第5話謁見
メイズ殿には、俺が主に使用するであろう施設を案内してもらった。
それだけでも大量だから、案内が終わった頃にはもう日が沈んでいた。
身も心もへとへとだ。
「この後は、もう予定はありませんよね?」
「はい、ご自由にお過ごしください」
今は自室に運ばれてきた夕食をメイズ殿と食べ終わったところだ。
ちなみに内容としては、俺が血の滴るようなレアステーキなのに対して、メイズ殿は野菜メイン。
吸血鬼に合わせてくれたんだろうが、寄生虫とか大丈夫だろうな?
流石に外交問題だぞ。
「もしお暇なのでしたら、中庭に案内いたしますが」
「いや、今日はもう休ませていただく」
そういうとメイズ殿は不思議そうな顔をする。
今日で随分見慣れた顔だ。
いい加減吸血鬼っぽくない事になれてくれないかな。
「では、良い夢を」
「あぁ、メイズ殿も」
メイズ殿が出て言ってすぐ寝支度を整え、ベッドに身を横たえる。
もう本当に疲れた。
明日に備えてもう寝よう。
◇
翌日の朝は早かった。
快眠している所をメイズ殿に起こされ、朝食を摂ったらすぐに謁見の準備を始める。
服は問題ないが、軽くメイクもするみたいだな。
男なんだけど、マナーと言われたら断れない。
「髪はどうします?」
「そうだな、適当に結んでくれ」
「畏まりました」
メイクを担当してくれている女性にそう言って、俺は鏡に映る自分を眺める。
随分髪も伸びてくれたな。
吸血鬼の先輩からの命令で伸ばしているが、自分的にも板についてきたように見える。
肩甲骨まであって結構邪魔なんだけどな。
だがいざという時は、血に代わる重要な触媒にも成りうる重要な物だ。
我慢するしかない。
そうこうしている内に準備も終わり、遂に謁見という運びになった。
メイズ殿他数名に先導されて、城の奥の玉座の前で待機する。
門の両脇を守る衛兵は硬い表情で正面を見ていて、此方を見もしない。
「アルトハイム王は寛大な御方ですが、礼儀作法は問題ありませんか」
「ええ」
「……もしかして緊張していますか?」
「基本下っ端ですから」
『トワイライト魔国騎士爵、グラム・エイリス卿。入られよ』
「では、行ってきます」
衛兵たちが空けた門を潜り、堂々と前に歩く。
正面には王と王妃が据わる玉座があり、その前の階段には王族と大臣が序列ごとに佇んでいる。
更に両翼にはアルトハイム王国の名門一族が無数に広がり、此方の一挙手一刀足を眺めているのが解る。
その視線には数多くの感情が含まれているようだ。
その視線を振り切るように、所定の位置で跪く。
足元のカーペットしか見えないから気が楽だ。
「面を上げよ」
「ハッ!」
なるほど、これは英雄だ。
玉座に座る王を見て、その覇気に納得した。
「余がアルトハイム王、アルベルト・アルトハイムである」
かつてアルトハイム王国を建国した王。
200~300年を生きるエルフだから健在だとは分かっていた。
「貴公を迎えられたことを嬉しく思う」
「ありがたきお言葉」
エルフにあるまじき筋骨隆々とした躯体。
魔獣の様に鋭い眼光に、重みのある声。
そして圧倒的な強者のプレッシャー。
物語に登場する英雄の姿そのものだ。
「貴公の職務を決めたのは余だ。引き受けてくれるか」
「畏まりましてお引き受けいたします」
「そうか、頼むぞ」
この人があの無茶な人事を決めたのか。
そりゃアランドハイム卿も断れないだろうさ。
護衛より強いだろう人に言われたらな……。
「レインハルト、前へ」
「はい」
その声に目に出てきた青年を見る。
あっ、え、マジで?
「この愚息の守護を頼む。露出狂の気があるが、優れた戦闘の才がある」
「露出狂、ですか?」
「気にするな」
「アッハイ」
そこの人裸で彫刻に混じってましたよ、とは言えなかった。
◆
アイリス・メイズは玉座の間の前で、同僚となるグラム・エイリス卿を待っていた。
二カ月前に知らされ、慌ただしく準備してきた日々も今日で終わるのだ。
正直な話、肩の荷が下りた気分だ。
「アイリス、ここに居たのね」
「あ、ミーシャ」
「もう、すっかり気抜けてるわね」
立ち尽くすアイリスに話し掛けてきたのは、一応同期であるミーシャ。
竜人の中でも気性の激しい赤竜人の娘だ。
ミーシャは艶やかな赤髪を靡かせ、玉座の間に繋がる門を見上げる。
「もうエイリス卿は中に居るのね。どうだった?」
「えー……まぁ、吸血鬼っぽくはないかなぁ。結構優しかったし」
「へぇ、吸血鬼って傲岸不遜だって聞くけど」
「そんな感じじゃなかったなぁ」
グラムはエルフからみても凄まじい美貌を持っているが、それを鼻に掛けたような態度は無かった。
噂は大概当てにならないものだと、アイリスは改めて思ったくらいだ。
「ふーん……頼めば戦ってくれるかしら」
「ちょっと、やめてよ!? 私も一緒に怒られるんだから!」
「実戦形式の稽古だって言えば大丈夫でしょう」
「稽古は相手を半殺しにしないの!」
はいはい、と気のない返事をするミーシャだった。
とある吸血鬼の下っ端生活記 @save
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