第5話謁見

メイズ殿には、俺が主に使用するであろう施設を案内してもらった。

それだけでも大量だから、案内が終わった頃にはもう日が沈んでいた。

身も心もへとへとだ。


「この後は、もう予定はありませんよね?」


「はい、ご自由にお過ごしください」


今は自室に運ばれてきた夕食をメイズ殿と食べ終わったところだ。

ちなみに内容としては、俺が血の滴るようなレアステーキなのに対して、メイズ殿は野菜メイン。

吸血鬼に合わせてくれたんだろうが、寄生虫とか大丈夫だろうな?

流石に外交問題だぞ。


「もしお暇なのでしたら、中庭に案内いたしますが」


「いや、今日はもう休ませていただく」


そういうとメイズ殿は不思議そうな顔をする。

今日で随分見慣れた顔だ。

いい加減吸血鬼っぽくない事になれてくれないかな。


「では、良い夢を」


「あぁ、メイズ殿も」


メイズ殿が出て言ってすぐ寝支度を整え、ベッドに身を横たえる。

もう本当に疲れた。

明日に備えてもう寝よう。







翌日の朝は早かった。

快眠している所をメイズ殿に起こされ、朝食を摂ったらすぐに謁見の準備を始める。

服は問題ないが、軽くメイクもするみたいだな。

男なんだけど、マナーと言われたら断れない。


「髪はどうします?」


「そうだな、適当に結んでくれ」


「畏まりました」


メイクを担当してくれている女性にそう言って、俺は鏡に映る自分を眺める。

随分髪も伸びてくれたな。

吸血鬼の先輩からの命令で伸ばしているが、自分的にも板についてきたように見える。

肩甲骨まであって結構邪魔なんだけどな。

だがいざという時は、血に代わる重要な触媒にも成りうる重要な物だ。

我慢するしかない。



そうこうしている内に準備も終わり、遂に謁見という運びになった。

メイズ殿他数名に先導されて、城の奥の玉座の前で待機する。

門の両脇を守る衛兵は硬い表情で正面を見ていて、此方を見もしない。


「アルトハイム王は寛大な御方ですが、礼儀作法は問題ありませんか」


「ええ」


「……もしかして緊張していますか?」


「基本下っ端ですから」


『トワイライト魔国騎士爵、グラム・エイリス卿。入られよ』


「では、行ってきます」


衛兵たちが空けた門を潜り、堂々と前に歩く。

正面には王と王妃が据わる玉座があり、その前の階段には王族と大臣が序列ごとに佇んでいる。

更に両翼にはアルトハイム王国の名門一族が無数に広がり、此方の一挙手一刀足を眺めているのが解る。

その視線には数多くの感情が含まれているようだ。


その視線を振り切るように、所定の位置で跪く。

足元のカーペットしか見えないから気が楽だ。


「面を上げよ」


「ハッ!」


なるほど、これは英雄だ。

玉座に座る王を見て、その覇気に納得した。


「余がアルトハイム王、アルベルト・アルトハイムである」


かつてアルトハイム王国を建国した王。

200~300年を生きるエルフだから健在だとは分かっていた。


「貴公を迎えられたことを嬉しく思う」


「ありがたきお言葉」


エルフにあるまじき筋骨隆々とした躯体。

魔獣の様に鋭い眼光に、重みのある声。

そして圧倒的な強者のプレッシャー。

物語に登場する英雄の姿そのものだ。


「貴公の職務を決めたのは余だ。引き受けてくれるか」


「畏まりましてお引き受けいたします」


「そうか、頼むぞ」


この人があの無茶な人事を決めたのか。

そりゃアランドハイム卿も断れないだろうさ。

護衛より強いだろう人に言われたらな……。


「レインハルト、前へ」


「はい」


その声に目に出てきた青年を見る。

あっ、え、マジで?


「この愚息の守護を頼む。露出狂の気があるが、優れた戦闘の才がある」


「露出狂、ですか?」


「気にするな」


「アッハイ」


そこの人裸で彫刻に混じってましたよ、とは言えなかった。







アイリス・メイズは玉座の間の前で、同僚となるグラム・エイリス卿を待っていた。

二カ月前に知らされ、慌ただしく準備してきた日々も今日で終わるのだ。

正直な話、肩の荷が下りた気分だ。


「アイリス、ここに居たのね」


「あ、ミーシャ」


「もう、すっかり気抜けてるわね」


立ち尽くすアイリスに話し掛けてきたのは、一応同期であるミーシャ。

竜人の中でも気性の激しい赤竜人の娘だ。

ミーシャは艶やかな赤髪を靡かせ、玉座の間に繋がる門を見上げる。


「もうエイリス卿は中に居るのね。どうだった?」


「えー……まぁ、吸血鬼っぽくはないかなぁ。結構優しかったし」


「へぇ、吸血鬼って傲岸不遜だって聞くけど」


「そんな感じじゃなかったなぁ」


グラムはエルフからみても凄まじい美貌を持っているが、それを鼻に掛けたような態度は無かった。

噂は大概当てにならないものだと、アイリスは改めて思ったくらいだ。


「ふーん……頼めば戦ってくれるかしら」


「ちょっと、やめてよ!? 私も一緒に怒られるんだから!」


「実戦形式の稽古だって言えば大丈夫でしょう」


「稽古は相手を半殺しにしないの!」


はいはい、と気のない返事をするミーシャだった。

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とある吸血鬼の下っ端生活記 @save

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