死の群像2章‐3

束の間の後、直ちに感情は苦しみに、思念は痛みに変化した。

自分の胃の内容物が膨張しながら沸騰しているかのような圧迫感と気持ちの悪い泡立ち。

抑えきれず口から吐き出したものは何色とも表しきれぬ奇妙な色だった。

急き立てるようにまるで脳天から一本の杭を打たれたかのような頭痛。

喉が熱い、痛い、何故もこんなに痛いのか。

湾曲した世界の中、パチパチと白い光が視界を邪魔する。

自分の手が真っ赤で、爪の隙間に大量の肉片が詰まっていることだけは理解できた。

意識が分離していく、脳がいくつかのピースとなって、別々に動いているようだ。

左上では痛みを感じ、右下では死に行く自分を観察し、正面はとても眩しいし、後ろはとても気持ちが悪い。

まるで体がない所からも感覚を感じているようで、無重力の中で体が意識に反して飛び跳ねているような感覚でもあった。

ああ、死とは意外に事もなく、穏やかに迎え入れるものなのだな、などと何処か脳の隅では考えていた。

いや、思考していると言える部分が、もうその僅かしか残されていなかったのだ。

遠くから声が聞こえる、後ろから、だんだんとその声は大きくなる。

呻くような、叫ぶような、生理的に受け付けない声だ。

誰だ、せっかく人が最期を静かに迎えようとしているのにうるさくする者は。

黙れ、と声をあげようとしたが気が付いた。

ああなんだ、私ではないか。

私が今死んでいる、そしてここももうじき消える。

全てがあの声に占められて、終わるのだ。私の、最期の声に。

ああ、消える、消える。

そして、とうとう白い光が彼の視界を独占した――


 彼と他者との、つじつまが合っていく。

ずれていた彼と世界との時間は、彼の死を以て、帳尻が合い、孤立していた彼は、やっとの事で、大多数と同じ居場所に立っていた。

彼が思っていたよりも、人というものは他人に興味があったようだ。

いや、この場合興味を持たされたとでも言うのが正しいのかもしれない。

彼に大声で声をかける者、恐怖のあまり逃げ出す者、写真を撮る者、訳がわからず叫び声を上げる者、混乱した人達の中心で彼は、汚れた床を吐しゃ物で覆い、その上に突っ伏して、眼球はあらぬ方向を向いていた。

口から出る呼気が汚物を泡立てながら、顔と首を引っかき傷だらけにしながら尿を垂らし、体はビクビクと不自然に跳ねていた。


 烏がひとつ、カアと笑った。

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