死の群像2章‐2

そして周りも、そこまで他人に興味は無いのだ。

きっと外傷も何も無い死に方であれば、隣で人が死んでいたって、誰も気付かないのであろうほどに。

彼は以前混み合った電車の中で、貧血で倒れた女性が誰にも助けられず地を這っている様を目撃して、それを確信した。

出来るだけ誰とも関わりたくない、都合の良い時だけ関わりたいと皆が思っている。

ましてや人の死などという面倒くさいことには、誰も関わりたがらないのだろう。

だから人は死体を隠す。殺人現場からも、事故現場からも、家で死んでも病室で死んでも、死体はすぐさま人がいない場所へ隠される。

「それって、どうなんだろう」と具体化出来ない違和感と問いは彼の中にあったものの、彼にとってそれは都合が良かった。

彼は、死がとても怖いのだ。それは誰でも怖いだろう、と思うかもしれないが彼の場合、尋常ではない。

今はリハビリが進んで、症状は随分と良化されたものの、昔はニュースさえ見ることが出来なかった。

誰某が死亡した、などという言葉を聞くだけでその場から逃げ出したくなり、耳をふさぐ。

映画を観ていて役者が死のうものなら、体が震え、過呼吸まで起こす始末であった。

しかしその恐怖に打ちひしがれる内に気付いたのだ、死のとてつもない恐怖は、魅力と表裏一体であることに。

それに気付いてから彼は自分の恐怖症を楽しむようになった。

死をとても近くに感じること、死を恐れ、怖れる事。

死にたいと思う事。死にたくないと思う事。それらが全て、彼の中で結合と分離を繰り返し、彼を楽しませる。

そして今では彼はすっかり死の虜であった。

死にたい、死にたい、死にたいと噛み締める。

そして、たまに口に出してみる。

電車に揺られる中、座席に深く腰掛けて人目もはばからず、

「死にたい、なあ」

おそらく近くの人には聞こえる音量で。

隠そうともせず主張もしない声。悲しいかな、誰も振り向かないものだ。

演じているわけではなく、本当に、心の底から『死にたい』という覇気の無い感情に満たされてしまっている若者が、隣にいるというのに。

向かいの車窓に流れる景色を眺めながら、彼は、はたと思いついた。

この感情に身を任せるのはどうだろう。

考えばかりを巡らして、頭でっかちになりがちな自分が、ただ湧き上がる感情を理由に行動を起こす――彼の胸元に、それが行える方法もあった。

 ゆらりと、とても人のそれとは思えないほどゆっくりとした動作で、胸元の試験管をモチーフとしたネックレスから、ひとつの食用カプセルを取り出した。

慎重にそのカプセルを二つに分ち、綺麗なピンク色の舌で迎え入れるように、中の粉末を飲み込んだ。

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