第98夜 6・26 カムパネルラ

6・26 カムパネルラ


 あと三日。今日は書くのには、良い夜だ。夜が澄んでいる。おぼろげに星が照る。暗くなった星。東京に掻き消された星。夜が、よく澄んでいる。今日もまた夜だ。

 赤いめだまのさそり。広げた鷲のつばさ。アンドロメダの雲は、見えない。如何なる星の下に。セブンスターも、もう空き箱だ。

 夜は終わらない。星は消えていく。そしてまた、今日もまた夜だ。

 カムパネルラ。僕はあの少年に会いたかった。銀河鉄道の夜。あの未完成の完全な文学は、永遠に僕の聖書でありつづける。僕の書きたかった言葉は、すべてあの中に書き込まれている。僕の書くすべての煙みた言葉は、あの物語の注釈に過ぎない。永遠の未完成、これ完成である。銀河鉄道のレールは、終わらない。一千一秒物語。夜に、物語は重なっていく。最後の一本に、火を点ける。もうすぐこのぼやきも、終わりだ。言葉のない夜が、また始まるだけ。夜は変わらない。夜は終わらない。カムパネルラは、どこにもいない。

 煙は夜に昇っていく。言葉は肺に満ち、少しだけ夜に酔う。夜の底に響くセロの声。向こうで呼んでいる、新宿の赤い灯。その明滅こそ、言葉なのだ。あの灯の底に、言葉は眠っている。何万何千の、書かれない物語。この夜は、その無数の言葉の集まりだ。書かれない言葉は空を満たし、言葉は空を覆って、夜になる。東京の夜が明るすぎるのは、空を満たす言葉が多いからだ。そのなかで、僕の言葉など、煙に過ぎない。僕はまたカムパネルラを探しに行こう。言葉に星の火はかき消され、今日もまた、大嫌いな、愛しい夜だ。(了)

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