第27夜 4・16 痛めた話

4・16 痛めた話


 今日もこれを書くためにベランダに出た。コルクボードと紙を用意して、さあ、今日は何を書こうか。そう思いながら、煙草に火を着けようとした。そうしたら、ライターの芯がなくなってしまった。ヒモが本体からすっぽり抜け落ちて、暗いベランダのどこかへ落ちた。真鍮のジッポーを、今日は使えない。僕はとてつもなく悲しくなった。このまま寝てやろうかと思った。

 仕方なく百円ライターを探すために、一度部屋の中に戻った。机の引き出しを開けようとしたら、引き出しは勢い良くすっぽ抜けた。中身が床にぶちまけられた。落ちた引き出しの角で、左足を痛めた。引き出しを蹴り飛ばしたら、右足も痛めた。

 そうして見つけ出した百円ライターは、オイル切れだった。煙草が無くてはこれを書けないので、ガスコンロの火で着けることにした。煙草はこれでもかと燃え上がり、ありえないほど不味い煙を出した。実際、花火みたいな味がした。ひどい煙に、しこたまむせた。目に染みる涙を袖で拭っていたら、煙探知機が鳴り響いた。僕はおもいっきり背伸びをして、やかましい警報機をぶん殴った。ぶん殴ったら、静かになった。おれはなにしてんだろう、と思った。

 まずすぎる煙草を持って、ベランダへ出た。気を取り直して、書こうと思った。

 コルクボードが崩落していた。

 そういえば今夜は風が強かった。なのに、重しの灰皿を置いていなかった。コルクボードは叩きつけられていた。紙は、どこかへ飛んでいってしまった。

 下に落ちたのだろうと思って、六階の手すりの外を覗いた。紙なんて見つかるはずがなかった。いっそ飛び降りてやろうかと思った。僕は空気を殴りつけた。拳は空を切り、腕の筋を痛めた。

 虚しくなって部屋に戻ったら、散乱した机の引き出しの中身に、新品のライターを見つけた。それを拾って思いきり投げた。壁を殴ったら、拳を痛めた。今日は散々な一日だった。(了)

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