最強勇者黙示録

霧島精霊奈

第1話:新米冒険者

 


 精霊界セルディート。

 遙か昔、聖地アドヴェントの六神によって生み出された世界と言われているが、実際のところは誰にもわからない。少なくとも、現在を生きる者達にとっては深く考える事柄ではないのだろう。

 全部で六つある大陸ではそれぞれの文化と交流によって時代の進行と共に緩やかに、しかし着実に発展していった。


 セルディートの南西に位置するエテルナ大陸。

 二つの帝国によって栄えてきたこの大陸の中央には“世界で最も多く冒険者が集う場所”が存在している。

 城塞都市・アローセス。此処には全世界でも最大規模となる冒険者ギルドを構える巨大な都市であり、数多在る冒険者達の主だった拠点として長い歴史を刻み続けている。



 * * * *



「そこの美しいおねいさん! よろしければ俺と一緒にお茶を「到着早々他人ひと様に迷惑かけてンじゃねェェェ!」


 どこめしゃっ!!


 大通りを散歩していた二人組の美女に突撃カマそうとしていた愚猫に怒りの鉄拳をめり込ませた。

「むぎゅう……」

「頼むよピーター君。そろそろ真面目に学習しようか。私達がここに来た目的を」

「いいじゃねーかナンパの一つや二つ!」

「それで周囲に迷惑かけてりゃ世話ねーっての!」


 ざわざわ……


 徐々に私達の周りに人が集まり始めてくる。そりゃまぁ人の言葉をペラペラ話す動物なんて珍種と呼ばず何と呼ぶのか。

「あ、あははははは♪ し、しし失礼致しましたァァァ!」

 私は頭上にたんこぶをこさえた白猫を抱えながらその場から脱兎の如く走り去った。

 やれやれ、来たばかりでいきなり目立つのは御免だよ。



 私の名前はルカ・ジークフリード。一応、賢者なんてのを生業にしている。どちらかと言えば知識の探求より各系統の魔法を習得する事を重視している。一言に賢者と言っても色々なタイプがいるのだ。

 そして、私の頭上でどっしり構えている小さな白猫がピーター。黙っていれば可愛い白猫で通ると言うのに、人語を解する+自他共に認める美女好きと言うコンボが合わさって何やかんやで個性は強いヤツである。私にとっては旅の相棒パートナーだ。

「しっかし“冒険者”とは随分と思い切ったな」

「仕方ないわね。手っ取り早く稼ぐ方法としては実にシンプル且つ手堅いわよ。勿論、それ相応の実力は必要だけど」

 そう、私達がこの城塞都市を訪れた理由は唯一つ。すなわち、冒険者として一旗揚げる――なんて言えばそれっぽいが、名を上げる為に冒険者になるワケでもない。私の場合は安定して稼ぐ手段として冒険者登録をしようと思い立った次第だ。

「なるべく目立たない様に行動しないとねェ」

「それはお前次第だろ」

「アンタが言うのか、それを」

「ま、精々にバレない程度にな」

 何気に痛いトコロを突いてくるわね。

 私は一見すればどこにでもいる普通のオンナだが、こう見えて実は中々どうして壮絶な人生を歩んできている。今語ると長くなる事受け合いなんで割愛するが、とにかく昔やらかしたヤンチャの所為で必要以上に目立ちたくないのだ、私は。

 ルカと言う名前もぶっちゃければ偽名であり、本名はちゃんと別にある。

 つまり、私は態々偽名を使って冒険者登録をしようとしているのだ。そうせざるを得ない状況下にあるのだと、今はその程度の認識で構わないのだが。

 そして、エテルナ大陸中央に位置する城塞都市・アローセス――つまり、私達が今いる場所なんだが――には、大陸最大規模の冒険者ギルドがあるのだ。冒険者を志す者が必ず立ち寄らなくてはならない所である。

 冒険者とは、俗に言う“何でも屋”みたいなモノであり、自由奔放を売りとしている部分もあるが、それ故に各大陸を治める大国達が定めたもしっかり存在している。冒険者が登録制になっているのもその為だ。

「くあああ、あー眠い」

 何せ朝早く出立したもんだから微妙に眠い。する事したら宿屋を手配してもっさり昼寝をするのも悪くないかァ。

 何せ時間はたっぷりある。焦って生き急ぐ事もあるまいて――


「やめて下さい! 何なんですか貴方達はっ」


 大通りにある中央広場への道に差し掛かった時、若い女の子の怒声が耳に入ってきた。

「何かあったのかしら」

「何もなきゃ“やめて”なんて言わないぜ」

「そりゃごもっとも」

 やれやれ、無用な厄介事トラブルはなるたけ関わりたくないのだが……中央広場は目的地までの通り道だ、嫌でもお目にかかる。

 ま、ここには否応にも沢山の冒険者達が滞在している。正義感溢れる誰かが騒ぎを収拾してくれるっしょ。

 私は欠伸を噛み殺しながら、特に危機感も何も持たず目的地へと歩を進めていったのだった。



 * * * *


 正直言えばあんま関わりたくないのだが、すぐ近くで起こっている騒動なだけに気になってしまうのは仕方ないですよねー

「はいはーい、通りますよー」

 既に出来上がっている野次馬を器用に掻き分けて進む。そして、その先にあった光景は――

「離して下さい!」

「いいじゃねエか。減るモンじゃねェし、俺達と一緒に遊ぼうぜ姉ちゃん達よォ」

 二人の若い女の子があからさまにガラの悪い男共に絡まれている。どう贔屓目に見ても安っぽいナンパにしか見えない。いや、ナンパの方がまだ幾分まともだろう。

 ただ、お互いの外見を鑑みるにおそらくは女の子達も男共も冒険者である可能性は高い。あくまで余談だが。

 女の子達はパッと見た感じ十六、七歳位だと見受ける。対する野郎共は朝から酒でもかっ喰らってそうな親父連中だ。人は誰しも見た目だけで判断出来ない生物であるが、これは流石に偏見を抱いてシマイマスヨ。

 周囲も考えている事は同じなのか、各々の方向から重く苦い溜息が聞こえてくる。

「許せねェ、許せねェぜ……」

 その時だった。明らかに怒りをあらわにしながら頭上のピーターが何やらブツブツと呟いている。

「嫌がる婦女子を無理矢理連れ込もうとしているロリコン親父共……見苦しい、見苦しいぜ!」

 いや、あの子等は婦女子って年齢でもねーしロリコンって表現もちょっと違うんじゃなかろーか。


 ピョンッ。


「って、ちょっとピーター君!?」

 何を思い立ったのか、ピーターは背後に謎の黒いオーラを背負いながら軽々と地面に着地する。

 周囲がピーターに注目する。必然的に騒ぎの中心にいる者達も注目する。

「テメェ等ァァァァァッ!!」

 理屈抜きに他を圧倒しそうな大声が響き渡る。瞬間、それ以上の驚きと動揺が沸き起こった。ま、無理もない。いきなり猫が共通語で怒鳴り散らしたら大抵の人間はビビるか絶句する。

「こんな真昼間から安いナンパたァ良い度胸してるじゃねェか……」

 その点に関しては異論はない。

「な、何だこの猫は!」

「見た目が見た目だけに全然迫力が無いんだが」

 その点に関しても異論はない。私は両腕を組んでうんうん、と頷く。

 ピーターは周囲からの注目も先程のツッコミも意に介さず、目をクワッ! と、見開きながら声高らかに――

「俺も一緒に混ぜろやァァァァァ!!」

「そうじゃねーだろ!」


 めしょっ!


 間髪入れずに私は前方の馬鹿たれに手痛いツッコミを炸裂させる。

 全く、何をしでかすかと思えば同じ穴の狢だったよ馬鹿野郎。

「……あ、あの~……」

 あまりの展開に思考がついて行かないのか、ものっそい遠慮がちに男共が声をかけてくる。私はそれに対し、言葉ではなく眼光で答える。

 広げた右の掌に、赤白く輝く“魔力の光”を生成させながら。

「アンタ等も昼間っからつまんねー事やってんじゃねーわよっ!」

 身体を反転させると同時に生成した魔力を奴等の足元に投げつけた。

爆撃破ソル・パースト!」


 ドゴォンッ!!


『な、何っ!?』

「この女、魔法つか「魔法使いじゃボケェ!」


 めきゃっ!


 先程の一撃で既に勝負は決していたが、比較的被害が浅かった最後の一人にトドメの顔面蹴りをお見舞いする。

「こ、このアマ! もう許さねェ!」

 半分焦げ焦げしくなった野郎共は次々と抜剣する。完全に頭に血が昇っているのだろう。意外としぶといわねー

「血気盛んなのは結構ですけどねェ」

 私はおもむろに右手を真横に伸ばし――


 パチンッ。


 軽快に指を鳴らす。

 瞬間、私の背後に握り拳程度の火球が次々に生成され、具象する。何て事はない、唯の火炎砲レッド・フレイムの火球群だ。ただし――

「こ、これは火炎砲レッド・フレイム……精霊魔法だわ」

「凄いです……一体何個あるんですか?」

 被害者の女子二人、どうもありがとう。

 そう。ちっとばかしかもしれないが気にしない方向で行ってみようか。

 適度に熱も放出されているから周囲はポカポカ温かい位である。

「どうかしら?」

 大量の火球をバックに私は最高に人の悪い笑みを浮かべる。

「まだ続ける?」

「ぐっ、ぐぐっ……!」

 これには危機感を覚えたのか、半分焦げ焦げした野郎連中は少しずつ後ずさって行く。

「お、覚えとけよ小娘!」

 私達に背中を向け、一目散に走り去って行ったのであった。

「テンプレート的な捨て台詞をどうもありがとう」

「フッ! この俺に恐れをなしたか!」

「どの口が言うかどの口がっ!」

 パチン、ともう一度指を鳴らして魔法をキャンセルする。ざっと数えて二十個はあった火球は一瞬の内に掻き消えた。

「しかし指パッチン無詠唱で火の玉二十個オーバーとか普通に人間業じゃねーな」

「ま、こればっかりはねェ」

 いやすごいわ。我ながらビックリだわなははははは。

「……あ、あのっ!」

 へ? 気が付けば、野郎共に絡まれていた二人の女の子が横並びで私達を見ていた。

「助けていただいて本当にありがとうございます!」

「ありがとう、ございます……」

 あぁそうか。結果的にはそうなったワケよねェ。ボリボリ、と後頭部を掻きながらどう返事したものかと思案していたその時っ。

「いやぁお前さん凄いなァ!」

「指パッチンで魔法使う奴なんて初めて見たよ!」

「その前にカマした爆撃も激しかったよな!」

「いやいや、あたしはこの猫にたまげたよ! 普通に人の言葉を喋るなんてねェ!」

 周囲に群がっていた野次馬が一斉に動き出したではないか! 瞬く間に私とピーターはその波に飲み込まれていく。

「ちょ、待て! 質問は各自順番にィィィ!」

「言ってる場合か!」

 

 私の名はルカ・ジークフリード。

 これが私にとって“新たな人生”の幕開けとなったのである。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強勇者黙示録 霧島精霊奈 @anbision

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ