8.アルビレオの光

 テーブルには全部載せテリースペシャルが4つ並んでいた。内の1つだけ、山崎の前に置かれた全テリ(全部載せテリースペシャルの略ね!)盛られているものが違うものがある。唯一ビターチョコソースが小皿に分けて入れられている。私は気になって聞いた。

「テリーさん。なんで山崎のだけチョコソースついてるの?」

 テリーさんはハンチング帽をわざと少しだけ傾け、親指を立てた。

「恋ってビターだろう?」

 あ、バニラアイスおいしい。

「明日花の好きなチェリーあげるわ」

「わ! ありがとう、真希ちゃん」

 女子勢はみんな今の発言は聞かなかったこと、否、なかったことにしようとしている。たぶん、見てないけど、きっとテリーさんはキランッて感じのいい笑顔を浮かべてるんだろうな。申し訳ないなって思いながらも、絡んだら損しそうな気がして、やっぱり絡みにはいかない。

「テリーさん……」

唯一反応したのは山崎。そうそう、山崎のためにテリーさんが気を回してくれたんだ。山崎が相手すればいい。

「俺、わかります! 恋はビター」

「そう、恋はビター」

なにか共感するところがあったのか、二人で手を取り合っている。この光景も全部載せのトッピングの一つなのかな。だとしたら今後一切全テリを頼むのはやめよう。

「優しさに勝る武器はないってことかね?」

 真希が生クリームを口に放り込んで、唐突に話しはじめる。昨日のことを言ってるのだろう。

「うん。そうだね。美優先輩の優しさが、みんなの気持ちを動かしたんだもん」

 最強文化系美少女は真希からもらったチェリーをうれしそうにほおばった。その姿が可愛くて、私が明日花をほおばりたいくらいだ。

 あの後、ふみさんが美優先輩に謝り、残りの二人からもとりあえずメールで謝罪があったみたいだ。学校に出てきた時には直接の謝罪があると思う。なによりよかったのがその二人の怪我がそれほどひどくなかったことだ。その二人は怪我が原因で学校に来られなかったのではなく、報復が続くことを恐れて、学校に来れなかったのだった。朝礼での話が事態を必要以上に大げさにしたところもあるんだとは思う。

 そして、もちろん美優先輩と美羽さんからふみさん達に対する謝罪もあったようだ。心を込めた言葉で、悲しい戦争は終わったのだ。

「本当、丸く収まってよかったよ」

 真希がチェリー明日花に負けじと唇の横に生クリームをつけるというドジッ子アピールを見せる。キュート対決は終わらない。一回戦敗退の私はちょっとだけ拗ねながら皮肉を口にする。

「丸く収めるきっかけを作ったのがこいつってのがなんか悔しいけどね」

 横でまだテリーさんと盛り上がっている山崎の腰あたりにパンチ。もちろん尊敬と畏怖の念を込めて。

「痛っ! なんだよ」

「別に。今日もおごってくれるなんてありがとう」

「はぁ!? なんでそんなことになるんだよ!?」

「毎度ありがとうございます」

「ちょ、テリーさん!」

 わかりあえたと思っていたテリーさんが山崎をすんなり裏切る。大人って怖いな。

「会計は5200円です」

「知ってますよ、それは……って、マジで俺が払うの!?」

 女子チームとテリーさんが一斉にうなづく。

「最悪だ……」

 つぶやいて山崎が腰を落とす。テリーさんはそんな光景を見て笑った。

「ウソだよ。今日はおじさんのおごりだ! ゆっくりしていきな」

「テリーさん……ありがとう!」

 笑いながらカウンターの中へ戻っていくテリーさんに、山崎が涙目を向ける。その光景に私は笑ってしまう。真希も明日花も笑っていた。

「ねえ、明日花」

 いつまでも目をキラキラさせている山崎は放っておいて、真希が明日花に話しかける。

「山崎の歌に出てきた、アルビレオって何?」

「アルビレオは白鳥座のくちばしの部分の星だよ。山崎くんにとって、美優先輩は白鳥みたいにキレイで、憧れで。その口から発せられる言葉は、自分を導いてくれる光のようなものだった。たぶんそういうことなんじゃないかな」

 さすが明日花。解釈までつけて説明してくれる。

 なるほどな。山崎はすごいロマンチックな歌を歌っていたんだ。

「御堂、はずかしい説明するなよ」

 明日花の話を聞いていた山崎が絡んでくる。

「あ、ごめんなさい」

「いや、別にいいけど。間違ってないし」

 顔を少し赤らめる山崎。可愛らしいところがある。その部分が真希のいたずら心に火をつけたのか、いきなりニヤリと笑う。なにを始める気だ?

「それで、美優ちゃんに告白するのはいつ?」

「はぁ!? いや、もうしない! 当分しない!」

「えぇ! なんでよ!」

「だって今新しい曲つくって……あ」

 真希の目がぎらりと光る。思わず話してしまったんだろうけど、山崎はバカだ。

「聞きました、石和さん!」

「聞きましたよ、日下部さん!」

 そして私たちもたぶんバカだ。何度だってワクワクしてしまう。

「次の作戦はどうしましょうか、石和さん!?」

「そ、それは……ちょっと」

 インカムまで使う作戦にはさすがに躊躇してしまう。さすがにバカ過ぎて。

「ええ!? いいじゃんいいじゃん! みんなで楽しくしようよ!」

「真希ちゃん、落ち着いて!」

「何言ってるのよ。明日花だってノリノリだったくせに」

「そ、そんなことないもんっ」

「ウっソだぁ、ノリノリだったよ~。ね、景」

「うん。ノリノリだった」

「景ちゃんまで……」

「ノリノリだったぞ」

「や、山崎くん!?」

 このくだらないやり取り。やっといつもの日常が戻ってきたんだなって改めて認識する。やっぱりこうじゃないと。

 いつかは美優先輩と美羽さん、ふみさん達も一緒になって、こんなくだらなくておもしろいやり取りをする日が来てほしい。私は騒々しい中で、そう小さく願った。


#2 211のドッペルゲンガー 完

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ただ想いが聞こえる。 よしきより @yori

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