第4話

 この道はダンプ街道でもある。

 ゆっくりしか走れないお年寄りたちは、常

に身の危険を感じている。

 あまりに接近されるために、小さな車は突

きとばされるように感じるのだ。

 産業と自然の調和を図るとかなんとかうま

いこと言ったって、結局は砂利が欲しいため

に山がこわされていくだけだんべな。

 茂は目の前に停まっているダンプカーを見

あげて、そんなことを考えたが、もっとも運

転手だって、自分や家族の生活を必死に守ろ

うとしているんだと思いなおした。 

 陽が山の端にしずむと、あたりが急にかげ

ってしまい、茂は肌寒さを感じはじめた。

 たぶん空耳だろうが、それでもいい、もっ

と女房だった女の声が聞きたいと、彼はいつ

もより長く、丸椅子にすわっていた。

 通りかかる車のほとんどが、小さめのライ

トをつけ始めた。

 「お父さん、どうなさったんですか、こん

なに遅くまで外にいるなんて。からだに良く

ありませんでしょ」

 店わきの路地から出て来たせがれの嫁の靖

子の甲高い声に、彼はぎょっとした。

 一瞬、からだから血の気がひいて行くよう

な気がする。

 こんな時はじっとしているに限ると、立ち

上がらないでいた。

 間もなく彼の顔に生気がもどってきた。

 「おう、ありがとよ。心配かけてすまない

な。だけんど、おらの心臓、びっくらこいて

もうちょっとでとまりそうだったわい」

 「そんなあ。ちょっとオーバーじゃありま

せんか。縁起でもない」

 彼は、嫁のすぐ後ろに、孫娘が立っている

ことに気づき、

 「なんだ、洋子も来てくれたんだ。めずら

しいな。会社、早じまいしたんか」

 「うん、ちょっとね。今日は、もっと大事

なご用があったから」

 茂の体調を気遣っていたのだろう。

 洋子がようやくほほ笑んだ。

 「大事な用?ひょっとして、そりゃ縁談じ

ゃあんめえ」

 急に元気が出たのか彼は立ち上がり、丸椅

子をかかえようとした。

 「じいちゃん、わたし、やるから。あまり

動かないで」

 「そうかそうか、ありがとよ」

 その晩のこと。

 ふたりが茂のための夕食を置いて帰ると、

彼の部屋は急にしずかになった。

 こんな時が、彼は一番きらいだ。

 気をまぎらすために、いつもなら二時間く

らいテレビを見ているのだが、彼は風呂に入

ったあと、すぐにふとんにもぐりこんだ。

 ふたりで寝られるくらいの大きさである。

 彼はいつも女房と枕を共にするつもりで眠

りにつくことにしていた。

 今晩はとびきりいい夢でも見られるといい

なと思い、目を閉じると、ひとつふたつと丈

の低い柵を飛びこえて行く羊の数をかぞえは

じめた。

(了)


 

 

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夢椅子 菜美史郎 @kmxyzco

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