第26夜 4・15 人間のいない人群れの街で

4・15 人間のいない人群れの街で


 東京という街への復讐。柾木にとってそれは、東京を見つめつづけることだった。彼は東京に出てからの生活を、同じ杉並のマンションで過ごした。六畳一間の六階の部屋は、柾木にとっての監獄だった。

 彼は夜のベランダに立った。住宅街が広がっていた。星のひとつも見えない夜空。代わりに、人工の明かりがあった。遠くに、新宿の赤い灯が燃えていた。彼はその灯を、じっと見つめた。恨みと、憧れと、二つないまぜになった目を細め、彼は新宿の赤い灯を見つめた。百億光年届いた光を、人工の明かりは消し去っていた。

 赤い灯は、星と同じように瞬いた。

 柾木はその灯を、見つめつづけた。そこは人間のいない街だった。人間のいない、人まみれの街。人間性の最も醜悪なものだけを寄せ集め、土を覆って構築された街。コンクリートに覆われた土は死んでいた。馬鹿と煙は高所を目指し、醜悪な人群れは重なって住んだ。その六階に、柾木は立っていた。そこで、彼は煙草に火をつけた。人工の明かりを、じっと見ていた。

 煙は、高いところへ昇った。

 人間のいない人群れの街で、彼は一人であることを選んだ。醜悪な人群れに没入しながら、自らも積み重なる畜群と成り果てて、その中で一人であることを選んだ。そうして煙を昇らせながら、柾木はその街を見つめつづけた。見ること。やってくる無人称の視線を厭悪しながら、睨めつけてその街を見つづけること。一人の東京を、記録すること。

 それが、柾木の復讐だった。(了)

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