第95夜 6・23 彼自身の話

6・23 彼自身の話


 あと六夜。終わる日を決めたら、寂しくもあった。このベランダでこれを書く夜も、あと六日で終わりだ。下の道路に、猫が座っている。猫は街灯の明かりの下にいる。向こうにもう一匹、猫が通った。座っている猫は、そっちを見つめた。二匹は少しだけ見つめあった。それから、二匹ともいなくなった。そんなのとも、もうすぐ、さよならだ。

 柾木は、田舎の港町で生まれた。彼は彼自身のことを書こうと思った。

 彼は、市立病院で生まれた。平々凡々な生だった。父は地方公務員、母は主婦だった。全く、普通の家に生まれた。その日は、何もない日だった。

 彼は平々凡々に育った。両親の不和や生き別れもなく、公立の小、中、高校に通った。少し頑張って、大学へ入った。彼が東京で一人暮らしを始めると、母は郵便局へパートに出た。全く、何もない平凡な生だった。

 彼は、天文学者になりたかった。幼い頃、家族旅行で高原に行った。星空を見て、星に憧れた。その夢は、大きくなっていくうちに途絶えた。別に変わりのない生だった。

 青年になった彼は、自意識に悩んだ。なにか、特別になりたいと思った。それで小説や詩を書いてみた。特になんにもなれなかった。何も変わらない、若者の生だった。

 何も変じゃない、壮絶な過去もない。彼は、なにも特別ではない。そのことに気づいてしまうのが悔しくて、彼はずっと悩み続けた。そんなのも、全く、平凡でありふれた、よくあるただの青年の生だった。(了)

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