第99夜 6・27 ゴオルデン・バット

6・27 ゴオルデン・バット


 九十九夜。時間に遅れ、雨が降っている。風は涼しく、激しく吹いている。大粒の雨はコルクボードに打ち付ける。終わりを目指すには、実に良い夜だ。

 もう、セブンスターは終わった。百日連れ添ってきたタバコは、昨日で終わりになってしまった。そして今日はもう、別の夜だ。終わりはひとつずつ、訪れている。

 ゴオルデン・バット。ついにおれも、ここまで来たのだ。ゴオルデン・バット。べつに金がないという訳じゃない。ゴオルデン・バット。金欠でもないのにそれが文学タバコだというというだけで、この三級品を買うあたり中途半端で、おれらしい。

 ゴオルデン・バット。雨粒の向こうで幽かにけぶっている、あの新宿の赤い灯によく似合う。ゴオルデン・バット。終わりゆく夜と、始まりゆく次の新しい夜と。ゴオルデン・バット。重なりゆく二つの美しい夜を、金の蝙蝠はどこまでも飛んでいく。ゴオルデン・バット。過ぎ去るものすべてに意味などはなく、これから来るものは等しく無価値である。ゴオルデン・バット。終わりとは始まりの別名に過ぎない。ゴオルデン・バット。未来は現在からしか開花しない。ゴオルデン・バット。夜だけがわれわれに唯一残された余白だ、その余白にうらぶれた言葉を埋めて合掌だ。ゴオルデン・バット。そしてまた雨にひとつの詩が生まれる。



 杉並の六階のマンションのベランダで

 煙を上げる ゴオルデン・バット

 しけもくの安タバコの赤い火は

 飛び方をわすれた まっ赤な蛍


 ほらほら、霧のむこうの遠い空

 まっ赤な光が明滅している

 高いホコリの、ビルのてっぺん


 おまえも来いと、待っている

 はやく飛べよと、待っている




 なあ、飛び方をわすれた蛍よ

 明日、素晴らしい夜が来たなら

 金のつばさの蝙蝠になって

 おまえはあそこへ飛んでいくんだ


 今日はこんなに、小さな火だけど

 すぐ燃え尽きる、くすぶる火だけど


 明日、おまえはあそこへ飛ぶんだ




 おれの手で飛べ、ゴオルデン・バット

 今はこんなにちいさい火でも

 明日はあそこで、羽ばたいてみせる

 おれといっしょのくすぶった火を

 ビルのてっぺんで燃やしてみせる


 だからどうか、

 この火が消えてしまわないうちに

 まだおれの肺が、きれいなうちに


 羽ばたいておくれ、ゴオルデン・バット

 どこか遠くへ、どこまでも遠くへ


 おれの手で飛べ、ゴオルデン・バット

 おれをあそこへ、連れてっておくれ



(了)

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