第97夜 6・25 田園の幸福

6・25 田園の幸福


 始発で、東京駅へ向かった。新幹線で北へ走った。今日彼は、再び村へ行った。同じ名を持つ少年も一緒だった。少年は開かない目を擦っていた。

 少年とは、不思議な縁で出会った。気づけば、もう一年が経っていた。彼等は田の土の上で出会った。同じ目をした二人だった。同じ目の二人は、名もない関係を築いた。

 一年前、柾木は教授に招かれて村へ行った。泥の感触は、忘れがたかった。それで一年、村へ通った。縁は少しずつ広がっていった。

 そして今年、二年目になった。柾木は少年と共にあった。見渡す限り緑の田園に、彼等は二人で立っていた。それは、柾木の幸福だった。東京に置いてきた日常の些事を忘れて、彼は本当の幸福を知った。幸福は、青年に夢を抱かせた。

 夢はまた、田園に導かれた。今日、もはや教授は同行しなかった。彼は彼として、そこに立っていた。連れられてきた教え子ではなく、ただ彼の名をもって、そこに立っていた。一個の彼として柾木は今日、淡いはずだった夢の動き出すのを知った。彼を呼んでくれた人々の縁は、ひとつの美しい計画を結んだ。

 柾木は八月を、村で過ごす。村で家を借り、少年と過ごす。ひと月を、あの村で過ごしながら、あらたな少年たちと出会う。彼等と田に入り、幸福を知る。そこではまた、博物や天文を少年たちに教える。それは、柾木のおぼろげに抱いていた、夢そのものの実現だった。

 終わりゆく六月の美しい夜に、青年の夢が動き出していた。(了)

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