めんどくさ怪談部
quiet
めんどくさ怪談部
「最近我が校の掲示板にこのようないかがわしい文書が張り出されている」
生徒会長がそう言って何やら見せつけてきたものをわたしは手に取った。ピンクチラシかな?と思ったけど全然違った。
「何ですか、これ?」
「これはカイダンブとやらが作成した文書らしい」
「改・臀部?」
「いや尻の話ではなくて。学校のカイダンとかの方のカイダンだ。七不思議とかそういうの」
ああ、怪談部。
ということはこのペラ紙には怪談が書いてあるのだろうか。そんなに嫌いじゃないけど、別にそこまで好きでもない。
「そんな部うちにあったんですね。全然知らなかったんですけど」
「私も最近知った。とにかくこれが問題なのだ」
「はあ、一体どんな?」
わたしが尋ねると、会長はうむ、と腕組みをしていかにも偉そうに頷いた。でも会長はちっこくて可愛らしい女の子なので(この間クラスメイトに「かわいい~」とかチヤホヤされながら頭を撫でられているのを見た。とても幸せそうな顔をしていた)、そういう仕草をされてもそういう系統のアニメキャラにしか見えない。髪もやけに長いし。
「民草から苦情が寄せられているのだ。その怪談部とやらが張り出す文書が徒に恐怖を煽り、学校生活を脅かしていると」
「民草」
すごい言葉を使うなあ。王族か。
けれどそんな苦情を寄せられているとは知らなかった。というかこんな文書の存在も。掲示板なんて基本的には四月にべたべた部活勧誘のチラシが貼られて以降見向きもされないのが常だし、こんなもの発見できる方が少数派だろう。
「苦情ってそんなに来てるんですか?」
「ああ、二、三件も来ている」
全然来てないじゃん。
と思ったけれど、そもそも生徒会に来る意見の絶対数が少ないんだから、それなりのことなのかもしれない。生徒会設置の目安箱はもっぱら会長へのラブレター投函に利用されている。回収する側の身にもなってほしい。
「それでどうするんですか?」
「潰そう」
「マジですか」
マジですか。
胸を張って言う会長は、何だかとてもうきうきしていた。
「でもおかしくないですか? 怪談部って怖い話書くのが仕事みたいなものなんだし、それを外部に公開したところで何の問題もないと思うんですけど」
「じゃあ聞くが鈴川。この学校にポルノ部というのがあったとして、その部が掲示板にポルノ文書を張りだしても許されると言うのか?」
「いやそんなの創部段階でハネられるでしょ」
言ってからふと、じゃあ怪談部は創部のときのチェック通ったのかよと不思議に思った。でも漫画とか読んでるとオカルト研究部みたいなのがさらっと出てくるしそういうものなのかな。
「まあとにかく潰す! これは決定事項だ」
「雑すぎないですか?」
「だって生徒会って権力振りかざせると思ったのに全然そんなことないんだもん」
急に小学生みたいにぶーたれた会長が唇を尖らせた。
「だからせっかく大義名分があるんだし、弱小部潰しくらいはやりたい」
そんな理由で潰される怪談部が哀れすぎる。いや、実際のとこどんな活動してるか知らないけどさ。
会長はわたしの肩にポン、と手を置いて。
「というわけだから、鈴川は今から怪談部に行って『生徒会権限で廃部にします』ってやつやってきてくれ」
「えっ」
わたしが行かされるのか。
「会長のお遊びなんだから会長が全部ひとりでやってくださいよ」
「いや、でも……。筋骨隆々の大男とか出てきたら怖いし……」
「そんなのわたしだって怖いですよ」
「いいから行け。さもなくば会長権限でお前はクビだクビ」
強引によいしょ、よいしょ、と会長に生徒会室の外まで押し出される。そんなに重たくないでしょ。
ばたん。がちゃり。残酷な施錠音。
どうしたもんかな。
扉の前ですーっ、と息を吸う。ごほごほ吐く。深呼吸失敗。
なんでこんな一発芸みたいなことやらされなくちゃいけないんだろう。パワハラだ。
目の前にある『怪談部』とタイプされたコピー用紙が貼られた扉。怪談部ってどこにあるんだよと思いながら特別棟をうろうろしていたら普通に見つかった。ご親切にどうも。
今からわたしはこの扉をノックして強引に押し入り、「生徒会権限で廃部です!」という芸を披露しなければならないのだ。ならない? 別にならないということもないのではないのだろうか。なんでこんなことしなくちゃならないんだ。無視してこのまま帰ろうかな。帰ったら会長やっぱり泣いちゃうかな。
お菓子食べ放題とかそんな適当な理由で適当生徒会に入るんじゃなかった。
深い溜息をついた。これは上手くいった。
それからゆっくり扉をノックする。
「はい」
男の子の声がして扉が開いて。
対面したらすごい好みの顔の人がいた。
さらさらの黒髪にさっぱりした感じの端正で中性的な顔つき。十七年間今までちゃんと生きてきてよかった~という気分になった。
「えーっと、何か用?」
ちょっと困った感じでその男の子はわたしに尋ねた。桃源郷みたいな顔をしている。その顔から目線を下ろして彼の上履きを見たらわたしと同じ色をしていたので、敬語を使わずに話すことにした。
「生徒会から廃部の連絡に来たんだけど」
「廃部!?」
わたしの通告に男の子は驚いて声を上げた。そりゃそうだろうな。わたしが逆の立場だったら同じ反応をする。
「なんで!?」
「苦情が来てて。あの掲示板に貼ったってやつ?」
生徒会室で持たされたままの紙をぴら、と見せつける。
「怖すぎるって」
「そんな理不尽な……」
うん。
怪談部が怖い話つくってたら苦情が来て廃部にされるって、わたしでも理不尽な話だと思う。可哀想になってきた。美形だし。
「まあさすがにちょっと急すぎると思うし、調整案とか話し合う時間ある? 上手いことまとまればわたしが生徒会にそれ持ち帰るから」
「ああ、うん」
頼むよ、と言って彼はわたしを部屋の中に招いた。
怪談部の部室はそれなりに広かった。西向きの窓が大きくて、放課後の今は部屋がとても明るい。生徒会室でも見慣れた長机とパイプ椅子があって、部屋の隅には本棚。そこに並べられてるのの半分くらいは受験用参考書みたいで、物置みたいな扱われ方をしているみたいだけど、いかにも恐怖を煽りそうな背表紙の本もいくつか収納されている。机の上には書きかけの原稿用紙とシャーペンが置いてある。
促されるままに空いている椅子に座った。
「参ったな……。えっと、生徒会の……?」
「あ、生徒会書記の鈴川ね」
「俺は三枝。廃部ってそれ、いつ決まったの?」
「……今日?」
たぶん、会長の思い付きで。三枝くんは不審そうな顔つきになる。
「……会議とか、そういうので決まったわけ?」
「いや、会長のご命令」
ああ、あの……、と三枝くんは半ば諦めたように呟いた。会長は有名人なのだ。良い意味でも悪い意味でも。
「で、調整案っていうのは? どのへんまで妥協すれば部は存続できるかな?」
「まあ、張り出しをやめてもらうってのが妥当なところかなあ……。ご自由にお取りください形式で文芸部の文集の横に置いてもらうとか」
「それはちょっと……」
三枝くんは渋い顔で首を振る。何かこだわりがあるのだろうか。
「人間を恐怖させるには偶発的な遭遇が一番だし……」
「んん?」
何か怪しい言葉が今見え隠れしていた。なんとなく知らないふりをしてみたけど、よくよく考えたら『怪談部』なんて怪しげな部活にたったひとりで居座っている人物がまともかと言えば。
「掲示板に張り出してた方がより多くの人間を泣かせられそうだし……」
その可能性は限りなく低い。こんなに美形なのになあ。
「いやいやいや、ストップストップ。それで苦情が来てるんだから」
「でもさ、考えてもみてよ。ご自由にお取りくださいで手を出したら怖い話が載ってましたっていうのと、廊下でたまたま掲示板をチェックしたら怪文書が張ってありましたっていうの、どっちが怖いと思う?」
「それは掲示板だと思うけど……」
「でしょ?」
でしょ?じゃないんだよ。今自分で怪文書とか言ってたし、そういう方面の苦情が出るのも想定できてるじゃないか。
「そのへんは確かに怪談部なりのこだわりとかあるのかもしれないけど、妥協してよ。怖いの苦手な人だっているんだしさ」
「ううん」
確かにそうかあ、と腕を組む三枝くん。どうやら良心は残っているらしい。安心したので別案を出してみる。
「後は、掲示板に張るのはそんなに怖くないやつにするとかかな? 見せ方の時点で怖くなってるだろうから、内容の方は抑えめにするとか」
「ああ、なるほどね」
でも、と三枝くんはわたしが手に持っている紙を指さして。
「でもそれも結構抑えめにしてあるんだけどなあ」
と。
わたしはまだ渡されたばかりのこれを読んでいなかったので、素直に尋ねる。
「わたしただの使いっぱしりだからこれ読んでないんだけど、どんな話なの?」
「自販機の前でペットボトルにたっぷり唾液を垂らした後、取り出し口に戻した人を見ましたって話」
「きもっっっっっちわる!!!!!!!」
思わず紙を三枝に投げつけた。汚いものをそうとは知らずに持っていたような感じがして指先がむずむずする。
「気持ち悪ぅう!」
耐え切れずに二回言った。
三枝は信じられないほど良い笑顔をしていた。この世の柔らかくて温かいもの全部集めてみましたみたいな感じで超かわいくにこにことわたしを見つめている。
「フィクションだよ」
「ノンフィクションだったらびっくりだよ!!!!」
本当に怪文書だった。こんなん苦情来るわ。わたしだったら出す。
「営業妨害でしょこれ! 自販機の売り上げ落ちるわ!」
「でもちゃんとこの話はフィクションですって書いてあるし」
ほら、と三枝が指さすと、確かに文の頭に『この話は実際にあったことを記述したものではありません』と注意書きがある。やけにしっかり配慮しやがって。けどかえってこの気回しが怪文書っぽさを高めている。
「ていうかそれよりさ、どこが抑えめなわけ? わたし今の聞いただけでだいぶ不快になったんだけど」
「言っておくけどこの程度じゃないからね。ちゃんと読んだ人間がその日夢見るくらいには執拗に文章練って書いたんだからさ」
「自慢げに言うことか!」
「言うことだよ。怪談部だもの」
「んぐ」
確かにそのとお……、いや待て何か誤魔化されている気がする。騙されるなわたし。ふう、と一息ついて気を取り直す。
「これはさすがに苦情来るよ。不快感煽ってるし。怪談ってもっとさ、こう……幽霊とか出てくるやつじゃないの?」
「幽霊が出てくるってことはさ」
急に三枝は真剣な表情になって言う。マズイ。顔が好みすぎる。
「とにかく死んでる人間が話の中で発生するわけでしょ?」
「……うん」
「可哀想じゃん」
「……うん?」
よくわからなかった。話の中で死んでる人間がいると可哀想?
「同じ理由で登場人物が軽率に死ぬやつも無理だし、気が狂うのも無理だし、ギリギリのラインはこういう日常生活の延長で発生しうる一瞬の不快感かなって」
わっかんねえ……。全然わっかんねえ……。
「えーっと、つまり、三枝は登場人物が可哀想だからこういう系統の話しか書けないってわけ?」
「うん」
「やめちまえよ怪談書くの」
向いてねえよ。
三枝はわたしの言葉にしょんぼりとして。ああ、顔が可愛い。
「でもほら、ミステリーだって人が死なないのが結構増えてきたしさ。人が酷い目に遭わないホラーがあってもいいかなって」
「いや酷い目に遭ってるでしょこの登場人物だって。こんなの見た人絶対二度と自販機使えなくなるよ」
「いや待ってよ」
ぴっ、と三枝は人差し指を立ててわたしを止める。
「これには裏設定があるんだ。この唾液を混入していたのは実はそういうタイプの妖怪で、飲んだ人間は幸福になるんだよ。たまたまこの目撃者くんはそういうのを知らなかったわけなんだけど、そういうのが噂になっていて、いつかこの目撃者くんもそれを知ってもっと本質を見なくちゃいけないな、と改心するという未来の話が……」
「じゃあそれここで書けよ!!!! 裏設定なんてないのと一緒なんだよ!!!!」
「む」
三枝は形の良い眉を顰める。
「そこまで書いちゃったらホラーにならないし、ただの良い話になってしまう」
「良い話じゃダメなの?」
「喜びよりも悲しみの方がパワーがある」
パワーってなんだよ。
いたって真剣な調子で言う三枝を見て、こいつは『変なヤツ』だとラベリングしておいた。ちなみに同じラベルが会長にも貼ってある。
「そんなに言うなら鈴川だって考えてみればいい。気を遣って怪談を書くのがどれだけ難しいかすぐにわかるさ」
なんでわたしが。
怪談部(ていうか今更だけどなんなんだこの部活名は明らかにおかしい)のことは怪談部でやってくれよと思うけれど、このまま放っておいたらどんどんこの部が明後日の方に向かって行き、会長との『変なヤツ』頂上決戦が発生して、すべてのとばっちりをわたしが被る未来が発生しうる。
仕方ない、舵取りだ、とわたしも考えてみる。
「幽霊が出てくるのはダメなんだよね?」
「ダメってことはないけど……」
三枝は口元に手を当てて考え込む。
「生前・死後問わず必ず救済されなければならない」
「……なんで?」
「創作者の都合で報われずに生を終える人間を作り出すのは悪徳だろ」
フランケンシュタインとかピュグマリオンとかいう言葉が浮かんできた。大丈夫なんだろうかこの男の子は。
まあわたしにはそのへんの機微はよくわからないのでとりあえず曖昧に頷いておいた。
「じゃあ、たとえば……」
唇に指を当てながら考える。パッと思いついたのは特別棟のこの部屋と同じ階にある図書室。
「図書室に呪いの本があって、実はそこに幽霊が~みたいなのは?」
「曖昧すぎてよくわからない。もっとディテールをくれ」
「呪いの本を読むと死ぬ。それは実は昔図書室で死んだ女の子の呪いで~みたいな」
「呪いの本で死んだ人間が可哀想すぎる。何の落ち度もないのに。後遺症のない程度の怪我くらいまで落としてくれ」
めんどくさ。名前も出てこないようなキャラクターにまでこだわるのか。
「で、その女の子はなんで死んだの」
「えーっと、病気?」
ううん、と三枝は迷うように顔をしかめた。微妙なラインらしい。
「それで、その話のオチはどうなるの」
「えっ、いや。怪我して怖いねで終わりだけど」
ふむ、と呟いて三枝は原稿用紙に向かって何事かを書きつける。ペンの持ち方が綺麗。
「こういうことか」
と言って対面に座るわたしの目の前に出した原稿にはこう書かれていた。
『図書室には読んではいけない本がある。それを読んだ人はみんな軽い怪我をした。それは昔死んだ女の子の呪いらしい。終わり』
ちょっと悪意があるまとめ方だと思ったけど。
「全然怖くないっぽいね」
「実際には実話っぽく書けば結構怖くなるかもしれないけどさ」
確かにわたしも『マイルドな怖い話』なんて簡単に言ったけれど、怖くない話とはイコールじゃない。かといってそれなりに見えるように脚色してしまえば『怪我』というワードが強く効きすぎて、かえって今までの怪文書よりも評判が悪くなるかもしれない。案外難しいのかもしれない。というか幽霊の救済だとかなんだとかいう条件を完全に忘れ去っていたと文に起こして気が付いた。
「三枝だったらこれ、どんな話にする?」
「そうだな……。怪我の噂を聞いた教育実習生が実際にその読んではいけない本を読んだところ、吐き気を感じて家に帰る。玄関先で耐え切れず嘔吐してしまうけれど、吐瀉物の中に紫色のぬめぬめした肉の塊みたいなのが混じっている。それを不気味に思いつつも正体が気になり、瓶詰にして保管しておいたが、次の日の朝に目覚めてその瓶を確かめると、その中には卵が孵化したかのように大量の虫が……」
「きもっちわる!!!」
スパーン!と。
思わず机越しに乗り出して三枝の頭をひっぱたいてしまった。
「気持ち悪い!」
「いや聞いてくれ。そしてオチはもしかして自分の身体には吐き出した分以外にもあの虫がいるのではという……」
「ご飯食べられなくなるわ!!」
もう一発スパーン!と。
「可哀想でしょその教育実習生!!」
自分の話の中で報われなかった人物たちを棚に上げて責めると、三枝は得意げな顔で。
「いや、これにも裏設定があるんだ。その後好奇心に耐え切れず再び図書室に赴いた教育実習生。そこで見つけたのは高校時代の初恋の女の子。あの日と変わらぬままの姿になぜ、と問いかければ、彼女は『初めからわたしはこの図書室の中でしか生きられない住人だった』と答える。彼女はその呪いと呼ばれる本から命を与えられた存在だったんだ。しかし実際のところその本は呪いどころかその逆で、人の身体の中に眠る悪徳の種を排出させる、いわば祝いの本だった。教育実習の彼は彼女の隣で初めてその本を最後まで読み切ってその意味を知り、そして夕日の射す中、ふたりは世界で一番綺麗なキスを――」
「長いわ!!!」
じっくり聞いていたわたしもわたしだ。
「また裏設定出てるし! ていうかそんなにハッピーエンドが好きならファンタジー恋愛でも書けよ! 文芸部に行って!」
「いやだから、この幸せが発生する部分はただ俺の精神を鎮めて登場人物に報いるための儀式みたいなもので、読む人に見せたい部分じゃないんだよ。読んだ人間にはとにかくマイナスの感情を発生させてほしい。というか真面目に恋愛みたいなものを文字に書き起こすと鳥肌が立つ」
最悪じゃねーか。至って真面目で端正な顔に誤魔化されそうになるけど、こいつ相当タチが悪いぞ。会長の思いつき廃部ゲームは案外正解なんじゃないだろうか。
「ていうかその、読者にマイナスの感情を発生させたいっていうのと、登場人物をちゃんと幸せにしたいみたいな気持ちは両立するの?」
「する」
即答。
「重要なのは自己決定の余地があるか否かだと思ってる。現実の人間は俺の目の届かないところでいくらでも自己決定できるけど、登場人物は自分のコントロール下に置かれる割合が高いんだから、そこには細心の注意を払うべきなんだ。創作者の都合で登場人物を逃げ道のない不幸に閉じ込めるのは俺の心が耐えられない」
世界観が違うのはよーくわかりました。だからこいつなんで創作なんてしてるんだよ。しかもホラー。
もう呆れてわたしは投げやりになってきた。好みの顔が話しかけてくるのを楽しもう。
「へー。じゃあサイコホラーとか書くならどうするの。あの、幽霊より人間の方が怖いよね~みたいなやつ」
「独自の生活文化、コミュニケーション手法を持っているそれぞれの人間が交わる様を書くかな。別の文化圏の人間との刹那的な接触は恐怖を発生させる場合があるから」
「そっか~」
人間ドラマ書けよ。
わたしはうんうん適当に頷いて。
「じゃ、廃部ってことで」
「なんで!!」
「いや話してみてわかったけど三枝の書きたいもの文芸部でも書けるよ。統合しなよ」
「いやだってさっきは妥協してくれるって」
「だって妥協する気ある? 張り出しやめる? 話マイルドにできる?」
「んぐ」
「喜々として怪文書張りつけてるみたいだし、もうこっちとしてもできることはないっていうか……」
「待ってくれ!!」
三枝が立ち上がって机を回りこんできて、わたしの両手をぎゅっと握った。
あーヤバイヤバイヤバイ。これはヤバイですね。心拍数二百くらいになってるもん。うわーヤバイ。あーヤバイですねこれは。手が大きい。もう胸に穴開けられたんじゃないかってくらいときめいてるからね。ヤバイね。ものすごい勢いで顔に血液上ってきてるよ。はい深呼吸ー。すーっ、んはーっ。大成功。ものすごい良い匂いしたね。上ってきた血液全部鼻から出そう。わたしはこれでいいのか。
「俺は怪文書を張りたい!」
はい、すーっと血液が下がって行きましたね。おーけーおーけー。
「そしてできるだけ多くの人間を恐怖させたい!」
キリッとした顔で最悪なことを……、いや、でも怪談を書こうとしてるんだからその姿勢は正しいんだろうか。なんかよくわからなくなってきたぞ。
「だけどどうしても登場人物にひどいことができなくて、毎回毎回かえってソフトな描写ができなくなってるんだ……」
そうなんだ。大変だね。
三枝はいきなりぐいっと顔を近付けてきて。
「俺はどうすればいいんだ!?」
知らないよ。
冷静な頭はそう考えていたけれど、一方冷静じゃない方の頭はわたしからもぐいっと行っちゃっていいかながばっと行っちゃっていいかな、と考えていた。いやダメだよしっかりしろわたし。
「自分がつくったキャラクターにひどいことできないなら、実在の人物で怪談書いたら?」
心底どうでもよくなってきたので適当に言った。自分が酷い目に遭うならいいんじゃないのみたいな投げやりな気持ちで。
けれどなぜか三枝はとても感動しました、みたいな顔で瞳をキラキラさせていて。
「そうか! つまり君をモデルに書けばいいんだな!!」
「え、ちょ」
「そうかなるほどわかったありがとー!!」
言い訳しようとしたけれど、勢い任せの三枝にがばりと行かれて。
深呼吸したらあえなく意識が吹っ飛んだ。
それからというもの。
怪談部は存続した。わたしが大活躍してる怪談を三枝が生徒会室に持ち込んできて、会長がそれを読んで爆笑したので廃部話は一発で白紙に戻った。腹が立ったので後で会長は撫でまわした。嬉しそうにしてた。
そして三枝の怪文書は、わたしを主人公に据えて酷い目に遭わせたり、三枝自身も登場させて報われないポジションにキャスティングしたり、会長のワガママの下カッコイイポジションのキャラで会長を登場させたりしながら、未だに掲示板に定期的に張り出されている。何かの壁を破ったのか以前と違って苦情もなく面白いと評判になった三枝怪談は、今では寂れていた掲示板まわりを賑わせている。
よくもまあ自分の登場する話なんか書いてて恥ずかしくないもんだ。
「あれが鈴川先輩でしょ?」
「あの毎回悲惨な目に遭う……」
「たまに物理攻撃で霊を退治する……」
「よく霊になったりする……」
少なくともわたしはとても恥ずかしい。
三枝怪談ではわたしの登場頻度がかなり多く、今では『生徒会書記の鈴川さん』よりも『三枝怪談の鈴川さん』の方が通りが良くなってしまった。なんだこれは。廊下を歩くだけでひそひそ噂される。これでいいのかわたしの高校生活。
まあそれ自体はいいのだ。いやよくないけど。
最近は物好きな生徒たちが三枝に頼んで三枝怪談に登場させてもらったりしていて、段々わたしの影も薄くなってきている。いずれはわたしも普通の生徒会役員として再認識されるようになるだろう。
本当の問題は。
「おーい、すずかわーっ!」
廊下の向こうから手を振ってやってくる、わたしの好みの顔そのままみたいな男の子。
「今度はノンフィクションテイストにしよう! このあたりに何のいわくもついてないけどやけにそれっぽい廃墟みたいになってる場所を発見したんだ! 管理者の人に見学の連絡を取ったから準備して土日に行こう! どっちが都合いい?」
本当の問題というのは、つまり。
わたしは諦めの溜息をついて。
「仲間外れにすると会長が拗ねるから、ちゃんと三人で相談しようね」
「ああ!」
顔とかそういうの関係なしに、この『変なヤツ』にほだされつつあるということだ。
めんどくさ怪談部 quiet @quiet
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