永遠に響け

リは、マリ。家族」


そう答えた時、マリアナは頬を緩ませ笑った。レイラも、釣られてにへらと笑った。

マリアナは大好きだし、トーマスやリリも好きだ。父と母がいなくなってしまったのは辛いことだったが、代わり……ではない。かけがえの無い人を失ったが、かけがえの無い人を得たのだ。レイラが心に溜め込んでいた思いはマリアナや司祭が汲み取ってくれた。

トーマスやリリだって孤児。レイラの痛みを理解していた。

レイラが両親を失った痛みを和らげる人は周りに沢山いた。レイラはすぐに孤児院に順応した。


周りの大人達は、そんなレイラを聡明な子だと思った。そして、レイラはそんな人達は新しい家族なんだと思っていた。


でも、本当の家族は別にいる。


その事実は、年の割に理窟っぽいレイラにのしかかる。今いる家族は本物か?本物なら昔の家族は?昔の家族と今の家族。

理屈で考えれば家族というものが何なのか、さっぱり分からなくなった。


マリアナに家族だと言ったあとも、レイラはその事で深く考えなければならないと考えていた。自分で理解していないのに、マリアナに無責任な事を言ったと悔やんでいた。


そんな最中、マリアナがトーマスとリリを探しに山へ行って帰ってこなくなった。

マリアナは帰ってこない。夜になっても。

帰ってこないのは、冷たくて、暗くて、寂しい。お母さんや、お父さんが動かなくなった朝は、太陽がやけに世界を焦がしていた。

太陽がギラギラと輝いても、冷たくなるばかりの亡骸。マリアナがそうなるのか。それは嫌だ。伝えたいことがある。一緒にやりたいこともある。それが出来ない。辛い。怖い。


その日、マリアナは帰ってこなかった。



ーーーーー



マリアナは次の日にあっさりと帰ってきた。その上、妙にスッキリした顔をして。しかし色々な人にしぼられ続けたらしく、リリに抱きついて喚いていた。


その後マリアナを引きずって、話をした。

マリアナはレイラに終始申し訳なさそうにしていた。


「マリ、これからもいなくならない?」


「もちろん、約束します……と言いたいところですが町の中で時折迷子になったりはするので……」


「マリ、ドジすぎる。マヌケ」


「言いたい放題ですね……否定はできませんが」


「だから、私が見つけてあげる」


「助かります」


レイラはマリアナの肩の荷が降りているような気がした。


しかし結局、家族とは何なのか、それは分からずにいた。



ーーーーー



「そうか、分からないなら考えて考えて、自分の答えを見つけるんだな」


そう言った彼の眼には不思議な感情が宿っていた。彼自身、何なのかは分かっていないのかもしれない。

彼の知り合いの芸人は、見事な舞を披露していた。

彼――カルロスと別れた後、マリアナは旅芸人、エリーにも訪ねた。


「お姉さん、さっきの男の人は、家族?」


「ええ、そうよ」


「でも、あの人は違うって」


「……ふふっ、そりゃあそうでしょうね」


すっと耳に口を近づけるエリー。

その口から放たれた事実は、レイラにも驚きのものだった。


「……なるほど」


「ダーリン……カルロスには内緒よ」


「うん」


「エリー……家族って、何?」


「家族はただの関係よ。血が繋がっていたり、結婚した相手との云々とかよ。そんなのに名前をつけただけ」


エリーの理屈はレイラには酷く淡白で、薄い気持ちしか込められていないように思える。それはとても悲しい考えで、そしてその基準だとマリアナやリリは家族じゃないと言われているようだった。


「お姉さんの考えは、冷たい」


口を尖らせてエリーを非難する。エリーの瞳は冷たく光っていた。


「呼び名に縋る関係って脆すぎるわよ。あなたの大切な人はあなたが家族じゃなくなったらあなたを捨てるような人間なの?」


つまらない人間ね、と切り捨てるエリー。レイラの心に彼女の言葉は突き刺さる。


「何も知らないくせに」


「知らない人間に尋ねるのが悪いのよ」


ふっと鼻を鳴らすエリー。悔しいが何も言い返すことができない。


「その薄っぺらい関係が長続きするように頑張ることね、お嬢さん」


レイラは堪らず駆け出す。こんな女のところになどもう一瞬たりともいたく無かった。


元々迷子になったマリアナを探すために来たのだ。マリアナを探さなければならない。だが、きっと今の自分は酷い顔をしているのだろう。こんな顔で行けば心配をかける。大人しくレイラは宿へ帰る事にした。


しかしどうやら、エリーが付いてきている。レイラは宿へ帰らず、鳥の遺跡を見に行くことにした。昨日一度見たが、その時はマリアナがはしゃいでいてそっちの方が気に入ってしまった。思い出すだけで笑えてくる。


「お、嬢ちゃん遺跡を見に行くのか?それならほれ、いいものやるよ」


作業着を着た男は小さな金属板をマリアナに渡した。


「ありがと、おじさん」


頭を下げて礼をする。鉄のように見えるが異常に軽い。


「いいってことよ、どうせ学者に渡した所で大したことは出来ねーんだから、嬢ちゃんがその板の謎、解いてみるか?」


ゲラゲラと笑いながら歩いていく男。おそらく彼は、ここら辺の遺跡を掘り出す仕事をしているのだろう。旧時代の文明技術は尋常ではないだろうと言われている。故に旧時代の遺跡探掘は国が最も熱を込めている事業なのだ。旧時代の遺跡探掘の功績として、熱機関の設計図の解明は有名だ。。旧時代の熱機関の構造をヒントにして、エルミーという研究者が蒸気機関を発見した。


「この鉄板…なにか書いてある」


不思議な模様のようなものが描かれていた。ひょっとすると失われた文字なのかもしれない。別の国の文字なのかもしれない。


しかし、レイラにとってはどうでもいいことだった。光り輝く板は旧時代の技術の断片だろう。持っておいて損は無い。とりあえずは鳥の化石を見に行くことにした。



ーーーーー



化石を再び見たレイラは、今度こそ大人しく宿に帰ることにした。宿にいる人達はマリアナとレイラが迷子になったと勘違いしているだろう。


急いで戻る。のんびりしていると日が暮れそうだ。遺跡から戻り、宿に辿り着く。

どうやらまだマリアナは帰っていないらしい。


「てっきりレイラとおねーちゃんでどっかに行ってるのかと思ったぜ」


「ううん。マリは、迷子。私は、探しに行った」


「…ねーちゃん、山では迷子になんてならないのになぁ」


おかしそうに首をかしげるトーマス。レイラは山に行くのは好きではない。疲れるのは勘弁だ。時折トーマスやリリと山に行っているが、その時は迷わないようだ。


「ふぅ……あら、あなたもこの宿だったの」


先ほどエリーが付いてきたのは宿が同じだったための様だ。それにしては着くのが遅いとは思ったが、そんな事はどうでもいい。


「お姉さんも、宿はここだった?」


「ええ、そうよ」


「悲しい偶然」


「失礼ね、貴女」


切れ長の瞳は相変わらず冷たい何かを宿している。それが何かは分からない。

ぐっと顔を近づけてくる。先程もこんな事があった。


「ねぇ、鳥の遺跡で旧時代の遺産を渡されたでしょ?私の部屋で見せてよ」


驚いて距離をとる。この女、宿に行こうとしたからたまたま・・・・つけられているように感じたのではない。本当につけていたのだ。意味がわからないと言わんばかりにレイラは目を見開く。呼吸は乱れ、足腰は立たないようになっていた。


「……私のことなんだと思ってるのよ」


呆れたと言わんばかりに首を振るエリー。


「まぁいいわ、それも含めて真相ってのを教えてあげるわ」


部屋に来なさい。

そう言われ、レイラはまだ震えの止まらない足を無理やり動かして部屋に向かった。彼女に嫌なことは言われたが、別段嫌悪感があった訳ではない。つけられていたことは若干引いたがそんな事ごときで驚くレイラではない。何となく、何となく彼女は近づいてはならない…そんな恐ろしい何かがある、気がした。直感なのだ。冷たい目に宿るソレは、彼女の本質。カルロスは気付いていない、むしろ目利きの商人さえ気づかない程なのだ。普段は潜んでいる冷酷な何かは、レイラを見るときにだけあるものなのだ。


しかし、レイラは彼女は自分に手は出さない。そんな奇妙な信頼感もあった。それも、直管だった。二律背反の二つの直感の間で揺れ動く心を抑えつつ、レイラはエリーに付いていく。



ーーーーー



「まず、ここは西部国境の街よ、お隣は人住まぬ地域ノー・マンズ・ランドだから国境とは本来言えないんだけど…じゃなくて、かつて最も不安定だった場所でよく一人で歩けたわね、貴女。馬鹿なの?それとも貴女の保護者がよっぽど愚かだから?」


マリアナは悪くない…とはこの場合言えないが、ここでマリアナが非難されるのは違う。


「……私に知識が無いから」


「そう、当たりよ。貴女が馬鹿だから」


「バカバカうるさい」


「ごめんなさい、私はどうも口が悪いみたいでね」


ダーリンには内緒よとウインクする。それすらも今となってはあざとい。


「さて、例の鉄板、見せて」


しぶしぶ見せる。そこは、かつてもっとも世界で使われていた文字列が存在した。

書かれてあったのは短い英文であった。


Peace hath her victories, No less renowned than war.


ただのそれだけ。レイラには文様に見えた。が、エリーにはそうは見えなかった。

彼女は英語を知っていた。読めはしないが。

ただ、何か、大切な事を伝えようとしている気がした。


「ふぅん……島の外の言葉じゃない、これ。それに、ずいぶん軽いのね。鉄じゃない……別の金属…よね?これ、鳥の遺跡の近くで見つかったのよね?」


頷くレイラ。男はそんなような事を言っていたはずだ。


「鳥の近くに謎の金属板……島の外の言葉…てことは、鳥と旧時代の文明は関係してる」


しばらくぼそぼそと呟き続ける。切れ長の瞳には先ほどの冷たさは失せていた。今の彼女の瞳には好奇心が現れているようだった。


「……ありがとね、えーと…名前、何だっけ?」


そういえば自己紹介をしていなかった。名前も知らない初対面の女に随分自分も惹かれたものだ。惹かれたと言っては語弊があるが。


「レイラ」


「そう、私はエリー」


「エリー、どうしてつけてたの?」


そう聞くと、はぁとため息をついて行った。


「子供一人でこんな危険な街うろつかせる訳にはいかないでしょ」


意外である。思っているよりいい人なのかもしれない、とレイラは思う。そんな雰囲気を感じ取ったのか、エリーは言い訳をした。


「私との会話の後で攫われたとか殺されたってなると後味悪いでしょ、おわかり?」


ぽりぽりと頬をかきつつ言う。この女はどうしてこう素直じゃないのか。第三者が見れば呆れる程の態度である。レイラにも照れ隠しであるとすぐに分かった。ただ、彼女の目にときどき宿る暗い光の正体は分からなかった。




ーーーーー



その後マリアナはあの商人と帰ってきた。単独行動は結局しぼられた。

レイラには結局、家族が何かもエリーが何者かもさっぱりわからない。けれども、分からなくてもいいんじゃないかと思った。いつか、分かればいい。その為に何かをするもしないもよし。自分に出来ることなぞたかだかしれている。そんな風に思った。


いつか自分に出来る何かが見つかる。

とりあえずは、金属板に描かれたアレの解読ができるようになるといいな、と思った。

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崩れた世界より愛を込めて 本田本科 @Honda-honka

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