第10話 転職失敗したかも……

「帰りたい……」

 とある教室の前で盛大にため息をついた。

 授業の前になるといつも思うのだが、この職業向いていないと思う。

「……ってぇ。そんなとこに立ってないでよね」

「あ、ごめんな……あの、授業……」

 いきなりぶつかった生徒は謝りもせずに教室を飛び出していった。多分相手が先生だったことにも気が付いていなかったと思う。


「これもお仕事だから……」

 余計に悲しくなりそうな慰めを自分にして教卓の前に立つ。

「授業始めます」

「あれ?いつから先生いたの」

「つか、次、化学?忘れてたわ」

 私の影が薄いせいで授業の存在まで忘れられて……化学が不憫になってしまう。化学が実体になって目の前に出てきたら平謝りするしかない。

「あ、はい。ついでにあっちも忘れて……くれませんよね」

 戦闘態勢のまま教室の一番後ろに下がる生徒達。

「……」

 教卓の上に大きなタイマーを呼び出す。

「いつも通りこのタイマーが鳴るまでに先生にダメージが入れば勝ちです。はい、どうぞ」

 パンと手を叩いた瞬間に炎と氷の攻撃魔法が飛んでくる。

「先に氷、かな」

 一応教師という仕事なので、やりたくありません。という格好は取っているけれど、この瞬間が仕事中で一番心が弾む。それは本当に一瞬だけど。

 口元に笑みが浮かばないように気を付けながら、腰まである黒い三つ編みを鞭のように振るう。

 真っすぐ飛んできていた白と赤の弾が髪に触れた瞬間、風船が割れるように弾け、髪の艶は増した。

「か、寝ぐせ直しなどで髪を濡らすと柔らかくなりますが、あれは髪の結合に水素結合が含まれているからです。今の様に濡らしてからすぐに乾かすと髪を強くすることが出来ます」

 魔法への対処は魔法で。なんて非効率的なことは言わず、化学もうまく利用すれば魔力消耗は最小限で済む。

「髪の毛で防御なんて聞いたことないよ!」

「そもそも防御するなんて言ってなかった!」

「先生が卑怯なのはいけないと思いまーす」


 何もしないなんて言っていないのに生徒たちは大ブーイング。

 子供……いや、こういう自分に都合のいい正論だけを掲げるクソガキの相手は苦手だ。

「卑怯?ずるい?は。戦わなくても死ぬ世界だぞ?」

 イラっとして崩れた口調もそのままに、小さな日記を取り出すと私は音読をし始めた。

 それは、この間聞いた亡者の話。

「……どうしてあんな時間に野党が……目の前で妻が……何もしないから……どうか……」

 物理攻撃を仕掛けようと迫る生徒の手が止まり、次の魔法を唱えていた生徒の声が止まる。皆の瞳は虚空を見つめ、顔は示し合わせたように暗く、小さな嗚咽が時折聞こえてきた。

 あ、ヤバい!

 そう思い、パタンとわざと音を立て本を閉じる。

「あ、えと。さ、さっき言ったことがどれだけ自分勝手な理屈かはわかりましたね……あ、状態回復については担当範囲外なので……保健委員は保健室に連れて行ってあげて下さい」

 殆どの生徒の目に生気は戻っているけど、何人かトラウマになりそうな生徒がいるし、保健室送りの生徒もいる。

「また、減給かぁ……今月お給料出るかな……」

 誰も死なないところで戦いたいからって先生になったけれど、やっぱり我慢してネクロマンサーをやっていた方がよかったかもしれない。



—————————————————

那月さんは影が薄めな化学の先生です。

艶やかな黒髪を持ち悲しい過去を見せる力が使えます。

死体が苦手です。

戦闘能力は天才的で主に戦いが好きです。


生徒VS先生 より

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お題を消化する話 @T-N

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