冴えない終わりの始まりかた

じゅじゅる

冴えない終わりの始まりかた(改)

 スクリーンにエンドマークが刻まれる。


「いやあ、よかったよ最終回……! 色々あったけどさ、ヒロインみんなの笑顔でシメ! これだよなあ〜、満たされるよなあ〜」

 わずかな沈黙ののちスクリーンに喝采を送るのは、同人制作サークル「blessing software」のサークル主にして同サークルの処女作「cherry blessing〜巡る恵みの物語〜」を企画し、プロデューサー&ディレクター&スクリプター&シナリオライター(共同ペンネーム)&雑用等をこなした安芸倫也。実在の人物を「萌えるヒロインとしてプロデュースする」という思いつきのもと、サークルに次々と異性を取り込んでは人間関係を混線させ、あげく処女作を「ほぼ」失敗に終わらせた、ひとことで言えば「戦犯」である。

「まあそれってつまり主人公が誰も選ばず全員に良い顔して結論を先延ばしにしただけのクズオブクズって話だけど、総作画監督みずからによる美麗作画によって今期屈指の名シーンになったのは確かよね」

 金髪ツインテールを生意気そうに左右に跳ね上げ、澤村・スペンサー・英梨々が意味ありげなため息をつく。彼女は「blessing software」の原画担当であり、人気同人イラストレーターでもある。

「……なんだよ英梨々、さっきまで鼻すすって魅入ってたくせに辛口じゃないか」

 不服を申し立てる倫也。

「だってこれ伏線無視でしょ。『幼い頃、思い出の樹の下で金色の君と交わした約束』どこ行ったのよ! てゆうか中盤まで幼馴染ルートだったのになんでハーレムエンドなの!?」

 ちなみに彼女は倫也の幼馴染である。

「それは言いがかりというものね澤村さん」

「うわっ!? ……起きてたのねあんた」

 深い井戸の底から這い上がったように黒髪が蠢く。あらわになった首筋が白く艶かしい彼女は霞ヶ丘詩羽。「blessing software」のシナリオ担当だ。彼女が現役高校生ながら、売れっ子ライトノベル作家でもある事を知るものは数少ない。

「幼馴染なんてヒロインとしては所詮フェイク。シリーズを追うごとにセカンド・サード・フォース幼馴染と量産され、色とりどりのお造りに添えられていくだけのバランなのよ、たべれませんなのよ……」

 養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。

「主人公を常に影から支え、良きお姉さんとして彼を導いた先輩こそ真のヒロインでしょう……。そんなことも見抜けないから澤村さんはいつまで経っても澤村・スベリダイ・英梨々なのよ」

 ちなみに彼女は倫也の先輩に当たる。

「スしか合ってないー!」

 ろくに言い返すボキャブラリーを持たずに打たれまくる澤村・サンドバッグ・英梨々と、ロングレンジから鞭のようにしなる罵声を浴びせ続けるヒットマン・霞ヶ丘詩羽。

「ふたりはほんっっっとに仲良しだよね〜」

 溜めに溜めた右が放たれたような風切り音。

 ふたりの遥か後方、両手を広げ王者の風格(主に体格に起因する)でもって彼女たちを威圧する者がいた。「blessing software」音楽担当、秋葉原界隈を中心に人気を得つつあるインディーズバンド「icy tail」ギター兼ボーカル担当の氷堂美智留だ。普段はマイペースな彼女がいやに好戦的なのは、彼女だけ他校の生徒であるせいなのか。

「巨大スクリーンでアニメ鑑賞会も一興だろうけどさ、まだ作業中の人も居るの、ちょ〜っとは考えて欲しいかな〜?」

 さにあらず。事ここに至って落ち着き払っている方が異常なのだ。

 ここは修羅場。時は決戦の冬コミ前日なのである。




 本年も残すところあと一日。今日も滞りなく、世界は夕闇に沈んでいく。

 一年間勉学に励み、部活や恋愛にと青春を謳歌してきた多くの優良学生は、自宅のベッドや居間のこたつなどで台所からリズミカルに響いてくる年始の準備をBGMに惰眠を貪っている時間帯だろう。

 そんな、時期的にも時間的にも学生の影が見えるはずのないここ、豊ヶ崎学園の一室に煌々と明かりが灯っている。

 視聴覚室。

 本来、プロジェクターなどの設備を用いて映像を主体とした授業をおこなう為の教室であり、備品のPCをフル稼働してメディアを100枚手焼きしたり、新作「ほぼ」落としましたごめんなさいペーパー(パッケージ完成版はあとで店頭売りするよの意)を大量に印刷したりするために用意された部室ではないはずだ。決して。

 この年末の差し迫った日に、同人ゲーム制作サークル「blessing software」のメンツが全員雁首を揃えているのは通常進行ではのっぴきならない事態が発生したからであり、それぞれの家族の年末の予定をぶっ飛ばし、学校の守衛さんに謝り倒し、あげくサークル主の口八丁でもって関係各位を騙くらかして無理矢理教室を占拠するこの行為が、同人制作の良くある風景であるはずがないのだ。決して。

「意外と場馴れしてないのね、氷堂さん」

「場馴れが何の話か気になるけど、とりあえず親父くさい目線浴びせてくるのやめてくれないかなセンパイ」

「そんなの、修羅場に決まってるでしょ?」

 詩羽から解放された英梨々が一転、ツインテールの片側を払いながら不敵に斬り返す。

 そう、彼女は大手サークル「egoistic-lily」主宰者。幾多の締め切りを踏み倒……乗り越えてきた同人巧者なのである。修羅場なんて馴れっ子なのだ。……直前の大失態はさておき。

「こういうときの開き直りだけは見事なものね……」

 詩羽の追求が鈍いのは、その「大失態」について、詩羽に……、否、この場に居る全員に思うところがあるからだ。

 大失態……。自分を追い込むために別荘に籠り(いわゆるカンヅメである)、高熱を出して業者へ納品する締め切り最終ラインを超え、今こうして手焼き作業に移行している今現在の、直接の原因を作ったのは英梨々自身である。

 しかし間接的にはどうか。

 そもそも、イラストレーター(英梨々)の作業時間を奪ったのはシナリオライター(詩羽)の作業が難航したから。そして一度は完成したシナリオを直前で撤回したのはプロデューサー(倫也)。英梨々の変調に気付けなかったのも、そこまで追い込んだのもこの場にいる全員の責任である。誰も彼女を責められないし、責める気にもなれなかった。そして、責められるべきは彼女じゃなかった。も、別にいた。

 それでも、今、英梨々は笑っている。気を遣っての強がりなのか、ただの開き直りなのか。その態度の示すところを正確に読み切れる者はおらず、気まずい沈黙が落ちる。彼女の親友も、今一歩を踏み込めずにいた。




「……さてと」

 沈黙を切ったのは倫也だった。若干声が震えていたのが情けないが、一応はサークル主の面目躍如と言えるだろうか。

「何か夜食を買ってくるか。リクエストはある?」

 全員が任せると返した。




 プレイヤーにセットされたDVDはランダム再生機能でさっきまで見ていたアニメの、第12話をスクリーンに映している。全話数が13話であるため、ラス前といえる局面だ。主人公と、ヒロインのひとり(ポニーテールの少女)が、手と手を繋ぎ、そのまま寄り添うように眠りにつく。場所が雪に閉ざされた山奥であったため、すわ死亡エンドか、と当時(その後が判明する一週間後まで)ネットは騒然となった。

「……不思議なんだけどさ」

 アニメに魅入っているのか気まずい雰囲気を引きずっているのか。そんな曖昧な空気を打ち破ったのは美智留の何気ないつぶやきだった。

「あたしまだアニメ分かんないんだけど、映画やドラマだってさ、必ずヒロインと結ばれるわけじゃないけどさ……。キービジュアル、って言うの? あれで堂々とセンターを張ってる女の子がさ、なんでこんなにヒロインっぽくないのかな? しかもオーラスでこのチャンスを逃すって……」

 美智留の目の前のモニターにはアニメの公式サイトが立ち上がっていた。作業の最中だと苦情申し立てをした彼女だったが、焼けたメディアを入れ替えるだけの作業なので、そこまで手間は取らない。何かあったときのバックアップとして全員が揃っている必要があっただけで。「何か」とは、本当に本当の異常事態—例えばマシントラブル—であり、その時対応できなければ今度こそお手上げだ。家で出来そうな作業をわざわざ学校でしているのは、予備PCの手配の容易さに起因していた。ついでに大スクリーンでアニメを楽しもうぜ、なんて腹ではないはずだ。おそらく。

「それは鋭いツッコミね……。まあ『どこにでもいそうな馴染みやすい女の子』って触れ込みだからキャラ定めるの難しいのよねー。極端行ってれば立つんだけど」

 ツンデレ金髪ツインテール幼馴染が答える。

「王道ってマンネリと隣り合わせよね。1000年に一度の美少女でポニーテールでセーラー服で〇〇銃でインパクト山盛りでも、要素をただ並べて二次元絵におこしただけでは既存の絵に埋もれてしまう、みたいなね」

 ヤンデレ黒髪先輩が続く。

「ごめんセンパイ、それいまいち伝わらないわ〜」

 そして活発ショート従兄弟。


 その後が続かない。


 こうやって、会話は古いレコードみたいに、ぼつぼつと何度も途切れる。同じ事を繰り返せばいいだけなのに。昨日までは出来ていた事なのに。

あの頃出来ていた、何気ない小さな喧嘩が、もう出来ない。がんばっても、がんばっても。

 いつ彼女たちは壊れてしまったのか。壊れたのに気付かない振りをしてまでなぜ走り続けているのか。

 それでも、彼女たちは何度もトライした。次に来る沈黙が、永遠のものとならないように。

誰のために? 彼のために? のために?


「……しっかし、手と手を取り合って穏やかな表情を浮かべるここね、何度見ても良演出だわ……ここでハーモニーとはねー」

「あーこれハーモニーって言うの? 確かに印象的だよね〜」

「Bパート、モノローグやダイアローグに頼らない作劇が見事だわ……。そうすることで彼らの純愛を物語っている」

「なるほど」

「確かに」

「でも男女が誰にも邪魔されない場所で一夜を共にして何もないってありえるのかな」

「なるほど」

「確かに」

「なる……ん?」


 沈黙。

 今までとは違う意味で、沈黙。


「……いやいやいやいや、何もないなんて事はないわよ! 身体を寄せ合って何時間もアニメ見たり、あ〜んしたりしたもん!」

「あっ……、あなた、あの時そんな事を!? わ、私だってホテルで一夜を共にして〇〇顏ダブルピースをキメたわ!」

「なっなっなっ何を言ってんの霞ヶ丘詩羽!? 頭おかしいの!?」

「いやっ、引っかかるとこそこかなっ!? そこじゃなくて相手を異性として意識しているかっていう……というかあたしだって一緒にお風呂入ったり、ね、寝技掛け合ったりしたし!」

「それ子どもの頃の話だしそれこそ対象外でしょ!」

「四親等のひとはちょっと黙ってて」

「なにをぉ〜〜〜?」

 はぁはぁ、ぜぇぜぇ。

「ま、まあ、そこはあれよ、ひとりで吹雪の中、助けに行ったんだから、単に体力切れよ」

「ロマンも何もありはしないわね、それ……」

「でも連絡一本欲しかったよね」

「そこは……吹雪が全部悪いのよ……」

「吹雪だったらね」




「ただいまぁー。いやあー、コンビニ行ったらガ〇〇ズ&パ〇〇ァーの一〇〇じもうはじまっててさー、A賞出るまで粘っちゃってさー。……あれ、みんな息切れしてどうしたの」

「……ちょっと、体操をね……」

「……そう、あん〇〇音頭を」

「ほんと、奇遇だね……」

「なんだよそれ、見たかったなあ。はい、みんなに」

「え……これって」

 全員が目を見張る。

 それぞれの好みにあった—見事に全員異なる—、コンビニの、高校生のサイフには多少厳しいスイーツが机に並べられた。

「打ち上げはあとでやるけども。ここで前祝い——にしてはささやかかもだけど、せめてものねぎらいだよ」

 少女達は互いに目を合わせる。

 そして、活発な少女が、

「それってトモ持ちってことだよね?」

「も、もちろん。……手加減してくれよ」

「高校生のサイフに頼るほど落ちぶれてないわよ……まあ、たまには、ね」

 大人な先輩が、

「付き合ってやらない事もない事もないんだからね!」

 ツンデレな幼馴染が彼を囲んだ。

 また、会話が繋がった。みんなで笑えてたと思ってた。

 だから、この幸せな歌はまた続くんだと、本気でそう思えた。




 ぼろぼろのレコードでも、いつかはまた戻れると思っていた。

「あの時」にはすでに針が欠けていた事を、誰かが気付けてさえいれば、あるいは……。

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冴えない終わりの始まりかた じゅじゅる @jujuru9604

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