第5夜 3・25 安物の矜持

3・25 安物の矜持


 五日目。夜飯には、ボンカレーを食べた。僕はボンカレーが好きだ。レトルトの中では、いちばん好きだ。ボンカレーは安物だ。ひと箱百円ちょっとで買える。安物でも、卑屈でない。安物には、安物の矜持がある。ボンカレーには、それがある。

 レンジで、おいしい。ボンカレーゴールド。いったい何がゴールドなのか。オレンジの外箱。具はごろごろと入っている。百円で入れられる最大限の努力だ。「」カッコがつくような、レトルトの味。調理法は簡略化されている。箱を開けて、そのままレンジ。買い手を完全に想定した究極の効率化。しかもそれには、さらに理由が付け加えられている。「箱ごとレンジがイイ理由」。箱を開ければ、黄色い袋。いったい何がゴールドなのか。印字は、黒い太字のゴシック体。スズメバチや踏切と同じ、警戒色。フクロの端に、「ココを持つ」。開封しにくいときは、ハサミで開けてください。何ひとつ思考させることなく、カレーをつくらせる。見透かしているまでの、消費者の想定。それがボンカレーの、安物の矜持。

 僕も、それほど読者を想定できるのなら。いや、しなければならないのだが。でも、この文章くらい、好きなこと書いたっていいじゃないか。読者はおれひとり。最も信頼のおける読者。僕だけに愛される文章。それすら書けないで、どうして他人を想定できる。いまのおれの文章は売れない。いまのおれには他人を描けない。だから、今日はおれのことだけを書く。だから、明日もおれひとりのために書く。それが、僕の安物の矜持だ。                        (了)


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