死の群像第2章

死の群像2章‐1

曇天がただでさえ憂鬱な寒さを更に強調する。

街が黒いコートやジャケットに染まり、まるで全国民が喪に服しているかのような錯覚を起こす中、彼は人の熱気に当てられていた。

かく言う彼も黒の帽子に黒のパーカ、黒のパンツに黒い靴。

頭のてっぺんから足の先まで真っ黒で、烏も驚く正装ぶりである。

気温が低くても人の体温が嫌な汗をかかせる、だから人ごみは嫌なのだ、と思いながら駅のホームへの階段を一段一段、ゆっくりと上っていく。

少し急で、長いこの階段は普段まったくと言って良いほど運動をしない彼にエレベータを使えば良かったな、と後悔をさせた。

少し息を切らしながら上りきると、体温が上がったのか少し呼気が白くなる。

息を整え、電車が来るまでの時間を気にしながら、周りを見渡せば、まだまだ先だというのに年末商戦の一大広告がやけに目に付いた。

まだ早いだろう、と思いながらも、もうそんな時期なのだな、と呟きながら駅のホーム端にある喫煙コーナーへ急ぐ。

三分あれば一本吸える、と歩きながら取り出した煙草を咥え、火をつけようとしたが、一枚の張り紙にそれは遮られる。


――○月×日より、全面禁煙となりました。車内やホームでの喫煙は御遠慮頂きますよう、ご理解とご協力のほど、宜しくお願い致します。


何がご理解とご協力だ、こういう類のものはいつも一方的に協力を要請してくる。

肩身の狭いヘビースモーカーは、至る所でこんなお願いをされては、昔のキリスト教徒のように迫害されていくのだ。

社会に生き残りたくば、煙草から禁煙具に改宗しろ、お前の愛するキリストを踏んでみろ、と。

そんな子供じみた思考もほどほどに、煙草をしまい、肩を落として乗降場に戻っていく。

口寂しさにポケットから取り出した毒々しいピンク色をしたピルケースから、薬を二錠取り出し、缶コーヒーで流し込む。

中身は抗鬱剤だが、彼は気分が落ち込んでいる訳ではなかった。

彼にとってその行為は、好きな音楽を聴くような、あるジャンルの服を着るような、生活の一部であり、自分の置き場所が何処に在るか、それを決定する行動に過ぎなかった。

半端に行えばそれこそ出来の悪い中学生のようだが、彼を見るに、その行動は完成されていたのだ。

真っ黒の衣服に身を包んだ青年、歩調も、肩や足の動かし方、それこそ指の先から揺れるパーカの紐一つまで、それはとても彼であった。

不思議と、存在感がある彼を注視すれば、無声映画を観ているかのごとく周りとの違いが見て取れる。

世界のピントは彼に合っていて、彼の生きる時間だけは、少し早回しで撮られているような。そんな錯覚さえ起こしてしまいそうになる。

 比較的空いているホームの後ろ側で、いつも彼が興じる遊びがある。

盲人用の黄色いパネルの上をスタートとし、線路を見つめながら、半歩、前へ出る。

背筋に、だんだんと近づいてくる何かを感じる。

電車が到着する音楽がホームに流れ始めると、もう半歩。

この頃にはホームの端まで来てしまっている。やがて大きな質量が、突風と共にホームへ駆け込んでくると、鼻の先にぴりぴりと、背筋に感じていたものが、ゆっくり遠くなっていくのを感じる。

電車は警笛を鳴らしながらそれなりのスピードで彼の前を通り抜け、ぞくぞくと体中を軽く痙攣させながら、電車が止まるのを待つ。

頼りない線で区切られた、危険地帯がそこにある。

落ちてしまえばどうなるのか、誰にでも想像がつく場所。

そして、その恐怖を噛み締める。この遊びをしていると、いつも彼は白い目で見られているが、本人はあまり気にしていない様子であった。

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