第23夜 4・12 事実とは、信じる者の多い嘘のことだ

4・12 事実とは、信じる者の多い嘘のことだ


 小説には、何だってできる。トラック運転手になって全国を旅し、途上で小説を書いてみる話も。架空の高校の文芸部の青春を、現実のことのように語る話も。生きてもいない青年の生を、あたかも生きているかのように装うことも。僕が抱いたあの夢だって、きっと小説になら書くことが出来る。だが、それはすべて虚構の物語だ。語られる物語は、すべて嘘だ。

 それは私小説だって例外ではない。読者は作者の生活を覗き見るつもりで、作者は見せたい「私」を描く。観客は笹を食うパンダを見たいし、パンダも人が見るから笹を食う。いつしかそのことを忘れてしまい、本当に笹が好物になるとしても。

 実際、パンダは肉食獣だ。

 僕が書くこの毎日の紙片は、いったいどれほどの嘘を吐くだろう。でもこれは「私小説」なのだから、書かれた虚構は僕の真実だ。書かれた私は正しく私自身であり、そこに書かれたことだけが事実だ。読者はそれを事実だと信頼し、作者は死に、物語だけが彼の事実として残る。事実とは、信じる者の多い嘘のことだ。

 いったい物を書くなんて行為は、タバコを吸うのと何も変わらない。紙を燃やして、一時の煙に酔う。残るのは、燃えがらの灰と汚れた肺だけだ。それはすべて代償行為だ。生の苦しみを紛らすためだ。紛らして、また生きたいと願うためだ。

 この私小説は終わらない。セブンスターも、吸ったら買えばいい。ただ必要なのは一枚の五百円玉で、それを持っていることだけが条件だ。語られる物語はすべて嘘だ。書かれたことだけが事実だ。

 だから僕はまた、私小説を書く。(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る