか?」

 桐秋はジンにそう尋ねた。ジンは桐秋を睨んだ。

 「お前・・・なかなかの幸運の持ち主みたいだな?」

 「さぁな。折角作った映画があんた等にオジャンにされた段階で不幸だと思うが」

 「映画?ガキのくせに映画とはな」

 「あんたも観るか?」

 「青臭い奴はダメだ」

 ジンは微かに笑った。

 「お前・・・こんな状況で・・・何故、冷静に居られる?」

 ジンに問われて桐秋は少し戸惑う感じに応える。

 「冷静・・・最初から心臓はバクバクだよ」

 「ふん、てめぇみたいなガキは最初に殺しておくべきだった。まるで疫病神だ」

 「だったら、俺が人質として残るから他の奴を解放してくれ」

 桐秋はそう切り出した。

 「冗談じゃねぇ。むしろ逆だ。疫病神を外に出したいぐらいなのに」

 「疫病神でも神様だぜ?」

 「ガキが・・・寝言は寝てから言ってくれ」

 ジンは余程、左腕が痛むのか、苦しそうな表情をしている。桐秋はジンの苦痛な表情を見て、気を遣って尋ねる。

 「痛むのか?」

 「逃げるチャンスだと思ったか?お前等が逃げ出したら、この腹に巻いている爆弾を爆発させる。何でも軍隊で使っている強力な爆薬だそうだ。一発で校舎が粉々になるかもな」

 「そんなことをしたら、自分も死ぬぞ?」

 「その為に来たんだ。問題は無い。精一杯、大事にするんだ。そうすれば神様は俺を天に召してくれるらしいからな」

 「そんな我侭な神様なんて、こちらから願い下げだ」

 「ふっ・・・そうかもな。だが、付き合って貰うぞ」

 人質達が騒ぐ。誰もジンが起爆スイッチを押すと思ったからだ。

 「止せ」

 桐秋も彼を止めた。

 「安心しろ。まだ、起爆はしない。もう少し、この国の奴等に復讐がしたいからな」

 「復讐?」

 「あぁ、これは復讐だ。俺を平然と切り捨てたこの腐った世界にな」

 ジンは疲れたように窓際の壁にもたれ掛かって床に座り込んだ。

 「はぁはぁはぁ、意外と疲れるな。俺も歳だ」

 「捕まれば、楽になる」

 桐秋のツッコミにジンは笑って返すだけだった。

 「さぁ・・・俺も本気だぜ」

 ジンはいつでも爆弾を起爆させかねない感じに目が据わっていた。


 SAT隊長は絶望的な顔になっていた。突入した5人の隊員は廊下で倒れたまま動かない。救出する事も困難な状態だった。多分、死んでいると判断するしかなかった。

 「相手は自爆覚悟か。もう打つ手が無いぞ?」

 「しかし、このまま、本当に自爆されるわけには・・・」

 県警本部に指示を仰いでいるが、返事は無かった。この最悪の状況に誰も答えを出せぬまま、ただ、時間だけが過ぎた。

 痛む左腕を気にしたジンは、再びスマホを手にした。

 「よう、安藤。もう・・・時間だ」

 安藤は額に油汗を浮かばせながら答える。

 「時間って?」

 「そんな掛け合いは良いさ。政府は動いていないんだろ?」

 「ま、まだ、わからない」

 「もう・・・終りだ。ここで、みんな仲良くドカンと逝くぜ」

 「やめろ!・・・止めてくれ」

 「てめぇらが悪いんだよ」

 ジンはスマホを教室の壁へと投げ付けた。スマホは壁に当たり、砕けるように壊れた。桐秋は立ち上がる。

 「死にたいなら一人で死ね」

 彼ははっきりとジンに言う。

 「そうだな。それがまともな奴のやる事だな。だがな・・・俺は少しでもこの世に爪痕を残すのさ」

 「てめぇの爪痕なんて関係ねぇ」

 「ちっ、やっぱり、てめぇは気に入らねぇ」

 ジンは右手で自動小銃を持った。桐秋は他の人質から離れるように駆け出す。銃声が教室に響き渡り、弾丸が桐秋を追うが、片手では銃の保持が甘く、反動に耐えられない。銃口が跳ね上がり、天井まで撃つ。桐秋は低い姿勢で進み、オオカワの死体から銃を奪う。幸いにもセレクターはすでにフルオートになっている。素人の桐秋が離れて撃っても当たるとは思えない。確実に当たる距離まで迫らなければ。

 「てめぇ!」

 ジンは薙ぎ払うように銃を振った。弾丸が教室の壁や天井に穴を開けていく。だが、桐秋は恐れずにジンに突撃した。ジンの銃が空になる。ジンは最後の力で左手の起爆スイッチを押そうとした。

 パパン

 桐秋が引金を引くと、銃に残っていた僅か3発の弾丸が至近距離でジンの体に穴を空けた。腹、胸、顔面を撃ち抜かれたジンは壁に串刺しにされたように動きを止めた。桐秋は銃の反動で体勢を崩して床に倒れ込んだ。

 銃声が止み、教室に静寂が訪れる。誰もが身動き一つ出来なかった。桐秋は銃を捨て、立ち上がる。

 「す、すぐに教室から出ろ」

 桐秋は人質達にそう告げる。それを聞いた人質達は弾かれたように動き出し、バリケードを崩して、飛び出して行く。最後に桐秋はジンの死体を見た。

 「てめぇの信じる神はきっと・・・悪魔だろう」

 事件は終った。日本で起きたテロとして多くの人がこれを認識した。

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