第3話 男前チョコレート
「ねえジョンくん。これどう思う?」
「どう思うって?」
「どう思うといわれたら、これしかないでしょ! ほら、《男前チョコレート》!」
「まるで宣伝文句かと思った」
「わたし、許せないのよね」
「何がですか」
「この、《男前チョコレート》ってやつがよ! 何よ、これキー! って、ハンカチ噛みたくなるぐらい、許せないわけ」
「じゃあ別のチョコレート食べれば?」
「そう言うことを言っているわけではないの!」
「そうなの? てっきり《男前チョコレート》が嫌いなのかと」
「あなた、そういうチョコレート差別はよくないわ。大変よろしくない。チョコレートの肌の色の濃さとかで、チョコレートそのものの価値を判断するのは、もう、だめ。ブラックとか、ホワイトとか、愚の骨頂。人間として、終わってる」
「どうしてたかがチョコレートでここまで言われなきゃいけないのか」
「たかが、チョコレート。されど、チョコレート、よ」
「そもそも、バレンタインのときに、きみはブラックとかホワイトとか、言ってなかったっけ」
「まあ、そんなことはどうでもいいのよ」
「どうでもいいんだ」
「と、なると? わたしが何を許せないと思っているか、ジョンくんは聞きたくなってくるわけだ?」
「聞きたくならないしあまりにも強引すぎる話の持っていきように、毎度毎度、度肝を抜かれるよ」
「んもう~、仕方がないわねえ。教えてあげるわよ!」
「何でそんなに嬉しそうに言えるのか、心底不思議だよ」
「わたしはね、このネーミングが、許せないわけよ、やっぱり」
「やっぱりと言われても初耳だけど」
「《男前チョコレート》はあって、《女前チョコレート》はない。おかしいと、思わない? 男尊女卑よ、これ。前時代的だわ」
「まあ確かに、男前だけあるってのも、ねえ」
「《女子供は後ろに引っ込んでろチョコレート》はあるのにね」
「ないよ。ないから。全然ない」
「だから、わたしはこうして憤りを感じているわけ。何よ、アーモンドのくせに生意気なって思うわけ」
「のび太のくせに生意気な、という理由と同じぐらい、理不尽だよ」
「許せないから、わたし、電話するわ」
「迷惑だってば。お願いですから、やめてください」
「あなたがお願いしたら、やめるわ」
「すでにしとるがな」
「チッ、チッ、チーン。はい、お願い可能タイム終了~!」
「何を言われても辞める気なかったなこれ」
「じゃっ、かけるわよ~」
(ぷるるるる……ガチャ)
『お電話ありがとうございます。こちら、セコスギチョコレート株式会社お客様相談室担当、安井と申します。本日はどういったご用件でしょう?』
「どうして《男前チョコレート》はあるのに、《女前チョコレート》はないのか、理解しがたい。また、女性であるわたしからすると、大変遺憾です。だから、明確で納得のいく説明を求めたく、お電話させていただきました」
『了解いたしました。ご用件、復唱致します。〝どうして《男前チョコレート》はあるのに、《女前チョコレート》はないのか、理解しがたい。また、女性であるお客さまにおかれましては、大変遺憾にお思いである。だから、明確で納得のいく説明を求めたい〟ということでよろしいですね?』
「はい。結構です。わたし、どうしても解せなくて、毎晩毎晩横にならないと寝られません」
それは概ね普通だ。
「もう本当に、どうしてくれるんですか。立ったまま寝たい気分のときや、座ったまま寝たい気分のときだってあるのに、気になって気になって眠れません」
おそらくそのクレームは横になって寝るだけですべて解決する。
『大変ご迷惑をおかけいたしまして、誠に申し訳ございません。貴重なご意見、ありがとうございます』
なんの貴重さもない。
「ええ。もう本当に、許し難い事実よ」
『今回ご質問いただきました件のご解答ですが、《女前チョコレート》こちら、現段階では商品開発中となっておりますため、未販売となっております』
「………………え……?」
『現在発売中の《男前チョコレート》との差別化に、日夜研究し販売に向けて邁進しております』
「……そ、そう……なの…………」
『弊社としましても、《女前チョコレート》の販売は、平素より成し遂げたい目標として、社員一丸となり、掲げております』
「あっ……そう………………ですか……」
『以上で、ご解答の内容と致しましては、差し支えございませんでしたでしょうか?』
「…………はい…………」
『ありがとうございます。他にご質問等は、ございますか?』
「いえ……あの…………頑張ってください」
珍しい! 完全に負けている!
『大変励みになる言葉をいただき、誠にありがとうございます。それでは、失礼致します。神撫様、お電話ありがとうございました』
(ガチャリ)
「……」
「おーい」
「………………」
「おーいってば」
「……………………ぁによ」
「何をしょんぼりと椅子の上で体育座りしているんですか」
「……………………だってぇ」
「良かったじゃない、《女前チョコレート》、開発中で。これで横にならなくても寝られるね」
「……そうね」
「喜ばしいことじゃないか」
「……まあね」
「意外だったけどね」
「……割とね」
「というかね、男尊女卑って、そもそも、世の中には逆パターンもあるよ。例えば、片親の場合、女の人しか、国からの保障を受けられないようなことがあったりとか」
「………………」
「あと、最近よく聞く婚活パーティーとか。あれって、男子だけは会費がかかって、女子は無料だったりするらしいよ」
「………………」
「他にも、専業主夫というのが、世の中からはあまり認められていないとか。ライトノベルだと、女の子の方が強い作品が多いとか。そんなの、色々あるよ――って、あれ?」
「………………」
「おーい?」
「………………」
「もう寝てるし」
ばかのじょ ていへん かける @teihen_kkr
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