商人の旅路

カルロスは南部国境近くで生まれた商家の坊ちゃんだ。将来家を継ぐのは当然だったし、その為に品定めの技能や知識、算術なんかも身につけた。家庭教師は厳しく、何度もボコボコにされた。マナーの授業でも、言語の授業でもだ。その分、認められた時は嬉しかった。家を継いだ時も一番喜んでくれていたのは家庭教師だった。


家を継いでからは大変だった。国の果てに行き、たまに国境をまたぎ危険地帯を突っ切る危なっかしいもの。しかし、やりがいのあるものだった。これまで線路の上を行く人生だったのに対して、世界を渡り歩く商人はなかなかやりがいのあるものだった。自らで全てを決める。そんなことができて、行きたいところで売りたいものを売る。それが楽しかった。


そんなカルロスが目につけたのは西部国境で見つかった巨大な鳥の化石。それを模した人形や工芸品を仕入れて東部国境で売る。

儲かる仕事が見つかったとほくそ笑みつつ、彼は南部から機関車に乗りのんだ。



ーーーーー



「ダーリンっ!置いてこうなんて酷いわ」


きゃっきゃと騒ぎながらカルロスに抱きついてきた旅装束の女。カルロスはうんざりしながら彼女を見た。


「エリー、どうしてバレたんだ……」


「私とダーリンのあいだに秘密なんて無いのよ、もうっ」


肩をぺちんと叩く。

エリー。カルロスが中央で商売を構えた時に出会った旅芸人。流れるような長髪に燃え上がるような赤茶の髪色。切れ長の鋭い瞳は穏やかな緑。美しい女だが、見かけによらず惚れっぽく情熱的である。


「ったく……危ない所にも行くんだから付いてくるのはよせ」


「ダーリンもアタシも、旅路でたまたま出会っただけよ、た、ま、た、ま」


そう言いつつカルロスにウィンクする。今度の旅もまた穏やかにはいきそうに無いなと密かにカルロスは嘆息するのであった。


汽車に乗るのは初めてではなかった。実際機関車が実用化されて間もないが、蒸気機関についても聞いたことはあったし何より仕事柄急ぎの時は機関車ほど便利なものはなかった。少しばかり高いのがたまにキズというやつだった。


「というか、節約するのがお前の主義だろ?エリー」


「西部までならさほど値段はかからないわよ……それより何?アタシがいるのがそんなに嫌なの?」


むっと唇を尖らせるエリー。カルロスはエリーが嫌いではなかった。面白い女だと思っていたが、だからこそ毎回付いてくるのが心配だった。デウスベルムの痕跡は未だに根強く世界に存在し、『踏み入れると死ぬ』場所の近くや異形の化物の暮らす街なんてところも通らなければならなくなる時もある。

そういった所にまで平気で行く彼女の身を案じていたのだった。


「……いや、今回は西部だから安全だしな、問題は無い」


「もうっ、ダーリンったら……ついつい心配になっちゃったじゃない」


ニコニコ笑いながら景色を見る。

そろそろ出発の時間だ。けたたましく高い音が響き渡る。大量の蒸気が織り成す喧しくも技術の進歩を感じさせる音。


「さて、出発だなエリー。せっかくの旅だ、何か歌ってくれないか?」


「あら、芸人は自ら歌ってからふんだくるのが基本よ?なんてね、ダーリンには特別よ?……この島の外の曲らしわよ、まぁ旅芸人としては必須の歌ね」


「島の外?海は汚れていて航海は困難だぞ」


「やーね、先史文明の遺産って奴よ」


「ほう、そんなものは発見できるのか、ポンコツ研究者どもめ」


席に座り、窓の外を見ながら煙草を吹かす。隣では美女が歌を歌おうとしている。なかなか洒落込んでいるじゃないかとカルロスはクスッと笑う。

エリーがすうと息を吸って歌い始める。


美しく、どこまでも響くような歌声はカルロスを含めその車内の客の皆が聞き惚れた。



ーーーーー



カルロスは南部国境近くで生まれた商家の坊ちゃんだ。将来家を継ぐのは当然だったし、その為に品定めの技能や知識、算術なんかも身につけた。家庭教師は厳しく、何度もボコボコにされた。マナーの授業でも、言語の授業でもだ。その分、認められた時は嬉しかった。家を継いだ時も一番喜んでくれていたのは家庭教師だった。


家を継いでからは大変だった。国の果てに行き、たまに国境をまたぎ危険地帯を突っ切る危なっかしいもの。しかし、やりがいのあるものだった。これまで線路の上を行く人生だったのに対して、世界を渡り歩く商人はなかなかやりがいのあるものだった。自らで全てを決める。そんなことができて、行きたいところで売りたいものを売る。それが楽しかった。


そんなカルロスが目につけたのは西部国境で見つかった巨大な鳥の化石。それを模した人形や工芸品を仕入れて東部国境で売る。

儲かる仕事が見つかったとほくそ笑みつつ、彼は南部から機関車に乗りのんだ。



ーーーーー



「ダーリンっ!置いてこうなんて酷いわ」


きゃっきゃと騒ぎながらカルロスに抱きついてきた旅装束の女。カルロスはうんざりしながら彼女を見た。


「エリー、どうしてバレたんだ……」


「私とダーリンのあいだに秘密なんて無いのよ、もうっ」


肩をぺちんと叩く。

エリー。カルロスが中央で商売を構えた時に出会った旅芸人。流れるような長髪に燃え上がるような赤茶の髪色。切れ長の鋭い瞳は穏やかな緑。美しい女だが、見かけによらず惚れっぽく情熱的である。


「ったく……危ない所にも行くんだから付いてくるのはよせ」


「ダーリンもアタシも、旅路でたまたま出会っただけよ、た、ま、た、ま」


そう言いつつカルロスにウィンクする。今度の旅もまた穏やかにはいきそうに無いなと密かにカルロスは嘆息するのであった。


汽車に乗るのは初めてではなかった。実際機関車が実用化されて間もないが、蒸気機関についても聞いたことはあったし何より仕事柄急ぎの時は機関車ほど便利なものはなかった。少しばかり高いのがたまにキズというやつだった。


「というか、節約するのがお前の主義だろ?エリー」


「西部までならさほど値段はかからないわよ……それより何?アタシがいるのがそんなに嫌なの?」


むっと唇を尖らせるエリー。カルロスはエリーが嫌いではなかった。面白い女だと思っていたが、だからこそ毎回付いてくるのが心配だった。デウスベルムの痕跡は未だに根強く世界に存在し、『踏み入れると死ぬ』場所の近くや異形の化物の暮らす街なんてところも通らなければならなくなる時もある。

そういった所にまで平気で行く彼女の身を案じていたのだった。


「……いや、今回は西部だから安全だしな、問題は無い」


「もうっ、ダーリンったら……ついつい心配になっちゃったじゃない」


ニコニコ笑いながら景色を見る。

そろそろ出発の時間だ。けたたましく高い音が響き渡る。大量の蒸気が織り成す喧しくも技術の進歩を感じさせる音。


「さて、出発だなエリー。せっかくの旅だ、何か歌ってくれないか?」


「あら、芸人は自ら歌ってからふんだくるのが基本よ?なんてね、ダーリンには特別よ?……この島の外の曲らしわよ、まぁ旅芸人としては必須の歌ね」


「島の外?海は汚れていて航海は困難だぞ」


「やーね、先史文明の遺産って奴よ」


「ほう、そんなものは発見できるのか、ポンコツ研究者どもめ」


席に座り、窓の外を見ながら煙草を吹かす。隣では美女が歌を歌おうとしている。なかなか洒落込んでいるじゃないかとカルロスはクスッと笑う。

エリーがすうと息を吸って歌い始める。


美しく、どこまでも響くような歌声はカルロスを含めその車内の客の皆が聞き惚れた。



ーーーーー



「ここか、西部国境線の街ってのは?」


爽やかな秋のような風が吹く草原は一面が青々と茂った草原に、真っ白な石で組み立てられた建物。

石細工ととうもろこしの街クレスタ。人々は最近北から南からありとあらゆる方向から人が来るからか、大忙しだ。


「……少し目を付けるのが遅かったか…?」


しまったと思うがもう遅い。発掘された時すぐに来ておけばよかったと後悔した。


「ダーリン痛恨のミスね、私はもう疲れたし宿をとるわ」


ひらひらと手を振って去っていく


「おーう、お疲れさん……さて、リーの所へ行って早速発注しなくちゃな」


馴染みの石細工工房の職人の名前を思い出し、歩いていく。とん、と誰かとぶつかる。下を見ると、小さな子供……女の子が倒れていた。


「すまないな、お嬢さん」


そっと起こすと、その女の子は


「……ありがと」


と俯いたまま言って歩いていった。

カルロスは気を取り直して工房の方への歩いていく。


工房は駅から歩いて二十分ほどの場所だ。リーは最近継いだばかりの職人だが、その分安値で取引できる。


「リー!いるか?」


「へいへい、おぉっカルロスの若旦那じゃないですか…おっと、今は旦那だったか」


「ああ、おまえもそろそろオヤジさんに認められたのか?」


「へへっ、まだまだ甘いってさ」


お互い軽い世間話から入る。職人気質ではないリーは商人にとっては話しやすい奴でもあった。


「……さて、最近安定して石笛いわぶえを作れるようになったんすけど、どうですかね?」


石笛とは小さな笛で、クレスタの工芸品の一つでもある。


「…いや、今回は鳥の置物だけでいい。笛は売れやしないからな」


「……旦那は利益主義ですね」


恨みのこもっためで見られるが、手を振りカルロスは返事を返した。


「生憎、家の家訓なんだよ『利益を求め利益をうみだせ』ってのがな」


「なるほど、拝金主義の家系ってわけか」


「失礼な奴め」


そう言いながら工房を出る。


「旦那、ここにはどのくらいおられるんで?」


「七日だ、鳥も見てみたいしな」


工房から出ていく。カルロスは、宿をとっていないことを思い出し、慌てて宿を探しに行った。



ーーーーー



宿をとった時には既に夕暮れであった。カルロスは夕暮れ、この街が美しいことを知っていたため外に出る。


「旦那!もう飯だよ?」


「なに、少しばかり散歩だ」


一人で商談に来たのは久しぶりだ。前の太守の頃は治安が悪かったが、今の太守に変わってからはすっかり治安がいい。

のんびりと街並みを歩きながら眺める。子供たちがきゃっきゃと騒ぎながら遊んでいるのを見たりするのは楽しいものだった。


『利益を求め利益をうみだせ』。

カルロスの商家の家訓。カルロスの父は常にその事を彼に教えこみ、利益を生み出すことの重要性をとき続けた。利益、金、黒字。利益を生み出す合理的な思考法はカルロスにはなかなか馴染まなかった。彼自身そんな考え方があまり好きでは無かった。いつしか商売をする時としない時で脳みそが切り替わるようになった。


ドン、とぶつかる。考え事をしていてもここまで人とぶつかることは少ない。スリか?財布を確認し、懐中を確認し、そして前を向く。


「すみません、ぼーっとしてました」


先に謝られた。修道女だった。黒く重い髪の毛に大きく丸い黒の瞳。小さな鼻の若く可愛らしい娘だった。


「……いや、こちらも少し考え事をしていてな」


「考え事ですか?でしたら相談にのりますよ、私こう見えても教会の者なので」


「どっからどう見ても修道女じゃないか」


「……そうでしたね、それで、何をお悩みになっていたんですか?」


「いや、他人に話すもんでも無いさ」


「そうですか、では貴方にも神のご加護がありますように」


「おう、お嬢さんも気を付けて歩きなよ」


「はい、それでは」


カルロスは宗教に嫌悪感を持っていた。あんなものに縋りたくは無かったし、南部の教会は腐ったものだった。商人と似たような根性だが商人とは違い人の良心を金儲けに使うゲス。そんな連中を見ていたので、あんなに可憐な女の子でも根は腐っているのかと思うと人は見かけによらないな、なんて思えた。

もっとも、教会の人間が皆腐り切っていると考えている彼の考えも充分に偏見で満ちているが。



ーーーーー



カルロスの父が彼に利益を説き続けたのに対して、母は人の喜ぶことを、社会への奉仕……人に施しを与え、思いやることを説いた。利益優先ではない考えだった。


相反する二つの考え方をまとめる事は未だに出来ていない。カルロスは、時おりかんがえる。自分が出来ること、正しいものは何か。そして、利益を優先することと利益でないものを優先することの二つが共に正しいものであるということも分かっていた。


「雁字搦め……だな」


ボソリとつぶやく。誰かに頼ってとことんぶちまけたい気分だった。修道女ともう少し話すことをしていてもいいと思った。


宿に帰る頃には日は暮れていた。宿の女将は飯を既に用意していた。その日はミートパイだった。もぐもぐと口を動かしながらカルロスは考える。本当に売れるのか?というよりまだ鳥を見ていない。実物を見ないと行けない。恐ろしいものであるなら売れるはずもなし。新規の事業は売れないことも考えておきたい。


考えながら食事を終わらせ、大浴場へと行った。


「あ〜癒される……」


カルロスは温泉が好きだった。熱い湯に浸かり、一日の疲れを落としている間は商売を忘れ、何もかも忘れてリラックス出来た。


「お風呂ー!うわー広いなー」


はしゃぐ子供がいても構わない。


「うわーあっちーなー!!」


風呂に飛び込んで湯が顔にかかっても構わない。


へへ、泳げー!」


目の前でバタ足をされても……それは流石に我慢ならなかった。


「うるせえぞ糞ガキ!静かに入りやがれ!」


怒鳴るとその子供は泳ぐのをやめて、


「ごめんなさい、お兄さん」


とぺこりと頭を下げた。拍子抜けである。顔を顰めながら


「ったく、教育の悪さが伺えるな」


と嫌味を言った。カルロスは怒ると皮肉や嫌味をこぼす性格だった。


「悪いのは俺じゃねーか、家族のこと悪く言うなよ」


ムッとした様子で睨まれる。カルロスは溜飲が収まった訳では無いがこれ以上この子供と絡むのはごめんだと感じ、それからは子供を無視した。その子供も、それ以上泳いだりすることはなかった。


さっぱり…は出来なかったが風呂から上がると、先刻会った修道女と件の子供が一緒にいた。孤児で教会・・の孤児院にいるならまともな教育は受けていないのだろうと思った。腐りきった教会の人間だ、まともに職務を全うする事など考えていないのだろう。


やれやれとカルロスは部屋に戻った。



ーーーーー



「……で、どうしているんだ?」


「ダーリンのいる所なら例え地の果てでも行くわよ」


ハートマークが語尾に付きそうな口調でカルロスのベッドで寝そべるエリー。寝巻きの彼女は目に毒だった。刺激的……情欲を煽る様な露出の多さに加えて、大きな胸が強調されている。男ならついつい致しかねないスタイルである。


「……自分の宿に帰れ、送っていってやる」


「あら?もう引き払ったわよ、ダーリン」


思わず顔をおさえる。エリーの行動は突飛でカルロスには対処しきれないものが多い。


「…まぁいい、自分の部屋に帰れ」


流石にこの宿で部屋をとっていたらしく、肩をすくめながら部屋を出ていった。


「……エリーの行動は体に悪いな」


彼女の容姿や芸は美しいものだが、行動は予測不可能だ。カルロスはさっさと寝てしまおうと床についた。


翌朝。ある程度日が昇った頃にカルロスは起きた。食堂に行くと既にエリーはご飯を食べ終わっていた。エリーに今日の予定を聞かれたカルロスは、遺骸の見物に行くと伝えると、エリーは必要以上の反応を示した。


「えぇ!?ダーリンったら、鳥の遺骸見てないの?」


「見る暇がなかったからな、今日見に行くつもりだ、エリーは今日はどうするんだ?」


「私はねー、今日はお仕事があるのよ」


旅芸人……踊り子の衣装を着ている彼女は艶めかしい、夜の街に良く似合うものだった。


「そうか、頑張れよ」


「ダーリン、せっかくだし見てってよー」


「今日は時間が無い」


「…もう、意地悪」


外套を羽織り、帽子を被る。立派な紳士のような格好である。実際にはまだまだ若造に過ぎないが。


「意地悪とはなんだ、歌は聞いたし金も出したろう?」


「もう、そうじゃなくて…今日はダンスするのよ、街の音楽家と一緒にね」


エリーは芸達者だ。少し見てみたいと思った。


「……そうか、いつどこでやるんだ?」


「昼過ぎに噴水の広場で」


「暇だったら見に行く」


ステッキを持ち、宿を出る。遺跡の場所は街の外れ。カルロスはのんびりと向かった。



ーーーーー



鳥の遺骸。実際に鳥であるかは不明で、しかも相当の大きさ…人五人分程の大きさがあるものだ。形も少し鳥に似ているだけで、鳥とは似ても似つかないなんて言われてもいる。


「ほう…随分大きいな」


意外な大きさに少し戸惑う。こんな巨大な鳥がデウスベルムの以前の世界では悠々と空を羽ばたいていたのか。既に骨格だけになった鳥を見てかつての世界を想う。人間の戦争で雄大な自然が失われたのかと思うと、人が如何に罪深きものか、そんな事が分かるような気がした。


デウスベルム以前の文明は殆ど分かっていない。実際にはデウスベルムが無かったと主張する学者も少ないが存在する。


しかし、それを否定する学者の方が多い。古代遺跡から発見される文明の足跡を根拠にする者が大勢だが、教会によると戦争を終結させた「天使の光」による巨大な大穴が海の向こうに存在するから…だそうだ。人をいくら詰め込んでも埋まらぬほど広く、深い穴。それがいくつもある。伝説の冒険家グロティウスがその写真を持って帰ってきている。


この鳥も、デウスベルム以前の生き物。人の業は深いと感じたカルロスだった。



ーーーーー



遺骸を見て感傷に浸っていたが、これ以上みても何の事も無いとカルロスは遺跡から街へと戻った。懐中を見ると、ちょうど昼だ。エリーが踊っているのも見られるだろう。カルロスは見るだけだったが、近づいて触れることも出来る。近づいてはしゃいでいるのは子供ばかりだったが。


噴水のある広場に行くと、エリーが準備をしていた。その様子は真剣そのもので、いつものおちゃらけた雰囲気はまるで無かった。


「黙ってると印象もかなり違うな……」


「お兄さん、あの人と知り合い?」


ぴっとコートを引っ張られた。下を見ると、子どもがこちらを見上げていた。


「……ああ、知り合いだな、踊るから来てくれってさ」


「お兄さん、あんな美人と知り合いで、幸せ?」


ぼそぼそと呟くように話す少女。


「…ああ、色々と助けられてる」


「そう、あの女の人は、家族?」


「いや、違うよ。そうだな、友達とも違うし……変な間柄だよ」


「助けられてるし、仲がいいのに家族じゃない?」


「なぁお嬢さん……家族ってどんなものか分かるか?」


「…よく…わからない」


「そうか、分からないなら考えて考えて、自分の答えを見つけるんだな」


教訓めいた事を言ったが、実際カルロスにもよく分かっていない。


「わかった」


しかし少女は決意に満ちた声で返事をした。少し親切をする気分になったカルロスはその子に言う。


「ほら、肩車してやる。ここからならエリーの踊りもよく見えるだろ?」


ひょいと持ち上げ肩に乗せる。その子供は、初めは驚いていたがしばらくするとカルロスの帽子を取って被った。随分とはしゃいだ様子だ。


弦楽器がジャラジャラとなり始める。真っ赤で華やかなロングドレスに黒のヒール。

エリーだ。

ゆっくり、かつメリハリのある動きでしなやかに踊り始める。手の動きで魅せるものがある。蝶のようであり、どこかせわしないが、気品がある動き。クルリと回る。こんな広場でなく、本来劇場で見るべき踊りのようだ。


「おぉ……」


カルロスは思わず簡単の声を上げていた。

すると唐突に動きを止める。音楽はゆっくりゆっくりと……途切れたかと思った瞬間、途端に先ほどとは打って変わって烈しい曲調。

たったーんと子気味のいい音が響く。

エリーがヒールを打ち鳴らしながら踊り始めた。先ほどの手の動きが殆どで体はあまり使わなかったのとは一変して足を踏み鳴らし、ドレスをたくしあげひらひらと舞わせる。

長い髪が振り乱れる。そしてくるりと回る。体を仰け反らせ、一瞬動きを止めたかと思うと鋭くヒールで石畳を蹴り、音を鳴らす。

弦楽器や管楽器もいつの間にか音楽に加わり、曲調はより一層激しく、昂っていく。エリーがドレスを振り回すのはまるで炎が燃え上がるかのようだ。


カルロスや観客もいつの間にか興奮していた。おそらくエリーの扇情的な肢体や美しい顔との相乗効果もあるのだろう。

と、曲が一旦穏やかになり周囲をクールダウンさせる。エリーは手を打ち鳴らし笑いながらステップを踏み、今度はさっと二回転。そして再び燃え上がるように曲が激しくなり、エリーも激しい動きを見せ始める。

エリーの情熱的な踊りは世界の温度を上げていく暑い夏の日差しのようであった。


ひとしきり踊った後、エリーが踊りをやめ、一礼する。それに呼応するかのように指笛をふく者もいたし、帽子なんかを投げるやつもいた。コインを投げる人もいた。カルロスは拍手をした。肩車してやった子供はカルロスの帽子を投げたそうだった。



ーーーーー



カルロスは遠慮なくエリーの元へ行った。


「あらダーリン、見ててくれたのね!……誰よその女」


「横にいた子供だ。それより、見事なもんだな。流石だ」


「お姉さん、凄かった」


ダーリンを私から奪えると思ったら大間違いよ」


「いらない」


「はは、振られた」


子供を降ろし言ってやる。


「じゃあな、日が落ちる前に帰れよ」


「……この街、来るの初めて…案内して」


どうやら他所から旅行に来ていたらしい。


「ダメだ、さっさと家族んとこに帰れ」


「……ならせめてこれ売ってる店を教えて」


取り出したのは石笛だった。それを加えて器用に先ほどの曲をぴろぴろと吹き鳴らす。


「……上手いな」


「昔、お母さんがくれた。宝物」


「そんなもんが今の子供に受けるのかなぁ」


「受ける。少なくとも皆には」


「…友達かなにかか、まぁ北の方や中央なら売れるかもなぁ」


「売れる売れる」


そこでその子供と別れた。リーの工房に石笛も少し発注しようと思った。


「…まぁ十本位でいいかな」


のんびりとリーの工房へと向かう。エリーは仕事には付いてこない。弁えているというか、そこのラインははっきり敷いてあるのが彼女のいい所だ。


「まあ、いい女なんだろうな」


ぼそりと呟く。先程話した通り、彼女の明るい所には助けられているし、性格も悪くなく、芸に秀でている。慕ってくれているならくっつかない道理など本来は無いはずなのだ。


カルロスが所謂「いいとこの坊ちゃん」である事が問題だった。婚約者がいるのだ、彼には。故にエリーとひっつくことはない。婚約者とは顔も合わせたことは無い。それでいいのかとは思う。両親も似たような結婚だったらしいが、幸せそうだったので自分もそれでいいとカルロスは納得していた。


と、裏通りを通ると昨日会った修道女と出会う。カルロス思わず顔を顰めた。

理由は二つある。

単純に教会の手の者が嫌いなことと、いくらこの街の治安が良くなっているとしても女が一人で歩く場所ではない、ということだ。


「……やぁ、お嬢さん。こんな所を一人ですか?」


声を掛ける。いくら教会の人間が嫌いでも職業柄会うことも多かったし、何より母の教えに背くつもりも無かったのだ。


「……あら、昨日の…あれから悩みは解決しましたか?」


「いえ、折角ですし今、聞いてもらえますか?」


なんて軽口を叩くと、修道女は眉を八の字に下げて、言った。


「すみません、今は人の悩みを聞ける状況ではないのです……」


心底困っているといったような声音で彼女は続ける。


「道に迷ってしまって、確か同じ宿でしたよね…?」


カルロスはやれやれと首を振る。


「悪いが私は今から商談でね、職人の工房に行くんだ」


「へぇっ!工房ですか、楽しそうですね!迷惑はかけないのでご一緒してよろしいですか?」


目をキラキラと輝かせて尋ねる少女・・カルロスはどうしたものかと迷っていた。


「職人の方が一般の人間を連れてくるとうるさいからな……」


「昔気質の職人と一緒にしないでくださいよ、旦那」


後ろから呼びかけられる。リーだった。このままなら追い払うことも可能だったろうが職人の方が許可してしまった。


「私、昔からそういった所を見てみたかったんですよ」


ニコニコ笑う少女を前に、カルロスは了承することしかできなかった。


「じゃ、旦那行きましょうか……そこのお嬢さんのお名前は?」


「マリアナと申します、貴方様は?」


「リーだ、マリアナさんはカルロスの旦那と知り合いで?」


「いえ、道を尋ねていたんですが……」


カルロスはすっかり蚊帳の外である。嫌いな教会の人間……と、いうより腐り切った南部の人間を思い出していた。この少女とはまるで違う。


「でも、カルロス様は私があまりお好きで無いようで…」


見抜かれていた。


「……南部の出身でな、いい印象が無いんだよ」


「私も南部に近いところですが……ひょっとしてソルトポートの教会ですか?」


「…そうだ」


「あそこにいい噂はありませんね……」


「ああ、教会の人間は皆ああだと思っていたよ、君のところの孤児に迷惑をかけられた時もやっぱり教会の人間かって思えたよ」


「……それは私の責任ですね、申し訳ありません。ご迷惑をおかけして」


「いや、別にいい。君は思っていたよりも善良な人間だった。こちらこそ勝手に決めつけて悪かった」


頭を下げる。正しくなかったならば、それを認める必要がある。それは厳しく教えられた事だった。


「さて、旦那、マリアナさん、工房に行きましょうや」


「そうだな」


こうしてマリアナは、工房に行くこととなった。



ーーーーー



「へぇ、あの子供が…」


「ええ、やっぱり私じゃ人を導くことなんてできないので」


「教会の人間とは思えない考えだな」


「……ええ、偉い人に溜め込みすぎるなって教えられたので」


「偉い人って?ぜひ会ってみたいな。商人としてはコネも作りたい」


「無理ですよ、もうお亡くなりになったので」


「あぁ、それは失礼した」


「いえ、構いませんよ」


すっかりマリアナとカルロスは仲が良くなっていた。


「と、着いた。リーの工房だ」


工房に着くと、マリアナは目をキラキラさせていた。


「いいですね、こう…雰囲気が素敵です!これは何ですか?巨大な鳥…いや、笛?」


「ああ、それですか。カルロスの旦那の言う置物も悪くないと思ったんすけどね」


と言いつつそれを持ち上げるリー。


「石笛を鳥の化石を模して造れば見た目にも面白いから売れるんじゃないかってね」


カルロスは感嘆の声を上げる。


「なるほど、考えたな」


「旦那が利益をうみだせって言ったんじゃないすか。これなら買った人にも長いこと使われて、利益がうみだされる…違いますか?」


リーはにやっと笑った。


カルロスはとうとう理解出来た。父の教えと母の教えは両立することが可能だった。

こんな事をずっと考えていたのかあほらしくなるほど、簡単に解決された。


「……そうだな、置物はいらん。それを発注しよう」


「…そして、もののついでだ。マリアナ嬢、君たちの孤児院にそれの一部をまぁ、寄付しようかな」


「えぇ!?いいんですか?」


「ああ、気にするな。それに……」


「教会には、恩を売っとかないとな」


ニヤリと笑ってウインクする。マリアナはふぅと息を吐き言った。


「食えないお方ですね、商人はみんなそんなですか?」


「さぁな、そうでもないだろ」


お互い、顔を見合わせてふふっと笑う。西部に来てよかったな、とカルロスは思ったのであった。



ーーーーー



「あぁっ!?おねーちゃんが男作ってる!?…て昨日の…」


「ちょっとダーリン?その女何よ!私というものがありながら…」


「マリ、そのお兄さんとくっつくの?」


宿に変えると怒涛の質問である。

エリーはプリプリと怒り、トーマスは先日怒鳴ってきた男だと分かると苦い顔をしている。レイラはどうでもよさそうに、しかししっかり尋ねるあたりどうでもよくはないらしい。カルロスは昼間出会った子供が孤児院の子供だったも気づき、はぁと首を振る。


「やぁやぁ、その子供も君のところのだったか」


「おや?レイラをご存知で?」


マリアナには内気なレイラが積極的に他人と関わるのは少し意外だった。


「今日の昼間に一人でいたぞ?危ない管理だな」


「……レイラ、集団から離れちゃダメって言いましたよね?」


「…ん。でも、マリが迷子になった」


「うぅ……でも危ないので知らない街ではやめてください、西部は最近まで恐いところでしたし……」


しどろもどろだ。ふふっと笑ったカルロスだが、エリーにほっぺをつねられる。


「なーに笑ってんのよ、まだまだ追求するんだからね!」


この日、もうひと悶着あるのかと思うとうんざりしたが、たまにはこういったことがあってもいいかなと思えた。



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