揚羽蝶

追手門

 風向きが変わった。東から強い風が吹き付けてくる。


 街道に沿って城下町を突き進み、追手の門に迫る浜松勢の先陣達の眼中には、かぎの手になった道筋もどりけのさくも入らなかったのかもしれない。

 染谷台地のあたりから湧いて出たぜいに、間延びしていた後方部隊の横腹が突かれ、寸断されてしまったことにも気付いていない節がある。混乱した後方部隊の者達が、前から来る者は全て敵の攻撃と思い込んでしまっていることなど、想像だにしていないだろう。


 二の丸の東虎口を守るまるうまだしに建てられたやぐらの上で、城方の兵が大きく旗竿を打ち振るっていた。

 かねが鳴り、たいが響き、ふえの音がする。

 人々の声がした。

 歌声だ。

 それに合わせて、神楽かぐらが舞い踊る。


 この風雅な挑発に、浜松勢はまんまと乗せられた。


 そもそも浜松勢からみれば、逃げる城方を追いかける「勝ち戦」だったのだ。文字通りに勝ち馬に乗った突撃には勢いがあった。

 カッと熱く巡っている血潮は容易に頭にものぼせた。閉ざされたおうもんに殺到し、突き抜けた。


 門があまりにも簡単に開いたことをいぶかしむ暇はなかった。後方で渦巻いた悲鳴に気を取られている暇はなかった。

 攻め手が二の丸堀を目前にしたとき、獅子も謡いも鳴り物も、丸馬出の上から消えていた。

 そこには弓兵がいた。鉄砲兵がいた。投石兵がいた。

 櫓の上の旗振りが、ろくれんせんが染め抜かれた幅広のはんばたを振るのを合図に、浜松勢の頭上に矢玉と礫の雨が降った。

 バタバタと味方が倒れる。

 だが攻め手の最前列の兵士卒は、止まることが出来なかった。後ろから味方が押し寄せてくる。

 彼らは城に攻めかかろうというのでは無い。風上に逃げようというのだ。


 後方で、城下町が燃えていた。


 矢の雨が止んだ直後、浜松勢の目の前には、突然に現れ出でた城方の足軽騎兵どもの槍先があった。

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