死の群像3章‐3

もう、歯車は回り始めていた。

それを止める術など、誰も知らないのだ。

今まで、必死にせき止めていたものが、一度溢れ出してしまえば、人はそれを止められない。

たとえ悲劇であったとしても、目の前で崩れ落ちる積み木を誰が支えることが出来ようか。

一つ一つ積み上げたそれは、なんでもない振動で脆くも壊れてしまう、後はその瞬間をスローモーションで眺めるだけだ。

膨大な絶望感と、微かな快楽と共に。

 携帯電話のバイブレーションが、鳴り止まない。

何度か着信のバイブレーションが響いた後、メール用のバイブレーションが鳴る。

ずっと同じパターンだ。あまりにも同じことの繰り返しなので、彼女は思わず笑った。

一、二、三回目の着信、メールが届く。

一、二、三回目の着信、メールが届く。

一、二、三、今度は着信が四回、メールが届く。


前髪は乱れて額に貼りついている。

濡れた姿でくすくす、あははと笑う彼女は少し無気味であった。それは自分でもわかっていた、しかしそれでも、笑いが止まらないのだ。

使われなくなった波止場はたまに来る釣り人の残していったゴミや瓦礫が散乱して、趣のある廃墟のようでもあった。

吹き込む湿った潮風が彼女の体にぶつかり、もう暖かくなってきたというのに身震いをしてしまう。

べたべたとした肌触りも不快ではなかった。

遠くに見える少しばかりの灯りがこちら側まで照らしているけれど、それでも暗くて歩きにくい。

彼女はぼやけたその光源を眺めて、ひとしきり思い出していた。

何の思い出があるというわけではない。

しかし雨も、海も、空気さえも、思い出させるのはたった一人だけだ。

呼吸したことさえも、記憶を呼び覚まして彼女を苦しめる。

頭の先から爪の先まで、全てに浸透している彼を、棄てる手段はもう一つしかなかった。

また、笑えてくる。

ただの一度きり、拒絶されただけであった。

だけど、私の全てが、私を拒絶した。

動物の臓物の匂いがした。

道路で猫が轢かれて死んでいる。

原型を留めないほどに、赤黒い肉の塊は散乱して、雨に濡れていた。

近くで子猫が泣いていることに気付いた彼女は、そっと抱き上げて、これ以上濡れないように自分の服の中に潜り込ませた。

よく人に慣れている猫だ、きっと人から餌を貰っていたのだろう。

そんな彼らも、最期は人に殺された。


「ごめんね、一人じゃ寂しいからね」


錆びたポールに繋がれた鎖を跨いで、中へ入っていく。

雨の勢いは一層増して、波は高く、海は濁っていた。


「一緒にお母さん探しにいこうね」


ずぶ濡れの鞄から、睡眠薬を大量に取り出して、三回に分けて飲み込んだ。

雨が落ちる小さい波紋はかき消され、波になり、いずれ消えた。

暗い、暗い、光も、もう何も届かない場所で、静かに暮らす。

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