狂った世界の叙事詩

@sakurai78

第1話

いつの間にか誰もいなくなった。

暗闇の中。

空を飛行する幾千の軍艦を見上げた。

なぜみんないなくなってしまったのだろう。

それは、彼らは僕の敵だから。

暑苦しい八月の夏。縁側で音楽を聴いていた。

ラムネを飲みながら、思う。

あの空の向こうにみんながいるのだろうと。

誰かが仕向けたのだ。

昨日まで無垢でいられたのに。



鯨は空で群れを成し、その鳴き声を響かせる。

あれはなにか、見たことがないぞ。

街はずれの喫茶店で寛いでいたら、突然そいつは現れた。僕が飲んでいたコーラを振動させるそれは、爆撃だった。


喫茶店の看板娘ルナはきょとんとしている。

「なんだろう、あれは」

ルナは予測した答えを返してきた。

「あの、爆撃じゃないでしょうか」

「爆撃って、まさか。あの爆撃?。だよね。ということは、みんな今頃」

「あの、それ以上は言ってはいけない気がします」

あの小さな街に花を咲かせる意味はわからない。軍の施設もなければ、軍人もいない。


どうすればいいのだろう。

ルナはテレビをつける。

漫才師や猫が映る。ニュースにはなっていないようだ。

ルナは店長に連絡しようと電話を架ける。

僕は無意識にコーラで口を潤していた。

「なつきCITYに行こうと思うの」

「やめといた方がいいよ」

「でも、でも」

「こう考えたんだ、なつきCITYは滅びる運命にはなかった。ただ、だからこそ、滅んだ」

「つまり?」

「見せしめってことだよ」

「でも、いったい誰が……」

「わからない。もしかしたら神様かも」

「神様はひどいことするのね」

まったくだ、と共感しながらも、僕はカタカタと生まれかけの卵みたく震えている。

生まれてくるのは雛ではなく、もっとおぞましいものに思えた。

僕とルナは二人でベンチに座っている。

この田舎だ、あたりは殆ど家はなく、原っぱになっている。僕の真横には電柱がある。

電柱には裸の女の子が描かれている。

女の子は全裸でビールを飲み、未成年飲酒を犯している。

誰が描いたのだろう。

描いたのではい。発生したのだ。

だから、おじさんが微笑んでいた、あの旨そうなカレーの宣伝は、今はこの有様だ。

一八禁が公然と公開されているにはわけがある。世界に大量発生した美少女が、僕らの生活に侵入してきて、社会が乗っ取られたからだ。

今更嘆いたって、もう遅い。

ルナだって発生した美少女かもしれない。

鰻が土から発生すると思われていたように。

それでも、店内のコーヒーメーカーの隣にあった写真には切り取られた時間が飾られていた。それすら信じられなくなったとしたら、と考えると恐怖だ。


僕らはあたりが真っ暗になったあたりで、店長が行方不明になったのだと考えはじめた。

「店長は僕がここに来たときにはいなかった。その前は?」

「たしかに店長さんはいましたが、どこにも店長がいた形跡がありません」

「やっぱりだ。僕は思ってたんだ。店長は羊だって、迷える子羊。そして不要と見なされた。でも、店に君だけしかいないなんて、ありえないことだよ」

「わたしは、コーラをあなたに提供していました。それはとまとさんがラムネを飲んた後だと思っていたんだけど」

「いや……後じゃないな。ルナ、僕はラムネを飲んでいた。あの縁側で。だけど、同時にこの喫茶店でコーラを飲んでいた。一円の」

「一円のコーラを提供してた私は、過去から切り離されていて、その時点であなたは死んでいたはず」

「そうだ、僕は死なない」

世界から切り離された存在は、自発する世界の中では死なない。死ねない。なぜなら僕、とまとは勇者だから。

ルナは僕に尋ねる。

「もしかしたら、あなたは神様なのかもしれない」

「それはないと思う、神様とは全知全能の存在のことだ。一寸先のすべてが闇で、一寸後ろもすべて闇だし、僕は何も知らないし、超越しているわけではない。未来日記には予想される出来事が書かれているはずで、それこそ神様のバイブルで神様だ。それの持ち主は知らないけど。ハルⅢから君が解放されているのは……。初めて会ったときはこんな会話はしなかったね」

「街のみんなはハルⅢのユートピア計画に付き合わされているだけなのかしら」

「彼らは同じ生活、同じ生涯を何度も繰り返すんだ。それは生物として普通のことだ。僕は世界を救うべきなのかもしれない」

「私も……何かできないでしょうか」

「ありがとう。そうだ、ここにいても埒があかない。まずは西にある村を目指そう」

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